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第61話 運命の二人

 鬱蒼とした森の見通しは悪い。緩やかにカーブを描く道が下手にある分、どこまでも続いていそうな錯覚をしてしまいそうになる。


 しかし、思っていたよりもあっさりとそれは姿を現した。


 森の切れ目が僅かに広がり、突然木ではない緑に視界が遮られる。

 石で作られていると思しきその建造物は、森に飲み込まれ、雨風に浸食されながらも辛うじて形を保っていた。近くで見ると結構高い。2階建て……いや、もしかすると一番高い部分は3階建て程の高さがあるだろうか。


 この道はやはり遺跡の入り口へと続いていたのだなと視線を下ろすと、数名の人影が視界に入る。


 あれが今回の競合相手かと思ったが、人数が少し多い。どうやら競合パーティと現地の人間が、一緒に遺跡の入り口に立っているらしい。

 彼らは何かを話している様子だったが、その内の5名は現地の人間と思しき2人に何かを言われて踵を返す。


 私はその内の一人と目が合い、そして互いに一瞬立ち止まった。

 彼は笑顔で、そして私は苦い顔で。両者の距離は、歩みを進める毎に近付いて行く。


 奴は龍の紋章と学科実技優秀者のブローチを胸に付け、にこやかな笑みで私達に向かって手を振った。


「やあ。まさか競合したパーティが君たちだったなんてね。久し振り」

「……」


 私達、特に私とティファニー、コーディリアに話しかける竜騎士。どこからどう見ても、爽やかな好青年と言った調子だ。


 その顔はいつか私を散々虚仮にしてくれた上級者様、エリクによく似ている。

 ……いや、似ているだけな気がする。きっとそうだな。もう二度と会うとは思わなかったので、多分人違いだろう。


「私達は初対面です。あなたなんて知りません」

「まさか。君を見間違うはずがない。筆記試験では随分頑張っていたみたいだし、少し見ない間にすっかり追い越された気分だよ」


 私の反応を冗談だと受け取ったらしい彼は、私の名をランキングで見たという旨を私に告げる。

 どうやら人違いでは済まされなかったらしい。お互い、初対面と言うことにしておいた方が気が楽だと思うのだが、そう考えていたのは私だけのようだ。


 それにしても、“追い越された”、ね。

 やはりというべきか、私を下に見ているのが言葉の端々から伝わり、私は小さく息を吐く。突然声を荒らげる程ではないが、相変わらず腹が立つ男だ。人の神経を逆撫でさせたらトビスケ以上の傑物だろう。


 彼の名はエリク。私と一度だけパーティを組んだことがある男だ。

 どうやらあれから何も変わっていないらしい。()()()()


 彼の隣で控えていた女生徒が、エリクの袖を控えめに引く。


「ねぇ、知り合いなの? 何か、反応が変だけど……」

「ああ、もちろん。一緒に戦ったこともある仲間だよ。知らない人もいるけど……」


 エリクは私とティファニー、コーディリアを順番に自身の仲間に紹介していく。

 特に私の事は筆記の学院首席として自慢げに紹介している。多分だが、そんな有名人と繋がりがある……もっと言えば、()()したり助けたりした事実があるというのが誇らしいのだろう。


 もう彼らを無視して遺跡に入ろうかとも思うが、何と言うか無視する“タイミング”を逃してしまったので今更立ち去りにくい。


 私は諦めて今回の競合相手をじっくり観察する。エリク以外の面子は一度も見たことがない生徒だが、全員制服を着ているので所属学科は読み取れる。

 竜騎士のエリクを筆頭に、男2人、女3人のフルパーティだ。クラスは前衛に竜騎士と狂戦士、後衛に神聖術師、召喚術師、そして……


「暗黒術師がいるのだな。人気クラスで固めたような構成だが、最後は魔術師の方がバランスが良いのではないか?」


 いつの間にか隣に立っていたロザリーが、相手に聞こえない様にぼそりと呟く。私もその点は同感だ。


 暗黒術師以外は人気クラスで、物理魔法攻撃防御回復補助と欲しい物は一通り揃っている。非常にバランスの取れたパーティだ。

 しかし、属性攻撃をやや苦手とする編成にも思える。

 この場合、魔法攻撃役には、使える属性が少ない代わりに癖の強い火力重視の自動スキルを多く習得する暗黒術師よりも、やや火力で劣るが多数の属性魔法を習得する魔術師の方が編成としてのバランスがより良いはずだ。


