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第58話 雨宿りの雑談

 ドーン! バリバリ! と、外で響く大きな音を聞きながら、私はデバイスの天気予報を睨む。

 昨夜から雨の予報だとは聞いていたが、こんな激しい雷雨になるなんて一言も言っていなかった。いつかとは違い傘は持って来ているが、コンクリートを穿たんと降り(しき)る巨大な雨粒を見て、どれだけの意味があるのだろうかと私は小さく息を吐いた。


「……センパイ、何でわたし達今日シフトなんですかね」

「今日は休業なのにね……食材が入らなかったから仕方ないとは言え、もっと早く知りたかったわ」


 私と同じく暇を持て余すように、休憩室の机に突っ伏している萌をチラリと見てから、私は再び天気予報を恨む作業に戻る。


 今朝私が家を出た時には、当然ここまでの大雨ではなかった。結構降っているなとは思ったが、こんな台風みたいな天気になると考える程ではない。


 地球温暖化だ異常気象だと言われて久しい現代の空模様と、そんな異常状態の気象を記録し続けたスーパーコンピューターの戦いは、こうして度々人類側が負けてしまう。


 それだけならいいのだが、自動運転が主流になっている現代ではもう少し問題がある。カメラや位置情報の精度が低くなる雷雨を前に、配送を一時取りやめる運送業者も多いのだ。精度が下がろうとも、事故なんて滅多に起きるものでもないのだが、万が一のリスクが大きいので念には念を入れて、と言うことだろう。

 積載量が少なく速度の速いドローン便も、雨風に弱いのは変わらない。こういった一時的な激しい雨風は、現代の流通を麻痺させてしまうのに十分な力を持っているのだ。


 ……暇だ。

 既に午後の従業員へ「本日悪天候のため休業」という連絡を回し終え、私達はただただ店内で雨宿りをしているだけだ。暇潰しに始めた掃除も既に終わったし、店にはもう何もすることがない。


 天気予報を睨むのを止めた私は、いつからか読み止しになっている小説をデバイスの片隅から引っ張り出す。

 暇でぐったりしている萌が私の画面をこっそりと覗き込んだりもしてきたが、私が読んでいるのが小説だと分かるとすぐに興味をなくし、元の位置へと戻る。


 薄い屋根を絶え間なく叩く雨音と、どこか遠くから響く雷鳴。そして、うろちょろする萌と、時折眩く光る雷光……。

 私のページが捲る手は、いつもよりも遅かった。


「ダメだね、これは。どんどん強くなってきているよ。しばらくはここに居るしかないだろうね」

「あ、店長。何かやる事ないですか?」

「それはない。精々、もう一度掃除するくらいかな」


 私達以外の3人目の登場に、萌が少し期待を持って視線を上げる。

 しかし、その望みも儚く散ってしまった。店長はトレーに乗せて持って来たおやつを休憩室のテーブルの上に置くと、自分もテーブルを囲むパイプ椅子の内の一脚に腰を下ろす。


 今日のシフトも、最近ずっと続いている三人態勢だ。

 私と萌はほぼ毎日固定になっているが、もう一人の顔は度々変わる。私達以外にも午前組はもう3人程居るのだが、午後に行ったり休んだりと毎朝来ているわけではない。

 そして偶に3人とも予定が付かない事がある。そういった場合に限り、店長が午前中担当になることもあるのだ。


 店長は自分で持って来たおやつ、パンの耳ラスクを口に運びながら私達二人を交互に眺める。

 交通網が麻痺するほどの雷雨を前にしても、その表情は気楽その物。元々店長は、物事をあまり深く心配するような人ではない。そういった所が逆に羨ましいと、そう思うこともあった。


「ふむ……二人は、仲良くやっているかい? 緑君がこっちのシフトに馴染めるのか少し不安だったけど」

「あ、サクラちゃんとは……んんっ、桐野江センパイとは仲いいですよ。この前も家に行ったし、毎日一緒にVRでも遊んでるし」

「へぇ、VR。僕らが学生の頃も流行ったなぁ。当時はもっと高かったんだけど、それでも買う人は多かったね。大盛り上がりだったよ、株価も訴訟も……」


 ……駄目だ。理解できる言語が耳に入ると、小説がまったく進まない。いや、進んではいるのだが、理解が浅くて何度も読み返してしまう。


 私はあまり進んでいない小説を諦めてデバイスを閉じると、食パンの耳に手を伸ばした。軽い口当たりとふわりとした優しい甘さ。手が進みそうなおやつだな。

 普段はこういった砂糖と油の多い食べ物はあまり口にしない様にしていたのだが、こうして目の前に出されると自然と手が伸びてしまう。萌は……意外に甘い物が好きではないのか、おやつよりも店長の話に関心を示していた。


