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第43話 自己紹介

 ティファニーと手を繋いで向かう先は、二人の待っている課題置き場。

 人の流れに逆らわず、私達は前へ前へと進んで行く。身長が低いせいではっきりとは見えないが、隣の生徒との距離を見るにいつも通りの混雑だ。


 あの部屋、そしてその周辺はいつでも人が居るので騒がしい。実技テストと言う一大イベントの実施期間中でも、その混雑は変わっている様には見えなかった。

 逆に言えば、いつも通りと思える程度の人込みで済んでいるとも言える。実技テスト自体にはここも万象の記録庫も関係ないのが救いだろう。今日昨日と“学院(ゲーム)内”の同時参加人数は増えていると思うので、この程度で済んでいるならまだいい方か。


 学院の混雑する場所では生徒間で暗黙の了解があり、移動自体はスムーズだ。

 私達は難なく課題置き場へと続く大きな扉を通り抜けると、そのまま直進して課題掲示板の隅の方まで進んで行く。


 そこで人だかりを避ける様に立っていたのは、ぼろ布のローブと包帯で()()()()“盟友”と、しっかりと制服を着込んでいる金髪の少女。会話は思った通り弾んでいる様子はない。ロザリーは喋り続けているが、かなり無理をしていそうだ。

 私はそんな二人の背後から声をかける。


「ロザリー。お待たせしました」

「くっくっく……遅かったではないか。とは言え、こちらも目的が今一つまとまっていないのだがな……これも運命(さだめ)ということか」

「それはよかった。ティファニー、二人にあなたからお願いしなさい」

「あ、うん……」


 ロザリーの話は要点だけ聞いて流しておく。どうやらまだ目的地は定まっていないらしい。そもそも昨日の苦戦から考えるとあまり選択肢の幅がないのも事実で、正直どこへ行って何をしても微妙と言わざるを得ない。

 彼女が筆記試験に落第したのは、悪い事ばかりでもないかもしれないな。


 私がティファニーの背中を軽く押すと、彼女は実技試験を手伝って欲しい旨を二人に告げる。

 やや申し訳なさそうなティファニーだったが、それを聞いたコーディリアはすぐさま笑顔で頷いた。筆記試験は突破できたはずだが、意外にも実技でもやる気らしい。


「分かりました。そのお話受けましょう。他ならぬティファニーさんの頼みですから」

「えっ、いいの?」


 ティファニーはコーディリアの返事を聞いて目を丸くする。こんなに快い返事が貰えるとは思っていなかったようだ。

 別にそう驚くほどに難しい相談でもないのだが……もしかすると私が散々渋ったからだろうか。まぁお願いをとりあえず断ってしまうのは、私の癖のような物だ。


 コーディリアはそんなティファニーを見て小さく微笑む。


「先日のお礼がまだでしたから。あの時は本当にありがとうございました」

「え、あー、いやそれほどでも……助けたのは偶然って言うかなんて言うか」


 コーディリアの話を聞いて、私はガラクに咀嚼されるティファニーを思い出す。……まぁ彼女の助力が無ければあの局面を切り抜けられなかったのは確かか。

 あの時のお礼ねぇ……助けられたという条件は同じはずだが、私はお礼する気にはならない。その前から散々色々とされたし。


 とにかく、ティファニーの依頼にコーディリアは承諾。ロザリーは何も言わずに付いて行く構えだ。

 彼女は多少不服そうだが、初対面の謎の人物に対して文句を言いづらいのだろう。コーディリアが快諾しているのも理由の一つか。

 本当は彼女も何度か会ったことはあるのだが、彼女はまだティファニーの“正体”を知らないのだ。


 とにかく、これで次の目的は決まった。活動方針が決まれば、後は行動あるのみ。


「それじゃ、作戦会議にしましょうか。この面子、どう考えても突撃して勝てるような編成ではありませんから」


 私達は掲示板の前から離れると、課題置き場にある歓談スペースで腰を下ろす。

 さて、作戦だがこの面子ではほぼ決まって……という雰囲気の中で最初の声を上げたのは、意外にもロザリーだった。彼女は話を切り出しながらも、腕を組んで目を閉じている。


「作戦の前に話がある」


 そう言って全員の注目を集めると、彼女は大きく頷いてから語り出した。その声色は重苦しく真剣だ。


「自己紹介がまだだ」


 ロザリーが口にしたのはそんな一言。私は多少の困惑を抱きながらもその言葉に反対はしない。


「……一応やりますか? どうぞご自由……いや、手短に」

「うむ! こういうのは大事だからな。“知り合いの知り合い”を“知り合い”にする努力は必要なのだ」


 彼女は真面目な顔で頷くと、立ち上がってローブを翻す。そして謎のポーズで顔を押さえた。


「我が名は、ロザリア・P・ソウルズベリー。冥府の亡者を使役する、闇の支配者なり……」


 そして始まる妙に長いロザリーの自己紹介。

 内容は半分くらい良く分からない自分設定だ。一応この学院とか死霊術とかの設定に絡めてはいるものの、実際にはそんなにお前強くないだろう。封印されたとか失われた力とかないから。


