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第45話 不幸な再会

 試験会場は4ヶ所に分かれている。体育館が広いので一度に何組かの試験を同時に行っているわけだ。


 私達は人込みに流されている間にその内の一つ、第2試験場へと辿り着く。辿り着くと同時に、周囲の生徒は視界から一瞬にして消えてしまった。突然消えた圧迫感に私は驚きつつも小さく息を吐く。

 どうやら同時に試験を受ける生徒以外は、一時的に見えなくなるようだ。おそらく個人用の空間が用意されていた入学試験と似たような仕様なのだろう。


 道理で信じられない速度で列が進んでいたわけだ。全員が順番待ちしていたら一日ではとても終わらないだろうから、当然の措置とも言える。

 ところで、受付からこの仕様じゃ駄目だったんですかね。


 私とコーディリアがようやく地獄のような人込みから解放されて一息ついていると、それから程なくして残りの二人も合流する。


「会いたかったよー!」

「はいはい……」


 私を視界に捉えた直後に抱き上げるティファニーを適当にあやしながら、私は少し高くなった視界で体育館を見回す。

 床は灰色のタイル張り。私の知っている体育館とは少し違う雰囲気だ。バスケットボール用の白線も無ければゴールもない。ただただ広いだけの室内だ。頑丈そうと言うのが唯一の特徴だろうか。


 4人が揃ったのを見計らっていたのか、試験官がやって来る。具体的には上から。

 私はその不快な羽ばたきを耳にして、思い切り顔を顰めた。


「ほっほーっ! 実技試験の参加者はこちらへ並びなさい。代表者はティファニー・リーデル・サリア」


 羽音は体育館の端に置かれている“止まり木”の上で止む。

 私は周囲を見回していた視線をずらして恐る恐るそちらを見やる。そこに居たのは一羽の梟……。

 私は最終確認として、その梟に一つ尋ねる。


「もしやとは思いますが、実技試験の監督官はあなたですか」

「もちろんだとも、少女諸君。私こそが生徒の案内役であり、学部長サルメラの使い魔、その名を……うおっ!?」


 私はティファニーの拘束を抜け出すと、梟の止まっているコートハンガーのような止まり木を蹴り上げる。そのまま蹴り倒すのは止まり木に悪いので、倒れる前に右手で受け止め、肩に担いだ。

 私は間一髪で宙へと舞う一羽の梟を睨みながら、舌打ちと共に言葉を吐き捨てる。


「トビスケ。すみません、あまりの不快感に足が滑りました」

「な、何をするか、貴様! 今のは危険行為として点数思いっきり引くからな!」

「謝ったので大目に見なさい。梟」

「自分で言うか!」


 言葉のついでに止まり木も梟に向かって投げて返すが、こちらは彼があっさりと受け止めてそっと床へと戻された。サイズの割りに力は強いらしい。


 止まり木に戻った梟は、どうも見覚えのある姿だった。白くも半透明でもなくなって、見た限りでは茶褐色のどこにでもいそうな梟になっているが、この鬱陶しい声も偉そうな口調も間違いない。

 彼は私を入学試験で散々虚仮にしてくれたあの使い魔、トビスケである。どうせなら学部長本人と会いたかったが、なぜ試験官がこいつなんだ。


 私は彼の姿を見た瞬間にその事を思い出してつい足が出てしまったが、彼はそんな私の事などすっかり忘れていたらしい。落ち着いて私の顔をじっくりと見てから、ようやく得心が言ったとばかりに羽ばたいだ。


「あー! 貴様、サクラ・キリエだな! あの落第女! 試験監督に早々に暴力とは、呪術科では何を教わっているんだ!」

「少なくとも淑女としての立ち居振る舞いではありません。そんなことも把握していないのですか?」

「ふんっ、実技試験にやって来たと言うことは筆記試験は落ちたのだな。落第に続き落第でここにきたと言うことか。その態度を改めねば、この試験でも私が直々に落としてやるぞ!」

