第5話 諦念と運命
「あー笑った笑った。うん、君は凄いね!」
「……好きに笑えばいいわ」
剣を投げても膝で蹴っても死ななかった狼が嬉しそうに消えて行くのを見送りながら、私は膝を抱えて蹲る。やや魔法使い風の学生服は当然の様にミニスカートだが、“傷心中”の私に裾や下着を気にする余裕はなく、そのままごろんと横に転がった。
梟はそんな私を見てもくつくつと笑い続け、何かを思い出して再び大きく笑う。ごろんごろんと転がり続ける私はさぞ面白おかしかったことだろう。
「あー、何度思い出しても最高だったなぁ。試験は本来AからFランクで評価されるんだけど、君は私が見て来た中で唯一のGランク! 初の落第者だよ!」
「……」
……思わずVRマシンのシステムメニューを呼び出して電源を落とそうかとも考えたが、絵筆の事を考えてぐっと堪える。おそらくは私をまだ待っている事だろう。
何とか気力を振り絞って体を持ち上げると、私はチェックを入れた後も出しっ放しになっている学科紹介の本に手を掛ける。
そしてパラパラとページを捲って、魔法学部の紹介ページを開いた。
私にはそもそも格闘が向いていないのだ。それはもう分かった。別に体力がないという自覚はないが、VRだとどうも調子が出ない。
そうなれば必然、魔法学部を専攻するのが残された選択肢になるわけだ。
私は地べたに座りながらじっと学科一覧を見て行く。
これ以上失敗したくはないので、初期スキルを含めて慎重に。初期スキルはそのクラスに所属した時点で獲得するスキルのことだ。大抵はそのクラスに深く関連する効果の物が一つだけ。重戦士のスキル? 何の役にも立たなかったよ。オートガードではなかったからね。
この世界の敵は意外に俊敏に動くので、遠距離攻撃と言えど油断はできない。特に前隙である詠唱時間が長いスキルは論外だ。その隙に距離を詰められれば格闘の必要性が生まれてしまう。そうなると、時間のかかる回復と召喚系は問題外と言っていい。
そもそも魔法系でありながら前衛での攻撃役を役割としているクラスもあるので、そちらも除外だ。
そうして見ていく内に、あるクラスが目に留まる。
呪術科。クラス説明には状態異常で戦況を有利に進める事を得意とすると書かれている。能力値も魔法系にしては良く伸びる。
そして何より、初期魔法が早い。詠唱時間は全クラス中最速、再使用までの時間もかなり短い。効果はヒットした対象に毒の効果を付与するとあるが、魔法のカスタムを使えばこの辺りは何とかなるだろう。こうした少し癖のある魔法を矯正するのも改造の一つの使い方だろうし。
私は他の学科と呪術科をしっかりと見比べてから筆記台に本を戻すと、立ち上がって呪術師の欄に二度目のチェックを済ませる。ちなみに重戦士には訂正を入れてある。
初の落第者であるらしい私が、再び挑戦する気になっているのを見て案内人は私をくつくつと嗤う。
「諦めて帰ってもいいんだよ?」
「……テストは?」
「ふむ……杖を取りたまえ」
トビスケの言葉を無視して軽く睨むと、彼はそれ以上何も言わずにテストを開始した。
先程の準備をなぞる様に、今度は半透明の杖が現れる。今回は一本だけ。どうやら選択肢はないらしい。手に取ると前回と同じように色を取り戻すが、それでも長剣程は重くはならなかった。
「あそこに的が見えるだろう。あれを撃ち落としたら合格だ」
内容がさっきより簡単になっている……と思うのは、直接的な攻撃力のないクラスを選択したからだろう。
示された方向を見れば、さっきまで狼の居た場所に円形の的が5つ浮いていた。内2つは静止しているが、他の3つは動いている。2つは左右、1つは上下左右にランダムに。
「魔法は使いたい魔法を強く意識して、発射する角度と方向を杖で指定するといいぞ」
「……」
私はトビスケの助言に若干の腹立たしさを感じ、そしてそれを飲み込みながら、的とは関係ない方向へ杖を向ける。
意識する内容はさっき本に書かれていた。毒と弾丸、飛んで行って着弾……これらは魔法に対応する魔法陣に書かれている内容であるらしい。
しかし意識するだけと言われても、やったことのない事は往々にして難しいものだ。
