第66話 遺物
本日二話更新の後編です。
本日の最新話へと飛んだ方は第65話からお読みください。
試験室へと足を踏み入れた私達を出迎えた、一台の機械。それはバチバチと火花が散る様な音を響かせながら、僅かに体勢を持ち上げる。
壊れてはいるが、完全に動かないわけではなさそうだ。
それにしても、機械か。毒や混乱はどの程度効果があるのやら……。
彼我の距離を測りながら、私達は徐々にその機械に近付いて行く。
私とコーディリアは魔法の詠唱範囲、リサは自分の得意距離まで近づければ万々歳。
残りの二人、ティファニーとロザリーは距離があまり関係ない。リサの後ろ、私達の前くらいの感覚。一応適切な距離はあるが、近くても遠くても対応できるのが彼女らの強みである。
リサが一人、武器を構えながらゆっくり近づいていると、それは唐突に始まった。
「っ! 可愛い見かけによらず、意外に速いわね!」
機械は両足に装備された車輪を回転させて勢い良く走り出すと、手にした刃をリサへと突き出す。躱すことのできなかった彼女は、大斧を盾の様に構えて割れた刃を滑らせた。
……可愛いか? こいつ……。
ところでこの機械、戦闘が始まるまでは青判定だったのだが、見ての通り友好的ではなく、こうして向こうから攻撃を仕掛けてきている。もしやとは思うが、イベントを順番に熟していくと、戦わずに済んだりするのだろうか。
さてその戦力は、と魔法視で確認すると真っ赤な赤判定。強敵だ。尤も、赤と言ってもピンキリなのだが……それ以上に気になることがある。
目を閉じ、魔法視で視界を広げると床が光って見えるのだ。一体どういうことだろう。床自体が敵判定なわけではないと思うのだが。
青白く、何かの模様を描いている様にも見えるが……。
まぁそれよりも今気にするべきは、目の前で苦戦しているリサだろう。遺跡の調査や考察は戦闘が終わった後でいい。
リサとて狂戦士科で勉学に励むそこそこの優等生。イエローマーカーの記録保持者ではあるものの、その理由もかなりあれだし。そもそもマーカーは不良生徒認定されることはあるが、実力には直接的には関係しない。
彼女の実力は確かな物であり、格闘戦だけで言えば私達の中では確実に首位だろう。
そんな彼女が、1対1で押されている。
車輪で素早く動き、両手の刃で致命の一撃を繰り出す機械相手に、防戦一方といった様子なのである。まだ動きに慣れるための様子見をしている最中と言うこともあるだろうが、元々彼女は攻撃一辺倒に振っている能力値とプレイスタイルだ。早めに助けた方が良いのは確かだろう。
私はとりあえず一番効きそうかなと言う理由で、麻痺の魔法の詠唱を始める。石化は範囲化が出来ないので素早い相手に当てづらい。昏睡は効かなそう……となれば、もう足止め系の状態異常はこれしか残っていないのだ。
詠唱短縮の効果で物の1、2秒で終わる詠唱を確認すると、素早い動きでリサを翻弄する機械に向けて魔法を放った。
……少なくとも、放とうとした。
「……?」
結果は、何も起こらない。
効果がないとか完全耐性とかそれ以前に、魔法が発動しないのだ。
確かに感覚的には詠唱が終わり、私は発動させるための魔法陣の位置の指定を行ったはず。それにも拘らず魔法陣は現れず、効果もなく魔法がキャンセルされていく。
まさか、魔法をしくじった? 今更こんな初心者の様な事を……?
「……」
私は状況が飲み込めないまま、次の魔法の詠唱を開始する。今度は詠唱破棄で即時発動させるが、結果は同じだった。
魔法がどういう物か分からなかった入学前のあの時とは違い、魔力が体から流れて行っている感覚はある。初めて使う魔法を失敗した時とは異なる感覚だ。
私が失敗しているというよりは、どこかで消えている様な、そんな感じのような……?
