第81話 自己紹介
魔法の書に揃った面子を見て、私達は立ち上がり万象の記録庫への道を……と、その前にやるべきことがある。
私は全員を席に着かせると、メンバーのステータスを開きながらある事を提案した。
「自己紹介から始めましょう」
「自己紹介?」
「ええ。必要だと思いますよ。……私はサクラ・キリエ。呪術科の中級と毒性学を学びました。戦い方は状態異常だけで、ダメージ系の魔法は一つもありません。近接攻撃しません。状態異常を何よりも優先しますが、他にやることがないんだと割り切っておいてください。基本的には昏睡か麻痺から入れる様にはします」
「な、なるほど……」
私の突然の役立たず宣言に、リサ以外の表情が変わる。
その内二人は驚きの表情ではあるが、マルコの顔にここに来て初めての笑みが浮かんでいた。
……態々“私を名指しで”パーティに参加しに来たのだから、絶対に裏があるはず。掲示板で悪口を書かれるくらいなら、もう逆に私はネタにすらならないだろうし、おそらくはそれ以外の何か。
リサも私に倣って所属学科と育成方針、そして簡単な戦術等を解説し、次の順番に回る。
私の次が隣にいるリサへと進んだので、円卓の中では自ずと順番が決まってしまった。私から順番にぐるりと一周する形だ。
自分の番であるということを察したガードナーは、一つ何かに頷くと席から立ち上がる。もしかすると話す内容でも考えていたのかもしれない。
そして彼女は声を張り上げ、高らかに名乗る。
「私は風紀委員長、ミシェル・ガードナー。所属は風紀委員と魔法戦士科です。魔法は属性剣とシールドを両方入れていますので、前線は任せて下さい。皆さんをお守りします。風紀委員として!」
「自称だけどね……」
……言っている事だけは一丁前なんだがな。
リサの無粋な指摘にガードナーはキッと鋭く視線を飛ばす。もちろんそんなことでリサが怯んだりするわけはないのだが。
魔法戦士は魔法攻撃主体の格闘学部だ。
初級では属性剣と呼ばれるスキルが高火力で、侍とスキル火力のトップを争っていた。属性攻撃なら魔法戦士、無属性物理なら侍が優秀で、その内に明確な優劣が付いていなかったのだ。
しかし中級に入り魔法盾、通称シールドのスキルが使用可能となってからは少し役割が変わりつつある。
シールドは魔法の盾を召喚して、効果時間中の被ダメージの減少と防御力の増加を行う防御スキル。シールドは各種属性にも対応しており、使用した属性の盾と同じ属性攻撃を完全に無効化するという便利機能も付いている。ただし、属性物理攻撃は物理攻撃分が普通に通ってしまうが。
これによってタンクの様なこともできるようになったのだ。スキルダメージ特化だった初級とは違い、中級になってからは攻守万能の前衛クラスになっている。
尤も、格闘学部で最も重要と言われるパッシブスキルは、属性剣かシールドのどちらかの強化と言った役割の物が多く、更に属性剣もシールドも似たような効果の物が複数の属性に分かれて存在する。
当然、魔物の弱点属性、攻撃属性の双方に対応するためには、スキルスロットに剣も盾も複数入れておく必要があり、スキルスロットが足りないクラスの筆頭になってしまっている。せめてもう一つ、いや二つ……もうどうせなら5つくらいスロットが追加で欲しい、なんてのは魔法戦士のよく聞く嘆きだ。
そのため、育成方針とスキル編成でかなり性能が変化する。基本的な方針は三つ。
一つは、シールドを捨てて属性剣特化のアタッカー。
こちらは初級からそういう攻撃寄りのステータス配分にしているはずなので、最も人口が多い。各種属性剣と攻撃スキル強化のパッシブでスキルスロットを埋める。入れるシールドは一つ。これはダメージ軽減が目的であり、属性無効化には期待しない。そのためシールドを二枚以上入れる事はまずないだろう。
二つ目は、属性剣をある程度捨て、シールド特化にした特殊なタンク。
魔法戦士ながらステ振りを耐久重視にしていた変人、もしくはそういう風に育成方針を途中で変えた生徒が主体なので、若干マイナー気味だ。属性剣は2本、もしくは3本を使い分け、シールドとシールド強化のパッシブを入れて魔法攻撃から味方を守る。魔法攻撃に滅法強いという独特な性質の防御型。
尤も、ヘイト管理系のスキルがパッシブ頼りなので、壁としての安定性は悪い方ではある。
三つ目、パッシブを捨ててアクティブスキル全振りの器用貧乏。
属性無効化は強いからシールドは入れて、属性剣も弱点属性で大ダメージを与えられるから入れて……という欲張り型。もちろんパッシブによるスキル強化が今一つなので、前二つよりも明確な強さは見えない。
火力も耐久性も今一つだが、そもそもアクティブスキルが強力なクラスではあるので実はこれはこれであり。
ただし生徒の実力と知識に、強さが大きく依存する。
弱点属性も魔法の属性も覚えている必要があるし、何よりその判断を一瞬でしなければならない。非常にテクニカルなキャラクターになるだろう。基本的には目的地に応じて魔法を入れたり抜いたりするのが前提なので、初見の場所での安定感の無さには不安が残る。
ガードナーは話を聞く限り、三つ目の欲張り型。
出来ればパーティバランス的にシールドタイプが良かったが、まぁ他人の育成方針にケチは付けられない。配られた手札で頑張る必要があるのが、野良パーティの宿命である。
それに専門アタッカーだった場合、前衛のDPS担当が3人になり、役割が被り過ぎている。属性剣特化よりはよっぽどマシな性能だ。
