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第57話 装備更新

 ようやくコーディリアの着替えも完了し、私が試着室のカーテンを開けると、ティファニーがそわそわと立っているのが目に入った。

 私は裾を踏まない様に、そしてこの体で初めて履いたヒールを慣らす様にゆっくりと一歩を踏み出す。コルセットによってがっちりと固定された背骨は、問答無用で私の背筋を伸ばし、やや視界を高くする。


 柔らかな木目が特徴の床を踏むと、ことりと小さく音が響いた。

 その音を聞いてティファニーが勢いよく振り返る。試着室の小さな段差を恐る恐る降りるコーディリアに手を貸しながら、私は彼女に視線を投げた。


「これで満足ですか?」

「……」

「? ティファニー?」


 私はやや飽きれ気味に問いかけるが、ティファニーからの返事がない。

 彼女は大きく目を見開いて私達を真っ直ぐに見ると、そのまま一言も言葉を発さず固まってしまった。


 何だ? ……VR特有の何か、不具合の様な物なのだろうか。

 こんな現象は初めて見たが、もしや心拍数が規定値を超えると強制的にログアウト処理が実行されるとか。……ありそうだな。VRは色々と健康被害のための対策が法的に決められていたはず。


 私とコーディリアが心配して彼女の顔を覗き込むと、彼女の口から微かに言葉が漏れる。


「……ぃ」

「は?」

「かわいい……双子コーデ可愛すぎだよーっっ!!!!」

「ちょ、ちょっと……! ティファニーさん!」

「……」


 ティファニーは突然動き出すと、私とコーディリアに抱き付く。流石の彼女でも二人を持ち上げる事は難しいのか、右手と左手で私達を確保するとその間に顔をうずめ、何かよく分からない事を呻く。

 私はその行為にやっぱりかと呆れ、コーディリアは慣れていないためかわたわたと慌てふためく。


 こうなるとどうせ、しばらくは解放されることはない。いつになく強い力なので、いつものように指を外したりはできなそうだ。

 こんな高そうな服を貰った礼と言うことで、しばらくはこのままでいてやるか。私が暴力に訴えると何故か喜ぶし。


 私は被服室に集まっている数名の生徒達から好奇の眼差しを受けながら、自分で作った服と下着の感触を肌で確かめる様に蠢くティファニーから視線を逸らす。

 幸いと言うか、袖口と首元以外の露出はほぼない服だ。新品と言うこともあって匂いを嗅がれても別に問題ない。まぁVRだしいつでも自動で“作られた”体臭でしかないわけだが……洗濯もせず、風呂にも入らないまま匂いを嗅がれるというのは、やはり気分が良い物ではない。


 数名、ティファニーと同じ色の目線で私とコーディリアを眺める生徒もいたが、当然というべきか、手を出してくることも写真を撮られることもない。正直、ティファニーもあのくらいの落ち着きを持って欲しいものだ。


 しばらくティファニーに付き合っていると、聞き慣れた鐘の音が響く。確かこの時間は、授業が終わったことを示す鐘だ。

 私はその音である事を思い出し、彼女に視線を落とした。


「ほら、授業が終わりましたよ。次の時間は奇術科では?」

「……行きたくない」

「だ、ダメですよ? 授業は出なきゃ……」

「やだ。ここに住む」


 私とコーディリアはティファニーを胸の間に挟みつつ、顔を見合わせる。


 これではどちらが子供か分からないな。このまま奇術科の教室まで運ぶか?

 流石に彼女の授業内容までは把握していないが、事前に日程を組んでいる以上欠席は避けた方がいいのは間違いない。


 私達が悩んでいると、突然、バンっと大きな音を立てて扉が開け放たれた。

 そしてそれに続いて、被服室に豪快な笑い声が響く。


「わーっはっは! 待たせたな、盟友よ!」

「……待ってません。そして静かに入りなさい。迷惑です」

「おっと、それは一理あるな。留意しよう」


 突然被服室に現れたロザリーは、そっと扉を閉めると私達の下までやって来る。その足取りは軽く、顔には隠し切れない笑みが浮かぶ。

 かなり上機嫌だが、何か面白い授業でも受けたのだろうか。


 私がそう怪訝に思っていると、彼女は魔法の書からある物を取り出して見せた。


「ティファニーよ、頼まれていた物を持って来てやったぞ。これ以上ないタイミングでな」

「……! 忘れてた! 二人ともこれ装備して!」

「装備?」


 私達はティファニー達の言葉に首を傾げながら、ロザリーから渡されたそれを各々手に取る。

 私のは白い洋傘、コーディリアのは黒い短剣。どうも服とは逆の色になる様に配色されているようだ。話を聞く限り装備品……ということはこれは武器か。コーディリアはともかく、私のこれは本当に使えるのだろうか。