 その点は私も同感だが、そこに言及する前に一つ……いや、二つ言っておくべきことがあった。


「私達が言えた義理ではないでしょう。バランスが最善ではない向こうと、最悪と言っていいこちらでは」

「ふん、実力とは関係あるまい」

「それに彼女、どうやら学科首席のようですよ」

「……ふーん。というと、ダメージコンテストで我を抜いて首位だったあいつか。実際に会うのは初めてだな」


 ロザリーの言葉に私は少し驚く。

 そういえば、リリースから一週間ほど続いたダメージコンテスト。その魔法攻撃部門は、確か、暗黒術師が取っていたんだったな。


 私はすっかりそんな太古の話は忘れていたのだが、どうやらロザリーは覚えていたらしい。

 その上彼女の名前と、ランキングで貼り出された名前が同一であるということを把握していた。


 あの時ロザリーは正式にエントリーしていなかったはずだが、意外に魔法攻撃の威力で抜かされたことを根に持っていたのだろうか。


 エリクから意図的に意識を逸らした私は、パーティの中で一人どこか落ち着かなさそうにしている暗黒術科の生徒を観察する。


 ブレザーの襟に着けたブローチは、暗黒術科実技首席の証だ。

 暗黒術科は不人気クラスで競争率が低いとは言え、合格者が私しかいなかった呪術科に比べれば厳しい戦いになっただろう。多分、魔法学部でも準優秀……もしかすると優秀賞くらい取っているかもしれない。


 暗黒術師については私もあまり詳しくないのだが、もしかすると彼女は何か強力な奥の手でも持っているのかもしれないな。

 何せロザリーがダメージコンテストの時点で古代魔法を習得していたのだ。古代魔法を覚えているが公表していないという生徒も沢山いるはず。それが彼女と言うのは、ある程度想定しておいた方が良いかもしれない。


 実態の掴めない暗黒術師と戦う想定なんて組んでいないからな……でもこれ、どこかで見たことがある編成にも思える。何だったか。

 どこか感じる既視感に、私は記憶を掘り返していく。


 えーっと、竜騎士が物理前衛のタンク、狂戦士は物理前衛DPS(ダメージ効率)担当、神聖術師が魔法系万能クラス、召喚術師が召喚系サポーター、暗黒術師が……あ。


 あることに気が付いて、思わずエリクに視線を向ける。ちょうど彼も私達の解説を終えた所で、ばっちりと目と目が合った。

 その事実に若干の不快感を感じながらも、これ幸いと私は口を開く。


「もしやそちらのパーティ、よく組む生徒同士なのですか?」

「そうだよ。僕は野良で組むこともあるけど、この5人がある程度よく組む生徒かな」

「……なるほど。あなたについての疑問がようやく一つ解けました」


 このエリクのパーティ、私が偶然組んだ“あのパーティ”に似ているのだ。

 竜騎士のエリクは同一人物で、変態異性愛者拳闘士のセイカは前衛DPS担当、奇術師のティファニーは万能魔法クラス、コーディリアは召喚系サポーター、そして私はよく分からない呪術師。


 あの時、彼がやけに張り切って戦術の指示を飛ばしていたのは、おそらくこれが原因だ。


 要するに、編成が似ていたのでいつもの戦術が使えると錯覚していたのだ。

 もちろん完全に同一ではない。

 コーディリアは召喚系のサポーターではあるが、召喚術師の様なバフ系ではなくデバフ系。特殊ではあるがDPS特化の暗黒術師と、実態がおそらく誰もつかめていない呪術師の私が同じ立ち位置にされている点も間違いだ。