 私が長い話を聞き流していると、左の袖が控えめに引かれる。それをちらりと横目で眺めれば、ティファニーが私の耳元で何かを小さく囁いていた。


「……サクラちゃん、この人、あのお客さんだよね?」

「そうですよ。一応私の同級生です」

「何か、凄いね……」

「あなたは人の事言えないと思いますが、その点は同意します」


 私とそんな内緒話をしていたティファニーは苦笑いをしているが、正面を見ればコーディリアは何と真面目に聞いているところだった。

 昨日は簡単に私が紹介したので、こちらもロザリーの自己紹介を初めて聞くはずだが、特に面を食らっている様子はない。昨日はそこそこの時間この三人で一緒に居たから、ティファニーとは慣れ、もしくは事前知識の差ということか。


 我に深入りしようと思うなよ……と、先程言った自己紹介の大切さと反する言葉で自己紹介を締めくくった彼女は、ようやく席へと腰を下ろす。しかし座る勢いが余って前足を上げた椅子に慌てている。何とも締まらない。

 彼女は一つ咳ばらいをすると自分の右隣、コーディリアへと視線を送る。


「貴様も名を名乗るのだ……」

「えっ、わ、(わたくし)もでしょうか。ロザリアさんともティファニーさんとも既に知り合いで……」

「いいや、我はお前の名乗りを耳にしていない。我が盟友の言葉を信じぬわけではないが、貴様が自分をどう表現するのか。そこが大事なのだ」


 くっくっくと意味有り気にそう語るロザリー。ただ言っている内容は私にはよく分からない。私からの紹介ではなく、“自己紹介”が必要なのか。

 まぁ、彼女がそれを聞きたいと思っているのなら、別に私から文句はない。何か彼女にとって、もしくはこのVR空間内では大切な事なのだろう。


 コーディリアはロザリーの話を聞いて、困惑しながらも立ち上がる。


「えっと、コーディリアです。蠱術師をしています」

「……それだけか?」

「その、他に何を言えば……?」

「なぜ我が率先して名乗ったと思っているのだ。それを参考にせよ。自分の強み、弱み、想定している連携等、これから組む相手に言っておくべき事柄はいくらでもあるだろう」


 ロザリーの発言を聞いて、私は細く目を開く。意外にまともそうな話だなと驚いたわけではない。彼女が大事だと言うからには何かしら、“それなりの理由”はあるだろうなと思っていたから。

 それ以外の所が引っ掛かったのだ。


「……ロザリー、あなた自分の自己紹介でそんなこと言っていましたか?」

「えっ? わ、我は言ったぞ。自分の出生とか、考えてる必殺技とか……」

「無駄話が多過ぎて全部聞き流していました」

「何だと!?」


 憤慨するロザリーの隣で、コーディリアは音もなく腰を下ろす。ロザリーに指摘されたのが気に入らなかったのか、叱られた子供の様に小さくなっている。……それを見てティファニーが嬉しそうにしているのは気にしないでおこう。


「自分の強み……」

「……考えておくと良い。では次。……名も知らぬ貴様の番だ」

「……あーはい、わたしね」


 ロザリーに指名されたティファニーがすっと立ち上がる。

 順番的には次が私か。何を話そうか。適当に済ませるとロザリーに叱られる。別にそれ自体はどうでもいいのだが、仮にも彼女は私の指導役。一応考えておくとしよう。


「えーっと、わたしの名前はティファニー。ティファニー・リーデル・サリア。奇術科の生徒だよ。ステは今の所敏捷振り。武器は弓で、補助として剣も使うかな。魔法はあんまり強くないけど、前は冒険者やってたから弓はそこそこ当たるよ」

「……ふむ。そうか。まぁ十分だろう。座っていいぞ」

「どうしてあなたが監督みたいな事言ってるんですか」

「提案者として当然の義務だ……次は盟友、お前だぞ」

「はいはい……」


 私はロザリーに急かされる様に立ち上がる。3人の視線が集まり、私は喉元まで出かかったため息を飲み込んだ。

 自己紹介前に深呼吸か。自分が、こんなことにほんの少しだけ緊張していることを自覚する。自己紹介など、記憶にある限りでは(めばえ)の顔合わせ、もしくは毒性学以来だな。あの時だって名前を言って終了だったはずだ。


