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第78話 激戦を終えて2

 日差しがかんかんと照り、少し古びたアスファルトを熱している。

 突然夏に戻ってしまったかのようなその天候に、私は思わず空を仰いだ。


 今日はいい天気だ。小さな雲が足早に流れていき、雨が降りそうな気配もない。

 こんな日はのんびりと散歩でもしたい気分だが……生憎私は今日も仕事である。次の休みはいつだったか。ほぼ毎日働いているので、休みの日を意識する事すらない。


 そんな気持ちのいい澄んだ青空を見せる大きな窓から視線を落とすと、そこに居たのはいつもの友人。

 しかしこちらの様子は青空の様な晴れやかさ、とはいかなかった。彼女は険しい表情で何かを書き殴っている。普段はスワイプでのテキスト入力ばかりのはずだが、なぜか今日は電子ペーパーにペン。絵でも描いているのだろうか。


「それで、さっきから絵筆は何してるのよ」

「作戦を練っている……」

「作戦?」

「次にあいつらが来た時に、ぼこぼこにする用の作戦!」


 いつもよりも早めに店に来たと思ったら、そんなことをしていたのか。こんな気持ちのいい秋晴れの下で。まぁ彼女が真剣になる事なんて、昔から大抵はゲームの話なのだが……。

 小さい頃から全く変わらない絵筆に私が内心呆れていると、注文すらしていない紅茶を人数分持って来た萌も席に着く。この後輩もすっかり悪い事を覚えてしまって……。


「二人で何してるんですか?」

「作戦を考えてるんですって。そんなに真剣になる事かしら」

「いや、いやいや。逆にセンパイ何とも思わなかったんですか? あんなに惜しかったのに……ってか、センパイが一っ番機嫌悪いだろうなって仕事来たのに、今朝会ったら全然普通だし」

「そりゃ何にも感じないわけじゃないけど、高がゲームよ? それが原因で仕事中機嫌悪い人なんて嫌でしょう?」

「それはそうなんですけど……! だってアイツ別れ際に『これで勝ったとは思わない……』とか言っちゃって! 流石にムカッと来ますよ! やってることは間抜けその物なのに物腰だけキザったらしくて! わたし、ああいう男大っ嫌いです!」


 萌はがちゃがちゃと音を立てながら紅茶を各人の前へと差し出す。笑顔と愛嬌を買われているいつもの接客とは大違いだ。


 ……どうやら思っていたよりエリクは萌にも嫌われていたらしい。

 ただ、それに関しては私も人の事は言えない。何せ“高がゲームだから”と言って諦めが付くのは、こうして現実で動いている時だけだ。

 向こうで“課題のレポート”を書いている時も、何とか連中に今から正統な方法で嫌がらせが出来ないかと無駄に凝った物を書き上げたし。


 まぁ、遊びの最中に「高が遊びだ」と言って水を差す奴なんて、それはそれでどうなんだと思うから、これでもいいかな。


 絵筆が早めに店にやって来たこともあり、今日は少し時間がある。

 二人がその気なら、今日は昨日の反省会でもするとしようか。二人面子が足りないが、現実のどこに住んでいるのかも分からないし、それどころか私達は電子上の連絡先すら交換していない。気にしても仕方のない事だ。


「そう言えば、絵筆さんあの時どこで何してたんですか? いつの間にか死んでましたけど」

「ぐっ……なぜ我だけ生き残れなかったのか、だと……?」

「まぁ、それは大方予想が付くわね」


 悔しさの余りか痛いところを突かれたからか、口調がおかしくなっている絵筆。私はあまり詳細を思い出したくなくて昨日の戦闘ログは漁っていないが、その様子から大体予想は付く。しょうもない死に方をしたのだろう。


 私が最後にロザリーを確認したのは相手の神聖術師と一騎打ちをしている所。そもそもロザリーが何をしていたのかも聞かされていないが、相性の悪い神聖術師相手に何かをしようと考えた場合、死霊術師に打てる手は限られてくる。

