第40話 筆記テスト
魔法陣の基本は、図形と文字だ。
魔法陣をもしも新しく“作る”ならば、まず最初に欲しい効果を文字として書き出す。その文字を文章として繋げて行き、最後にその内容に合った図形を決める。この時、文章の最初の一文字を基準に外円内部の図形の向きを、文章の内容から図形の種類を決める。
逆に魔法陣を読み解くならば、最初の一文字から見た図形の向きと、図形の内容から魔法の凡その効果を読み取ることが出来る。こちらは魔法の内容に直接的には関係ないが、外円に一番近い文字列からはどの“魔法の種類”なのかも分かる。
魔法の種類とは、いわゆるクラスの事だ。呪術と死霊術では魔法陣の細かな部分が異なる。ここが自分の所属と違う場合は、例え魔法陣の内容が正しくとも使えない。
そこから更に魔法陣を詳しく読み取る場合、魔法の種類毎に決まっている図形の法則と、魔法言語の内容が必要になる。……のだが、こちらはかなりの専門知識だ。この学院の授業でも基本的には教えない方針になっている。
人数の増加に伴ってシーラ先生曰く「サルに芸を教えるような」カリキュラムになっているらしい。座学よりは魔法世界での実践を優先している。
それを踏まえて狂戦士の魔法陣を読み解いていくと、少し面白い物を見つけた。
狂戦士の魔法は、いくつかに分類できる。
まず、自分で自由なタイミングに発動できる“アクティブスキル”が4種類。私で言えば攻撃魔法や状態異常魔法にあたる。
その内攻撃スキルは2種類だ。どちらも単純なダメージスキルだが、小回りの利くタイプと一撃ダメージ重視とで用途が分かれている。
攻撃スキルではないアクティブスキルは自己強化。
自己強化に分類される魔法は、次の攻撃のダメージを上昇させる“気合”と、スキル使用不可能被ダメージ増加のデメリットの代わりに能力値を飛躍的に上昇させる“狂化”の二つ。
他の魔法は、魔法陣をスキルスロットにセットしているだけで効果がある“パッシブスキル”、つまりは自動スキルに分類される。私は未だに一つも習得していないが、魔法学部でもこれらは召喚系同様にカスタムの対象にならない。少し特殊な魔法と言ってもいいだろう。
格闘学部ではこれら自動スキルを多く習得できるが、狂戦士も攻撃力上昇系を含めていくつか学んでいるようだ。内容はどれもガッチガチのアタッカー一辺倒で、通常攻撃の威力を上昇させることに特化している。
余談だが、リサは狂化とパッシブスキルで通常攻撃の威力を上げて攻める編成にしてあるようだ。あの頃から基本戦術は変わっていない。
で、私がはっきりと魔法陣を読み取れるのは、この内自己強化に分類される物の2つ。物理攻撃も自動スキルも読めるには読めるが、特殊過ぎて解読には時間がかかりそうだ。
しかし、狂化と気合の二つの魔法は違う。
この自己強化魔法、どうも図形や文章の置き方が私の良く知っている状態異常魔法にかなり似ているのだ。
詳しく読んで行くと、対象を自分に指定していることを除けば、“狂化”や“気合”という状態異常を付与しているという扱いの魔法らしいのだ。
私は魔法の書を読みつつ、一つの可能性に思いを馳せる。
これ、呪術で再現できそうだな。
リサの勉強の面倒を片手間に見つつ、私は狂戦士の魔法について考察を深めていく。複雑そうな物、見慣れない物はとりあえず後回しだが、これだけはすぐに手を出せそうな……いや、それ以上に自分のテスト勉強も進めなきゃな。
私が自分の作業を再開するのと同時に、隣に座っているリサがメモから顔を上げた。メモは私がささっと書いた物だ。内容は魔法陣の意味と内容の判別の、簡単な解説になっている。
「……これって、覚えるだけなの?」
「私は要点、つまり魔法陣を読む時役に立つ部分を教えただけです。後は自分で頑張りなさい。効果については私以上にあなたが詳しいでしょう?」
「……それもそうか」
そんな会話を最後に、私達はそれぞれの勉強に取り掛かる。
私は復習の続き、リサは私の渡したメモの内容と、それに対応する各魔法陣の特徴を書き出している。それぞれがそれぞれの作業を黙々と進めていく。
図書館は、静かな熱気に包まれていた。
何かを探すように本を読み漁る者、本の内容を自分の手元に残すためにペンを動かす者、そして私達のようにテスト勉強に励む者。
ここにいる生徒の全員が他人を気にすることもなく自分の作業に没頭しているのだ。
……思えば、リサなら実技試験で合格できるだろうから、別にテスト勉強なんて必要ないはずだ。実技試験は参加パーティの人数に合わせた合格基準になると書かれていたので、ソロでも十分戦えるだろう。
それでも彼女は自分の知識を増やすため、私に教えを請い、こうして真剣に勉学に励んでいる。
リサは……バカ、ではないのだろうな。
改めてそんな結論を認識すると、私は少し軽い気分で自分の勉強を進めていくのだった。
***
一夜明けた翌日。
私はテスト試験会場へとやって来ていた。場所は教室棟地上階の教室だ。
