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第42話 相談と協力

「くっくっく……我が試練の突破を祝し、闇の宴を始めよう……」

「はいはい……ご注文のフルーツサンド」

「ここ、これだけは美味いんだよなー」


 久し振りの晴れ間が覗く朝。いつもの時間に店へやって来た絵筆は、いつもとは違う注文をして椅子に座っていた。

 私は白い皿に盛りつけられたサンドイッチを彼女の下へ運び、その正面に座る。今日も他に客はいない。


 朝食をまだ食べていないという彼女は、クッカーがせっせと朝から作ってくれたパンを見てご満悦だ。

 毎朝紅茶かコーヒーしか頼まない絵筆。そんな彼女に甘い物が好きという印象はないが、たまに気分のいい日はこうして、この店のフルーツサンドを注文することがある。


「これだけって事は無いでしょ。アンチョビサラダとか結構売れるわよ」

「魚とフルーツサンドを同列に比べるか、普通」


 いつも通りの他愛のない会話。私は自分のカップに水を注ぎ、もぐもぐと咀嚼する彼女を何とはなしに眺めていた。


 彼女が今日機嫌がいい理由は一つ。

 不安だった昨日の筆記テストが、見事合格と通知されたためだ。


 今日は筆記の合否の発表と実技テストがある。明日が筆記と実技の得点の発表日だ。日付が変わった後の深夜にログインした彼女は、自分に合格通知が来ていることを確認してから寝たらしい。

 彼女とは違って、この店の店員として早寝早起きを心掛けている私はもちろんまだ見ていない。しかし、碌に勉強もしていなかったロザリー程度が合格なのだ。私はほぼ確実に合格するだろう。特に心配もしていない。


 絵筆が来る前に午前中の自分の仕事を終えていた私は、透き通った冷たい水をそっと飲む。テーブルにカップを置くと、中に入った氷がからりと音を立てて崩れた。

 店内にはステレオから静かにジャズミュージックが流れているが、その中での音は想像以上に大きく響く。昼時になれば賑やかになるこの店も、この二人の時間だけは静かだな。


「そういえば実技テストは受けるの? 必要なくなったんでしょ?」

「んーむ……まぁいっかな。別に高得点狙ってるわけでもねーし」

「そう。私はコーデリア次第ね……自信なさそうだったけど、合格したのかしら」


 コーデリアが不合格だった場合、私が付き添いとして実技試験に出ると言うのは十分に考えられる。

 彼女の単独での戦闘能力ははっきり言ってかなり低い。どんな試験なのか詳細や難易度は発表されていないが、ソロでは難しいだろう。私も私で微力だが、出来れば力を貸した方が良いはず。


 私の話を聞いて、絵筆も深く頷く。


「そうだな。そん時はあたしも手伝うぜ」

「あの子一人じゃ心配だしね……」


 ふっと思わず笑みが零れ、私はそれを隠すようにカップを傾ける。

 その時、ジャズに紛れて微かな扉の開閉音が響いた。遠慮がちなその音は、従業員が扉を開けるいつもの音とは少し違う。もちろん軽やかなドアベルの音は鳴っていない。正面の入り口が開いたわけではないので、裏のどこかの扉なのは間違いないと思うのだが……。


 私は少し気になって店の裏手の扉を覗き込む。するとその音の正体はすぐに見つかった。


(めばえ)さん? 何かあった?」

「あ、えっと……いえ、何でも……」

「……そう?」


 萌がレジの奥からこちらを窺っていたのだ。

 少なくとも私に仕事の話があるということではなさそうだが、その落ち着きのない様子は、どう見ても何でもない様には思えない。

 しかし、本人が隠したならこの場では言いにくい事なのかもしれない。


 私はとりあえず今は気にしない事に決め、絵筆に向き直る。彼女も萌を気にしているのか口数が減っているが、その分フルーツサンドの減りは早くなっていた。

 私達は今更沈黙が気になるような間柄でもない。ただ、不思議とここで二人でいる時は、あまり話題に困ることはないのだ。彼女が口を閉ざそうとも、私から話すことがなくなるということはない。