 私は店長の学生時代と聞いて、いつか彼女と話した記憶が蘇る。


「……店長が学生の頃と言うと、生まれて初めて恋人ができたっていう、あの?」

「はは、そんな話をよく覚えているね。確かにその頃だったかもしれない」

「へー、店長も初恋とかしてたんですねー。何か意外……」

「もちろん。まぁその初恋の相手とは、3日で別れちゃったんだけど……」

「3日!?」


 店長の言葉に萌が目を丸くする。

 この話は初めて聞いた時は私も萌の様に驚いたが、何とここで終わるわけではない。続きが、というよりももっと大きな話の落ちがあるのだ。


 私は連鎖的に思い出した話を、おやつを摘まみながら口にする。


「3日で別れた後、()りを戻して10年以上付き合って……その人が今の旦那さんって話よ」

「あはは……お互いいろんな相手と付き合ったんだけど、結局元に戻っちゃってね……」


 店長は自分の左手薬指を飾る、シンプルなリングを大事そうにそっと触れ、はにかむ。


 ……結婚か。私には想像もつかない。

 現代の結婚率なんてそう高くはない。人口ピラミッドがタワー型になって久しい日本では、結婚して幸せになるということに否定的な人も居る。少し話は変わるが、攻撃的な反出生主義さえも思想の多様性の一部として認められている。

 そんな傍らで、当然だが、こうして幸せになる人も沢山いるんだ。


 話を聞いていた萌は、突然バンと机を叩いて立ち上がる。

 突然何だと視線を向けると、彼女は驚愕の事実を知ったとでも言いたげな表情で目を開いていた。


「て、店長、結婚してたんですか!? 男の人と!?」


 どうやら萌は、半年近くここで働いていながら気付いていなかったらしい。

 店長は若く見えるが既婚者だ。素敵な旦那様との甘い結婚生活を送っており、4歳になる子供までいる。


 まるでそんな事を考えてみたこともなかったとでも言わんばかりの萌に、私は少し目を細める。


「そこからなの? 店長はいつでも結婚指輪してるじゃない」

「あ、いや、気にしてなかったって言うか、普通に()()()か何かだと……」


 虫除け? 虫除け指輪なんてあるの?

 というか、そんな機能性重視の指輪があっても、まさか左手の薬指には着けないと思うが。


 私は首を傾げるが、その隣で店長がやや苦い笑みで話を遮る。


「あはは……まぁ、偶に居るね。僕が男性と結婚しているって知って驚く子……」

「そうなんですか? 今でも女性の大多数は男性と結婚するでしょう?」

「……逆に、こういう桐野江君みたいな反応する子の方が少ないかな」

「センパイ、本気で店長の事普通の女の人だと思ってたんですか……?」

「……?」


 何を言っているのかよく分からないな。店長は普通の女性だ。

 いい年して一人称が僕だったりするが、至って普通の女性である。ショートカットで姿勢が良くて、身長も高い素敵な女性だと、少なくとも私は思っている。仕事に対する姿勢には感心できない部分もあるが、基本的には従業員思いの善人だ。

 そもそもこの喫茶店自体女の子向けとして店長が作った物なので、店員も大半が女性店員。その店の店長が普通の女性と言うのは別におかしな話ではないだろう。


 私が二人の反応を不思議に思っていると、萌が更にはっと何かに気が付く。


「もしや、センパイ、恋愛観が幼女で止まっているのでは……? これは実質幼女と言っても……」

「恋愛観が幼女って何よ」

「だって店長、この見た目で女の子向けの店作って女の子の店員集めてるんですよ? わたしてっきり……」


 その後も何か、分かるような分からないような萌の話が続いていく。

 私があまり話の内容を分かっていなさそうだということに気が付くと、萌はついに呆れたように私を眺めた。


「センパイ、それでもわたしより年上なんですか?」

「は? 違うわよ」

「わたしより3つも年上なのに、どうやったらそんなピュアッピュアに……」

「だから、年上じゃないってば」

「……え?」


 私の指摘を受けて、萌はきょとんと私を見詰め返す。まさかとは思うが、こいつ本当に気付いていなかったのか?

 人懐っこいように見えて、実際にはあまり他人について興味を持っていないのかもしれないな。


「私と比べるとあなたが2歳年上なのよ? 知らなかったの?」

「え、だって、私より3年先輩……?」

「桐野江君は高校を出てウチで働いているからね。4年間大学に通っていた緑君と2歳差なのは間違いないよ。後、二人は3年目と1年目だから正確には2つ先輩かな?」

「……えぇっ!? センパイ、わたしより年下だったんですか!? 高卒で働いて!?」

「今日は沢山物が知れてよかったわね……」


 ……雷に負けないくらい騒がしい私達の雑談は、その後も外に虹がかかるまで長く長く続くのだった。



 感想、ご愛読ありがとうございます。


 明日は更新できるかちょっと不安です。予約掲載以前に改稿作業が第58話投稿時点でまだ済んでおりません。

 なるべく早めに、日付が変わる前には上げるとは思いますが、出来なかったら申し訳ない。折角の土日なのに。

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