第82話 見え透いた知略
混雑する万象の記録庫を抜けてやって来た先は、美しい廊下だった。
色付きのガラス窓には見事な装飾が施され、これまた見事な中庭を赤や黄色に染めている。廊下には豪華な扉がいくつもあり、ここから見える曲がり角の先もまだまだ長そうだ。
ここは魔法世界。
その中でも迷宮と呼ばれる性質を持った場所だ。ここまで綺麗な建物になる事はあまりないが、図書室の課題は確定でこのタイプの魔法世界が組み上げられる。
迷宮は入り口も無ければ出口もない室内だ。
言ってみればこの前の遺跡。あれが迷路になって、入り口に戻れないくらい馬鹿でかくなったのが迷宮である。ちなみにスタート地点は当然だが内部にある。
ここから見えるような通路以外にも小部屋なんかが大量にあり、結構稼ぎの場には悪くないらしい。また普通の魔法世界とは異なった攻略を強いられる場所でもあり、最大の問題はその“狭さ”だろう。
美しい光景から視線を外した私は、手にした傘を開こうとし……そして止めた。
見た目が室内ということで、傘を差しているのが何となく落ち着かない。遺跡では気にならなかったが、何と言うかここは家とか屋敷と呼んで差し支えない見た目なので、傘を差している違和感が凄まじい。
そんな私以外も、全員それぞれに装備を準備していた。
リサはいつもの格好に大きな斧。相変わらず武器を変えようとしないのは、何か理由があるのだろうか。お金がないのか? でもあれ素の攻撃力は大したことないから、普通に安いのと交換しても良さそうなものだが。
ガードナーも変わらず制服だ。手にした武器は素直な直剣。レイピアとまではいかないが刀身はやや細く、諸刃。柄や鍔もかなりシンプルで、一見初期装備にすら見える。ただ、流石に武器を更新していないということはあり得ないだろう。意外にも盾の類は持っていない。敏捷振りという訳でもないので、どうやら耐久面は防具の方で補っているようだ。
そして残りの二人はかなり奇抜な格好をしていた。
マルコは侍らしく……といっていいのかは疑問だが、和服だ。女物の着物に笠を被っている。笠には垂衣を下げており、彼の女顔をぼんやりと隠す。……どう見ても女装だな。こんな格好を見ると、本当に男かどうか疑わしくなってくる。
布のせいで良く見えないが、得物は普通の刀に見えた。身長から見ると若干長めの太刀だが、別に非常識という長さではない。間違ってもロザリーの様なロマン武器ではないだろう。
カレンは顔を隠す仮面をしており、服のスカートには武骨なベルトを通してある。そのベルトからは赤黒い液体の入った、透明な袋を吊り下げていた。
薬……だとは思うが、あれ何だろうな。見た目だけ見ると、どう見ても血にしか見えないが……。
武器は至って普通の……といっていいのかこちらも判断に困るが、形は両手杖である。頭が無駄にトゲトゲしていて返り血の様なペイントがしてあるが、話を聞く限り特殊な効果はないらしい。おそらくあれで魔物を殴ることもないだろう。
全体的に見ると何と言うか、ホラー映画の悪役っぽさが凄い。どう見ても悪魔に生き血を捧げる系のヤバい奴だ。本人の気の小ささからは考えられない前衛的な格好である。
そんな個性的な面々ではあるが、全員の準備が整うと私達は誰からともなく出発する。
先頭を歩くのはガードナー。これも風紀委員としての役割……なのだろうか。まぁ殿か先頭かと言われたら先頭に居て欲しい人物ではある。性格も性能も。
率先して私達を導いてくれる彼女は、一番近くにある扉を勢いよく開け放つ。
その先はまたもや廊下。しかし今までの廊下とは一つだけ違うことがあった。
「……魔物が居ますね。風紀委員として、学院生の模範として、私が排除しましょう」
「頑張ってねー。俺は後ろから見守ってるよ」
マルコの応援を聞き流し、腰から剣を引き抜いたガードナーは地面を蹴って魔物に肉薄する。
