第59話 競合課題
「どれにしましょうか……」
「どれも初級に比べるとやりがいがありそうな物ばかりですから、迷いますね」
私達は課題置き場の掲示板を見上げながら、中級向けの課題を探していた。
呪術科を含めた中級の授業は大方終わり、私達は再びこうして集まって課題に手を出し始めている。今日はその初日だ。
魔法のカスタムもまだまだ調整する部分は残っているものの、一応実戦で使える程度には整えた。
毒性学が終わった後に新しく始めた副専攻も順調だ。もちろんこちらはまだ授業は残っているが、空き時間にこうして集まるくらいなら十分。
そして残りの私の習慣といえば自習だが、こちらはこういう集まりに比べると優先度が低い。元はと言えば空き時間に進める積もりで始めた事だ。
そもそも新しくできたタスクとして禁書庫も見なければならないから、自習自体やや停滞気味なのだが。
ただ受けるべき授業が終わっただけなのだが、私はようやく大きな仕事が片付いたような開放感から、軽い気持ちで課題を見比べていく。
掲示板に書かれている課題も、進級テスト以降かなり変わった。具体的には頭打ちしていた難易度が解放され、報酬の桁が増えている。
「私は何でもいいんだけど、あの課題はどうするのよ」
この場にいる三人目、リサが掲示板から視線を外して私を見下ろした。彼女の問い掛けに、私は静かに首を振る。
彼女の言う“あの課題”と言うのは、私とリサが知り合った時の“交換条件”の事だ。本来ならあれも優先度が高かったのだが、実は禁書庫の鍵を渡されてから、私が行くことを渋っている。
あの課題の報酬は、言ってみればやることが増えるだけ。暇だったあの時ならばともかく、私が今抱えている作業は、シーラ先生の勉強会に、自習、禁書庫の作業……と、とても一人では手が足りない。
正直今来られても放置するしかないので、少し待って欲しいのが本音だ。リサには悪いが。
「私が三人居たらやってもいいんですが、今貰っても手が足りませんね」
「……そ。ま、元はと言えばタイミング逃したのは私のせいだし、いくらでも待つわよ。こうして有名人に会いに来る理由にもなるしね」
……リサは暇なのだとばかり思っていたが……この口振りを聞くと、今日は態々私に会いに来たのかもしれないな。この人。
連続ログイン制限と一日のログイン上限の関係で、今日中級の授業が終わるという生徒は多い。そうなると残るのは副専攻だが、こちらは授業頻度が少ない。
途端に暇になった生徒は、万象の記録庫に入り浸る。いつも以上にここが賑わっているのはそういった理由だろう。
そのためリサが私に、パーティを組もうと言ってきた時は特に気にしていなかったのだが、確かに、改めて考えると彼女ほどの力があればその辺の生徒と組んでどこへでも行けそうだ。
そんな状況で態々私を組む相手として選んだ理由、か。
私は考えている様な気にしていない様な、そんな些末な疑問をすぐに捨てると、課題の吟味へと戻る。
魔法の書を開き、あれでもいいこれでもいいと悩んでいるコーディリアとリサ、そして私。
今回のメンバーは当然それだけではない。今日は面子が5人が揃っているのだ。
私達以外の残り二名。ティファニーとロザリーは、近くにあるテーブルを囲んで、あれでもないこれでもないと文句を言い合っていた。
「だからぁ、これじゃここに矢が当たって真っ直ぐ飛ばないんだってば」
「そんな事我に言われても……貴様の設計図はこうであろう?」
「絵が下手なの! 流石にわたしなんかの腕前だと、センターショットじゃないと当たらないって。普通の早撃ちもするからレストの形をね……」
「えぇい! うるさいうるさい! そういう専門的で有用なことは作る前に言わんか!」
「後、サイトとスコープは調整できるようにしておいて。矢が直進するわけないんだから、飛距離に応じてこの辺りは微調整するの」
「あん? さっきセンターショットならパラドクスを無視して直進すると……」
「それは左右のブレの話。弾丸だって山なりに飛ぶでしょ? 矢はもっと落ちるから、短距離でもあるとないとじゃ大違い」
「大体貴様、普段サイトなど覗き込んでいないではないか。本当に必要なのか? これは」
「それは……まぁ……後、形だけのカムが絶妙に格好悪い」
「格好悪いだと!? 必死に謎の絵を読み解いた我に向かってそんな酷い事言うか!?」
「ちゃんと機能がある物を機能を無視して真似するのが、どう格好いいって言うのさ」
「ぐぬぬ……言わせておけば……注文の多い奴め……」
……と、二人は仲良く装備の相談をしている。