受験者は教室を特に指定されていないのでどこでも好きな教室を選べるのだが、いつもの場所がいいと言って態々地下まで行く必要もない。あそこは窓が無くて閉塞感と、独特な緊張感があって落ち着かない。
今はその廊下の前で、前のテストが終わるのを待っている所だ。
「ふーっ……ふふふ、盟友よ、そう案ずるな。我らにとっては既に勝ち戦よ。ランダムとは言えある程度の出題傾向は掴んでいる……案ずる事は無い。そう、案ずる事は無いのだ……くくく……すーっ……はーっ……心配ないぞ。我らは備えた、なれば……」
隣に居るのは、緊張から口数が一向に減らないロザリー。
表情こそいつもの調子だが、話している内容は「準備したから大丈夫だよね?」というものばかり。物の数十秒で面倒になった私の相槌は既に消えて久しい。
「はぁ……コーデリアと一緒に受ければよかった」
私は目の前の教室に居るはずの、数少ない友……知人の顔を思い出す。
本人は筆記テストに対して自信がなさそうだったが、別に頭が悪いと言う訳でもない。大丈夫だとは思うが……。
ロザリーの話と深呼吸がもう一セット回ったところで、校舎の上の方から鐘の音が響く。それを合図に廊下が、そして教室の中がざわつき出す。
前のテストが終わったようだ。そして次は私達の番。
「うぐっ……あ、案ずるに及ばぬぞ、サクラ。案ずる事は無いのだ。お腹は痛くないか? 我はちょっと……」
「あなたは少し落ち着いてください……」
教卓側の扉が開く。テストの回収が終わり、生徒か教師がでてきたのだろう。人が出てくるまで待っているつもりだった私は、最終確認として見ていたノートから顔を上げることもしない。
しかしその扉から出てきた人物に、私の最後の復習は遮られることになった。
「何だい。あんた今から受けるのか」
「え……?」
耳慣れた声に思わず顔を上げる。
そこにいたのは頭髪のない老婆、シーラ先生だった。テスト前だったので昨日は会っていない。今日も会う予定はなく、まさかこんな所で偶然顔を合わせるとは思っていなかった。
私は本を閉じると、姿勢を正す。
「こんにちは。先生はテストの監督官ですか?」
「ああ。今日はこれで終わりだがね」
彼女は私の質問に簡単に答えると、急にニッと口角を上げた。それはまるでいたずらを思い付いたような子供の様な……。
その表情に若干の不安を覚えた私は、思わず眉を顰める。何だか嫌な予感がするのだ。
「呪術のテストはとびっきり難しくしてやったからね。あんたは満点取らないと不合格だよ」
「……採点もシーラ先生ですか」
「当たり前だろう。あたしの問題の答え合わせができるやつなんてそうはいない」
「……」
彼女の言葉に私は小さく首を振る。無理だな。満点は無理だ。難易度の問題ではなく、単純に問題数のせいだ。
筆記テストの満点は優に4桁を超えるが、合格点は75点。
つまりノルマとして出される問題の十倍以上の出題があるのだ。合格点を目指すならともかく、満点を取るには一問一秒で解くとかそういうレベルの速度が必要になる。
その上、難易度も彼女の言う通りなら相応に高いのだろう。シーラ先生は魔法学部でも一目置かれている教員でもあるのだ。
数少ない学院長以上に年配の教員だし、同じく呪術科のギレット先生の師でもある。他の教師よりも一段上の知識と経験を持っている……と、少なくともそういう話を、教員室でギレット先生に聞かされた。
その彼女が難しいと言い切る問題で、そんな早解きは不可能に限りなく近い。
「それは横暴です。私に一生初級に居ろと、そう言うのですか」
「はっはっは、冗談だよ冗談。満点は無理だろうけど、でも、合格点ギリギリなんてふざけた点数取ってみな。その時は覚えておくんだね」
彼女はいつになく快活に笑いながら、ポンポンと私の頭を叩く。
口調は軽いが、目は本気っぽい。……自信はないが、幻滅されないために頑張るか。まだまだ彼女には教えてもらう事が多い。
というか、出来ないと人から言われるとちょっと……。
私は彼女を頭上の右手越しに睨み上げる。
「……そうですか。まぁ、予想を超える点数を見て、腰を抜かさないで下さいね」
「ふん、期待せずに待ってるぞ」
彼女は最後に軽く笑うと右手を軽く振り、廊下の向こうへと消えて行った。
……やってやろうじゃないか。ロザリーが言ったように、共通部分は既に出題傾向が分かっている。見直し無しの早解きでスコアアタックだ。
こう見えて昔はクイズゲームを散々やり込んだこともある。こういうゲームはやり込むと出題される問題を覚える記憶力と反射神経の勝負になる。序盤で出題される問題を……。
「お、おい、今のは誰だ?」
「……ん? ああ、彼女はシーラ先生。呪術科の教員です」
「……あれがそうなのか」
私はロザリー質問に答えながら、既に前の生徒が退室してしまった教室へと足を踏み入れる。
さて、筆記試験。
テスト用に勉強もしたし合格なんて余裕だと思っていたが、それでは不十分だと言われた。それなら、行ける所まで行ってやろうではないか。




