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第56話 被服

 毒性学の授業が終わってしばらく。

 私達は今まで作っていた毒液をすべてエル式に注ぎ込み、とりあえず一晩待ってみる事にした。一晩と言うのは現実時間で3時間、つまりこちらで12時間ほどのこと。


 完成した毒液は二人で自由に使っていいという約束は交わしてある。しばらくはお互い遠慮がちに使うだろうし、まさかとは思うが独占はしないと思うので、その辺りはざっくりとした約束だ。


 しばらく一滴一滴と新しく細分化された毒液が溜まるのを見てはしゃいでいた私達だったが、現在は毒性研究室を出てとある場所までやって来ていた。

 何も授業があるわけではない。ティファニーに呼び出されたためだ。

 呼び出された場所は被服室。その名の通り防具を作る場所……ではなく、見た目装備を作る場所だ。


 副専攻に被服学という学問があり、それを選択するとここで自由に見た目装備を制作することができるのだ。


 実は被服学を選ばずとも、リサの様に“着こなし”として見た目装備の若干の変更くらいならできるし、制服ではない服は既製品として街で売られている。ロザリーの格好が徐々にそれっぽくなっていったのも、外に出かけては服屋で買い揃えていたのだろう。

 布を服にすることができる様になるのが利点の副専攻だが、もちろん私は一切手を出すつもりはない。生徒相手に自分の作った服を売ることもできるので、まったく攻略に対して価値がないかと言われればそうでもないが。

 出来れば私はもっと戦力になり得る副専攻を選びたいな。


 ちなみに能力の数字が上がる、所謂装備品としての防具の作成は魔法甲冑学という少し違う学問になっている。甲冑という名に反して、別に鎧を作るわけではない。魔法的な装備なので目には見えない様になっているのだ。一応胴体やら腕やらと装備部位は色々とあるが、どちらかと言えば“体が”硬く重くなるのに近い。

 私はてっきり見た目装備が優先されるだけで、防具は防具で見た目があるのだとばかり思っていた。違ったらしい。


 そんな被服室に呼び出された私達を待っていたのは、当然と言うべきか呼び出した張本人であるティファニーだった。


 ただし、彼女の服装はいつもの制服姿ではない。

 バニースーツに振袖を羽織ったような独特な格好だ。肩は大きく出ており今にも着物がずり落ちそうだが、リボンの様に結ばれた大きな帯で留めているらしい。和洋折衷……と言うにはやや扇情的かつ個性的過ぎると思うのだが、本人が気に入っているのなら私から文句をいう物でもないか。


「ふっふっふ……待ってたよ、二人とも!」


 胸を張って堂々と私達を出迎えた彼女を見て、私は大きく嘆息する。

 何となくだがここに呼び出された時点で、彼女が何をしたいのか予想できていた。そして彼女がどうやら、副専攻として被服学を習っていることも何となくだが察する。


 被服室を見回せば、今もせっせと服を作っている生徒が数人いた。

 彼女らはやや古臭い型のミシンで布の縫い合わせ、トルソーを着飾っている。華やかな雰囲気の通り、なぜか女子生徒しかいない。


「はぁ……予想は付きますが、何か用ですか?」


 私の問い掛けに、彼女は不気味にほほ笑む。最近見た笑顔の中ではトップクラスに嫌な顔だ。欲と下心が透けて見えるかのよう。

 ティファニーの標的になってこなかったコーディリアは、あまりの形相(ぎょうそう)に私の影へと隠れてしまう。


「実はね、この前の実技試験のお礼をしようと思っててぇ……」

「お礼はあなたの体で払う約束でしたが?」


 くねくねと何か言い始める彼女を見て、私は記憶から当時の約束を思い出す。戦力になるという話で実技試験は手伝ったのだ。彼女からお礼をされる謂れはない。

 私の指摘を受けてティファニーは一瞬、しまったとでも言いたげな顔を見せたが、すぐに笑顔へと戻る。


「それはもちろん! でもでも、他にもプレゼントがしたいなぁ……ってね! じゃーん! 見て見て!」


 そう言って彼女が見せたのは、二人分のマネキンだった。

 頭から足の先まで全て着飾ったその人形を見て、私は困惑する。こんなの作っていたのか……。


 色違いになっているその服は、西洋風のドレスである。中世ゴシック的な雰囲気こそあるが、装飾や柄は意外にもシンプル。機能性も多少は考えていたんだろうなという努力の跡も見えた。

 片方が黒、もう片方が白のそのドレスは、色違いかつ左右対称。共通しているのは腰や腕に巻かれた深紅のリボンだ。当然の様に地面に接する程の丈のスカートの前にはピカピカに磨かれた靴も置かれている。ヒールはそう高くなさそうだが、一応角度自体は付いている様子だ。

 完全にペタンコにするのも、私達の身長が高く見えるのも嫌だったのだろう。


 ……これがお礼ねぇ。

 それは完全に方便で、ただティファニーがこの服を私達に着せたいだけだろうな。そんなことを一瞬間考えた後、ふととある疑問が思いつく。


「ところでティファニー。これは当然、実技試験のお礼として作ったんですよね?」

「もちろん!」

「へぇ。良く作りましたね。私はてっきり、私達と出会った直後に作り始めて、筆記試験の勉強を疎かにした最大の原因だとばかり思ってしまいましたが……そんなことはないですよね?」