 多分、最大火力が出せる状況で例の古代魔法、ビクティムを使ったのだろう。それで即死級の大ダメージを与え、一発KOと言う魂胆だ。


 ビクティムは受けたダメージを倍増して相手に返す特別な魔法。もちろん最大限火力を活かすためには、相手の大技を受けさせる必要がある。

 その作戦で死んだということは、神聖術の大技をビクティムに当てる時、もしかすると自分もその攻撃範囲に入ったのではないだろうか。溜めの長い高火力魔法を範囲化しておくというのは、そう珍しい使い道ではない。

 そしてパーティ全体の魔法火力の増強のため、ある程度火力に特化していた彼女の魔法を受けたロザリーは死亡。ビクティムの反撃効果はロザリーの死亡で消えたか、もしくは反撃を受けても神聖術師が死ななかったか……。

 この辺りの仕様はあまり考えたことがなかったが、召喚体というのは術者が死んでもその場に残る物なのだろうか?


 私がそんな予想を聞かせると、絵筆は苦い顔で頷いた。そして電子ペーパーにとある記録を映し出す。

 どうやら彼女は事前に戦闘ログをコピーして持って来たようだ。自分が死んだ後もどうなっていたのか、蘇生待ち受け時間の間の出来事は知っているらしい。

 そんなことしなくとも、アカウントにアクセスすればログくらい見れる……と思ったが、端末がリンクしていない場合、公開設定の範囲を変えなければならないので、結局こちらも二度手間か。


 絵筆は紅茶を口に含みながら記録を読み、苦い顔で唸る。そして少し少なくなったカップの中に砂糖をざざっと勢い良く入れた。


「奴め、不屈など付けおって……」

「不屈って何でしたっけ?」

「死んだ時HPが1残るバフ効果。毒殺に関係なかったからあるとかないとか気にしてなかったわね」

「あー……なんか納得です。1回死なない上に即時回復はそりゃ強いわ」


 頬杖を突いて絵筆の電子ペーパーを覗き込んでいた萌は、そう納得すると顔を上げ、いつになくキリリとした顔つきで口を開く。


「次会ったらボコボコにしましょうね」

「結構、“ボコボコ”にはしてたと思うんだけどね。あなたは特に……」

「狙うは金的ですよ、金的。わたしの経験上、エロゲ用のマシン使ってる男への攻撃で、金的が通用しなかったことないです。入れば確定ダウン取れますよ」

「……痛みって軽減されるんじゃないの?」

「100が1になっても、100万ぶち込めば1万通じますから!」

「そういう問題なのかしら……」


 どう考えてもVRは痛みの上限値が決定されている様な痛覚のはずだが……どちらかと言えば、それでダウンするのは条件反射なのでは?

 まぁされることはないであろう彼女にとっては、どちらでもあまり関係のない話ではあるか。


 昨日の戦いの敗因は色々とあるが、やはり精霊の加護がトップ。あれが無ければもっとマシな戦いになっていたはずだ。

 しかしこちらは考えても仕方がない。私の魔法を律儀に避けていた所を見ると、向こうは自分のバフの効果すら認識していなかっただろうし、あの力のまともな検証もしていないのだろう。そのため詳しく知ろうにもデータが戦闘ログしかない。

 しかしあれだけ強力なバフだ。もしかすると、消す方法でもあったのだろうか。


 そんなどうしようもない精霊の力を例外として除いた場合、やはり最後のコロコロ君の停止が痛かった。

 赤いランプの点滅にはいくつかのパターンがありこれだという確証はないのだが、考えられる理由は出力の低下。つまり、内部の精霊の消滅である。

 あの精霊核は精霊がそこに存在する限り出力を維持できる性質を持っている。とはいえ、大精霊から延々と力を絞り出していたので、いずれは消える運命ではある。あそこで尽きたのは運命だったのか何なのか……。


