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第271話 変人と隠されていた真実

「おや、知らないのかい?」


 そんな言葉と共に連れて来られたのは学院の地下。

 私はそもそもこんな場所に地下なんてあるとは思っても見なかったのだが、地下への入り口は教員棟の奥側の階段にひっそりと存在した。こんな場所誰も来ないだろうと思うような奥まった場所で、学院長の部屋に行くにも教員室に行くにも通りかかる事は基本的にない。マップに描かれていないと言う訳ではないが、正直学院全体の探検でもしない限り禁書庫よりも発見するのは難しいだろう。


 そんな隠されていない秘密の階段を下った先は、真っ白な廊下だった。床も天井も壁も滑らかな白い石材で作られており、その清潔さと無機質さはどことなく病院や研究所を思わせる。

 ヒューゴ先生が階段の先の金属製の扉を開くと、奥から空気が流れ出す。強い薬品の匂いを含んだその風は、階段にぶつかるとその先を恨むように停滞した。


 何というか、嫌な空気の場所だ。この先に人間の体が転がっているという先入観からの物でもあるだろうが、本当にそれだけなのだろうか。同時に何かを実際に感じているのかも……。

 隣を見れば、コーディリアもあまり機嫌が良さそうには見えない。この場で鼻歌交じりの上機嫌なのは、案内役のヒューゴ先生のみである。


 鍵の付いた扉の先は、天井は低いもののやや広めの空間になっており、六つ程の廊下へと続いていた。彼は何の迷いもなくその内の一つを選んで、奥へと進んで行く。

 通い慣れたとでも言いたげなその態度を見ても、私の不安が解消する事は無い。むしろ、何か重大な問題が待ち構えているように思えて仕方ないのだ。


 廊下の左右には一定間隔毎に金属製の扉が設置されているが、中の様子を探る事は出来ない。それだけでなく、ここまで誰かとすれ違う事すらしていない。

 どうにも居心地の悪い空間だ。


「さぁ、着いたよ」


 天井が低く圧迫感のある廊下を進む事しばらく。校舎一つ分程度は歩いただろうか。

 ヒューゴ先生は後ろをついて歩いている私達をちらりと確認すると、奥の見えない鉄の扉をゆっくりと押し開く。


 その先に待っていたのは、廊下と同じく無機質な部屋だった。

 繋ぎ目もない真っ白な壁と床。天井には青っぽい魔法の光が灯り、広くはないその部屋の全体を照らしている。部屋の中には何かの薬品を入れた棚と資料が散らばった机。

 生温かい空気が薬品の匂いを強くしているような、得体のしれない嫌悪感。


 ただし、今までと違って何もない空間というわけではない。白い床の上に、意味深な寝台がずらりと並ぶ。寝床として普段使いするにはやや背が高く、どちらかと言えば手術台を思わせる様相である。

 そこには白い布が被せられているが、その下にある膨らみの正体を想像する事は非常に容易かった。


 ……ただ、何かがおかしい。

 寝台一つにつき謎の細い管が数本布の下へとつながれているし、何よりこの部屋に入った時から感じるこの感覚……。


「……これ、もしかして生きてるんですか?」


 私は布の下を確認する前に、思わずそう問い掛ける。誰に対しての問いなのか、それは自分でもよく分かっていなかったが、その質問に答えられる人物はここには一人しかいない。


「ああ、そうだよ。ここにある分の体は僕が管理しているからね」

「なぜ?」


 帰ってきた言葉を理解した直後に、私はその顔を見上げて更に問う。

 そんな私を見下ろしていたのは、嫌な笑みを浮かべた一人の男の顔だった。


「もちろん、研究に必要だからさ。ほら、探していたのはこの子だろう?」


 そう言ってヒューゴ先生は部屋の中央近くにある寝台から、白い布を剥がしていく。

 そこに寝かされていたのは一糸纏わぬ姿の、幼い女の子。体は明らかに小さく、年端もいかない年齢なのは間違いない。生まれがどことも知らないが、私は彼女の名前を良く知っていた。


「……」


 サクラ・キリエがそこで寝ている。永眠しているなんて比喩ではない。本当にすやすやと寝ているのだ。いや、すやすやという表現が本当に正しいのかは分からないが、傍から見て安らかそうに見えるのは確かである。

 喉の奥まで繋がれているらしい管からは、一定のリズムで空気が送られ小さな胸が上下する。首元には何かの薬液が注入されており、それによって生かされているのだという事は何となく想像できた。