「脅しになっていませんよ。滑稽ですね」

「何だと!?」


 私が憤慨するトビスケを鼻で笑っていると、突然視界が上に動く。私が背伸びしたわけでも、突然身長が高くなったわけでもない。背後から誰かに抱き抱えられたのだ。

 その柔らかなぬくもりに対して、またティファニーかと思っていたが、そこに居たのは意外な人物だった。


「ほら、サクラ。話が進まぬだろう。子供ではないのだからそれくらいにしておけ」

「……ロザリーに諭されるとは思いませんでしたが、まぁいいでしょう。あのクソ鳥と話すのもまったくの時間の無駄で……あうっ」


 ロザリーは私を抱えたまま反転してその場に下ろすと、ぺしっと私の頭を叩く。そこそこ痛かったので叩かれた場所を触りつつ彼女を睨むが、そこにあったのは初めて見る彼女(ロザリー)の呆れ顔だった。


「ほら、ただの喋る鳥だ。何も怖くないぞ。見たくないなら我が背に隠れていろ」

「……子供扱いしないでください」


 ロザリーは私の指摘を丸っと聞き流すと、トビスケに向き直る。


「それでは使い魔よ、実技試験を開始してもらうとしよう」

「ふんっ、私は最初からその女と違ってそのつもりだったのだ。お前に言われなくとも、そいつが邪魔さえしなければ……」

「早くしろ」

「……」


 私がロザリーの背後に隠されてからも不満たらたらだったトビスケは、彼女に急かされてようやく実技試験の説明を始める。

 最初からそうしていればいいのだ、とつい口を挟みたくなってしまうが、ここで何か文句を言うとまたロザリーに叱られかねない。私は大人しくロザリーの背中の後ろでその解説を聞く。


 トビスケの説明は、ロザリーやティファニーが調べていた事前情報とほぼ同じ物だった。より詳しく、こちらの世界観設定に忠実な言葉に直されてはいるが、それだけだ。


 実技試験とは、生徒の戦闘能力を測定するテストである。

 そのために使われるのは、トビスケ、もしくは他の教員による召喚系の魔法。特殊な条件で発動するように作られたその魔法は、ランダムな魔物を一時的に生み出して使役するものらしい。

 受験者から見れば、とりあえず出て来た魔物を倒すだけという、いつか私がやった入学試験とほぼ同じ内容だ。


 その魔物と受験者で戦闘を行い、パーティメンバーとしての貢献度、与ダメージ、被ダメージ、戦闘時間等から特殊な計算式で生徒個人の点数が算出される。

 単純に魔物の体力が高い方が点数が高くなると思うのだが、事前知識とトビスケの話を聞く限り、狙って特定の強い魔物を出させるのは至難の業だ。


 実は、受験者によって魔物の種類が異なっているらしいという噂なのだ。

 パーティの編成やレベル平均から、適切な魔物をある程度選択的に出しているのだろう。

 そのためスコアアタックのために何度受けても目当ての魔物が出ない生徒もいるという。基本的には難しい魔物程倒した時の点数が高くなるが、合格だけ狙うなら弱い敵相手に圧勝した方が良いなどと言われているので、もしかするとスコアアタック特有の悩みではないのかも知れないが。

 尤も、出現する魔物はランダムで、受験者は自由に選べないのだから魔物を選ぶアドバイスに意味はない。


 ……今思ったがこの仕様、高レベルの一人が合格するために他を低レベル生徒で揃えて、一人の戦力でゴリ押しすると言う姑息な手段で合格できそうだ。当然与えたダメージも貢献度も独り占めできるので、点数はそこそこ伸びていくはずである。

 まぁ、私が考える事ではないか。少なくとも私達に使えるような手段ではない。


 テストは合格後もそのまま連続で受ける事が出来るので、何度か挑戦して納得のいく結果が出せたと思ったらその時点で止めると言うのがスコアアタックの基本になるだろう。

 どうせ今日分かるのは合否のみ。明日の成績発表までは点数は分からないので、試行錯誤を繰り返すには少々厳しい。人によっては一発勝負の筆記試験よりも酷い仕様かもしれない。こちらの方がスコア上位を目指す生徒が多いだろうし。


 しかし、今回私達は点数などあまり気にしていない。ティファニーが合格すればそれでいいのだ。

 そのため私達に見合った簡単な内容の試験が望ましかった。トビスケもまぁ、何だかんだとその辺りはしっかりしてくれると思う。私達は見ての通り強者の集団ではないのだから。