 しかしそれ以外は、かなり似通っているのも確かではある。


 指導……いや、文句が私達二人に集中したのも当然だ。向こうが私達について間違えているのだから、向こうから見れば私達が間違えているように見えた事だろう。確かにこの編成なら“継続的なサポート”とやらが十全に機能しそうではあるし。

 あの意味不明な言葉も、ここが元になっているということが分かれば、作戦としては理解できた。私達にやれというのはやはり無理だと言うことは変わりないが。


 召喚術師は一旦バフを撒いたら前衛の被ダメージを抑える立ち回りに切り替えるだろうし、暗黒術師はDPS特化と言いつつも属性の通りの悪さからノックバックによる前衛の補助を優先した方が活躍できる。

 これが日常なら勘違いしてもおかしくは……いや、まだおかしいんだけど、まぁ思考自体は理解できる。


 私の言葉の内容をよく理解できていない様子のエリクを無視し、暗黒術師の少女へと視線を向ける。


 彼女は私ほどではないが、ロザリーより頭半分ほど身長が低い。この学院ではかなり低身長な方に分類されるだろう。

 暗黒術師の名も知らぬ彼女は、地面を引きずりそうな程に長い黒髪を、背中でリボンの様に結んだ特徴的な髪型をしている。一人しか持っていないブローチもしているし、一度見たらそうそう忘れる事はないだろう。


 ……こいつのせいで私はあんな目に遭ったわけか。小さい者同士だからか、不思議とあまり憎しみは湧いてこないな。


「えっと、筆記首席の肩書も頼りになると思うし、僕としては今回の課題、協力してくれたら嬉しい」


 視界から外していたエリクが、そんなことを言い始める。


 協力。協力ね。言うと思った。筆記テスト首席の君と、実技で十分な成績を残した僕らならきっと……という思いがあるのだろう。面倒をこちらに押し付けているという点を除けば、確かに効率は良いのだろうな。

 しかし、私は一度口にした言葉には責任を持つ女だ。今までそう生きて来たとは思っていないが、今そう決めた。すぐに忘れると思うが。


 答えは“あの時”から決まっている様なもの。

 私は彼の提案を鼻で笑うと、真剣な表情でこちらを見るエリクを真っ直ぐに見詰め返す。


「協力? まさかとは思いますが、スヤスヤ寝ている豚を大声で起こしたりすることですか?」

「……それについては、本当にすまない。僕は君達が許してくれるまで、何度でも謝るよ」

「謝罪は必要ありません。答えはあの時と同じです。“お前なんかと二度と組むか、この愚物”」


 楽をしたかったであろう皆には悪いが、こいつと組むのだけは御免だ。

 まぁ、そもそもティファニーもコーディリアもエリクの事は嫌いだろう。あんな扱いを受けて好きになる理由が一つもない。こいつが競合相手になった時点で、私達に協力と言う選択肢はなかったのだ。


 基本的に不干渉、ばったり遭遇したら場所を変えるとしようか。迷惑だとはっきり言えば向こうもちょっかいは出してこないだろうし。


「ちょっとアンタ! 待ちなさいよ!」

「……?」


 独断でそんなことを決めてしまった私に向かって、突如制止の声が響く。


 何事だと声の元を見やれば、そこに居たのはエリクの隣に立っていた狂戦士。彼女は柳眉を逆立て、私を鬼の形相で睨み付けていた。

 私との身長差は30㎝程だろうか。そこまで大柄と言う体格ではないが、胸には学科準優秀、それも実技のブローチをしている。

 狂戦士科実技準優秀生徒と言えば、かなりの実力者のはずだ。リサでさえ筆記でしか受賞していないから、単純に考えてそれ以上と言う事。


 改めて見るとこのパーティ、実技優秀者多いな。着けていないのは神聖術師の少女だけだ。

 もしかすると、この面子で実技テストを周回していたのだろうか。全員が優秀賞を取れるよう、手を変え品を変え、幾度も幾度も。合格すればそれでいいかと考えていた私達とは志から違ったわけだ。


 そんな彼女が私に何の用だと怪訝に思っていると、彼女は私に向かって一歩前に歩み出る。


「アンタ達に何があったか詳しく知らないけどね、そこまで言う必要ないでしょ!」

「……は?」

「そりゃこいつはバカだし、気が利かないし、八方美人で、そのくせ融通が利かないわ。でも……い、イイヤツなのよ!!」

「……はぁ、そうですか」


 突然何事かと思えば、要約するとエリクの事を悪く言うなという事か?


