第38話 ロリコンの言い分
本日二話更新です。こちらは後半になります。
「いや、ホントのホントにセンパイに話す事なんてあんまりないんですよ?」
「はぁ……とりあえず、分かっていることから確認させて。あなた、児童性愛者なの?」
私はポタージュをスプーンで掬いながらそんな質問を飛ばす。
彼女の趣味嗜好に関して、VR世界での彼女の言動を見ていれば嫌でも想像がつく。だから質問ではなく確認だ。
しかし、彼女から得られた反応はまさかの否定だった。
「違います違います! わたしのはロリコンです!」
「……何が違うの?」
いや、それ同じ意味だけれど……そんな思いで顔を顰めるが、彼女は私の反応を見てもなおきっぱりと言い切った。
「ペドフィリアは精神疾患、ロリコンはもっとふわっとした概念です。言うなれば子供好き」
「……? いや、あなたのあれは精神疾患よ。精神科への受診を勧めるわ。だってあの衝動を持っているの、どう考えても現代社会では生きづらいでしょう?」
「あっはは、大丈夫です! 犯罪はしませんから!」
「世の親って言うのは、それを無条件で信じられる程寛容じゃないと思うのよね……」
私の言葉を聞いて、彼女は小さくのけぞる。流石に多少は後ろめたさを持っているらしい。
ペドフィリアへの忌避感というのは、子を持つ親ほど強烈だ。そういった趣味嗜好や“擁護する”思想を持っているというだけで、死罪とかいうとうの昔に封印された非人道的な制度を復活して適用させろだとか、子供と一緒にデモ運動をするくらいには過激になる。もしくはなり得る。
正直私もあそこまで行くと頭がおかしいとしか思えないが、思想が異なるからと言ってこちらから直接とやかく言う積りもない。
そんな極端な例ではなく、世間の主流な意見としては、児童性愛という精神疾患は“治療”が望ましい、程度の話に今の所は収まっていた。
流石に自身がそうであるとカミングアウトしたら、周囲の人間から問答無用で即刻リンチ……という治安ではない。
ただし、病気が治って幸せな人生を歩めました! という明らかに眉唾な実体験はネットに大量に転がっており、こちらもこちらで“逆に”怪しい。
治療歴によって差別されたよといった反論は、“暴力的な書き込み”として次々と削除されているようで、どの程度どちらを信じていいのかは分からないのだ。
現代社会でネットに触れない人物はそういないので、大多数の人がこの“治療”に対する何か不気味さの様な物を感じている。そのため若干だが、同情的な意見もなくはない。間違っても主流ではないが。
なので、私がとりあえず萌に言った意見は、世間体とかそういう物を考えた、極めて“一般的な話”である。
それに対する彼女の反応を見て、私は少し安心した。流石に自分の嗜好に何の不安を持っていないとかだったら心配だからな、あんなの。
しかし、自分の欠点を知っていて、尚且つそれが世間で受け入れられ難い物だとも理解しているなら、別にそれはそれでいいのではないだろうか。止めろと言ってもすぐに止められるものではないだろうし、何より今苦しんでいるのは彼女自身であって、未来のいるかもしれない被害者ではない。
もちろん私とて、これが見ず知らずの他人ならこうは思えないだろうが、私は彼女の働きを間近に見ている内の一人だ。多少は判定も甘くなるという物。
「まぁ、本当に他人に迷惑かけないのなら、別にあなたの好きにしてもいいんじゃない? コーデリアには不思議と手を出さなかったみたいだし」
「せ、センパイ、わたしと一緒にいてくれるんですか!?」
「嫌だったらあの時点で通報してるに決まってるでしょ……」
私の話に目を見開く萌。その表情は不思議と驚いている様に見えた。
私の話し方がまずかっただろうか。最初から彼女を非難する目的で話をしていたわけではないのだが。
ただし、私の話はもちろんこれで終わりではない。ここまではただの確認と、私の感想だ。もう一つ大きいな疑問が残っている。
熱いポタージュを冷えた体に流し込みながら、私は彼女の目を正面から見詰める。
「それで、話してもらえる? 結局、なんで私にあそこまで執着したわけ?」
「え? 見た目が好みだからですけど……?」
そういう話ではない。
いや、それはそうなかも知れないが、まだ別の疑問があるのだ。
「そうじゃなくて、“どうして私”だったの? コーデリアへの反応を見た限り、結構自制できてるじゃない。あっちの方が可愛いのに」
「ああ、そういう……」
はっきり言うと、私と萌の関係はただの職場の同僚、仕事仲間でしかない。
別に仲が悪いとは言わないが、古くからの友人でも家族でもない。それも最近よく話すようになったばかりの、年上の後輩という何とも微妙な立場である。
つまり、私達はロリコンだとカミングアウトをされる程の仲とは、私にはとても思えない。
彼女は私の言葉に目を閉じると、うーんと唸り出す。
「何でなんでしょうかね。私もあんまり上手く説明できなくて……違う話していいですか?」
「違う事?」
「はい」
そうして彼女が話し始めたのは、なぜ自分がそんな嗜好になったのか……という過去の話ではなく、“私”をどうやって追って来たのかだった。
