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第64話 古代遺跡

 コケが生えている遺跡は、もこもことしていてやや歩きにくい。

 時折天井が崩れている部分には、コケではなく樹木や草が生えており、どうしてなのか分からないが、土砂が流入している部分には、また変わった植物が生えている。植生を見ているだけでも結構退屈しない場所だ。

 コーディリアはこの辺りに詳しいのか興味があるのか、一見普通そうに見える植物を撮影しては時折難しい顔をしていた。


 出没する魔物はそう強くはない。

 さっきも出たスライムを筆頭に、動くキノコや、のんびりとコケを食べる大きなトカゲが居るくらい。スライムには石化が一倍で通るし、キノコやトカゲはリサが次々に粉砕していく。魔物よりも、スライムが出る度に私とコーディリアを前線に出そうとするティファニーの方が厄介だ。

 ちなみにコケを食べるトカゲがなぜ人を襲うのかと言えば、魔物だからとしか言いようがない。魔物の多くはなぜか人間に敵対的だ。


 私とコーディリアが立ち止まる以外は特に問題なく調査は進んでいる。私達は、半壊している遺跡の奥地へと進んで行く。構造はあまり複雑ではない。通路と小部屋があるくらいだ。

 しかし、順調に歩みが進んでいるということは、逆に言えばこれといってまだ目ぼしい物を見付けてはいないという事でもある。


 そんな中、私達がようやく見つけたのは、地下への階段。

 通路の奥にぽっかりと開いたそれは、コケと年月の浸食を受けて半ば坂道の様になっている。

 私達は足元に気を付けつつも、薄暗いだけでやけに見通しがいい遺跡、その地下へと降りていった。


 そこで私達は異様な光景を目にした。

 上層は風雨に浸食され荒れていたが、地下は一変して綺麗なまま残っているのだ。地下へと続く階段だけは崩れてしまっていたが、それに気を付けて降りてしまえばまるで別世界だ。


 今までコケに覆われていた石壁は、傷さえ残っていない綺麗な姿を私達に見せている。

 光源はないというのに通路は明るく、床には私達の影すら落ちている様には見えない。僅かに足を上げれば薄い影が出来るものの、10㎝も上げれば影はすぐに消えてしまった。


「石材が光っている……のでしょうか。不思議です。コケも植物も一気に無くなってしまいましたし……」

「とても光っている様には見えませんが、それを否定すると今度は“空間自体が暗くならない”なんて考えが浮かびそうですね」


 私とコーディリアが一変した遺跡について不思議に思っている隣で、ティファニーとロザリーはリサにカメラを頼んで記念撮影をしていた。一応遺跡の壁の記録の積もりではあるのだろう。規模感の比較という役割を考えれば人間が映っていても役には立つだろう。

 尤も、この光景はどう見ても不思議ではあるが、これを見付けたからと言って何か考察が進むわけでもない。


 歩きやすくなったし、少し進むペースを速めるか……そんな事を考えていた時だった。


「あれ? 何かあそこ見えるね」

「……どこの話だ?」

「あれだって、通路の先。ほら」


 ティファニーが何かに気付いたようで、弓に付いているスコープ越しに通路の先を覗いている。すぐ近くにいたロザリーは弓を借りてそれを見ていたが、それが何なのかは分からなかったらしい。


 私もティファニーの示す方向に視線を向けるが、肉眼の私達にはそもそも見えないな。通路の先が遠い上に、多分見えた物も小さいのだろう。

 それでもようやく見つけた気になる物を前に、私達の足取りは軽くなる。


 そして、通路の中ほどまで進んだあたりで私にもそれが見え始めた。


 通路の先の丁字路の壁。そこに何か看板の様な物が設置されている。

 看板は壁の色と同化しているが、文字だけは別の色になっている。掲示物にしてはやや文字の色が薄いので、長い年月の中で色褪せてはいそうだが。


 ただ、何が書かれているのかは読み解けない。視力の良いティファニーにはここからでも文字まで見えているようだが、通常言語ではないので読めないとのこと。

 いずれにしても、この距離で解読する必要はない。もっと近づいてみればいいだけだ。


 通路の突き当りまで進んで行くと、それははっきりと輪郭を表した。

 壁と同じ材質で出来ているそれは、確かに看板だった。案内板と呼んだ方が良いかもしれない。左右に続いている道について矢印と文字で何かが書かれている。


 私には読めないが、確かに見覚えのある文字ではある。これは“普通の”古代言語だ。解読できない程に風化したりもしていない。これなら彼女は読めるだろう。


「あー……右が試験室、左が工作室? と書かれてあるな。右から行ってみるか?」


 ロザリーの口にした指針に特に反対もない私達は、今いる丁字路を右へと進む。

 どちらが正解かは分からないのだ。とりあえず怪しそうな方でいいだろう。それより、試験室というと何かの試験を行っていたということになるが……この遺跡、一体何なんだ?


