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第270話 飼育の目的

 私とコーディリアはその足音を聞いて、玄関横の階段を振り返る。

 私たち以外でこの家に入れる許可を貰っているのは現状四人。ロザリー、リサ、面倒だけれど一応許可を出したティファニー。それと最後にもう一人。


「ヒューゴ先生、来ていらっしゃったのですね」

「ああ、ウムドレビの発芽が待ち遠しくてね。最近は暇さえあればここに来ているよ。複数株あれば譲ってくれるという約束だから……」


 入口の横に設置された三階への階段を下りてきたのは、大きめの白衣を着た長身痩躯の男。毒性学の教師、ヒューゴ先生だ。毒性学の授業が終わってからしばらく会う事もなかったのだが、私にとっては恩師と呼べる人物の一人として数えてもいいだろう。正直シーラ先生の次くらいにはお世話になっている自覚がある。

 そしてウムドレビの飼育部屋を借りたいと相談した際に、この家を借りて改装する事を私に提案した人物でもあり、何より魔石毒に限らず毒物に関する知識を常に求めている変人だ。


 そういえば、副専攻の教科は主専攻とは違って教師が一人しかいない。そんな彼が教員室に詰めていなくて大丈夫なのかと一瞬心配にもなったが、よくよく考えてみれば困る生徒など早々いないだろう。毒性学の不人気さを侮ってはいけない。

 呪術科ですらやっと中級生の人数が二桁になったそうなのだから、それ以上に不人気であろう毒性学の受講者人数など更に高が知れている。呪術科と違って私が選んでいるという情報が知れ渡っていないようだし。おそらく、呪術師というのがインパクトのある所属だからこそ、他の要素が広まっていないのではないだろうか。別にそこまで厳重に秘匿している情報ではないのだが。


 彼は私達と適当に挨拶を交わすと、周辺環境の属性魔力に関する計測器を覗き込み、うんうんと頷いている。コーディリアが設置したそれは、一応こちらの想定通りの数字が示されているが……そういえば、あの実験は成功しそうなのだろうか。


 環境の属性とは、その空間中に漂っている“魔力の偏り”と言って差し支えない。

 火山なら火属性、雪原や海なら氷属性、森林なら地属性に偏る事が多く、植物はこれに大きく影響を受け、そして与える。湿度や気温などが適切でも、空間中の魔力に適応できない植物は枯れてしまうのが基本だ。植物だけではなく野生動物などもそれなりに影響を受け、適さない環境で長い時間暮らすと体に何らかの変調が発生する。

 この島は一応火山島だが、海が近いし森も多い。何もしなければ属性はほぼ中庸。あらゆる植物がある程度それなりに育つ。光属性だけは天脈側に常に吸われているようで、微妙に足りないらしいが。


 しかし、それは家の外の話。こうして部屋として空間を区切り、そこを特定の動植物で埋め尽くせばどうなるか。

 ここまで極端な環境で精霊も居ない状況では、すぐに魔力が偏り始める……らしい。この辺りは完全に専門外でコーディリアに任せっ放しだ。計測器が想定通りの数値を示しているので、多分この話も間違いではないだろう。


「うーん、これは毒の精霊が発生するのが見られたりするのかな。流石にここまで徹底して環境を毒方面へ整えたのは、世界で君達が初めてだろうね」


 毒属性の精霊……ねぇ。本当にそうなら話は楽なのだが。

 私はヒューゴ先生の呟きに対して、何となく単純にそうはならないのではないかと予測する。


 四属性で言えば、現在のこの部屋は地属性と氷属性に偏っている。私は霧が出ているのは氷属性で、虫が多いのは地属性という単純な認識だが、多分そう大きくは外れてはいないと思う。

 屋外からの精霊の干渉を妨害しているらしいので、普通に考えてこのまま放置すればどちらかの属性の精霊が発生するはずだ。

 しかし、属性という大きな括りではなく、魔力因子という小さな視点から見ればどうか。おそらくここには、確認の手段がないだけで明確に毒の魔力が充満している事だろう。むしろそれ以外の因子が排除されているのではないだろうか。


 魔力因子が似通っている魔力はそれ同士で集まる性質を持っているため、この空間中で自然に魔法が発動する濃度まで魔力が集まる場合、毒の魔法が最も発生しやすいのはほぼ間違いない。

 そしてこの状況で精霊が生み出された場合、それは氷や地の精霊になるのか。そして毒の魔法で精霊が生み出されなかった場合、空間中の余剰魔力を魔石に変換する事は可能なのか。その魔石の質はいかほどか。


 個人的には後者の話の方が気になる。精霊云々と言っても、高位精霊にまで育つには途方もない時間が必要になるから、いい所まで行っても中位精霊が限界だ。中位精霊というのは連続する魔法現象そのもので、知恵も何もあった物ではない、非常に詰まらない存在なのである。