 自分の姿とそっくりそのままの彼女から私は思わず視線を外すが、何かに被せられた白い布はこの部屋のどこを見ても視界から消える事は無い。


 この部屋に入ってから感じていた、生温かい空気……言い換えれば、何かの動物の気配。この寝台に寝かされている物体それ全てが、意識のない人間の肉体という事なのか。道理で妙な気配がすると思っていた。

 ……これなら、死体が無造作に転がっていた方が余程マシだったと感じてしまう。


 私は自分の感情を隠さずに表情に出しているが、そんな事お構いなしでヒューゴ先生は上機嫌。


「言ってなかったかもしれないけど、僕はここで毒薬の研究をしているんだ。新しい毒の実験に生きた人間程の適任は居ないからね。“許可の要らない実験台”が沢山居るここは正しく天国! 毒の効果、致死量、解毒薬、更に効果的な応急処置や外科手術……何でも試し放題なんだから、もう本当に大助かりさ! 弊害は僕の寝不足くらいだね!」


 ……うわぁ。

 私は思わずコーディリアにそっと身を寄せる。そういえばそうだった。この人、変なんだった。忘れていた。


 一歩後退った事で、踵が床に置かれていた何かの装置とぶつかる。

 それを振り返るとそこにあったのはやはり寝台の内の一つだった。そして、その布の下の体は、目の前のサクラ・キリエの体とそう変わらない大きさ……。


 ……ヒューゴ先生の管理下にある肉体、それもこの大きさとなると……。

 恐る恐る布を捲り上げれば、そこには見慣れた人物の寝顔が硬そうな枕に乗せられていた。


「毒の実験って……そのために生かしてあるんですか、これ」

「もちろん。君達が入学した時からずっとね。赤く爛れる肌、筋肉の痙攣、気道の炎症、溶血した体液! 色々と素晴らしい物を見せてもらったよ……あ、当然だけど殺さないように細心の注意を払っているよ。こう見えて僕は魔法医術を扱えるし、薬学の知識もそれなりだ。数十秒死んだくらいならすぐに生き返らせることが出来るからね。大切に扱っているとも。そこは安心したまえ」


 ……こんな変態に体を弄られているというのが、まず安心云々以前の話なのだが。


 衝撃と嫌悪から徐々に冷静になって来た精神を、今度こそ落ち着かせるために大きく息を吐く。

 ……いや、普通に不快だな。私の体が良い様に扱われている事実が。せめて下着くらい着せてもらえないだろうか。


「実は専攻している学生の肉体は、その学科の教師に優先的な使用権があってね。二人の物は他の人に取られる前に急いで集めたよ。他の体は使わない教師から買い取ったりして少しずつ集めたんだけど、サンプルは多ければ多い程いいからね。まぁ管理の手間と実際に実験できる限界を考えると少し多過ぎる気がしないでもないんだけど、うっかり殺しちゃうなんて事故もあるだろうし、予備はいずれ必要になると考えれば悪い事ばかりでは……」

「あの」


 私の呼びかけに対し、ヒューゴ先生は言葉を止めて振り返る。こんな時でもいつも通りの笑顔なのがやや怖い。彼にとってこれは至って普通な事なのだと嫌でも認識させられる。

 事実、彼にとっては使わない体を有効活用しているという認識なのだろう。そういう側面がないわけではないし、その実験で求めている知識には確かに有用性もある様に思う。止めろとまでは私も言わない。


 ただ、こうして全裸で横たわっている自分の体を見てしまうと、どうしても理屈以上の嫌悪感があるというだけで。


「……この体って生徒に所有権はないんですか?」

「ふむ……どうだろうね。外部の人物に渡してはならないという規定はあるけれど、上級生はこの学院の正式な研究員だ。そう考えると前例はないけれど、規定の上ではこれらの肉体を所有しても問題はない様に思えるね」


 ……そういえばそんな話もあったな。制度上は私も教員とあまり変わらない権限を持っているのだったか。

 そういう事なら、方法は一つである。


「……いくらですか。自分の体、買い戻させてください」


 多分、これを見たらほぼ全員がそうしたくなるのではないだろうか。



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― 新着の感想 ―
[一言] ……わぁお。 使われる前で良かったね。使われてたら知らないでいたかったな。
[一言] 今更だけどこのゲームやばすぎだろ…
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