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第63話 ブロブ

 通路の奥から姿を現したのは、ゲル状の何か。

 赤黒い体を引きずり、辛うじて形を保っているように見える()を何かを求める様に伸ばしている。溶け出した内臓の様なその見た目と、薬品の様な刺激臭に私は顔を顰める。


 視覚があるのかは分からないが、その魔物は私達を見付けると、粘液の中に空洞……おそらくは口を開けて、ごぽごぽと音を立てた。その行為は威嚇なのか歓喜なのか、それとも侵入者に対する警告か。

 動物と言うよりは粘菌の様に見えるそれに対して、人間である我々が意味を見出すのは難しい。


 直視を避ける様に魔法視で確認すると、見えたのは黄色の判定。やや強敵だが、十分に倒せる範囲だな。

 戦う覚悟を決めた私が詠唱を開始するのと、リサが飛び出すのはほぼ同時だった。


 彼女は一瞬で魔物との距離を詰めると、担いでいた大斧を振り下ろす。魔物はそれを受け、肉片をそこら中に撒き散らしながら弾け飛んだ。

 しかし、体がバラバラになる様な攻撃を受けても、魔物は動きを止める事はなかった。残った大きな塊から三本の突起を伸ばし、リサに襲い掛かったのだ。


 リサは冷静にその攻撃を躱すが、魔物の攻撃はそれだけでは終らない。

 はぐれた仲間を求める様に、弾けて散った肉片からも突起を伸ばす。既に回避した直後であるリサが躱し切るには……少々厳しいか。

 まぁ、彼女なら一撃程度なら受けても大丈夫。あまり攻撃力が高そうには見えないし。


 その攻撃が彼女に届く前に、私の魔法が組み上がり、ティファニーの矢が飛翔する。

 矢は僅かに身を躱したリサの横すれすれを飛び、魔物に突き刺さる。私の魔法もそれに少し遅れて発動し、昏睡の風が通路を埋め尽くした。

 ティファニーは射線の関係で戦いにくそうだが、こういった閉所では範囲魔法が十全に効果を発揮する。私なんかには戦い易い場所なのかもしれないな。


 しかし、それを受けた魔物の反応は芳しくない。肝心の効果はあまり見られなかったのだ。

 昏睡は完全無効で影響力の蓄積はなし。矢もブスリと身体には刺さったものの、そのまま突き抜けて床へと落ちた。


「っ、この!」


 その間に魔物の破片がリサを襲う。伸ばした突起が服や肌に触れると、そのまま張り付き床とリサの体を強烈に繋ぎ止めた。

 突然の拘束から逃れようともがく彼女だったが、魔物は獲物に張り付くと硬質化する性質でも持っているのか、微動だにしない。


 拘束された獲物を前に、大きな赤黒い塊がズルズルと近付いていく……。

 しかし、それがリサに届くことはなかった。


時雨(しぐれ)! お願い!」


 コーディリアの詠唱が完了し、それと同時に大砲の様な音が響き渡る。


 発生源は時雨、コーディリアの召喚体である巨大な蝉だ。全長30㎝は超えているだろう。

 その見た目は蛾の紗雪程ではないものの、若干怖い。


 そもそも、コーディリアによってリアル目に調整された、数々の召喚体の見た目は……誰も口にはしていないものの、パーティメンバーからの評価はやや辛い。本人はどの召喚体に対しても、抱き締めたりキスをしたりと大層可愛がっているのだが……。


 そんな彼が魔法陣から姿を現した直後に、バタバタと空中でホバリングしながら放った衝撃波は、リサに纏わりついていた破片を含め、どろどろの魔物を見事に吹き飛ばした。


 こんな高火力の技は記憶にないなと時雨を振り返ると、彼は反動で逆方向へと吹き飛び、地面に転がっているところだった。

 そして二度と起き上がることはなかった。どうやら一発限定の魔法のようだ。


 時雨の献身によって窮地を脱したリサは、前衛をロザリーの霊に任せて一旦下がる。武器を構えたまま、目の前の事に改めて集中するように大きく息を吐いた。


「助かった。ありがと、えぇと……コーデリア。少し油断してたわ」

「いいえ。お気になさらず。微力ですが、(わたくし)も精一杯戦いますわ」


 そんなやり取りを脇目に見ながら、私は次々と詠唱を繰り返していく。

 毒は5倍耐性、少し遠いな。麻痺は3倍だから粘れば多少は通る。暗闇は完全無効……見た目通りというか、状態異常の通りはかなり悪い。混乱や封印も通らないかもしれないな。

 この編成の場合、状態異常が通れば通る程、メイン火力であるリサの火力は上がっていく。攻撃頻度も威力も高まるのだから、できることなら通したかったのだが……。


 そんな状態異常耐性の確認作業中の前衛は、ロザリーの召喚した幽霊が受け持っている。

 ぼろ布から骸骨の顔だけ出している姿だが、袖口から見える白骨の手は爪の様に長く、歪に湾曲している。幽霊はその指先で魔物を八つ裂きにしていた。こいつの名前は……何か。覚えていないな。何か、ごちゃごちゃっとした名前。


