第34話 非協力
前衛が魔法視をあまり使用しないのは、知識としては知っている。
片目でも瞬きでもいいとはいえ、敵の体力というのは頻繁に見てもいいことはあまりない。むしろ視界を閉ざすことによって敵の動きを見逃すことになり、回避や防御が疎かになる。
私が魔法視を多用し、そして結果として敵の動きを頻繁に見逃すのは、初見の魔物に対して“状態異常耐性”を調べなければならないという、面倒な、しかし重要な仕事があるからだ。
これに関してはむしろ私の方が異端なのである。
それは知っている。少なくとも知っているつもりだった。
私が組んだことのある生徒は二人。その二人はかなりの変人だ。そしてそれは私にとって悪い意味ではなかった。
自分が活躍できれば後の事は比較的どうでもいいと思っているロザリー。特殊な環境で状態異常を求めていたリサ。
そしてその二人の次に出会ったのは、毒を使って何とか戦おうとしているコーディリアだ。
そんな状況で、そんな人達にだけ顔を合わせていた私は、すっかり毒が弱いという事を忘れてしまっていたのだ。
「……ねぇ、もしかして私、何も知らない愚物に笑われたんでしょうか」
「えっと……そう、かもしれません、ね……」
私は“継続的なサポート”というやつを熟しつつ、小声でコーディリアにそう問いかける。
自分でも思っていた以上に声が冷えているが、コーディリアは呼び出した虫を軽く抱きながら返事をくれた。そうだよな。私が笑われたんだよな。私が真実を知っている側なのに。
深度について説明しようとすれば遮られ、毒の重要性を戦闘ログから示そうとすればそんなのは無駄なのだと諭され……とにかく人の話も聞かずに、“初心者”として指導された私は、すっかり不貞腐れていた。ここで拗ねるのが私が妙に子供っぽい所以だと自分でも思うが、正直こんな扱いをされて逆にやる気になる方が頭の構造がどうかしているだろう。
真実に気付きもしない、頭の悪い奴には何を言っても仕方がない。そんな彼らも自分たちの言い分が間違っていると、次の戦闘で実感するだろう。
そう思って口を閉ざしたのだが、そんな楽観視は今の所見事に裏切られている。
戦況は一向に悪化しない。あれ以降一体もあの芋虫が出ていないのだ。もしかするとこの森では一際強力なレアモンスターだったのかもしれない。
出てくるのは白判定の獣型ばかりだ。前衛二人が高レベルなのもあって、ほぼ私達の助力がないにも拘らずそのレベルによる力の差で圧倒しているのだ。
そんな中で私が何をしているのかと言えば、全く火力の出ない攻撃魔法による敵の足止めだ。毒沼で動きを重くしたり、他の攻撃魔法のノックバックで隙を作ったり。
とにかく前衛が気持ちよくなるための機械になっている。唯一咎められない状態異常は麻痺だけと、ほぼ飼い殺し状態だ。
コーディリアも似たような扱いだ。こっちは更に凄惨なことに、虫は私以上に隙を作るのには向いてしまっている。目に見える状況は、彼らにとっては非常に良く見えているのだろう。
もちろんその運用方法では虫の育成が足りず、火力は出ていない。そんなこと知ったことかと、献身的かつ継続的なサポートとやらに付き合わされているのである。
当然毒を含めて状態異常はほとんど蓄積していない。
そもそも良く出る獣の魔物が毒耐性が3倍かつ耐久面に薄く、毒が非常に使いづらい。前衛二人は弱い毒が封印されて大変ご満悦だ。
何度も言う様に前衛は喜んでいるのだが、正直私にとってはかなりストレスになっている。
大前提として、私達はそんな戦法を想定して魔法を組んでいないのだ。私は武器も魔法も弱くてダメージが出ないし、コーディリアも似たようなものだ。今の戦法は火力支援に見えて火力は全く出ていない。
当然初戦以上に貢献度効率は悪く、経験値も貢献度補正で減りに減っている。パープルマーカーギリギリの戦闘なのだが、魔法視も戦闘ログも碌に見ない彼らには関係のない事だ。
あの時、無理にでも戦闘ログを見せれば良かっただろうか。完全に機を逃してしまった私は、敵の攻撃に合わせて無駄魔法を使い、ため息を吐いた。
ここに来てから何度目かの戦闘が終了し、エリクから良くなっているよとお褒めの言葉をいただく。
悪態を吐きたい。思い付き限りの悪態を吐きたいのだが、嫌いな奴に攻略情報を渡して自分の正当性を証明するという事が、どうしても我慢ならなかった。