 ただし、こちらは悪い事ばかりではない。エリク達の目的は精霊核の破壊だったわけだが、それはつまり内部の精霊の解放である。

 しかし、連中が精霊核をぶち抜いた時には既に精霊は事切れていたわけだ。多少は笑える、面白い話だ。里の大精霊はその事に果たして気付けたのだろうか。

 彼らが何も残っていないただの殻を砕いただけだということに。


 しかし、敗因としてこの二つは大きくはあるが、ある意味特殊な物だ。次の機会では活かせないのはほぼ確定している。

 そうなると残りの敗因は、目立つところではロザリーが死んだことと、私が役に立たなかったことくらいか……。ロザリーは何とも間抜けだから自分で反省するとして、私の方は問題だな。


「やっぱズルいよなー。負けイベント覆すためのバフで一般生徒殴るなんて」

「まぁ、それは終わったことね。次に会う時は考えなくていいわ。……それより状態異常の扱いの方が問題よ」

「と言うと?」

「どうも運営は“強敵”に状態異常は通じない物だと思っているようね。今後、エリクでなくとも似たような連中が出て来る可能性が大いにある。困ったわ」


 私がそんなことをボヤくと、書き物を止めた絵筆が難しい顔で腕を組む。

 どうやらそれについては多少思う所があるらしい。


「まぁ、呪術師なんてクラスを作っておいて、それを完全に封じるバフを入れてるのはどうかと思うぜ、あたしも。ただまぁ……入っちゃうと一方的だもんなぁ。状態異常が強すぎるから使い勝手で調整してるみたいな所あると思う。もう攻撃魔法解禁したら?」

「無理。スキル枠がないもの」

「しれっと嘘を吐くな、嘘を」

「実際、実験用の魔法と便利系のパッシブ入れると結構カツカツなのよ? 普段使ってる魔法抜くとうっかり使いそうになるし」

「普通、実験用の魔法なんて持ち歩かねぇのよ。普通は」


 まぁ、絵筆の話は半分くらい聞いておくとして、私に必要なのはやはり状態異常が封じられた時の立ち回りだ。

 こうなると耐性を弱化させたり、解除されない状態異常を通したり……そういった手段が欲しくなる。状態異常特化のクラスなんだからその位あってもいい気がするが。


 とにかく現実的な“とっかかり”がある手段としては、ダメージ薬の増産だろうか。

 あれが広範囲に高倍率でお気楽に撒ける様になれば私でもダメージディーラーになれる。現状コスト高過ぎて不可能だが、解決策として姿が見えているという点で他よりは一歩先を行っている。

 何せこれ以外の方法はまだまだ、あったらいいな、くらいの話でしかない。資料にも書かれていないのだ。


 後ついでに現実的な範囲で欲しいのは、耐性値の確認用の魔法か。いや、魔法でなくとも、例えば薬なんかでもいい。

 例えば、麻痺や昏睡の耐性を確認する時。敵の耐性が4倍とか5倍なら逆にいいのだ。

 しかし無耐性の時はどうだろう。調べるために使った魔法で麻痺してしまう、寝てしまう。それは少々勿体ない状況だ。だからと言ってこれらの耐性を調べるのを躊躇していると、本当に必要な時に賭けになってしまう。


 それに、状態異常の数が増えた今、耐性を調べるだけでもかなり大変だ。調べ終えた耐性を覚えるだけなら何とかなるが、累積耐性と影響力の管理を複数の相手にやるとなると、即座の判断は難しくなっていく。

