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第29話 相性と嗜好

 教室棟から歩くことしばらく。私達は課題置き場までやって来ていた。

 閑散としていた教室棟二階の廊下と違い、こちらはいつも通り人で溢れ返っている。とりあえず時間のかかりそうなパーティ募集の貼り紙を出した私達は、待っている間指定の席へと腰を下ろした。


 私はそこでようやく私の唯一の級友、コーディリアを視界の正面に捉えた。

 私との実際の身長差は皆無なのだが、こうして少し離れて見るとその体は異様に小さく見える。それはもちろん遠近法という理由だけではないだろう。

 体のパーツがどれも幼く、それでいて立ち居振る舞いは上品。口ばかり取り繕って、どこか乱雑さの残る私とはどうにも違う。


 向こうも私を窺っていたようで、二人の視線が交差する。それを合図に、私はそっと目を伏せて小さく息を吐いた。

 とりあえず成り行き……というか私が課題を熟そうとしていたためここへと足を運んだのだが、そもそもこうして一緒に居ることを選択したのは彼女だ。もしかすると何か予定があるのかと言葉をかける。


「それで? 私に用事があるのでは?」

「その、あまり決めていなくて。ただ、教室で一目見た時からお話を伺いたいなと……」


 コーディリアはそう言って帽子を脱ぐと、テーブルの上にそっと置く。授業中もテーブルに置いていたな。どうも椅子に座る時に脱ぐ癖があるようだ。


 それにしても話、か。

 私にも彼女に聞きたいことがいくつかある。どうせ募集しているのが呪術師では、パーティの参加者が来るには時間がかかるだろう。一番気になることは今ここで聞いてしまっても構わないか。


 話題の切り出し方を探っている様子の彼女。私は彼女が言葉を選び終えるよりも先に口を開いた。


「それなら私からも一つ。……あなた、状態異常の深度について知っていますね」


 私は特に周囲を気にすることもなく、一番気になっていたことを質問する。それは彼女が、あのマイナーな仕様を知っているという事実の確認だった。

 まず知らないという可能性はほぼないだろうが、もしかすると私の知らない別の理由があるかもしれない。私のこれからに役に立つ可能性が少しでもあるのなら、聞いておいた方がいいだろう。


 毒性学を学びたいと思うという事はつまり、日常的に毒液を使っているのが大前提だ。そしてまさかあれだけ安い物の代金をケチりたいという思惑はないだろう。

 そう考えると、店売りの影響力50の品では足りなくなっている。それ以外に毒性学を副専攻に選ぶ理由は思い浮かばなかった。


 私の話を聞いて、彼女は大きく目を見開く。その表情は驚きというよりは、感動や喜びをのぞかせる物だった。


「やっぱり! まさか、気付いている人が他にも居たなんて……感激です!」

「……それほどの事ですか?」


 キラキラと目を輝かせる彼女を前に、私は少し首を傾げた。

 確かにネットでも(ろく)に信じられていない仕様の発見者が、こうして実際に出会えたというのはそれなりの偶然ではある。

 しかし、逆に言えばそれだけだ。感動する程の事なのだろうか?


 私が怪訝に思っていると、その視線を受けて熱が一気に冷めたのか彼女はしゅんと肩を落とした。

 そして彼女は自分がなぜ舞い上がっていたのかを語り始める。


「実は、この仕様を見つけたのつい先日の事なんです。その時は知り合いに言っても“そんなのは誤差だ”と言われてしまって……だから新しく強い毒液を作って、もっと効率良く影響力を蓄積させられればと……」

「ふーん……」

「すみません。ようやく仲間が見つかって舞い上がってしまって……」


 それから続いた彼女の詳しい話を聞いて、私はなぜ状態異常の深度の話が一向に出てこないのか、その理由の一端を知った。


 おそらくだが、呪術師以外の学科(クラス)では深度の発見自体が難しいのだ。


 現在発見されている状態異常の中で、深度があるのは毒と暗闇の二つ。

 この内、毒状態は使えるクラス自体は多い。蠱術科もその一つ。

 しかし毒特化で育成するなどと考える生徒は誰もいないこの状況だ。呪術師は影響力が初期スキルでも100もあるため、私は偶然にも発見することができたが、他の学科では毒の影響力を100上げるだけでもちょっとした一苦労。


 例えば蠱術。彼女曰く、召喚体の攻撃に状態異常を付与できるが、その影響力は初期状態の一撃で10を超えないらしい。

 呪術師の攻撃魔法の使い勝手の悪さもそうだが、なぜかこの世界、状態異常と攻撃の両立に対して非常に厳しい。そのため、攻撃の追加効果でしか状態異常を与えられないクラスは、深度が上がる最低限度の300まで上げるのに大変な時間がかかってしまう。


 そうなると毒状態の大半の時間は深度1の毒で終わってしまい、毒のダメージはほとんど伸びなくなってしまう。そこに更に通常の攻撃威力も蓄積しているのだ。誤差と言われても仕方がない。

 私が深度3の毒でハメても7,8割しか体力を削れない事態が、更に極端になったような話なのだから。


 そして深度が存在するもう一つの状態異常、暗闇状態はそれ単体ではうま味の薄いデバフである。私はそれなりに頻用するが、もしかすると現状、毒と同等程度に使われていないかもしれない。


