第80話 パーティ募集
今日も生徒準備室はがやがやと騒がしい。これから万象の記録庫へと向かう生徒達で賑わっていた。そんな中、私もまたパーティを組んでいたのだが、集まった面子を見てこれで大丈夫な物かと訝しむ。
私の前に居るのはたった一人。リサだけである。
「……何で今日、こんなに集まり悪いのよ」
「どうしてでしょうね。コーデリアは来てくれると思ったんですが、何か忙しいとか」
私の返答を聞いてリサは頬を掻く。今日、ここまで集まらないとは思わなかったな。
私達はとある課題を達成するため、いつものメンバーに招集をかけていた。
しかし5人の内で招集に応じたのは、御覧の通りである。コーディリアは何かの用事、ロザリーはティファニーの装備の更新、ティファニーはその指示役として来ていない。
自分の都合を優先しても構わないとは言ったが、これは困った。
せめて召喚系の片方でもいれば人数不利を覆す事が出来るのだが、私とリサのタッグではほぼリサのソロプレイに近い状況になってしまう。まぁ私が居た方が火力が出るだろうし……何て一瞬考えてしまったが、よくよく考えるとパーティ人数補正値が入ってリサの火力が下がることになる。何という足手まとい。
リサは賑やかな生徒準備室を見回して知り合いがいない事を確認すると、大きく息を吐いた。
「どうする? 今日は諦める?」
でももしかすると二人で課題は達成可能かも……なんて思っていたが、どうやらリサが乗り気ではないようだ。人数が少ないのは確かに心許ない。
課題自体は初心者向けなので出来なくはないと思うのだが……。
まぁ、リサに二人で行く気がないのならば仕方がない。
「……パーティでも募集しましょうか。課題に食いつく物好きが皆無と言うことはないでしょう」
リサにそう言って了承を取ると、私はパーティ募集用の用紙に名前を書き込む。
募集するパーティの目的は、私が持っている課題の消化。その内容は魔物の討伐という最も単純な物であるが、貰える報酬は少し特殊。何と“図書室の資料の閲覧権限”だ。
これはリサと組む前から私が持っていた課題だ。彼女との交換条件として提示した、あの懐かしの課題でもある。
おそらく発生条件は図書室の資料の閲覧数が一定値を超える事。
禁書庫の資料の整理を始めてから課題のレベルと報酬の内容が変わったので、もしかすると学院の資料なら何でもいいのかもしれない。今は権限が3段階上がるという報酬だ。ちなみに金目の物は一切貰えない。
しかし、禁書庫の資料は一般生徒には読めないので、一般に公開されている範囲の資料で増える閲覧権限は1段階。
この課題によって図書室の閲覧権限が順次開放されていく形だったのだろう。私は別口で閲覧数を増やして色々とすっ飛ばしてしまった訳だ。
事前に少し調べてみたのだが、現在発見されている閲覧権限の課題は3段階まで。つまり私が持っている課題は、解放される権限の最終段階になっている。
課題にさえ参加してしまえば権限は貰えるので、発注者が呪術師だろうとタダ乗りしたいと考える生徒は居てもおかしくない。調べ物が好きな生徒に限られるが。
私とリサは用紙に不備がないかを確認してから、その一枚の紙を掲示板へと貼り出す。
それを見た周りが少しざわついたようにも感じたが、元々騒がしいこの部屋ではほとんど誤差の様な物である。
「野良でパーティ組むなんていつ以来でしょうか」
「私はよくやってるけどね」
人込みの間を縫って準備室を奥へと進む。そして私達が指定された番号の席に着くと、参加者はすぐにやって来た。
「やっほー、君がサクラちゃんかな?」
しばらく待つかな。そんなことを考える間もなく、軽薄な声が響く。どうやら参加希望者がもう来たらしい。
名を呼ばれた私は席から立ち上がることもなく、そのままチラリと後ろを向いた。何となくだが、嫌な予感がするな。私のそんな様子を気にする素振りも見せないその人物は、そのまま私の隣の席に腰を下ろす。
「……そうですが、何か用ですか」
「いやー、有名人が募集掛けてたからどんなもんかなってだけ。俺、マルコ。参加したげよっか?」
「……どうぞご自由に。積極的に断る理由はありません」
断わる理由は特にないが……何だか馴れ馴れしい。どこか嘘っぽい笑顔も妙に鬱陶しく、どうも好きになれないな。
私の視界に入って来るその人物は、男用の制服を着た男……だと思う。中性的な顔立ちに、細い骨格。やや骨ばってはいるが、一見すると女子生徒に見えなくもない。
学科章を見る限り、彼は侍科だ。
格闘学部の侍は、文字通り物理で殴るタイプのアタッカー。狂戦士から通常攻撃力を抜いてスキル攻撃の使い勝手を向上させ、能力値をちょっとマイルドしたような成長をするのが特徴。