「魔物が出なくなったわね」

「そうだねー……こういう先に大体ボスって待ち構えてたりするものだけど、ここもそうなのかな」


 魔物も出ない、明るい地下道をずんずん進んで行く。

 長い通路の脇にはいくつか小部屋もあったので、そこに置かれていた紙の資料もごっそり回収しておく。これは先に入った私達先行組の特権だな。古代言語なので回収しておけば後でロザリーが読めるはずだ。


 しかし、紙か。私は手元に持った資料の内容ではなく、それ自体に視線を向ける。

 紙は、石板や粘土板に比べて圧倒的に寿命が短い記録媒体だと思うのだが、これは特別に古くなっている様には見えないな。端など少し変色している所もあるが、インクも紙も読めない程に劣化しているわけではない。

 二十年前の資料と言われても私は納得してしまう劣化具合だ。それに比べて地上階の荒れ様は、とても数十年と言う単位ではないと思うのだが……。


 もしや遺跡とは関係なく、この地下は付け足された建物であり、普通に新しいのだろうか。まぁ、同じ建造物ではあるはずなので、遺跡の調査の対象外になることはないだろう。そんなことを気にしてもあまり関係ないのだが……不思議だな。


 私は一旦魔法の書に資料を仕舞う。

 この資料は私達のインベントリ……つまり、魔法の書に一時的に保管できるが、現実世界、つまり学院に持って帰ることはできない。こちらも写真を撮るか内容を書き写す必要があるだろう。その辺りは解読と同時にできるだろうから、ロザリーにお任せだ。


 それからも何度か通路を曲がりながら、私達は案内板にあった試験室を目指していく。

 その途中で、曲がり角の度に後ろを振り返っていたリサが小さく呟いた。音のない地下の空間では、私達の声は少し寂し気に反響していく。


「……結構な傾斜で下ってるわよね? ここ。どのくらい降りて来たのかしら。そもそもどうしてこんなに降りていく必要があるわけ?」

「地下で降りる必要があると言えば……まぁ普通に考えれば高さではないか? 試験室とやらに高い天井が必要なのだろう」

「天井……そういえば、どうしてスロープで降りているんでしょうね。地上階から地下へは階段だったのに」


 まさかバリアフリーなどではあるまい。スロープは現代日本で暮らしている私にとっては身近な物だが、基本的に階段の方が傾斜を大きくできる。つまり場所を取らないのだ。ここがどんな用途の場所だったかは分からないが、地下に降りるのは階段だったのだから、ここだけそういった“配慮”とは考えにくい。

 階段ではなく、なだらかな坂道を使う理由といえば、車輪が付いている何か、荷台の様な物を頻繁に使っていたから……とか?


 そんな会話を交わしながらも、私達は魔物の出ない道をただひたすらに降りていく。


 そして何度目かの曲がり角を越えた先に、それは見えた。両開きの頑丈そうな扉だ。


 もっと正確に言えば、頑丈そうだったのであろう、扉だった物だ。

 綺麗に残っている地下で、ここだけはなぜか大きく破壊されている。こちら側から大きな力でこじ開けたような跡が残っており、左側の扉は完全に外れて床に転がっていた。


「明らかに異様ですね……」

「気を付けてね、サクラちゃん」


 各々坂を下り残っている方の扉に近寄ると、緊張の面持ちでその扉の奥をそっと覗き込む。


 そこには一台の機械が立っていた。


 球形をしているその機械には、正面にカメラのレンズの様な物があり、見方によっては一つ目のお化けのような格好だ。

 そんな球体の本体からは、武骨な両手と両足が伸びている。両手には物騒な武器が備え付けられ、両足には金属製と思しき車輪が二つずつ、合計四つ装備されている。

 もしかすると地下では“これ”が移動するために、階段が使われていないのだろうか。


 背中にも何だかよく分からない装備と、排気口らしきものが三つ連なっている。排気口はそれぞれ大中小と、大きさが違うので何らかの役割が違うと思うのだが……正直こうして“筒”から排気する機械という物に対して、今一つ馴染みがないのでよく分からない。

 魔法と電気にしか詳しくない私にとっては、一昔前のオートバイみたいだなという、子供の様な感想しか抱けなかった。


 一見世界観に見合わない、メカニカルな存在。やや古臭い“近未来感”はあるものの、歯車と油で動いていそうな見た目だ。

 しかしファンタジーの古代遺跡、古代技術とはえてしてそういう物である。10年以上前のゲーム知識から、私はそんなお約束を引っ張り出した。


 ただ、何と言うか全体的にボロい。錆びたりはしていないものの、この扉と同じ様に傷だらけ。

 大きなカメラのレンズにはひびが入り、手にした刃は中ほどから折れている。微動だにしないその立ち姿は、まるで壊れてしまっている様にも見えた。


 部屋の手前からそっと中を覗き込みながら、私達は話し合う。


「くっくっく……精霊が何たらと聞いていたのでそういう系統かと思っていたが、これは予想外だな」

「あれボスだと思う? それともただの置き物かな……?」

「何にせよ、ちょっと可愛くて、あんまり強そうには見えないわね。結構壊れてるし」

「え、可愛いですか……?」


 しばらく好き勝手に話していた私達だったが、やがて一つの結論を導き出す。というか、これに関しては最初から決まっていたような物なのだが……。


「とにかく、調べてみない事には始まりませんね」


 私の言葉に、その場にいた全員が頷く。

 そして私達はようやく試験室に足を踏み入れるのだった。



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