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第79話 禁書庫の密談

 禁書庫は特別棟の地下にある資料室の一つだ。

 ここに置かれている資料はすべて禁書、つまり閲覧が一般に許可されていない。いや、図書室の閲覧権限などもあるのでこの学院の資料のほとんどは一般生徒には閲覧の許可がされていないのだが、ここはその中でも特別な資料が置かれている。教師すら立ち入ることは滅多にない。

 私以外の人間が居るところを見たことはなく、資料の保管のためなのか乾燥気味でやや薄暗い。


 そんな場所で私は紙の資料を捲っていた。

 ……火山活動の変遷、これは関係ない、魔物の種類、特殊な魔力……この山には特に目を惹く物はない。

 私は読み終えた資料を年代と種類で雑に分けていく。この膨大な資料の中から魔法に関連する資料があれば、とりあえず目を通してメモ帳に書き写していくのが私の作業だ。


 私はこの作業を、ここの鍵を貰ってからずっと繰り返している。

 尤も、一向に終わる気配がないのだが。図書室なんて比較にならない程の量の資料が保管、もっと正確に言えば死蔵されているので、時間はいくらあっても足りないのだ。


 人手が、足りない。間違っても私一人で手に負える量ではない。

 しかし、ここ、禁書庫に保管されている資料は禁書だ。生徒にとって良くない物であるとか、危険過ぎる知識が書き込まれているとか、おそらくはそういう理由で。そのため迂闊に人を呼ぶこともできない。


 まぁ、これらの資料すべてにそれが書かれているわけではないのだが。


 実は禁書庫と言う名のこの資料室は、“未分類”の資料をとりあえず保管しておく場所なのだ。

 資料の大半は、現代人には役に立たない事しか書かれていないただの報告書である。


 その昔、まだ学院がここまで大きな教育機関ではなかった頃の話。

 その頃から万象の記録庫は存在していた。いや、おそらくだが“万象の記録庫が作れる場所”に学院が作られたので、因果は逆転とまではいかないものの、もう少し複雑になっている。


 当時、魔法世界の探索は生徒の課題などではなかった。

 新たな世界への入り口であるその場所は、勇敢な探検家、知識ある学者、安価な奴隷等で編成された“探検隊”によって調査が進められていた未知の領域。いくつかの大国が大枚を叩いて完成させた万象の記録庫は、手付かずのお宝がわんさかある夢の国……のはずだった。少なくとも当時の創始者の考えでは。

 しかし結果はいつか話した通り散々で、魔石以外の大した物は入手しても持って帰れない。得られるのは知識と経験、そして当時は今一つ使い道の薄かった魔石のみである。


 その後、探検隊は年々小規模になっていき、そして学院が正式に教育機関として認められると、魔法世界は探索の場ではなくどちらかと言えば“生徒の訓練場”としての役割が強くなっていった。

 そして学院は魔石の有効活用法を見付け、他の国が太刀打ちできない独立機関として台頭するのだが……歴史の話は一旦ここで終わり。

 重要なのは、ここにある資料は各国が挙って知識を得ようとしていた時期の資料だということ。もちろん原本ではない。何度か写しとして記録され、そして雑多に地下の古い資料室に入れられた物だ。


 ここの資料は、言ってみればただの整理されていない古い資料であり、その内容は千差万別、玉石混淆……現代人の把握していない物が入っている確率は極めて低い……かもしれない。勉強にはなるが。

 私は資料に目を通すついでに、年代と国、そして記録内容毎に分類し直してこの資料室の整理をしている。尤も、興味のない分野は秒で読み飛ばすので、その正確さはどこまで信じて良い物か分からないが。


 魔法世界の基礎的な調査記録を山積みの上に置き、見るからに魔法関連だなというタイトルの資料を手に取る。何か新しい発見があればいいのだが。

 ……あ、これ同時詠唱の話だ。やっぱり別に、私の新発見ってわけじゃないんだよな。授業で教わらないってだけで。しかしここでも実現の難しさについて書かれている。基本方針は私と同じに見えるが……。


 ああ、やはりロボットを作るとか、建物用の結界として機能させるとかじゃないと……そもそも立体魔法陣自体の使い勝手が悪いというのが最大の問題か。

 実現性については後でシーラ先生には相談するとして……でも大精霊を封じ込んだ精霊核とか言う謎技術でようやく動くようなロボットを作っても、私達じゃ動かせないんだよなぁ。結界に至っては呪術師として専門外だし。