私が必死に調べて組んだ戦法が、勘違い男が勘違いしただけで知ることが出来ると言うのが、腹立たしくて仕方ないのだ。
さっさとこの課題が終われと心の中で呪う。
すると、私のその思いが戦争で死んだ闇の神に届いたのだろうか。
今までと違う魔物が姿を見せた。
獣、ではない。もちろんそれは虫でもなかった。
事前情報ではガラクという魔物は四足歩行で、上半身は人間に似ているとの話だった。それだけでもかなりビジュアル的に気持ち悪いのだろうなと思っていたが、実物はそれ以上だ。
まず身長は2mほど。返り血なのか自分の血なのか分からないが、赤黒い模様で毛のない皮膚が斑に染まっている。傷跡には黄色の膿も流れ出していた。
大きな体は全身が脂肪で覆われており、首回りも腹回りもダルダルだ。上半身は人間に似ているという話だったが、丸々とした腕には二本の鋭い爪、自分の顔を傷付ける程の牙がある大きな口は、とても人間に似ている様には見えない。
下半身も爪が一本だけ生えただけの、芋虫の様な足が放射状に4本生えている。足の長さが足りずに腹を引きずっていて、立っているのか座っているのか。関節がどこにあるのかも分からない程だ。
そんな不気味な魔物が二匹。森の木々の間から顔を出す。そして、肉の付いた瞼の奥にある、黒い瞳が私達の姿を捉えた。
「あ、あ……ニンゲン……」
「くくう、食う……見つけた……」
「人語を解する? きっと事前情報を書いた人は、九官鳥は人間と会話できると思っていますね」
機嫌の悪い私は、開戦の合図を待たずに麻痺の魔法を唱えた。開戦直後というのは嫌でも火力スキルが発動可能になっている状態だ。タイミングとやらに文句はあるまい。
それに、集落の様子を見る前に見つかってしまったのだから、どうせ戦闘にはなるのだろう。
私の詠唱が終わる前に、ティファニーの矢が突き刺さる。頭にぶすりと刺さったのだが、ガラクは平然と前進を続けた。続いてセイカの拳が、エリクの槍が彼らに迫る。
ちらりと魔法視で確認すると、一応ダメージは入っているようだ。ただし今度は打撃があまり通っていないように見える。まぁこの程度なら問題ないだろう。
私は黄色のオーラ目掛けて麻痺の魔法を使用するが、影響力は一切変動しなかった。麻痺は無効。数が出る相手でこれは厄介だな。
とりあえず、毒の攻撃魔法で様子見といこうかな。そこそこの強敵のようだし、もしかすると私達が火力支援向きではないのだと反省してくれるかもしれない。
トンボの颯が飛翔して、風の魔法で攻撃を行う。ガラクの肉の鎧は風の刃にあっさりと引き裂かれる。
どうやら魔法攻撃にはそこそこ弱い魔物らしい。彼女の攻撃力では完全に誤差だが。
あまり攻撃を受けても怯む様子のないガラクは、爪を振り上げてセイカへと攻撃を仕掛けた。その動きは想像よりもずっと機敏。見た目以上に動けるデブだ。
しかし超動けるマッチョには及ばなかったようで、あっさりと回避されてカウンターで拳を一発貰っている。
……私達二人が何もしていないこの状況でも、これは十分に倒せそうだな。
その事実に少し落胆し、私はまた一つため息を吐く。
そんな時だった。ティファニーが矢と共に腰から剣を引き抜くと、鋭く前衛二人に注意を促す。
「増援が来てるよ! 右に二体!」
「不味いな……移動しよう! 全員左へ!」
彼女の忠告を受け取ったエリクは、魔物の注意を引きながら左に回り込み、右側へと向きを変える。私達も指示通りに、そして彼の背中を追う様に左へと回り込んだ。
ちらりと森の奥を見れば、そこには数体のガラクが迫って来ていた。ここから見えるだけでも4体は居る。もしかすると集落が近いのだろうか。前衛と後衛で組んでいる以上、挟撃されるのは避けたい。
しかし後から思えば、これが戦略としての最初の悪手だったのだろう。
もしかすると私達が状態異常中心で動いていも、この状況は不変だったのかもしれない。
増援が来た時点で逃げるべきだったのだ。ここで一目散に逃げていれば、あんなことにはならずに済んだ。私の意見が通るとか通らないではなく、こんな連中置いていけば……そう後悔するならばここだ。
もうどうでもいいと思っていた私は、エリクの指示にあまり気にもせずに従ってしまった。
仮にも知恵のある、そして集団で生活する魔物という脅威を、正しく理解せずに。
昨日で連載一ヵ月でした。
評価、ブックマーク、誤字修正、そして何よりご愛読ありがとうございます。今後も拙作を楽しみにしていただければ幸いです。