 当然攻撃を受けた魔物はリサの時と同じ様に弾けていくのだが、名も知らぬ幽霊には物理的な拘束が効いていないらしく、全く気にせずに一方的な攻撃を繰り返していた。


 このまま放置でも勝てそうだななんて甘い事を考えていると、突然魔物の動きが変わる。

 一定よりも小さくなったからなのか、物理攻撃があまり効いていないからなのか分からないが、魔物は破片を一カ所に集めると、根を張り“木”のような形に変形していく。


 そして丸く膨らんだ果実の様な部分から、シューッと音を立ててガスを放出し始めた。

 それに触れた幽霊は攻撃を止め、地に伏してしまう。それは私にとって、とても見覚えのある能力だ。


「ほー、珍しい。昏睡使いですね」

「私、攻撃力のない状態異常だけの技を魔物が使うところを見たのは、これが初めてかもしれません」

「……はぁ。厄介ね」


 変形と同時に後列まで下がっていたリサと、隣にいるコーディリアと3人でそんな言葉を交わす。


 閉所のためか、魔物の噴出した赤いガスは床を這うように広範囲に広がっていく。ガス、というか、もしかすると胞子なのかもしれないけれど。

 こっちまで届きそうだな、何てぼんやり考えながら詠唱を繰り返していると、確認のために使った一つの状態異常が通った。これで一気に深度1まで入ったということは、多分無耐性だな。


 状態異常を受けた魔物は、体の一部を白色に変えていく。魔法視を使うまでもなく影響力が蓄積していることが目に見える珍しい状態異常だ。

 赤黒い体に入った白のそれは、まるでカビの様にも見えるが、カビとは少し違う。


「あ、石化が入る……一気に削りましょうか、ロザリー」

「おう、任せるがいい。……ふむ、状態異常耐性も調整すべきなのだろうか。いやしかし、能力値重視の方が結果として汎用性が……」


 ぶつぶつと死霊の強化計画を練っているロザリーに指示を出すと、彼女は詠唱を開始する。彼女はいつものように“呪文”を唱えていないが、それは今回の魔法の詠唱時間が短いためだ。


 ロザリーの詠唱が終了すると、倒れている幽霊を囲むように魔法陣が展開される。

 それは死霊術としてはかなり簡易な魔法陣。多少知識のある私なら、輝いた一瞬で何が書かれているのか読める程度だ。


 その直後、青白い炎が燃え盛り、幽霊諸共、近くにいた魔物を飲み込んでしまった。


 これは死霊術師の中級の“攻撃魔法”。

 威力は高いし詠唱も短いが、召喚体を一体消費してしまう諸刃の剣だ。


 尤も、癖はあるが召喚系で唯一直接的な攻撃魔法を使えるということで、死霊術科の再評価に繋がっている節がある。実際、壁として使っている死霊を生贄にすれば、ほぼ確実に大ダメージを叩き込めるので、見ている限りは結構使い勝手は良さそう。

 ただし、中級にまさかこんな魔法があるなんて知らなかった死霊術師たちは、魔法の威力に直結する能力値、魔力を重視してキャラクターの育成をしていなかったという、極めて重大な欠陥があるのだが……。


「ふっ、大人しく荼毘(だび)に付すがいい。我が焔の葬送だ」

「あはは、決め台詞とかあるんだね……」


 新しい魔法で格好良く決めたロザリーだったが、荼毘、つまり火葬とまではいかなかった。魔物の体力はまだ残っている。

 その後に続くように、いつの間にか蜻蛉の颯の召喚を終えていたコーディリアが、昏睡の胞子を吹き飛ばす。颯は通路の奥へと胞子を追いやると、そのまま風の魔法で魔物を斬り裂いた。


 さて、中々強かった……いや、面倒だったがこれで終わりだな。

 詠唱中だった二度目の石化魔法が発動すると、魔法陣から針が飛び出し、魔物へと刺さる。それと同時に颯の攻撃魔法とティファニーの矢が突き刺さり、魔物は霧散して行った。


「討伐完了、ですね」

「お疲れ様です。面白い子でしたね」


 さっきの見張りと違って消えて行く魔物から視線を外すと、私は大きく伸びをした。


 石化は中々面白い、そして強い状態異常だ。

 昏睡や麻痺などと同じく足止めに使うこともできるが、体の一部が固まるだけなので完全には動きを封じられない。毒や暗闇と同様に深度があり、それが進む毎に体が固まっていくという段階を踏んで進行する。


 これだけだと麻痺や昏睡の方が圧倒的に使いやすいのだが、石化の最も有用な効果はそこではない。


 石化は“HPの最大値”を減少させる状態異常なのだ。

 深度1の時にHPの最大値に1割、深度2の時にHPの最大値に3割の損傷を与える。当然石化状態の対象にHPの回復魔法を使っても、減少したHPの最大値は元には戻らない。回復魔法では回復不能のダメージとなるのだ。

 そして深度3の場合、HPの7割を消し、対象の最大HPを3割にまで減らしてしまう。


 そしてこの時、どれだけ残りHPが削れていようとも、減った最大HPの割合に応じて現在HPも減少する。

 例えば、最大HP100、現在HP50の対象に深度1の石化を付与した時、最大HPは90になり、現在HPは45になる。深度2なら70の35、深度3なら30の15になるわけだ。