突然の不調を前に困惑していると、矢を放ちながらティファニーがこちらを振り返る。私が動かない事に真っ先に気が付いたらしい。
「サクラちゃん? 大丈夫!?」
「……魔法が発動しません。原因を調べるので、ティファニーとロザリーは前に出て下さい。リサの盾くらいにはなるでしょう」
「酷いなお前! 自分の不調を……お……? わ、我が死霊術をしくじっただと!?」
見れば、ロザリーも死霊の呼び出しに失敗している。隣にいるコーディリアもまた、不発の原因が分からずに首を傾げるばかりと言った様子。
ふむ。この不調は私だけではないのだな。
つまりこの遺跡内部で魔法が使えない。いや、地上では使用可能だったので、正確には地下、もしくはこの部屋では魔法が発動しないということになるのか。
おかしな点と言えば、この足元の光だが……よく見ると床の光っている部分は、肉眼で見ても何かがうっすらと書かれている様にも見える。僅かに石材の色が変色しているのだ。
変色している様には見えるのだが、こちらはこちらで魔法視でも光らない部分も変色しており……結局良く分からないな。
機械の相手を三人に任せつつ、完全に役立たずになってしまった私とコーディリアは周囲を見回す。
試験室の床は円形だ。壁は途中までは円柱だが、上は丸くなっている。
普通部屋と言うのは四角形に作ると思うのだが、地下でドームを作って何か利点があるのだろうか。潰れにくくなるとか?
「……ん?」
魔法視と直視を交互に繰り返して部屋を見回していた私は、ある事に気が付いた。
魔法視で見える光っている部分と、肉眼で見える部屋の大きさが違うのだ。床の形に添うように光っているのだと思っていたが、床面積に比べて光っている面積の方が僅かに“大きい”。
そのズレがあるのは入り口の反対側。部屋の奥だ。
その違和感の正体を探るため、床と壁の境目をぐるりと見回すと、確かに少し部屋の形が歪に見える。半円に楕円形の上半分を繋げたような……部屋が完全な円形ではない。
対して、光っている部分は完全な円形だ。この差がズレとして見えているわけだ。
しかしそれが分かった所で何か……。
私が頭を捻っていると、小さな影が私にそっと寄り添う。こんなことをする者などこの場には一人しかいない。
「あの、サクラさん」
「何ですか?」
「もしかすると足元のこれは、魔法陣なのかもしれません。読めない程に複雑で、大きな」
何だと?
私がコーディリアを振り返ると、彼女は私が見ていた反対側、入り口の方を指差していた。
私はそこを魔法視で睨む。
……確かにこの模様、円形の内側に接する“多角形”に見えなくもない。あまりに角と線が多過ぎてほぼ円だが。言われるまで気付かなかった。
では、この一見無秩序に描かれているように見える線は、重なる様に描かれた意味のある図形だというのか? 魔法言語は……図形に塗り潰されてしまっているのか、読み解くことはできない。
いや、そもそも魔力の流れとしての陣は言語とは別要素として……ふむ。確かに、広義の意味ではこれも魔法陣なのかもしれないな。
そう考えると魔法が使えない理由も分かる。
魔法陣と魔法陣は干渉し合う。二つが重なる程近くにあると魔法陣を組み上げる魔力が絡み合い、互いに互いを書き換え合ってしまうのだ。
そして、その作用は一方が圧倒的に大きな規模と魔力を持っていた場合、弱い魔力は大きな魔力の一切を書き換える事が出来ず、そちらへと流れていく事になる。
そのため大規模魔法の魔法陣の上では、基本的に魔法が発動しない。
例えば、ヒューゴ先生が以前惑星規模の魔法陣を作ろうとか馬鹿げたことを言っていたが、そんな規模の魔法陣を作った場合、その上で生活している人間は一切の魔法を使うことが出来なくなってしまうのだ。
魔法が生活基盤に組み込まれてしまっている現代、学院長が却下したのは当然の話だったのだ。
しかし、困ったな。理由が分かっても対処の仕様がない。この何に影響しているのか分からない大規模魔法を止めなければならないのだが……。
私は体力が怪しいロザリーに回復薬を投げながら、魔法陣の全体像を確認する。魔法視で光って見えるのは、あまりに多い魔力量が魔法視を通してそう認識されてしまっているだけなのだろう。
……やはりこれは読み解けないな。これをどうにかして消す手段は……。
「いや、何かあるとしたらあそこか……」
私は部屋の奥、不自然に歪な形をした部屋の壁を睨む。
魔法陣はあの先まで続いているのに、部屋はそこで終わっている。魔法陣を描いてからそこを埋め立てた?