 ……しかし、その前にだ。


「ティファニー。装備はしておくので、あなたは授業へ行きなさい」

「え?」

「帰ってきたら写真でも何でも撮っていいですから。これ以上ここに居ると本当に間に合いませんよ」


 私はそう言うと、ティファニーの背中を押して被服室から押し出していく。


「え、でも……」

「行きなさい」


 未だに渋る彼女の尻を蹴ると、私はそのまま扉を閉めた。

 ロザリーも何だか事情を知っていそうなので、説明は彼女に任せてティファニーには授業に早く行ってもらおう。


 私が蹴り出した直後に予鈴が響く。被服室にいた幾人かもその音に慌てて荷物をまとめると、部屋から駆け出していった。

 今から走って行けば教室棟まではすぐだ。奇術科がどの教室を使っているのかは知らないが、遅れても数分といった所だろう。


「良いんでしょうか……?」

「まぁ、授業には出なければな……」

「気になるなら、これも本人のためだとでも思っておきなさい。自分にとって善意なら人から恨まれても気にしない、無敵の人が偶にいるでしょう?」


 私は二人の下まで戻ってくると、改めて白い傘を眺める。


 デザインはどう見ても“この服”に合わせたものだ。白を基調にしたややゴシックな装飾に、赤のワンポイント。雨に濡れると重くなりそうな傘布はともかく、取っ手の部分が猫の形になっているのがちょっと可愛い。まぁ実用的ではないな。

 傘を開いて見ると、中央がやや尖った形が特徴的だ。開いた時に骨組みがS字にしなる様になっており、単純な弧を描いていないのだ。傘と言うよりは、サーカスか何かのテントの天井の様な形に見える。


 私はやや重い傘を肩に両手で持ちながら、二人を振り返る。


「……ふむ。まぁこんな物か」

「サクラさん、良くお似合いですわ」


 二人にそう言われ、少し頬が熱くなる。私は危うく吊り上がりそうになる頬を隠すため、傘を見た時に思った不満を漏らした。


「……色、コーディリアと逆なような気がしますが」

「それは意図的に……と言いたいところだが、実は製作途中で色を逆にすると連絡が来てな。今日に間に合わなかった。元々サクラが白、コーディリアが黒の予定だったのだ」


 彼女の話を聞いて、私は一つ確信する。

 この武器や服はやはり、ティファニーが主導で作っていた物だったのだな。ティファニーが服を作り、ロザリーが武器を作っていたと。

 二人の副専攻とこのプレゼントについて、私はまったく気が付かなかった。いつから、そしていつの間に作っていたのやら。


 二人でそう質問をしてみたが、彼女は胸を張って鼻を鳴らすばかりだ。


 実は武器を作るだけならば副専攻は必要ない。購買部に行き、武器の作成を頼むだけで一応は武器が作れるし、何より初心者向けの安くて初期装備よりは多少マシな程度の装備は既製品として売られている。

 一から購買で作る場合、専用の受付に魔石と金銭を渡し、剣や槍といった武器カテゴリーを選ぶ。これだけで自動で武器を作ってくれるのだ。

 基本的にはある程度はランダム生成で、魔石の質とお金の量に比例するような性能の武器が出て来る。


 しかし、この方法は現状あまり使われていない。

 というのも、選択できるのがカテゴリーだけであり、重さや追加効果などが一切選べないのだ。

 魔石に含まれる魔力因子の方向性である程度絞れるとはいえ、追加効果重視なのか攻撃力重視なのかまでは出来るまで分からず、自分に合った物が出て来るかは完全に運。当然だが、デザインも選択できない。


 代わりに多くの生徒に使われているのは、副専攻魔法兵器学を選択した生徒が作る武器だ。


 兵器学を学ぶと教師から工房の使用許可が下り、学院の特別棟にある工房で武器の作成を行えるようになる。

 魔石から武器を作るのは同じだが、同時に使う素材によってある程度性能の方向性や、重さなどを選ぶことができる。そして何より、ティファニーが最も求めていたデザインは、かなり細部まで弄る事が可能だ。


 多分だが、コーディリアが現在使っているカンテラ型の魔法の杖は、どこかの生徒が作った物なのだろう。兵器学を副専攻に選んでいる生徒は、服などと同じ様に自分の作品を売り出すことができるので、人によっては個別に依頼を受けてとんでもない価値の武器を作り出すこともあるのだとか。