私達の装備作りを通して仲良くなった二人は、現在ティファニーの納得のいく弓作りにご執心だ。流石は元冒険者と言うべきか、ティファニーの弓に対する熱意はすさまじい。
昨日、早めに授業が終わったティファニーは、カスタム満載のコンパウンドボウを拙い絵でロザリーに説明し、試作品を作らせたのだが……これが酷かった。
矢は真っ直ぐに進まず、無駄に強く、そして狙いづらい。
数値上の攻撃力はそれなりだったのだが、これがティファニーには大不評だった。
そんな失敗を経て現在は、早撃ちから狙撃まで何でもござれの万能弓を二人で設計している。ロザリーは意外に手先が器用だしティファニーには知識もある様なので、言い合いこそ多いが、いや、だからこそ意外とすぐに完成しそうだ。
ちなみに、パラドクスがどうたらというのは、アーチャーのパラドックスの事。
矢は必ず弓の左右どちらかから射る事になるのだが、真っ直ぐに作られた弓の弦は真っ直ぐ前に矢を押し出してしまう。そうすると矢は弓に押し付けられて発射時にたわみ、蛇行するようになる。
ティファニーが気にしている左右のブレとはこのことだ。
それを解決したのがセンターショット。目標に対して真っ直ぐに矢と弓が並ぶよう、弓に矢を入れる穴や切れ込みが入っていたり、弓自体がねじれていたりする……らしい。
正直、ティファニーの話を聞いても少ししか分からなかったのでこの辺りは曖昧だ。
更に余談だが、この学院で売られている7,8割の弓はセンターショットになっていないという。弓の有効射程がシステム上制限されてしまっているので、そこまで正確な、針の穴を通すようなエイムを求める人もいないのだ。
そんな二人を他所に、掲示板を一通り見終わった私達三人は、それぞれの魔法の書で課題を確認していく。
こうして個別に届いている課題の中には、とんでもなく“美味しい”課題があったりするので、むしろ掲示板よりもこちらの方が本番と言えるだろう。もちろん逆に、労力と報酬が割に合わない物も多い。個別の課題はピンキリで、掲示板の課題は平均的といった所か。
良い課題が与えられる条件というのが良く分かっていないので、ほぼ完全にランダムになっているのが問題だが……。
手頃な課題を求めて魔法の書を見ていると、コーディリアが小さく「あ」と声を漏らす。
何か見つけたのかとそれを覗き込むと、そこには見慣れない文字列が並んでいた。
「……特別課題? 珍しいですね」
「報酬は……聞いた話の通り書かれていません。歩合制なのは噂通りですわね」
いつもこういった事を解説してくれるロザリーは作業中だが、私は特別課題という物を既に彼女から聞いたことがある。
確か、始めて間もない頃の長話。私は遠い記憶になっているその話を、記憶の片隅から引っ張り出す。
特別課題とは、シナリオ性のある課題の事だ。基本的にサーバーで一度ずつしか出現しない、ユニークなレア課題。
内容は様々で、魔法世界で再現された原住民と交流したり、土地神を名乗る生物に何かを授かったりと言った、まさに“特別”な事が起きる。大抵はイベントを正しく進行させると武器や魔石なんかが貰えるのだが、失敗して何も得られないこともあるようだ。
それとは別に調査報酬として学院側から貰える報酬も、調査報告の内容によって決まる歩合制ではあるが、結構良い物が貰えるらしい……という噂だ。
確かロザリーは、見つけたら爆速で受けろ、と言っていたかな。サーバーに一つしか出ないので、他のパーティと取り合いになってしまうのだとか。
コーディリアの魔法の書を読んでいくと、課題の内容は遺跡の調査と書かれてある。私と彼女はそんな文言を目にして色めき立つ。
ここは古代魔法なんて物がある世界。遺跡の調査と言われれば、大いに期待してしまうのは仕方ないことだろう。こう見えても私達は学徒だ。
私はロザリーの助言に従うことに決め、リサとコーディリアと視線を交わす。
「とりあえずこれにしましょうか。グズグズして他のパーティに取られたら癪です」
「異議ないわ。あっちの二人も文句は言わないわよ」
「……では、これを引き受けさせていただきましょうか」
満場一致で意見が決まると、コーディリアが課題の確定を押す。
しかし、ビーっと警告音が響くと課題の詳細に新しい文字が浮かび上がった。一瞬既に他のパーティが受けていて、私達は拒否されたのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
「……競合?」
赤字で書かれた短い単語を読み上げて、リサは首を傾げる。
……どうやら、取られはしなかったが面倒なことにはなりそうだ。
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