「武器の更新どうしようかしらね。影響力伸ばすような武器があればそれにしたいんだけど」

「……それは探せばあるとは思うんだよな。あたしも詠唱高速化付いてる鎌欲しいんだけど、不思議と売ってねーの」

「杖使いなさい。一番手っ取り早いでしょ。召喚系は結局遠距離型に落ち着くんだから」

「いや、それではロマンがな……」


 私達はその後もああでもないこうでもないと、今後の育成方針について語り合う。


 これらは今すぐ必要という程の物でもない。むしろ装備の更新については、少し待った方が良いだろう。

 テストの合格後、中級へと進級できれば、晴れて新しいスキルを習得となり、そこから戦略の変化が必ずあるはず。それに合わせて武器を求めた方が効率がいい。


 だから、この会話自体にも大した意味はない。ただ、何となく楽しい……それだけのために私達は会話を続けていく。


 そんな意味の薄い会話をしばらく続けていると、不意に絵筆の視線が私から外される。

 彼女に釣られて私も視線をずらせば、そこにいたは萌の姿。その表情は先程よりも真剣で、見ようによっては思い悩んでいるようにも見えた。


 私が問いかけると彼女はおずおずと口を開く。


「……どうしたの?」

「センパイ、実は相談があるんです……」

「相談?」



 ***



「実技テスト手伝って!」


 萌から時間と集合場所を告げられ、学院にやって来た私が最初に聞かされたのはそんな言葉だった。


 いつか見た学院の中庭、そのベンチに座りながら、私は自分よりも低くなっているティファニーの頭を見下ろす。


「……どうして私があなたのテストの面倒を見ないといけないんですか」

「わたしが筆記テストに落ちたから……」

「答えになっていません……」


 萌が相談と言うから何かと思えば、まさか筆記テストが不合格だったとは……。

 ちなみに私とコーディリアは無事に合格している。そのため今日は、中級進級前の最後の課題として、どこかフィールドにでも行こうかという話をついさっきまでしていたのだ。ついでに合格祝いに何か……なんて話も出ていた。


 そんな中、ティファニーからの実技試験の()()()

 私が渋っていると、ティファニーは顔を上げながら私に縋りつく。


「コーデリアちゃんは手伝うって言ってたのに!」

「コーデリアは合格しました。もう実技テストに出る必要はありません」

「くぅ……わたしも不合格だったから混ぜてって言う作戦だったのに……」


 ……どうやら萌は、随分早い段階から私達の会話を聞いていたらしいな。

 それは別にいいのだが、私は人を待たせている状態だ。しかもお互いに知り合って間もないコーディリアとロザリーが一緒に私を待っている。できるだけ早めに戻ってあげたい。


 私はベンチから立ち上がるが、ティファニーはなおも食い下がる。


「助けてよぉ、後生だから……」

「……はぁ。大体あなた十分に強いでしょう。この前も戦えていたじゃありませんか」


 私の一番の疑問はそこだ。あれだけ動ければ十分に実技試験を突破可能だろう。この前死んだのも半ば事故だったわけだし。

 コーディリアとは戦力が違う。コーディリアも私も単独では戦闘、今回の場合は実技試験の突破が難しいから協力し合うと言う話だったのだ。少なくとも私は彼女との関係をそう捉えている。


 しかし私の指摘に対して、ティファニーは首を振って見せた。


「レベルが足りないの……」

「ああ……」


 言われてみればそうかもしれない。

 確かに彼女はあまりレベルは高くなかった気がする。この前のあれでも、一人だけ死んだから経験値を貰っていない。魔法世界では経験値を集めればレベルアップして強くなるが、その後に死ぬとその探索で得たはずの経験値とレベルを失う不思議仕様だ。まぁデスペナルティとしては比較的ありがちな仕様だが。


 実技進級試験がどの程度の難易度なのかは分からないが、初級のレベル上限である50程度を想定している可能性は十分にあり得る。

 その上ソロでは相対的に難易度が上がるのは当然なので、彼女のレベルで単独突破と言うのは言われてみれば無謀かもしれない。


 ……いや、でも私以外にも頼れる人いるんじゃないのかな。私を探している間に誰ともフレンドになったり……。

 そんなことを一瞬考えるが、私に縋り付きながらも深呼吸を繰り返すティファニーを見て考え直す。こんな奴と親しくなる人間はそうそういないだろうな。


 私は今日の予定を一つ割り込ませることを決めると、彼女の顔を引き剥がした。


「……実技テスト、助けたら何か見返りはありますか?」

「あるよ、ある! サクラちゃんになら体で払っちゃう!」

「……それでもういいです」


 表現はともかく、体で払うと言うのは妥当な提案だと思う。

 都合のいい戦力として勘定してもいい人材と言うのは、私達から見ればかなり貴重だ。


 私も、固定で組めるパーティは必要なのだ。それも早急に。

 ロザリーはどうせ暇なので都合よく呼び出して良くて、コーディリアとはある程度意図的に活動時間をお互い合わせている。私を含めて、固定で組めるパーティメンバーは今の所3人。

 ただしこれは、前衛が死霊術師一人というあまりにあんまりな編成のため、火力は出ないし回復薬は大量に消費するしで、昨日の探索はあまり上手くいかなかった。

 追加で募集しようにも不人気所が三人揃っているのでは時間がかかるし、万が一エリクの様な優しい騎士様が来てしまったらお帰り願う必要がある。


 しかし、そこにティファニーが入れば多少はマシになるだろう。

 本来彼女は遠距離の方が得意な専攻学科(クラス)ではあるのだが、この前の身のこなしを見る限り、交代で前に出てロザリーの負担を減らすくらいは十分できるはず。


 私はそうして彼女に協力してもいい理由、打算を見付けると、熱烈に抱き付いて来る彼女を押し退ける。


「とりあえず、この過剰な身体的接触(ふれあい)なんとかなりませんか」

「えーっ……まぁいいけど……手を繋ぐのは過剰じゃないよね?」

「……」


 それから私は彼女に引きずられる様にして、ロザリーたちの待つ場所へと足を進めるのだった。



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