私が更に詳細に彼女のステータスや装備なども確認している間にも、自己紹介は次の人物へと移る。正確には、移る雰囲気にはなっていた。
その場にいる全員の視線が、彼女に集まる。
灰色の髪に、やせ細った体。細さは私やコーディリアと大差ないはずだが、しっかりと食べているのか心配になるのはおそらく彼女の身長のせいだ。
私に比べて30㎝近く高いロザリーと比べてもまだ高い。ロザリーより頭一つ高いリサと同じくらい……いや、猫背気味なので実際にはもう少し彼女の方が高いだろう。
彼女の名は、カレン・モモセ。
属性使いと呼ばれるうちの一つ、氷雪術科の生徒だ。尤も、これらの情報は彼女の自己紹介から聞いたわけではない。パーティメンバーの詳細から知り得た情報だ。
それもそのはず。
彼女はここに来てから一度も口を利いていない。何か喋れない身体的な理由があるのか、それとも単純にコーディリア以上の人見知りで、知らない人の前で全く話せなくなってしまうのか……私達にはそれすらも分からなかった。
もちろんパーティに参加したということは、私達に付いて来る意志はあるということだと思うのだが……。
彼女は、自己紹介の順番をガードナーから指名されて尚動かない。いや、正確には何とかしようとしている気もしなくはない程度の動きはしている。もちろんそれだけでは何も伝わらないのだが。
それを見た私は自己紹介を聞くのを諦めると、質問を開始する。
「カレンさん、私の質問に頷くか首を振るかしてください。装備に詠唱短縮を付けていますか?」
私の質問に対し、カレンは小さく首を振った。否定と受け取っても問題ないだろう。
どうやらコミュニケーションを取ろうという意思もあるようだ。お喋りはロザリーで間に合っているが、話さないというのも厄介な性質だな。
氷雪術師、通称“属性使い”は魔法学部にある学科の一つ。ちなみに、属性使いと言う単語は4つの学科を一纏めにした総称だ。
属性使いはそれぞれ、火炎、氷雪、風雷、森林術という学科に分類され、それぞれが文字通りの属性に特化した魔法ばかりを習得していく。
火炎術科なら炎の魔法、風雷術科なら雷の魔法……と言った調子だ。森林術だけはちょっと変わっているが、基本的には属性が違うだけで同じ方向性の性能を持っている……と、初級の時は思われていた。中級になって少し独自性が出て来たという噂だ。
その中でも氷雪術師は文字通り氷の魔法を多く習得する。攻撃属性は変わらないが、カスタムすれば水も扱うことが可能だ。
基本的には広範囲に高火力を低燃費でばら撒くアタッカーとしての役割を持っている。いや、むしろそれ以外できない。今の所、サポート的な魔法を覚えたという話は一つも聞かないな。もちろん古代魔法やオリジナル魔法の可能性は否定し切れないのだが。
様々な属性を扱える魔術師とは違って、単一の属性と無属性攻撃しかできないが、とにかく火力と燃費が高い水準で両立可能なのが最大の利点である。氷系の属性の専門家と言ってもいい。
もちろん属性攻撃が限られているので、対象の属性耐性次第では大苦戦するわけだが、逆に耐性次第で大化けするクラスでもある。ただまぁ、安定性が欠けるという点はやはり厳しいか。人気は対応力で優る魔術科の方に軍配が上がる。
ただし、これらは初級での扱い。基本的には属性が違うだけで、他の属性使い全般にも当てはまる性質だ。
では中級はと言うと、氷雪術科特有の効果として、魔法を当てた対象の属性防御、耐性を下げるという効果が付随させることが可能になった。つまり同じ相手に何度も魔法を使っていると、どんどん火力が増してくのである。
ちなみに火炎術科は魔法を使う度に自分の魔法攻撃力が上がり、風雷術科は連続ダメージ判定が強まり、森林術科は自分たちの耐久力が増していく。属性使いのそれぞれに、独自の強みが追加されたのだ。
その中で氷雪術科の独自の強みは、悪くもないが良くもない。
自身がアタッカーのくせに追加効果が防御補助という、最もイマイチな森林術に比べればマシだが、やはりデバフ。通るか通らないかは相手次第になってくる。まぁ呪術師と比べると能力値に直接影響する、属性防御力低下は素通りすることが大半なので全く無意味と言うことはないのだが。
ただ、やはりお手軽に自分の火力を上げられる火炎術科に比べると微妙と言わざるを得ず、現状4つの中で新入生の入学先としての一番人気は火炎術科に譲っているのも事実だ。
私はカレンにいくつか気になっている事を質問し終え、至って普通の氷雪術師なのだなと言うことを確認し終える。
火力を捨て詠唱短縮を入れた速攻型とか、超広範囲特化の殲滅型みたいな変態型でないならそれでいい。正直魔術師とか属性使いは育成方針は少なめなので、滅多にいるものでもないのだが。
とにかく魔法を詠唱して後ろからバンバン火力支援する役割だ。
カレンへの質問が終わると、私のすぐ隣。若干私寄りに動かされた椅子に座っている人物に順番が回る。
彼は私の視線を受けて、面倒臭そうに首を搔いた。
「あー、俺はマルコ。侍だけど、火力よりは敏捷振りかな」
「……終わり? スキル構成とかは?」
「普通だよ、普通。侍なんて強スキル決まってるっしょ」
……とのこと。どうやら手の内を明かしたくないらしい。話したくないというのなら仕方がない。
出発前の自己紹介はそれで終わり、ついに私達は目的地である万象の記録庫へ向けて歩き出すのだった。