まずあり得ないな。あそこには何かがあると考えて間違いない。
扉らしき物は見えないが、何かあるのだろうか。
私は戦闘を続ける3人と1台を大回りで避けながら、円の外周に沿って移動を開始する。
その際、機械には機関銃の様な物を向けられたが、幸い弾が切れているのか壊れてしまっているのか、私に向かって発射されることはなかった。
私は綺麗な白い壁に触れつつ歩みを進めていく。
前衛も機械の素早い動きに慣れて来たのか、意外に被弾は少な目だ。
相手のHPも一切減っていないが、リサに至ってはロザリーとティファニーを盾にしながら反撃に出る事さえある。高過ぎるのが防御力かHPかは分からないが、攻撃を受けてもオーラが減っている様には見えないのだが。
戦況には余裕がある。落ち着いて、小さな違和感でも見逃さない様にしなくては。
そう自分に言い聞かせながら、部屋の奥までやって来た時、私はそれを発見した。
「……今の」
ぺたぺたと触れていた壁から、チッと僅かに硬質な音が鳴る。後ろで派手に鳴っている金属音とは全く別の、軽い音。
それと同時に感じる、指先の爪が何かを弾いたような小さな衝撃。
……見えないが、ここに何かがある。私は全く凹凸がないように見える白い石壁を睨む。
私は記憶を頼りに手を動かし、その“見えない何か”を探り当てた。
しかし、それ以上調べるのは難しい。壁に張り付き、つま先立ちをしてようやく指先がかかったそれを見上げ、ため息を吐いた。
ここ、この壁に何かがあるのに届かない。私の両手を目一杯伸ばしても、その透明な何かの下の部分にしか触れていないのだ。
……どうしよう。ここにあるのは明らかなのだが……。
私が困っていると、反対側を探していたコーディリアがやって来る。
……ふむ。まぁ二人なら何とかなるか。
「コーデリア、ここに四つん這いになってください」
「……えっ!?」
「この上に何かあるのですが、私では身長が足りません」
「は、はぁ……ここ、でしょうか?」
突然の提案に驚いていた彼女だったが、詳しく事情を話す前に実行してくれる。素直な良い子だ、コーディリア。
私の言葉を前に、彼女の瞳が不安と期待に揺れている様な気もしたが、私は見なかったことにして靴を脱ぐ。自分も同じような見た目とは言え、綺麗な白いドレスを着た幼女を土足で踏む気はない。
まぁもしもコーディリアがそうして欲しいならやるけど……お願いされるまでは止めておこうと思う。それもちょっと楽しそうだが。
小さな背中を素足で踏みつけた私は、透明な何かを触っていく。上の方は彼女の上で更につま先立ちしなければ届かないが、これは……蓋、だろうか。
形は長方形。目には見えないが、壁からここだけが出っ張っている。縦に30㎝、横に15㎝程であまり大きくはない。厚さも1㎝未満だろう。
輪郭を掴むように触っていた私だったが、右の方を触っていた時にガチャリと何かが動く音がした。あまりに軽いその音に首を傾げるが、蓋には特に何か変わった様子はない。スイッチではなさそうだ。
今度は音が鳴った部分を重点的に……と触って調べれば、すぐに感触の異なる部分を見付けた。蓋の上に一カ所だけ沈み込むような場所がある。
軽く、カチャカチャと音が鳴るその“部品”を、私は良く知っていた。
これ、家にもある、床下の収納を開けるための“回転取手”だな。
取っ手が必要だが出っ張りが出来ると問題がある部分に使われる、埋め込み式の取っ手。半月の様な形をしているあれだ。
私は収納されている取っ手を取り出すために下半分を押し込んでいく。そして上から出て来た取っ手に指をひっかけると、透明なそれを引いた。
扉の様に開いた感覚と音はするのだが、相変わらず何があるのかは目には見えないままだ。
踏み台になってくれているコーディリアのためにも早めに終わらせようと、その先に手を勢い良く差し出し……その直後に引き抜いた。
私は慌てて自分の手を確認する。特に異常は見当たらない。そもそもここだと体が欠損したりはしないのだが、突然の光景に驚いてしまったのだ。
私は問題がない事を確認するともう一度右手を差し出し、壁に埋まっていく自分の手をじっくりと見ていた。
見えない扉があると思ったら、今度は見えるけど触れない壁だ。この施設の設計者は、そこまでしてこれを隠したかったのか?
扉の先の空間は、不思議と熱い。その熱に、私はまるで生き物の口の中に手を入れている様な不快感と、多少の恐怖を抱く。
内部はそう広くはない。中には一本の棒状の突起があるだけだ。それは確かな熱を持っており、昔一度だけ触らせてもらったことがある犬の体温を思い出させた。
……レバー、かな。これ。
生き物っぽい熱の持ち方をしているが、肝臓のことではない。スイッチの様な物が壁の中に備え付けられているのだ。
ぺたぺたとしばらく触っていた私だったが、その大凡の形を把握すると、突起を掴んで引き下げる。
それと同時に、ごごごごと響く駆動音。
音の発生源へと目を向けると、そこにあったのは今まで見えていなかった一つの“部屋”だった。