 彼女は顔を真っ赤にして強くそんな主張をするが、正直私にはピンと来ない。肝心のエリクは私に対する若干の後悔からか、狂戦士の女を宥めているが、あまり効果はないようだ。


 しかしまぁ、大きな犬を飼っているものだな。

 噛んだり吠えたりとあまり躾はされていないようだが。もしや過激派動物愛護団体とかに所属していて、生類憐みの令のように犬畜生の方が立場が上なのだろうか。


 私が冷めた目で犬と飼い主を眺めていると、聞き捨てならない言葉が耳に飛び込む。


「ま、まぁまぁ、あれは僕も悪かったんだし……」

「一回失敗したからって何よ! そっちは色々と教えて貰って、その上最後は助けられたんでしょ! ちょっとは恩義感じたりしないわけ!?」

「……」


 名も知らぬ犬の言葉を聞いて、私は思わず動きを止める。


 教えてもらった? 助けられた?

 誰が、誰に?


 ……そうか。

 そういう風に彼女が認識しているということは、エリクはそう彼女に説明していたんだな。小さい女の子に正しい事を教え、その上危ない所を助ける事が出来たのだと。


 そこまで考えが至ると、その後は考える間もなく体が動く。

 私は犬の躾に悩むエリクのネクタイを掴むと、思い切り下に引き下げた。


 体勢を崩した彼は、強制的に私と見詰め合う。至近距離で見る彼の顔は、記憶にあるどれでもない間抜けな表情。突然の事に驚いている、というだけではなさそうだ。

 まさかとは思うが、この状況に色気のある事でも考えているのだろうか。少なくとも隣にいる犬は考えていそうだが。


 私は互いの吐息が混じる距離で、薄い唇を動かす。


「協力の話は断る。次に鉢合わせたら覚悟しておくことね」


 その時は遠慮なく嬲ってやろう。

 少なくともそうすることで私の気が収まるかもしれないから。


 他にも口にしたい恨み言は数あれど、私はそれだけで何となく胸がすっとしてネクタイから手を放す。

 呆気に取られたような表情で突っ立っているエリクを残し、私は遺跡へと歩みを進めた。


 後ろでエリクのパーティが何かを話し合っている声は聞こえるが、私は構わず、足も止めない。


「な、な、なな……」

「見た目に反して随分、大胆な人だったね……何か、最後の顔、凄く大人っぽかったというか」

「でも、好きな人の前では素直になれない……と。もしかしたら、どこかの誰かさんに似ているかもしれませんね」

「かーっ、結構な女王様じゃねぇか。相変わらずモテるねぇ、こいつはエリク争奪戦に強力な対抗馬が……ってか、NPCまで手ぇ出してんのかよ」

「……そんなんじゃないよ。彼女とはただ……」


 漏れ聞こえた、意外なほどに()()()エリクの声を意図的に聞き逃す。同じことを考えているとは、思いたくもない。それが例え私達の仲について否定的なことでも。


 その直後、森の中に少女の絶叫が響き渡った。


「何なのよ、アイツーーっっ!!!!!」



 感想、ブックマーク、評価、ご愛読ありがとうございます。


 状態異常についての解説が欲しい(要約)とのご感想をいただきましたので、時間がある時にでも第一話の前に“用語解説・状態異常編”を入れておこうと思います。本当は最新話に入れた方が初見の方にとって見やすいと思うのですが、更新の度に割り込みで入れるのが手間なので“ネタバレ注意”とサブタイトルに入れて、頭に置かせてください。


 今後も本作をどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
エリク嫌いだわー 登場する度に読む気失せる 微妙にフラグっぽくされてるけど本当にラブコメなったりしないよね?
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