「サクラ・キリエ。呪術科。火力はほぼゼロなので、一方的な毒殺が基本戦術です。基本的に後衛から状態異常をばら撒くのが役割で、恐怖や麻痺でのダメージ補助、混乱、昏睡などで敵足止めをして逃走等に役立つと思います。硬い敵にも毒さえ通ればダメージが入りますが、状態異常耐性が高い敵にはやることがありません」

「……うむ。そんなもんだろう」


 とりあえず提案者様には合格点を貰えたようだ。

 しかし、私の自己紹介はそこでは終わらなかった。


「そういえば、サクラちゃん。ステータス何に振ってるの? 呪術師ってあんまり魔力要らないよね?」


 突然の質問が来て、隣にいるティファニーを見下ろす。立っているので自然と下を見る形になってしまったが、彼女は“その視線がいい……”と喜んでいるのですぐに目を逸らす。

 彼女の疑問は大いに共感できる。私だって何に振ればいいのか分かっていないのだから。


「振ってません」

「え?」

「ステータスのボーナス値は今の所全部丸々残っています」

「本気で言ってる、それ……?」


 私の話を聞いたティファニーは変な顔をすぐに止め、目を丸くして私を見上げる。

 彼女の言いたいことも分かる。


 この作品のステータス、つまりキャラクターの能力値は、“レベル×クラス毎の能力補正値+ボーナス値”で計算できる。少なくとも呪術科初級の間は、という説明が必要だが。

 ボーナスは生徒が自由に自分の能力に振り分けられる数字で、この作品のステ振りと言えばこの数字を弄る事以外存在しない。この数字はキャラクター作成時に15ポイント手に入り、その後はレベルが1上がる度に3ポイントずつ獲得していく。


 もちろん、振った方が強くなれる。逆に言うと、振らなければその分損だ。振り直しが面倒なので多少考える必要はあるが、方針は学科毎にある程度決まっているようなもの。

 これは他の作品でも同じで、物理型のクラスならとりあえず攻撃力の上がる腕力に振っておけば間違いないし、魔法型も魔力に振っておけば大体は十分だろう。後は必要に応じてHPやMPに振り分けたり、回避型なら敏捷性を上げたりと、あればあるだけ使うのが普通。


 しかし、私はこれを使っていなかった。


「魔力もMPも要らないのに、逆にどこに振れば強くなるんですか」

「それはそうかもしれないけど……」

「だからとりあえず、魔力が無いと持てない杖か、消費の重い魔法が来てから振ろうと思ってます」

「ああ、一応そういうことは考えてるのか……」


 結局私がステータスを振り分けない理由は、装備を一向に更新しない理由とかなり似通っている。

 その理由は、呪術師というクラスが、ステータスが戦闘に影響しにくい性能をしているから。その一つに尽きる。


 私の自己紹介が一応終了し、最後は3人の視線を受けて、ずっと思案顔だったコーディリアが立ち上がる。

 その顔はいつもとは少し違った様子だ。真剣、と言うよりは緊張。背筋を伸ばし、いつも被っている帽子を脱ぐ。


「語るべき言の葉は決まったか?」

「ええ。問題ありませんわ」


 彼女は小さく息を吸うと、伏目がちだった視線をあげて真っ直ぐに前を見た。


「私の名はコーディリア。家名はありません。ただのコーディリアです。浅学非才の身ですが、この学院で蠱術を学んでおります」


 彼女の自己紹介はそんなやけに丁寧な言葉から始まり、自分のできる事、できない事へと続いて行く。


 ほとんどは私の知っている、そして想像の通りの内容だ。ステータスはMP優先で、呼び出す虫は状態異常特化。使える状態異常は毒と麻痺だ。

 虫は囮として優秀で、私と協力して毒の深度を上げるのが基本方針。


 彼女はそんな内容をすらすらと一息に言い切ると、深くお辞儀をして腰を下ろす。ロザリーもこれなら文句はないだろう。


 ……ロザリーが“自己紹介”に拘っていた理由が、少しだが想像ができた。結局一昨日の私達に足りなかったのは、“これ”だったのだろう。事前の情報交換を、もっとしっかりやっておけば良かったのだ。


 そして何より、ティファニーとコーディリアの自己紹介を聞いて、私は一つの違いに気が付いていた。

 戦闘能力の差とか所属しているクラスの違いとか、そういうステータスから判別できる情報ではない。彼女らの“この世界に対しての”スタンスに近い物の違いだ。



昨日は事前情報なしに休載して申し訳ない。ポケ〇ンスナ〇プやってたらいつの間にか深夜で……その分今日は早めに上げました。

可能な場合は土日に二話更新で埋め合わせをします。全部ポ〇モンスナッ〇が悪いです。ラスボスは撮影できました。楽しいです。

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