 一発でこれを調べられる道具か魔法があれば、かなり役に立つだろう。影響力は無耐性相手にも状態異常も累積耐性も入らない100以下で。


 ……一応、目星は付いている。それも二つ。


 一つ目は、複数の魔法陣の同時展開。

 彼のリングに使われていたあの技術があれば、例えば影響力50の状態異常魔法を同時に発動し、与えられた影響力から対象の耐性が判断できる。


 しかし、いくつか問題もあった。

 魔法陣は基本的に魔法陣を中心にして効果が発動する。魔法陣の内部に影響を与えたり、魔法陣から弾丸を発射したり……。そのため、立体の魔法陣を組み上げたとして、それが手元にあった場合、手元にしか効果が出ない事になってしまう。

 だったら、相手を囲むように立体の魔法陣を……とも考えたのだが、どうにも難しそうだ。彼の内部設計の様に物理的に魔法陣を描き上げたとして、完成品はやはり球形。相手に投げつけて使うのか?

 それにそもそも、まだ同時詠唱は仮説でしかない。現状の私達に実現できる範囲を超えている。実際には実現できないかもしれないという可能性は大いにあるのだ。


 もう一つの手段はやや簡単だ。

 “耐性を調べるため”の毒液を作ればいい。複数種類の毒液をひとまとめにして一緒に投げつければ、蓄積した影響力から逆算して耐性を判別できる。

 影響力は少なくてもいいから量産は難しくはないだろう。その上、魔物の種類毎に使うわけだから、一度の探索で10本も20本も使うことは稀なはず。

 そして何より、こっちは魔法陣と違って既にある程度完成しているのだ。


 しかしこちらも問題はある。

 回復薬や蘇生薬、各種毒薬、ダメージ薬まで入っている私のアイテムは、魔法と同じく余裕がない。パーティの中で最も暇な私が事実上の回復担当として動いている関係上、回復薬も蘇生薬も抜きたくはないし、毒液を抜くのも少し問題だ。ダメージ薬は最終手段として常に持っておきたい。

 そこに耐性を調べるために専用の薬品を更に持つとなると……。


「やっぱり、装備の更新が必要だと思うんですよね」


 ポツリと呟いた萌の話に、私は顔を上げる。考え事をしていて話を聞いていなかったが、どうやら二人もエリクをボコボコにするためには力を付けなければならない、という話になったようだ。

 中級に上がって全ての授業を聞き終えて……強くなったとは思っていたが、こんな所で満足していいはずがない。あの敗北を経て、少なくともここに居る3人の意識は共通している。


「ああ、あの話? 二人で作ってるっていう」

「うーん、それだけじゃなくて……DPS気にし始めると、狙いやすい剣で戦っちゃうんですけど、やっぱり奇術師って前衛に比べて火力でないじゃないですか。……外しても当たる矢とかないですかねー」

「弓の方はあたしがどうにかできるとしても、そんな矢があったら大問題だろ」

「そこまでいかなくてもいいんですよ? 何かこう、ぱーっと広範囲に当たる様な……ショットガンみたいな?」

「別ゲー始まったな……」


 ぱーっと、ねぇ……まぁ確かに、あの時私と一緒にいたのがティファニーではなくリサだったらもしかすると……という考えがないわけではないが、流石にそれは……と思った所で、ふとある物を思い出す。


 そう言えば、回復因子は火の属性と相性が良いからエル式で分解できない、みたいな話があったような。そう考えると、一番端で大量に溜まってるあの謎の毒液って……。


「……もしかして、矢が爆発すればいいんじゃない?」


 言葉にするとどうもバカっぽいが、私はそんな思い付きを口にするのだった。



本日この後、用語解説状態異常編を投稿します。これでこの前休載した二話更新分とさせてください。


投稿時点の文字数は1万超と大分長い上に全部解説なので、多分内容はかなり重いです。読まなくてももちろん大丈夫ですが、読む際は斜めに読んでから気になる所を読み返すことをお勧めします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 機能の戦いの敗因は色々とあるが、やはり精霊の加護がトップ。 昨日の戦いの かな? [一言] 用語解説ありがとうございます 実際どういう感じにカスタム出来るかとか考えるだけでかなり…
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