「最初にサクラちゃんを見たのは、お店でちらっと見えた動画でした」
「……そういえばそうだったわね」
私の中では勝手に、賢者の花冠のタイトルについて話した、と記憶が変わってしまっていたが、思い返せば彼女の言う通り別にタイトルが何なのか、詳細を話した記憶がない。
彼女曰く、ちらりと見えた画面で既にサクラ・キリエに一目惚れしてしまっていたらしい。
そして彼女はそれを家に帰ってからも忘れられず、魔物の見た目で検索をかけてタイトルを特定。直後に大学時代に使っていたVRマシンにゲームをインストールし、あの学院を探し回ったり聞き込みをしたりと忙しくしていたようだ。
そう考えると、生活リズムが完全に一致している私達が、“会わなかった”方が確率として低そうな気がしてしまう。出会うべくして出会ったという感じか。
結果として昨日私と彼女は邂逅し、私は彼女の本性を知ることになったというわけだ。
あの常軌を逸した言動は、出会えた感動で舞い上がってしまったためだと言う。つまり、私に本性を知られたのは、事故、みたいなものだろうか。
「……それにしても、昔からVRなんてやってたのね」
「はい。大学で流行ってて」
「ゲームが?」
「というより、裏技みたいな……仮想空間でレポート書くと、仕上がりが速いんですよ。体感時間加速で。わたしは一時期からゲーム中心でしたけど」
「ああ、そういうこと……」
私は大学なんて一度も通ったことがないが、高校でさえ勉強が難しいと周囲は愚痴っていたので、大学には更に面倒な課題が待っていたのだろう。馬鹿みたいに高い機材を買ってまで、早く終わらせたいと考えるほどには。
それを聞いて行かなくて良かった、とまでは流石に思わないが、考えられる多忙さから多少は私も溜飲が下がる。
「センパイはVR初心者ですか?」
「ええ。丁度今の作品のリリースと同時に」
「ははぁ……最初から随分尖ったプレイしますね」
それついては私も多少は自覚があった。もちろん私には私なりの理由があったわけだが、それを一から説明するもの少し難しい。具体的には私のプライド的な意味合いで。
しかし、続く彼女の指摘は私には思いもよらぬ物だった。
「大抵のVRってアバターを小柄にすると、デメリット大きいんですよ」
「え? そうなの?」
「はい。格闘技とか球技とかって、身長高い方が絶対有利じゃないですか。あれがVRでも適用されるので、基本的には立っ端がある方が有利ですねぇ」
知らなかった……いや、実際にやっていて多少思う所はあったが……。
私は衝撃の新事実に思わず小さく問い返す。アバターの作成は、私の最初の戦略的な思考だったわけだが、そこから間違っていたと言うことか?
「……遠距離でも?」
「あー、リアル指向のシューティングとかは流石にヒットボックスと隠れ場所の有利がありますよ? でも、そこまで戦闘距離が遠くない作品だとあまり……特に、範囲攻撃が高頻度で使われるファンタジーみたいな環境だと厳しいかなぁ。敏捷性上げても腕とか足の動きが速くなるだけで、足と歩幅が伸びるわけじゃないですから、実質的な速度にマイナス補正入ってますし……」
そうだったのか……まったく気にもしていなかった。
言われてみれば確かに、現在の低レベル環境ではステータスにあまり差が出ないはずなのに、私とコーディリアは明らかに足が遅い。そもそも初期レベルの段階で私よりロザリーの方が歩くのが速かった。
まさか小柄のキャラクターにそんな事情があったとは……。
彼女が語る言葉に私が驚いていると、更に驚きの事実を告げられる。
「あと何か、賢者の花冠って小柄補正って言うのがあるっぽいです」
「補正? ……体力に?」
「はい。最大HPが低くなって、装備重量も厳しくなるみたいで。だからサクラちゃんみたいに小さい子って、滅多にいないんですよ。幼女はレアキャラです、レアキャラ」
「……それ恩恵はないの?」
「んー……まぁ当たり判定が小さくて、攻撃が当てづらい……かも? ただ、現状明らかにデメリットの方が大きいんですよね。気付いてなかったんですか?」
萌の問い掛けに私は静かに首を振った。気付いてなかったよ。もっと早く、リリース前に知りたかったな、その話……。
キャラメイクのやり直しも確か課金だったはずだ。こちらは初回無料とかいう優しい仕様にはなっておらず、結構な金額が取られてしまう。
「キャラメイクのページに書いてありましたよ? 補正について」
「雑談しながら適当に作ったのよ……」
道理でこいつ自分が小さい子にならなかったわけだ。私という明確な目的が居たのも理由の一つだろうけれど、そこが少し不思議だったのだ。
私が大きくため息を吐いていると、彼女はポタージュを飲み干して明るく笑う。
「まぁまぁ、サクラちゃんは可愛さ全振りでいいんですよー。私が守ります!」
「……あまり期待しないでおくわ」
「次のイベントも任せて下さい! 昨日は活躍できなかったけど、明日からは頑張りますよ!」
意気込んでいるなぁ、何てぼんやりと考えていると、ふと彼女の言葉に引っかかる。
「イベントって何の事? 明日から何かあった?」
「センパイ、学生掲示板見てないんですか? 明日からテストですよ、学力テスト。地味に前々から告知されてましたよ?」