そして手にした剣に赤い炎を纏わせ、一息に斬り裂いた。一体しか居なかった魔物はその炎の一撃で消えて行く。
……属性剣は比較的強い魔法であるとは言え、一撃か。
思った通り魔物はあまり強くない。今の魔物は今回の課題の標的ではなかったが、他もこの調子で勝てるなら明らかに過剰戦力だな。
それに、ここの通路はかなり狭い。いや、廊下にしては広いのだが、間違っても戦う場所ではない。前衛に3人も居たら身動きが取れなくなってしまう。パープルマーカー回避のためにはそれぞれそれなりに戦わなければならないので、弱い魔物相手とは言えこれは少し問題なのだ。
前衛一人に後衛一人、それくらいが連携を取れる限界だろう。
そして、そんなことを考えていたのは私だけではなかった。
「ん-、手分けした方が良くね? とりあえず二手とかさ」
前衛の癖に私の隣に立っている男が、笠越しにそんな言葉を口にする。
マルコの言葉に頷くのは癪だが、まぁ言う通りではある。
「そうですね。2人と3人に分けましょうか」
「そーそー。一旦パーティ組み直してから魔物狩った方が早いっしょ」
「……それでは討伐数が分割されてしまいますよ」
「おっと、それはそうだ。サクラちゃん頭いいねぇ」
……何となく、魂胆が見えたな。
私はマルコのお世辞を適当にあしらいつつ、二手に分かれる面子を決める。
彼は早々に私を指名したが、特に明確な反対意見は出なかった。全員に共通してマルコに対する漠然とした不信感はあるが、言葉にしてはっきりと否定するほどではないのだろう。
結局私とマルコ、それ以外の3人に班が分かれる。二手に分かれて効率的に標的を殺す算段だ。
私達は廊下と扉で別れるが、私は別れてすぐに魔法の書を開く。開いたのはメッセージの機能。私は今回の作戦、というか保険について手早くその内容を書き上げる。
「サクラちゃん、何してんの?」
「……まさかとは思いますが、連絡を取らない気ですか? あちらにメッセージを送っただけです」
マルコは私の魔法の書を覗き込んだが、それより先にメッセージを送信し、本を閉じる。しかし私の言い分に納得したらしい彼は、深く内容を追求することはなかった。
さて、果たしてリサは私の話を聞いてくれただろうか。
全員で来てくれてもいいが、カレンがどう動くのかよく分からないので一人にさせるのも、話を通しておくのも若干難しい。それに……慢心は良くないからな。
その後、物理的にも精神的にも距離の近いマルコに辟易しながら、私達は何体か魔物を討伐していく。
標的の魔物が出る度にガードナーにメッセージを送り、課題の進行状況を報告し合う。
そんな討伐を始めてしばらく。そろそろ目標の半分程が終了するという頃に、突然マルコが魔法の書を取り出して何かを操作し始めた。隠れる素振りも見せないが、ページの内容だけは私に見せない体の向きになっている。
私は彼の本を無理に見ようとせず、その内容を尋ねた。
「何をしているんですか?」
「アイテムの補充だよ。念には念を入れてね」
彼はそう言うと、腰の回復薬をインベントリに格納し、そして同じ種類の薬を取り出す。……嘘が下手だな。ここに来てから一度もアイテムなんて使っていないじゃないか。
まぁそれをここで指摘しても仕方がない。私は目を閉じてから深く息を吐く。何をしていたのかは予想が付いた。彼が動くなら次か。
気を取り直すように次の扉を開けに行くマルコ。ここに来て突然空いた距離に少しだけ安堵し、私はチラリと後ろを振り返る。
……見えないな。もしかすると少し時間が必要かもしれない。とはいえ、待っているわけにもいかない。奴は私がメッセージを送るタイミングも見計らっていたようだし、ここで変に警戒されるのも面倒だ。
私も彼の後を追って部屋に足を踏み入れると、そこには圧倒的に弱い魔物を相手に戦うマルコの姿。