「では、質問はあるか? 無いなら早速始めるぞ」


 試験官の言葉を受けて、私達は体育館で隊列を整える。

 先頭に一人で立っているのはティファニー。その後ろにロザリー、そして最後に私とコーディリアだ。


 ティファニーが戦闘開始直後に敵の注意を引き、その隙にロザリーとコーディリアが召喚体を呼び出す。その後ロザリーとティファニーが交替、ティファニーの回復を待って総攻撃……という流れが基本戦術となる。

 もちろん可能なら私の足止めが最初に入り、ティファニーの負担を限りなく減らす。リサのような前衛専門のクラスが居ないので安定性に欠けるが、“回復役”が来たので多少はマシになっただろう。


 実はティファニーの所属している“奇術科”の使う奇術という魔法、かなりの万能型だ。

 攻撃魔法も武器攻撃も可能で、HPの回復魔法まで扱うことができる。尤も、MP効率、つまり燃費が非常に悪く、最大MPの伸びも悪いので中々扱いの難しい魔法でもあるのだが。


 奇術師の名前の由来は、昔とある王家に仕えていた詐欺師だ。

 何でも、昔々ある所に“万能の魔法使い”として王家に自分を売り込んできた魔法使いが居たそうで、実際に彼は攻撃も回復も補助も何でもできると魔法を見せて無事にお抱えの魔法使いになったらしい。


 しかし、10年以上の時が過ぎてから彼の“嘘”が露呈してしまった。

 奇術という魔法は、実際には何でもできると言うほど選択肢が多くなかったのだ。結局彼は万能の魔法使いとして大々的に王様に取り入ったものの、得意分野も特にない、中途半端な凡才として今一つパッとしない結果を残してしまう。

 その上、彼自身はその事を最初から自覚していて、それを隠し、意図的に王様を騙していたことまで発覚してしまった。


 当然処罰される……と思いきや、この詐欺師かなり口が上手かったらしく、簡単にその危機を乗り越えてしまうのだ。詐欺師の嘘が発覚した後、彼の口車に乗せられて、“自分の見る目がなかった”と家臣に思われることを恐れた王様はこう言った。


「あいつは道化として雇っていたのだ」


 と。


 そんな逸話から“万能の魔法”は“道化術”と名前を変え、そして現代までに“奇術”ともう一度名前を変える事になる。

 これが奇術という魔法の名前の由来だ。


 そんな話もあるくらいなので、設定的にも最初から中途半端になることを決められている、ある意味可哀想な専攻学科(クラス)でもある。


 しかし、蠱術師や死霊術師、そして何より呪術師のような不人気クラスに比べると圧倒的にマシだ。

 なぜなら、回復はともかく物理と魔法両面の火力自体は、十分な範囲で良く伸びる。それも魔法に関しては属性魔法を多数覚えるのだ。基本の魔法さえ覚えてしまえば、魔法改良で使い勝手は何とでもなってしまうのがこの学院。威力特化もMP効率重視もネットに改造例が上がっている。

 その上物理攻撃力もあるので、魔法型によくあるMPが切れたら何もできないという致命的な欠点もない。

 そこに更に申し分程度とは言え回復魔法も使えるとなれば、少なくとも序盤の内はかなり頼りになるクラスの一つだ。


 普段は物理主体で動き、切り札として攻撃や回復を魔法で行うのがスタンダードな戦い方になるだろう。

 もちろんその性質上長期戦には向かないのが難点だが、やはり私と比べると戦闘能力が圧倒的にマシなのは確かだ。生徒数も沢山見かけるというほどではないが、間違っても不人気職ではない。


 攻撃面で多少優遇されている反面、防御は薄く、本来であれば前衛に出るようなクラスではない。

 しかしこのパーティはロザリーが死霊を召喚するまで無防備になるという明らかな欠陥があるので、今回は、と言うか今後前衛が決まらない限りは彼女にはその点をなんとか埋めてもらう作戦だ。召喚体があるので勝算自体は大きいように思う。

 自己回復も一応できる彼女にとっては、ある意味で適任。この中では比較的適任という、消去法だが。


 私達が事前の打ち合わせ通りに構えると、トビスケが開始の合図を口にする。

 武器を手に、実技試験最初の標的を待ち構えた。



二話更新の前半です。

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[一言] トビスケって羽根毟って焼いたら美味しいですかね?
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