 はい、強い。私が中級に入って一番驚いたのはこの魔法だ。

 そもそも深度1の時点で、最大HPの1割のダメージなのでほぼ深度1の毒の上位互換と言える。もちろん、最大ダメージで考えると初手しか使えないという問題もあるが、毒も効果時間を考えると実は似たようなものだし、そもそも毒と併用すれば効果を更に高める事も出来るだろう。


 石化の最大の欠点は、魔法のカスタムで“範囲化”が出来ない事と、時間経過や解除魔法で()()してしまうこと。

 前者は文字通りの意味だが、後者はやや特殊な仕様がある。HPが最大の状態から石化の深度1を与え、回復するまで放置した場合、現在HPは初期の状態、つまり最大を維持した状態に戻るのだ。


 つまり、石化で入った現在HPへの“ダメージ”は、石化の解除と共に対象へと返却される。

 文字通りHPを石にして“固める”効果であって、怪我をさせてHPを削っているわけではないのだろう。


 しかし、欠点はあるとは言え、足止め+割合ダメージはあまりに強い。

 これが初級にあったら呪術師の評価は全く別の物になっていただろう。……あ、未だに認知度が低い、深度の仕様が知れ渡っている事が前提だけれども。


 強い……は、ちょっと言い過ぎかな。少し不安だ。

 呪術師があまりに弱いから、私が普通の魔法を素晴らしい魔法だと勘違いしてしまった訳ではないよね? 何と言うかありそうな話ではある。この石化、強い、と思うんだけど……。


 とにかく、この遺跡に来て初めての魔物を討伐した私達は、再び遺跡の奥へと歩みを進める。


「あんなのが沢山いるなら、あたしはあんまり役に立たないかもね」

「くっくっく……案ずるな、リサ・オニキス。貴様がいなければ我らは詠唱も(まま)ならん。あれで貴様は役に立っているのだ……」

「でも、気持ち悪いよね。あんなスライムがこの先沢山いたら、前衛は身動きが取れなくなって……スライムが、沢山……はっ、閃いた!!」


 何か気味の悪い事を考えていたらしいティファニーの尻を蹴り上げながら、私はカメラを取り出す。

 これは最初から魔法の書に入っている、調査用の物だ。アイテム欄には書かれていないので魔法の書の機能に近いのかもしれない。


 所謂ポラロイドカメラ的な構造をしており、枚数には制限があるがその場で写真を現像してくれる優れモノだ。

 私なんかはデジカメ以外のカメラを直に……VR(ここ)で“直に”と言うと語弊があるかもしれないが、こうして触るのは初めてなので、弄っているだけで中々楽しい。通常のプレイヤーには、スクリーンショットの代わりに写真撮影で使われたりもしている。


 きっと無駄になるだろうなとは思うが、私は朽ちた壁の中でもコケの生えていない所や、状態の良さそうな所を狙って撮影していく。

 ……普通の、と言ったら変かもしれないが、見る限りは何の変哲もない石壁だ。


 私がそんな作業をしている隣では、コーディリアが道の途中でしゃがみ込んでいた。


「……あ、お花が咲いています」

「花?」

「えっと、正確には花ではないのですが……コケが胞子体を出していたのでつい……」

「これは……花、なの?」

「役割は似ていますよ。生憎知らない種類ですが、魔法世界では見慣れた植物の方が珍しいくらいですからね」


 いつの間にかルーペを持っていたコーディリアの隣に私もしゃがみ込み、同じコケを観察する。

 確かにコケから何か長い物が伸びているのは分かるが……これは花には見えないな。


 私達が動かない事に気付いたのか、リサが振り返る。


「何してるの? 置いてくわよ」

「あ、ただいま戻ります。行きましょう。……それにしても、どうしてこの遺跡、こんなに苔()しているのでしょうか。光合成が出来そうには見えませんけど……」

「……そういえば、何か明るくないですか? ここ。かなり奥まった所まで来たように思いますが、薄暗いだけで見通しはかなり良い気が……」

「うーん、確かに。魔法世界では、(わたくし)達の目がそういう風になっているのでしょうか。意識したこともありませんでしたわ」


 ……謎だな。調べると言っても何から手を付けるべきなのか。初めて入った遺跡の内部は、全て不思議に見えてしまう。遺跡の調査と言うからには、この施設が過去どういった役割を持っていたのか、そういう話なのだろうけれど。


 意外に物知りなコーディリアと遺跡の“現在”について話し合いつつも、私達は遺跡の奥深くへと足を踏み入れていく。

 いつの間にか奴への対抗心は薄れ、代わりに目の前の未知に対して心を躍らせながら。



 感想、ブックマーク、評価、そして何よりご愛読ありがとうございます。

 切りの良い所まで書こうと思っていたら6000文字を超えました。実質二話更新です。まぁ、実際には3000文字前後で終わる事の方が珍しい気がしているので、二倍と言うのは若干盛っている節もありますが。

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