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第30話 正義と欲求

「幼女の匂い……あぁー、キクー……」

「は……?」


 あまりの出来事を前に、理解が追いつかない。

 私は今、初対面の女に抱き上げられて、胸元の匂いを嗅がれている。彼女は幾度となく深呼吸を繰り返しては、私の制服に頬ずり。嘗め回さんとばかりに顔を密着させていた。


 ……いや、犯罪だろこれ。同性がどうとかいうレベルを普通に超えている。

 徐々に頭の理解が追いつくと同時に全身に悪寒が駆け抜け、私は何とか抜け出そうと激しく暴れる。しかし筋力のステータス差なのか一向に拘束が緩む気配はなかった。


「な、何!? 誰!? 変態!」

「あー、罵倒も可愛い……すぅ~~……最っ高……」

「このっ……!」


 ロリコンを罵倒して喜ばせる趣味は私にはない!

 拘束が緩まないことについて諦めると、一先ず視線をロリコンから外す。その先に居るのは、目を丸くして私を見上げているコーディリアだ。


「コーデリア! 通報しなさい、通報!」

「……はっ、あ、はい! もちろん!」

「かわいい……かわいい……通報も可愛い……え、通報……?」


 私の叫びに変態の動きがピタリと止まった。そして胸から顔を外すと、彼女は私の顔を見上げる。


「ちがっ、違います! 誤解、誤解ぃ!」

「何が誤解よ! 離しなさい!!」

「ぐぇっ……」


 少し拘束が緩んだところに、丁度よく膝蹴りが鳩尾に入る。その拍子に彼女の腕が外れ、私は硬い床にお尻を打ち付けた。転ぶのには慣れたとは言え、ちょっと痛い。

 痛みに顔を顰めながらも変態を見上げると、そこにはお腹を押さえて苦しんでいる女生徒の姿があった。犯人はかなり特徴的な外見だ。


 特に髪型。基本的にはショートカットだが、肩くらいの長い髪の毛が二束左右に流れている。一見するとウサギのロップイヤーのようだ。制服もかなりラフに着崩しており、何というか言動もあって痴女にしか見えない。


 誤解どころか誰がどう見ても現行犯だったのだが、彼女は小声で言い訳を開始する。


「ちょ、ちょっとした再会のスキンシップじゃないですか……」

「はぁ? 再会って……」


 お前とは会ったこともない。そう言おうとして私は言葉に(つか)えてしまった。

 ……いや待て。この声よく聞くと聞き覚えがあるな。顔にも多少の面影が……。


 そんな既視感に私は動きを止める。彼女はこれ幸いと私に近寄ると、小声で決定的な言葉を発した。


「センパイ、わたしですわたし。分かりませんか?」

「……あなた、こんなところで何してるの……」


 この声と見た目、それらが職場のとある従業員と姿が重なる。小動物のような見た目と、独特な高い声。

 そもそも私を先輩と呼ぶ人間はそう多くはない。


 つまり彼女は、私の職場の後輩、(みどり) (めばえ)その人なのだろう。


 私は大きくため息を吐く。色々あって頭が混乱しているが、そして色々と彼女に対しての疑問があるのだが、それはひとまず置いておこう。

 どうせこいつとは明日も顔を合わせる。その時に詳しく問いただせばそれでいい。


「あの……その方、キリエさんのお知り合いですか……? 通報した方が……」

「えぇ……一応、誠に遺憾ですが、知り合いではあります……通報は、一旦止めで」


 問題なのがむしろこっちだ。この変態について何と説明したらいいのやら。まさか職場の後輩ですとも言う訳にもいかない。


 そんな事に頭を悩ませている間に、萌の両目がコーディリアを捉える。そのあまりの眼光に、彼女は通報寸前の魔法の書の後ろへ顔を隠した。

 腰を低くしてじりじりと彼女に近付いていく萌と、追い詰められた獲物のように後ずさりするコーディリア。この様子はどこからどう見ても犯罪者だ。


「こ、こっちにも可愛らしい子が……君は、この子の知り合い?」

「は、はい……コーディリアと申します……」

「か、可愛いね……わたし、ティファニー・リーデル・サリア。初めまして……」


 ……私は無言で、ティファニーの背中を蹴り飛ばす。コーディリアに視線を合わせて姿勢を低くしていた彼女は、見事に転がった。


 ティファニー・リーデルサリア? 何とも仰々しい名前だな。流石の私でも“ティファニー”が名前(ファーストネーム)というのは分かるが、その後どこでどう切るのかもよく分からない。


 私は床に転がったティファニーを見下ろすと、大きくため息を吐いた。


「一応あなたにも名乗っておくわ。私はサクラ・キリエ。ここでは先輩でも何でもありませんから、そう呼ぶように」

「さ、サクラちゃん……見下し顔もきゃわぃぐぇっ……」

「はぁ……こんな変態が近くにいたなんて、信じられない……」


 私は遠慮なく彼女の顔を踏みつけるが、その両目はどう見ても私のスカートを覗いている。呆れた私が足を離すと、彼女は少し不満そうに靴の裏を視線で追った。踏まれて喜ぶな。


 それにしてもまさか職場の後輩が、こんな人だとは思っていなかった。むしろこんな過激な欲求を抱いたまま、日常生活でよくもまぁあそこまで“擬態”できるな。逆に社会性が高すぎると言えるかもしれない。