とりあえず集中するように念じて……とやってみたが、一向に起動する気配はない。ここに時間がかかったらまた何を言われるか分からないな……。
私は大きく息を吐くと、もう一度キーワードを頭の中で唱えながら杖をぎゅっと握り込む。
すると、杖の先で白い光で図形が描かれた。その事に驚いて力を抜いてしまうと、すぐにそれは形を失って空中へと消えていってしまう。
もしや、今のが魔法だろうか。……いや、むしろそれ以外の何かだと言われても信じられる気がしないが。
先程と同じ様にキーワードを意識しながら杖を握ると、今度は消えずに魔法陣が書きあがる。円を基本に三角形や謎の文字列で書かれた魔法陣は、意外にも簡単そうな内容である。学科案内と違って内容は読めないので、もしかすると違う言語なのかもしれない。
そのまま杖を左右に振れば、魔法陣は多少の遅れをもって追従する。
……これ、どうすれば飛ぶんだろう。
そんなことを考えながら手を緩めたその時、魔法陣が軽く輝き、その中央から紫色の液体が“だま”になって飛んで行った。
その液体は地面にべちゃりと落ちると、小さく飛沫を挙げながらその半固形の形を崩した。着弾後もしばらくは残っていたが、数秒で消えてしまう。
「……なるほど」
発動の感覚を掴んだ私は、今度は的に向かって魔法を放つ。
毒の弾丸の軌道を確認しながら色々と試してみたが、どうやら杖を握るとか握らないではなく、発動すると言うことを意識できれば発動できるらしい。体を動かす必要は意識しやすいか否かで、杖を振っても握っても何でもいい。使う魔法がどういう魔法なのか(色や効果、軌道など)を知っていれば、かなり簡単だ。
杖の方向指示もいい意味で曖昧で、何となく向けている方向に飛んで行く。それよりは軌道と着弾点をしっかりと認識して放った方が命中精度は高い。認識とは関係なくいつも同じ放物線を描いているので、調整できるのは上下左右の角度だけだ。
3度目の挑戦で当たった的に立て続けに毒を当てながら、そんなことを確認していく。発動も調節も、案外慣れれば難しくはない。
私は一通り検証を終えると、今度は隣の的を射貫く。
そしてその調子のまま動いている的にも当てると、杖を戻して大きく息を吐いた。
「ふむふむ。こっちの才能はそこそこのようだね。B判定だ」
「あれほど試し撃ちしてB判定? 甘くないですか?」
「回数ではなく的からの距離の平均を出しているからね。とにかく、これで君の試験は終了だ」
そう言うとトビスケは止まり木から飛び降り、滑空して何もない空間をしばらく飛ぶ。
ゆったり移動する半透明の影を目で追ってくと、とある場所で彼は眩い程に輝いた。その視界から消えた瞬間に、トビスケはどこかへと消えてしまった。
代わりにそこには、さっきまで存在しなかったアンティーク調の扉が設置されている。そしてどこからともなく、憎たらしい声が響く。
「この扉の先で、君の学院での生活が始まる。一応君にも伝えておこう、入学おめでとう」
「……一応」
私がそんな言葉を返したが、それ以上彼から言葉が返ってくることはなかった。どうやら入学案内はこれにて終了と言うことらしい。
借りっぱなしの杖を担いで扉へと一歩足を進めると、背後でどさりと何かが落ちる音がする。
何の音かと後ろを振り返ればそこにはさっきの本が落ちていた。学科の説明が書いてあった本である。
風もないのにと怪訝に思って拾い上げると、この本が一体“何だったのか”が分かった。
「これは……凝りすぎでしょう……」
何と本がゲーム内のシステムメニューになっているのだ。
最初のページにはやはり見慣れぬ言語でステータスや装備、アイテム、設定と言った馴染みのある目次が書かれている。試しにステータスを開いてみると、パラパラと自動でページが開かれて私の名前と能力値が表示されたのである。
どうやらこれも“世界観”の一環という事らしい。
本を閉じると手から消え、魔法を使う要領で呼び出すと再び現れる。
中々面白い仕様に製作者の奇妙な作り込みを感じつつ、私は新しい世界への扉を今度こそ開くのだった。