役割は基本的にアタッカー担当になるだろう。高い攻撃力とスキル火力を両立しているためダメージコンテストでも優秀な成績を持っていた。耐久性能は狂戦士からHPを減らして防御面を厚くしており、若干こちらの方がマシ。ただし壁としては信用できないレベル。敏捷性は狂戦士と同等程度なのでやはり運用は回避型になるだろう。
彼は薄い笑みを浮かべながら私にそっと肩を寄せる。
「ねぇねぇ、普段何してるの? 学校楽しい? あ、フレンドになろうよ」
「……」
私は矢鱈距離が近い彼に無視を決め込み、魔法の書から資料を抜き出す。
これは同時詠唱の考察だ。さっきシーラ先生から一応話を聞いて、実現の可能性について考察したメモ。
立体の魔法陣は基本的に物質的に作る必要がある。そして物質的な魔法陣は金属板や紙で作る必要があるのだが、そうなるとやはり厚さが問題になる。
二枚をX字に組んだ場合、切れ込みを入れる必要があるため両方に完成させた陣を入れるのは難しい。だからこそ彼はエーテル糸なんて奇妙な物で陣を組んでいたのだ。
だからと言って普段から私達がやっている様に、魔力で立体の魔法陣を作ることはできない。そもそも人間が同時に複数の魔法を詠唱が出来るならこんなことが問題になったりはしないのである。例え出来たとしても人間が複数人必要になり、同時詠唱の利点はその時点で吹っ飛んでしまう。
そもそもエーテル糸って何なんだろうな。少なくともあれは“現世”では存在しない素材らしい。製造方法不明のオーバーテクノロジーだ。
私は知らなかったが、実はあれこそ持ち出したい物だったのだ。まぁどうせ持って帰れないんだけど。
「何読んでるの? 論文?」
「……」
にゅっと顔を出して視界に無理矢理入って来たマルコを避けて椅子をずらすが、彼はその分以上に距離を詰める。本当に馴れ馴れしい。常に半笑いなのも好感を下げている。
私は流石にこれに長時間付きまとわれるのは御免だと考え、正式にパーティを断わろうと本を閉じた。
しかし、私が口を開く前に、それは私達の前へとやって来た。
「あ、見つけましたよ、リサ・オニキス!」
「……何かもう、本当にどこにでもいるわよね」
私とマルコは声のした方へと視線を向け、そこにいた人物を見て渋い顔を見せる。
キラキラに磨かれた褒章と魔法戦士の学科章を胸に付け、堂々とした立ち振る舞いで待合席にやって来たのは、これまた面倒な生徒……風紀委員長だった。
確か名前はガードナー。覚えやすい名前で助かる。苗字だったか名前だったかは忘れたが。
彼女はいつも通りの険しい表情で、テーブルを囲む面子を見回した。
「サクラ・キリエさん。あなたも居たのですね」
「また、要注意人物の監視ですか?」
「ええ。主目的が課題の消化とは書かれていましたが、不備がないかを確認させていただきます。よろしいですね?」
「……面倒なのが増えたわね」
「あ、そうそう」
こちらが頷く間もなく彼女は席に手を掛けると、突然険しい表情を和らげた。
笑顔になったわけではないが、眉間から皴が取れている。こうして見るとやや甘い顔立ちだということに気付かされる。常にそういう顔をしてくれていたら良かったのだが。
ガードナーは自身の背後に立っていた一人の女生徒の背中を押した。肝心の背中を押された彼女はといえば、ふらふらと机の前に出て目線を彷徨わせるばかりだ。
私達の視線を受けて、女生徒は小さく肩をすぼめて顔を俯かせる。そして、視界を僅かに左右に振った後、何かを発言しようと口を開いた。
「……」
しかし、結局何も発言することがないまま再び口を閉ざす。
一体何の積もりだろうか。ガードナーの知り合いという訳でもなさそうだが。極度の人見知りだろうか。
何も喋らない女性を前に、自然と私達の視線は、彼女を紹介したガードナーへと向けられた。
「その子は?」
「パーティ募集の掲示板の前でオロオロしていた所を連れてきました。どうやらお二人に何か用事があったようです」
「……私達に用事ですか? 面子に入りたいとかではなく?」
私がそう、名前も知らぬ女性に問いかけると、彼女はふるふると首を左右に動かすばかり。その否定は……どちらの意味だろうか。話せないというのなら仕方がない。それ以外の方法で意志を示してもらおう。
パーティの加入申請を送って見ると、しばらく私を見た後に彼女はそれを受諾した。
……これで5人。パーティメンバーが揃った。
いや、揃ってしまった。
これまた癖の強そうな面々であり、私はこの先の展開に一抹の不安を覚えざるを得ないのだった。