 こうして確定で成人している私をターゲットにしたという事は、最低限の分別は付いているという事なのだろうか……。


 私が横目でティファニーを見れば、彼女はだらしない笑みで私を見ている。


「いやー、サクラちゃんの事ずっと探しててさ、ようやく見つかったからつい嬉しくなっちゃって……」

「その話は後日聞くから、今日は……」

「ちょっとちょっと、何の騒ぎよ? 変態が現れたって本当なの?」


 とりあえずこんな危険人物とコーディリアを一緒にしておけないから、今日は帰ってくれ。そうティファニーに告げようとした私の言葉を、誰かが遮る。

 ……また面倒なことになりそうだ。


 私達を取り囲む人込みからぬっと現れた、巨大な影。


 私が声の主へと視線を向けると、そこにいたのは下着姿の大男だった。下着姿、というと語弊があるかもしれないが、私の価値判断基準では下着と断言してもいいと思う。

 体にぴったりと張り付くタンクトップに、短めのスパッツ。レスラーか何かかと思わせるその恰好は、全身の隆起した筋肉で着飾られている。服なんて必要ないとでも言いたげだ。


 こっちは声も見た目も完全に初対面のはずだが、“あなたも中々の変態ですよ”と、告げてもいいものだろうか。

 彼はフラフラと立ち上がったばかりのティファニーの前までやって来ると、ぐっと身を傾げて彼女をじろりと睨んだ。私とティファニーも身長差があるが、彼女らの身長差は更に大きい。


「あなたね、幼女を付け狙う変態っていうのは。お姉さんそういうの許さないわよ」

「はぁ……? お前に文句言われる筋合いないけど。幼女以外は黙っててくれん?」


 ティファニーも負けじと大男を睨み上げる。変態二人の怒気を孕んだ視線が交差し、バチバチと火花が散る。


 もう私帰っていいかな。勝手に喧嘩してろよ、お前ら……。

 わたわたしているコーディリアを連れて、その場を離れようかと考え始めた、将にその時だった。そこに更なる闖入者が現れる。


「ちょ、ちょっと待った! 二人とも喧嘩は良くないよ」

「「あ?」」


 どこから来たのか、二人の間に更に一人の男が割って入ったのだ。

 もちろんそれは帰ろうかと構えていた私でも、変態を前に固まっているコーディリアでもない。


 今度はどんな変態なんだと見やれば、何と優し気な顔をしたいかにも普通の男だった。

 そこそこの長身だが、レスラーには遠く及ばない。顔立ちも悪くはないのだが、正直美形ばかりのこの学院で言えば平均的と言えるだろう。


 そんなどこにでもいそうなモブ顔をしているが、どうやらモブにしては正義感旺盛で、口論している二人を見て居ても立っても居られず止めに入ったらしい。

 当然自分が悪いなどとは考えていない変態二人(片方は確実にギルティなのだが)は、怒りの矛先を乱入者へと向ける。


 正論で喧嘩を止めるモブと、自分は悪くないと主張するレスラー、そして明らかに自分一人が悪いのになぜが一番喧嘩腰のティファニー。

 次第に取り返しがつかない程に混沌としてきた状況。それ前にして、コーディリアは遠慮がちに私の袖を引いた。


「……どう……しましょうか、これ」

「放置でいいんじゃないですか。その内収まるでしょう」

「えぇ……? いいのでしょうか……?」


 ……そう言われてもな。私は悪くないし。

 しかし確かに萌は知らない仲ではないし、残りの二人も別に悪人と言う訳でもない。むしろ変態を注意しに来たのも、喧嘩を止めに入ったのも人の好さの表れと言えるだろう。別にそれがいい事だとは一切思わないが。

 言われて見ればこの状況を唯一どうにかできるのは、明確な被害者である私だけか。


 私は揉めている一番の原因の襟首を掴むと、集団から引き剥がす。


「ティファニー、今からあなたの事を通報してもいいんですよ。これ以上話をややこしくしないで」

「えっ、サクラちゃん、許してくれたんじゃないの……?」

「保留にしただけです。詳しい話は明日聞くつもりでした」


 私は残り二人を振り返ると、何となく職場の感覚で謝罪の言葉を口にしそうになって、代わりに小さくため息を吐く。客商売ならともかく、今私がなぜこいつらに謝らねばならんのだ。


「……この人は一応知り合いです。これ以上特に何かするつもりはないので」


 これ以上首を突っ込むなと言外に告げ、二人を冷ややかに睨む。


「ふーん……被害者がそういうなら、外野はとやかく言えないわね」

「えっと、何のことか分からないけど、話がまとまったなら良かったよ」


 その視線を受け止めた彼らは、ようやく矛を収めてくれた。ここで何か言うようだったら本当に無視してどこかに行くしかなかったので、大事にならなかったのは助かったな。何にしても無駄な時間だった。


 そうしてその場は一応収まった。動向を見守っていた生徒達もどこかほっとした表情をしている。


 ……何か疲れた。

 私はそこでようやく元居た席へと腰を下ろすのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] うん、これで、小説情報にある中二病とロリコンが出てきましたね、あとサディストは誰になるんだろう。まだ出ていないのかな。
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