 あれ、何か最後に……同時詠唱の詳細は別紙参照? この別紙、図書室に置いてあるって書いてあるけど……。


 結局、その資料には解決策は書かれていない事だけを確認し、資料を確認済みの山の上に乗せる。


 そして次の紙束に右手が触れた次の瞬間……がたりと突然の物音が響いた。

 私は驚きの余り資料を手から落とし、背後を振り返る。この部屋には私以外入れないはず。なのに物音がしたという事は……。


 しかし、振り返った先に居た人物を見て私は安堵のため息を吐いた。


「……どうしたんですか、こんな場所に」

「あんたがいくら呼んでも来ないからだ」

「……?」


 恩師の言葉を聞いて私は首を傾げる。そして魔法の書に視線を落とし、そこでようやく何かの通知が来て居る事に気が付いた。資料整理中はサイレントモードにしていたから気付かなかった。


 床に落とした資料を山の上に戻し、私は質素な椅子から立ち上がる。


「それで、“お二人”揃ってどんな御用なんですか?」

「はぁ……あんたは本当に。呼び出しには応答しろ。変な所で減点されたくないだろう」

「筆記首席なんて取った後だと、多少減点貰っても痛くないのでは?」

「屁理屈を言うな」


 シーラ先生は私の返事に対して呆れながら、もう一人の男に場所を譲る。


 見覚えのある格好だ。強面の風貌に隆起した筋肉。そして天井に頭をぶつけそうな程の上背。

 彼は学院長その人だ。禁書庫の中を一瞥すると、鼻を鳴らす。どうやら私が彼から貰った鍵を使って資料を読んでいたのが楽しかったらしい。


「どうやら鍵は有効に活用しているようだな」

「まだ有効とは言い難い状況ですが」

「資料整理に割く人手が無くてな。俺にとっては有効活用だ」


 学院長はその辺にあった椅子を引っ掴むと、大きな体をそこへ下ろす。質素な造りの椅子は小さく悲鳴を上げたが、それでも何とか彼の体重を支える事に成功。

 彼はそんな健気な椅子の上でふんぞり返ると、私を真っ直ぐに見て口を開く。


「さて、本題だ。知ってると思うが、お前らの今回の課題のレポートが優秀賞に選ばれてな。その報酬の件が一つ」

「いえ、知りませんでした。レポートの優秀賞? というか、あれは連名で出しているし、代表者はコーデリアにしてあったはずですが」

「話の腰を折るな。それはもう一つの話に関係してるんだ。他の二人は学科長が呼び出す手筈になっている」


 はぁ。つまり……?


「端的に言うと、課題の報酬は何がいいかって話だ。つっても課題の優秀賞なんて学院首席に比べるとハードル低くてな、権限なんかはやれねぇし、あんまし高いモンは……」

「エル式もう一台下さい」

「高いモンは無理だ!」


 なーんだつまらん。

 しかし、報酬と言われてもパッと思い浮かぶのは金銭くらいだ。優秀賞の褒賞とは別に、課題の報酬は既に受け取っている。特殊なアイテムなどはなかったが、歩合制なので結構な金額になっているのだ。

 まぁ私のお金なんて、いくらあってもエーテルや魔石の購入費用に消えて行くと思うが。


 私の提案を即座に却下した学院長はため息を吐き、それを背後から見ていたシーラ先生は楽しそうに笑っていた。昔は仲が悪そうだな、なんて思っていたけれど、こうして見るとどちらかと言えば旧知の仲故の遠慮のなさ、といった調子に見える。

 私はそれを見て背後の机に腰を預ける。かさりと音を立てて資料が揺れた。

 ……ああいや、一つ欲しい物あるな。


「なら、この禁書庫に、整理を手伝ってくれる人が欲しいんですけど」

「生徒は無理だぞ」

「図書室の司書で構いません」

「ふむ……まぁいいか。ただし、一つ条件がある」

「条件?」


 その突然の提案に怪訝に思った私だったが、結局その後、学院長の提案を受け入れ、禁書庫の整理から解放されることを選んだのだった。



 ご感想ありがとうございます。

 何だか競合課題編(と言っても良いのか悩む)のクライマックス辺りから感想が増え、大変嬉しく思っています。


~~以下雑談です~~



 他の作者様の作品を拝読させていただいた際に思ったのですが、意外にここの主人公悪い事してないですよね。偽悪的云々とあらすじに書いたような記憶がありますが、相対的に見るとそうでもない様な……。それともこれはただの錯覚で、卑屈なりに真面目に働いて真面目に勉強してる印象が響いているのかな……? 弱い、実質的にPK禁止ルール、学生ロールプレイ推奨みたいな部分も印象に関係あるかもしれません。

 まぁ別にシナリオ変えるとかキャラ付けを強烈にするとかそういうことは考えていないので、本当にこれはただの感想でしかないのですが。

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