「……当然ですよ! 何言ってるんですか、もーっ!」


 珍しく敬語で話すティファニーをジトっとにらみつつ、まぁ頑張って作ったのは確かだろうなと、服の出来栄えを遠くから眺める。

 自動で作られる現代の服とは違い、彼女が一から手やミシンで縫った服。当然私達と会う時間の合間に作ったはずだが、そう考えると良くできているな。あまりファッションについて詳しい方ではないが。

 サイズはいつ測ったのだと疑問にも思ったが、あれだけ身体的な接触があればある程度測れるか。私とコーディリアはほぼ体格が同じだし。


 ……うーん。普段なら絶対買わない服だな。可愛い上に高そうと、私に見合った要素がまるでない。自分がシンプルな服を着ていた方が似合う人間だというのは、今までの人生経験上良く理解しているのだ。

 スタイル(身長が高いという意味で)良くて羨ましいなんて、学生時代にはよく言われたものだ。しかしあの時、少しでも自分に似合う服を悩んだ経験があれば、安価でシンプルだからという理由でしか服の買い物ができない私にはならなかったのではないかと、そういう後悔を……。


 私がぼんやりと考え事をしている間に、ティファニーが私とコーディリアの背中を押してマネキンと一緒に試着室へと放り込む。どうせ彼女相手に抵抗しても無駄なのだ。筋力と敏捷性の差は如何ともしがたい。


 私は諦めの境地で制服に手を掛ける。


「あ、あの……」

「はい?」


 ネクタイを外してブレザーを脱いだ私は、小さく背後から響いた声に気付いて振り返る。

 そこにはオロオロと視線をあちこちに飛ばすコーディリアの姿があった。被服室の試着室はいくつかあるようだが、私達は同じ部屋へと放り込まれている。


「……き、着替えは、その……」

「……ああ。なるべくそちらは見ませんから、手伝いが必要な時だけ手を貸してください」


 私は彼女の様子を見て人前で脱ぐのが恥ずかしいのだなと結論を出すと、スカートを脱いでシャツのボタンを外していく。


 そこでふと、コーディリアという人物について、あることを思い出した。思い出したというよりは、ようやく思い至ったと言った方が良いだろうか。


 そう言えば私、彼女についてあまり詳しく知らない。彼女と言うのは、中身の人間についての話だ。

 人前で着替えるなんて学校でも職場でもある事なので私は慣れているが、彼女はあまりそう言った経験がないのか。それとももしかするとこれも演技なのか。

 ……そもそも彼女と私は同性なのだろうか。いや、この作品に限って言えば、コーディリアがNPCという可能性も捨て切れない。


 まぁそれは考えても仕方のない事。例え異性だったとしてもこんな体に欲情するのはティファニー並みの変態くらいだし。


 私はマネキンから黒い方のドレスを脱がせる。隠しボタンやベルトとしての機能がある部分もありやや苦戦したが、脱がせるだけならそう難しい事ではない。

 さっさと着替えてしまおうとそう考えた時、予想に反する光景が目に入る。


「……下着まで作ったのか」


 ドレスを脱いで尚華美なマネキンを見て、私は小さくため息を吐く。この下着は……どうなっているんだろうか、これ……。

 マネキンの後ろに回り込むと、上の下着についている紐を外す。緩められた下着を見て、この形状の下着の事は何というんだっけと記憶の中を漁る。


 ……ああそう、コルセット。カップ付きのコルセットだ。まぁこの体どう見てもカップ要らないんですけど。

 コルセットを外した私は、次にドロワーズを脱がせる。下の下着はウエストを紐で縛るだけなのでさっさと履き替えてしまうが、上に関しては一人での着替えは無理だな……。


「コーデリア。手伝ってくれませんか?」

「えっ、あのっ……」

「……私の事は見て大丈夫なので」

「えぇっ? あっ、いや、はい……」


 このオシャレコルセットはどう見ても、自分で後ろ手に結び直せる構造ではない。私の体が何故か硬いというのもあるのだが……。


 服の構造を観察していたコーディリアを呼び出して、コルセットを後ろから締めてもらう。恐る恐るという雰囲気で私の方を向いた彼女は、やや特殊な形をしている留め具を数回触った後に、思い切り紐を引っ張り上げる。左手で背中を抑え、右手で残りを引っ張るという力の入れ方で。

 予想外にぎゅっと締め付けられる感覚に、肺から息が漏れた。いやこれ、苦し……。


「……あの、そんなにきつくなくても……」

「あ、ごめんなさい……ちょっと緩くしておきますね」


 彼女はちょっと緩く……などと言うが、感覚的には全く楽になっていない。そのまま有無を言わせず紐を閉じると、今度は私のドレスに手を掛ける。


 ベルトの様な位置に固定されているリボンを解いて服を広げ、私に上から着させるその様は、意外に慣れている様に見える。私にはこんなドレス着る機会なんてなかったのだが、彼女はあったのだろうか。


 その後細かい装飾の位置や、私がマネキンから脱がせるときに外した隠しボタン等を戻していき、凄まじい速度で私の着替えが終了した。既に私の着替えを見る事には慣れてしまったらしい。


 こんなことなら、最初からコーディリアに頼めばよかった。もしかして下の下着の履き方も間違えてないだろうな……。


「あの……では、私の着替えも手伝ってくれませんか? このドレス、かなり本格的なので流石に一人で着るのは難しく……」

「……どうすればいいのか教えてください」


 ……どうやら、本当の難所はこれかららしい。


 私はようやくブレザーを控え目に脱ぎ出すコーディリアから視線を逸らすと、不安を吐き出すように息を吐くのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ふと思ったけど、サクラのイラストが欲しいです。
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