明らかに手を抜いている。いや、ここに来てから一度も本気では戦っていないのだろうけれど、今まで以上に戦いを長引かせるような消極的な戦闘だ。
彼の狙いは分かっている。
要するに自分が“汚名”を被る事を避けたいのだ。望み通りに動いてやるつもりはないが、だからと言って支援しなければ怪しまれるだけか。
私は“マルコを巻き込むように”魔法を発動する。
尤も、状態異常の蓄積なんて見ようとも思わない。私の影響を受けた魔物は、突然鋭さを増した彼の刃で一刀の下に斬り裂かれた。
戦闘終了。これは目的の魔物ではないので、私は連絡も取らない。
これは向こうにとっては都合がいいかもしれないが、だからと言って私にとって不都合という訳ではない。問題はないだろう。
ここは小部屋だ。
私の背後以外に出入り口はない。そのため戦闘が終わった私は、即座に踵を返して部屋を出る……事はしなかった。
私は意識して笑顔を作る。
こう見えて接客業。感情と繋がりのない笑顔を見せるなんて事には慣れている。
「お疲れ様です。意外にお強いですね」
彼は私の称賛の言葉を受け取って、その薄い唇を吊り上げた。
「お? 分かる? やっぱ俺って頼りになるって言うかさー」
直後、白銀の刃が私を貫く。私はその衝撃で二歩、壁際に押し込まれた。
何のことはない。マルコが手にしていた刀を私に向かって振るった。ただそれだけ。
彼の顔にはいつも以上の、いや、一度だけ私に見せた笑みが張り付いている。
その表情は、嘲笑と言って間違いはない。
私の事を騙された愚か者だと笑っているのだろう。
「くっくっく……いいよなぁ、やっぱ斬るなら女に限る」
「おや、ダブルミーニング。お上手ですね」
「はぁ?」
女装男は言うことが違うねぇ。
私が折角褒めたというのに、言っていることが理解できなかったのか、彼は口を開けてぽかんとしている。
……このまま放っておいても良さそうだが、まぁ話をさせてやろうか。どうやら何か話を聞かせてくれるつもりのようだし。
それにこのままでは私が滑ったみたいじゃないか。それはちょっと恥ずかしい。
私は間抜けな顔を見せるマルコに一つ問いかける。
……いけない。滑稽で笑ってしまう。もしかすると私も彼と似たような笑みになっているかもしれない。
「一応勘違いではないと思いますが、裏切りということでいいですか? 事故ではありませんね」
「そうだよ? 今更気付いたの?」
私の問い掛けでようやく再起動した彼は、おどけるような表情を見せた後、すぐに目を細める。
その仕草に思わず吹き出しそうになってしまったが、今度は何とか堪える事に成功した。彼はどうも気分が高揚していて、私の態度がおかしいなんて事には一切気付いていないようだ。
マルコはそんな私を見て、ぽつりと呟いた。
「俺さぁ、お前みたいな馬鹿な女斬って殺すのが楽しくてたまんねぇんだよね」
……それは何ともまぁ、特殊な趣味をしているな。殺しが基本的に禁止されているこの学院でよくやる物だ。その情熱には呆れる。
いや、逆に許可されていない所でやっているのだから、やり返される心配もさほどない。むしろ情熱も度胸もないと言った方が適切なのだろうか。
「まぁこの距離じゃ魔法を使えねぇだろうし、お前、有名人だからな。ちょっと遊んでやるよ」
マルコは口角を上げて私に刃を突き付ける。
……まぁ、別に慌てるような状況でもないのだが。どちらが本当の馬鹿なのか、彼もすぐに思い知る事になるだろう。
すみません、明日の更新はできません。家の3Dプリンターの調子が悪くて、これから色々と試す作業が……。書いている今も試運転中で、後ろでグウィングウィン言ってます。うるさいしクソ暑いです。小説の方の作業環境が整うまでしばらくお待ちください。
それと、本作が総合pt3500達成しました。これも皆さまのおかげです。本当にありがとうございました。