 武器と防具で、魔法甲冑学とは対になる副専攻ではあるが、数字と効果しか変動しないあちらに比べて作っていてかなり楽しいらしく、とても人気のある授業でもある。


 いつの間にかそんな授業を取っていたロザリーを見て、私は小さく息を吐く。


「どうして私達に黙っていたんですか? 別に、言ってくれても……」

「大した意味はない。驚かせようと考えていただけだ。それより性能を見てくれ。自信作だぞ」


 彼女の語る理由を訝しみつつも、勧められるままに魔法の書を開く。

 そしてそこに書かれていた性能を見て、私は思わず感心して声を漏らした。


「へぇ……」

「我が試行錯誤と先人の知恵で作った、お前専用の杖だ」


 見た目通り、杖にしてはかなり独特な性能をしている。私専用の杖と言われれば確かにそうかもしれないな。


 はっきり言って、魔力の補正値は杖にしてはゴミだ。代わりにMPが大幅に上がるわけでも、当然物理攻撃力が上がるわけでもない。

 高いのは防御性能、俗に受け値などと言われる、武器で防御した際のダメージ軽減率くらいだ。私は前衛ではないのでこれもほとんど要らない数字と言ってもいい。


 しかし、追加効果はロザリーが自慢するだけの事はある。いや、結構いつも自慢している様な気もするが、今回の自慢は伊達ではなかった。


 まず目を引くのは詠唱短縮。詠唱の時間を短くする代わりに魔法攻撃の威力を下げる追加効果だが、この傘にはこれが高いレベルで付与されていた。威力と影響力は別計算なので、魔法攻撃を使わない呪術師ならば実質的にデメリットが無しとなる。

 そして影響力増加。読んで字の如く状態異常の影響力を上昇させる効果だ。こちらはレベルこそあまり高くはないが、私は影響力を高める杖の実物を初めて見た。需要がなく誰も作りたがらないので、市場に出ないのだ。


 最後に、詠唱破棄。MPの消費が5倍になり、その上威力も減る。その代わりに、詠唱時間なしで魔法を発動できるようになるという追加効果だ。これは武器の追加効果の中では非常に珍しい、アクティブスキルと呼ばれる物で、自由に使うか使わないかを選ぶことができる。

 実はこれ、詠唱短縮と効果が()()()()()()()。パッシブスキルである詠唱短縮と一緒に付けて詠唱破棄を行うと、詠唱時間0が更に無駄に短縮され、悲しい威力になってしまうという大きな欠点がある。そのため詠唱短縮と一緒に付けることは、デメリットを無効にできる例外を除いて、まず失敗作とされている。

 しかし、前述の通り私は呪術師。そもそも魔法に火力が要らない専攻学科だ。重複によるデメリットは完全無効と言ってもいい。


 これらの詠唱破棄や詠唱短縮は、私の様な魔法火力を捨てた呪術師が最も相性のいい追加効果と言えるだろう。

 詠唱短縮だけならば他にも使い手は多い。例えば召喚系は自分の火力が関係ないため長い詠唱を無料で軽減できるし、回復系も回復効率に影響が出ないため結構使われている。しかし詠唱破棄は消費MP5倍というデメリットが、そもそもMP消費の激しいこれらにとってやや厳しい。

 つまり他のクラスは、消費も軽くて火力も要らない呪術師ほどに相性が良くないのだ。尤も、呪術師も呪術師で、そもそもの詠唱時間が短いため、短縮される時間自体はあまり長くないという点もあるのだが、それはそれ。塵も積ればというやつだ。


 私と一緒に渡されたコーディリアの短剣も、見た目に反して強力な魔法系武器だ。

 MPの消費軽減や、詠唱短縮、再使用時間の軽減など、召喚系に必要な追加効果が盛り沢山になっている。


 何より目を惹くのが、血の代償という追加効果。

 これはこの短剣で自傷した際に、MPの代わりにHPを消費して魔法を使えるという物。召喚系でMPの消費が激しい反面、HPがさほど重要ではないコーディリアにとってはかなり有用な効果と言えるだろう。


 こちらも能力値の補正よりは追加効果に特化したようで、あまり数値上強くないという特徴がある。

 召喚系も魔力で攻撃力が変動しにくい。呪術師と違って召喚体の攻撃力や耐久性能に若干の変動があるらしいが、攻撃魔法をバンバン撃ちまくる魔法攻撃型に比べると、やや優先度は落ちるだろう。


 コーディリアから短剣の性能を見せてもらっていた私は、性能に驚く二人を見て自慢げに胸を張るロザリーに向き直る。


「これは製作費、高かったでしょう」

「ほとんどティファニーが出したから、礼ならあいつにしてやるがいい」

「……そうすることにします」


 ……写真撮影、憂鬱だな。この武器と服の値段分の写真って、どう考えても……。

 私は武器と服にかかった費用を考えつつ、内心ため息を吐くのだった。



 えー、誤字報告してくださった方、ありがとうございました。

 書き換えた文章を挿入しておきながら、書き換える前の文章を消し忘れるというダイナミック誤字をやらかしました。大変失礼しました。

 今後も誤字脱字変な表現が減ることはないと思いますが、どうかご容赦くだされば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久々に性癖にささる内容で気づいたら一気読みしてました。 流行をほどほどに抑えつつ何処にも無いような内容で纏めてあって新鮮でした。 特にパーティーの話はよく出来てると思い、他の人と主人公…
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