 そんなこんなで深度の発見は遅れに遅れた。そして状態異常特化型蠱術師という、私以上の絶滅危惧種の彼女の話は誰にも受け入れられなかったのである。


「恥ずかしい話なのですが、知り合いからは転科や召喚体のリセットを勧められ……」

「拒否したと?」

「はい……おかげで最近はずっと一人でして……」


 そういって彼女は苦笑を零す。彼女がどんな扱いだったのかは知らないが、本当にパーティが組めていない私よりマシなのか、それとも“知り合い”とやらに(なじ)られる彼女の方が不運なのか。それは判断のしようがない。

 いずれにしても、気が弱そうな割に意外に強情だな。この人。


 彼女の苦労話を聞きながら、その“自慢の召喚体”の様子を魔法の書で見せてもらう。近くに死霊術師が居るので、私も多少は召喚体について知っている。

 私は彼女の召喚体の育成状況を見て、思わず苦笑を零す。嘲笑するつもりはないが、これは知り合いの気持ちも分かるという物だ。もしかすると私以上に弱いかもしれない。


 予想通り、いやそれ以上の状態異常特化だ。これは極振りと言ってもいいだろう。


 召喚体は基本的に、先程の授業でも使用した魔石に含まれる魔力因子を注ぎ込んで育成する。

 使った魔力因子の合計数や、それぞれのステータスには育成上限という物があるが、彼女が呼び出せる虫は全て状態異常の値が頭打ち状態。他のステータスは余ったものを仕方なく振ったのが丸分かりだ。

 むしろ育成するために必要な魔石集めに、知り合いという生徒はよくぞここまで付き合ってくれたと思うべきだろう。


 呆れ半分感心半分の私は、コーディリアに魔法の書を返す。彼女は交換として差し出していた私の魔法の書を見て、何とも微妙な表情をしている。

 何かを諦めるように勢い良く本を閉じると、私にそれを返却した。


「はぁ……呪術科が羨ましいですね。やはり状態異常では勝ち目がありません」

「私を羨む生徒なんてここではあなた位です。でも、一つ有意義なことがはっきりしました」

「ええ。それについては同感ですわ」


 私達は、この上なく“戦略的な相性がいい”。そんな共通の認識を得られて、二人は深く頷き合う。


 これを見る限り、そこだけは間違いないだろう。お互いに毒のダメージを稼ぎたいという戦略の方向性が一致している。これだけでも現状ではほぼ唯一無二の仲間だ。

 その上、数で前衛を押し上げる召喚系と、これでも私は一応支援役。召喚体にはバフが入らないという点も、逆説的に私と彼女の相性を高めていると言ってもいいだろう。


 毒性学というマイナーな副専攻を選んでいる時点である程度は約束されていたようなものだが、まさかここまで高相性だとは思わなかった。

 こうなるとそれ用の立ち回りと、そのための魔法の改造が必要になって来る。今日の連携を見ながら明日以降さっそく取り掛かるとしよう。


 ……あ、そういえば完全に忘れていた。

 私が今後の予定を立てていると、とある機能を思い出す。


「そうだ。今回上手くいった場合は、もちろん今後も一緒に活動することになるでしょう? だから、私と友達……フレンド申請送りますね」

「あ……はい! もちろんです」


 友達になろう、何てすごく照れ臭い言葉を言いそうになって、慌てて無難な表現に言い換える。

 ……どうも完全に“子供目線”になって来ている気がする。今の私は学生なんだか社会人なんだか……こういうのを含めてRP(ロールプレイ)というのだろうか。少なくともロザリーはそう言いそうだな。


 私達は空きの多いフレンドリストにお互いの名前を登録し合う。

 フレンドリストを開いたついでに、今の内にロザリーを呼び出してしまおう。呪術師と蠱術師の組み合わせでメンバーが集まるのはかなり時間がかかるはずだ。暇な知り合いは一人でも呼んでおいた方がいい。

 もう一人のフレンドは今頃ソロで何かをしているのだろう。約束が果たせるのは早くても明後日だろうか。


「あーっ!! 見つけた!!」


 パーティの招待と呼び出しを行っていると、課題置き場の喧騒を塗り潰す、女の叫びが響く。他の生徒も人それぞれ思い思いに話し合っているのだが、彼女の声はそのどれよりも大きく、喜びに満ちていた。

 それに何より、私にとってそれはどこかで聞いたような声で、その上こちらに向かって投げかけられたような……。


 私がその叫びを怪訝に思って振り返るのと、私の体が大きく揺さぶられるのはほぼ同時だった。

 突如私を襲う衝撃と浮遊感。慌てて下を見れば、そこにいたのは一人の女生徒だ。


 その姿に見覚えはない。あったとしてもどこかですれ違った程度だろう。

 特徴的な髪形をした彼女は、椅子に座っていた私の事を思い切り抱き上げると、胸元に顔をうずめて大きく深呼吸をし始める。


「すぅ~…………あぁあ……幼女の匂い……」


 そんな彼女との出会いは、私が考え得る中で最低のものであった。



ようやく話のストックがプラスに傾いたので、この土日におそらく予定していた二話投稿を行うと思います。違ったらごめん。

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