 それに、ここで魔石を生成できた場合、それは明確に毒の因子を強く持った魔力を含んでいる事は想像に難くない。魔石それその物の質が悪かったとしても、毒液に変換する効率自体はかなりの物になるだろう。コーディリア曰く、過剰な魔力を魔石に変換する方法はあるらしいし、毒液用の魔石が専用で手に入るというのは非常に有難い話だ。


 いずれにしても、それらの実験の結果が出るのはまだまだ先らしいが、正直かなり楽しみな話である。


「毒の精霊……ですか。万が一高位精霊にまで成長したとしても、直接的な活用方法が無いように思えますけど」

「おや? そうかな? 空間中の余剰魔力を使うより、精霊を魔石に変換した方が効率がよさそうじゃないか。それに話も合いそうだ」

「その方法があれば、でしょう。少なくとも(わたくし)は魔石学では教わりませんでしたわ」

「……ふむ。それは残念だな」


 コーディリアは虫達に絡まれつつ、先生とそんな話をする。

 精霊を魔石に、か。そう言えば、精霊も倒せば魔力になる辺り魔物とそう大差がない気がするが、どうして連中は魔石に変換されないのだろうか。

 高位精霊は自分の力の一部を魔石にすることが出来るという話は聞いた事があるが、私が唯一倒した高位精霊であるシンシは魔石に変換されなかった。連続する魔法現象である精霊は、それ自体を散らしても周辺の余剰魔力として散ってしまって、魔法の書での回収が出来ないとか?

 ……そういえば、余剰魔力の魔石化というのは時間のかかる作業なのだったか。


 そんな疑問を聞いてみようかと口を開くと、それより先にヒューゴ先生があっと小さく声を上げる。


「あ、そういえば精霊化した動物の魔法体化実験というのが昔あったな」

「……精霊化? 何ですか、それ」


 耳慣れない単語に思わず私は問い返す。自分が感じていた小さな疑問なんかよりも、耳に入ったその単語は明確に好奇心を刺激した。

 確か初耳というわけではなく、どこかの何かで読んだような気がしないでもないが、咄嗟に言葉の意味を思い出すことは出来ない。多分禁書庫の報告書でポンと出てきた単語で、それ自体の解説は見ていないのだと思う。


 私の質問に対し、ヒューゴ先生はあまり興奮せずに言葉を返す。どうやら毒物とは直接的な関係はないらしいというのは、その態度を見ればすぐに判明した。


「ふむ。精霊化というのは文字通り、動物が精霊と似たような振る舞いをするようになる現象なんだ」


 彼の解説は思っていた以上に簡単な物だった。


 まず、精霊というのは、空間中にある過剰な魔力を吸って吐くという呼吸や食事に例えられる行動をする、連続した魔法現象の事。それが更に複雑になって行けば最終的には大精霊と呼ばれる存在にまで成長する……可能性がある。大半の低位精霊は育つ前に魔法が途絶えて魔力へ解けて行くのだが。

 とにかく、周辺の過剰な魔力を吸って、周辺の魔力が足りなければ吐き出す。これが精霊という存在の基本だ。


 これを何の変哲もない野生動物が行ってしまう事がある。

 つまり、精霊は本来術者も本体も不要で、何もない所に自然発生する霊的な存在ではあるが、精霊化とは知性のない野生動物が偶発的に“精霊という魔法”の術者や本体、核として成長してしまう事。これは大変珍しいが、全くないとも言い切れない現象であるらしい。

 それらは徐々に魔法を自分の意思で操れるようになるため、その動物の寿命が精霊の成長に対して十分に長ければ、魔法体、つまり魔法使いとしての素質を持つようになるのだとか。


 そして、魔法使いの素養を持つという事は、魔法体として肉体を捨て去る事が出来るという事に等しい。……少なくとも、そう考えた学者が居た。


「結局実験は中途半端に成功して、魔法体と肉体は分離。動物としての意思は肉体に、精霊としての意識は魔法体に宿ったはずだよ。人間と違って、完全な魔法体と意思のない肉体に分離する事は無かった」

「へぇ……」


 魔法体になるという事は、ほぼ無限の命を持つことに等しい。

 つまり実験によって分離した精霊もまだ生きているはず。今どこで何をしているのだろうか。本物の精霊は高位になればなるほど人間に似る事が多いので、完全な動物の姿をした精霊というのは確かに珍しい気がする。しかも精霊と違って、魔法体の核とも言える部分が無事なら死ぬこともない。


 精霊が発生しない状況なら、もしかすると精霊化した動物が多めに発生するなんて事もあるのかも……。まぁ可能性から考えれば、そうならない方が余程高いのだが。

 ……よく考えてみれば、魔法体なら魔法世界に行けるのだから、もしもこの部屋の動植物が精霊化すれば、私達のパーティメンバーとして扱う事が出来る様になるという事だろうか? それは何とも……コーディリアは喜びそうな話だ。

 話を聞く限り、どうも元の肉体も死ぬわけではないらしいので単純計算で二倍の虫になるわけだからな。


 そこまで考えてふと一つ疑問が浮かぶ。


 そういえば、私達の“元の肉体”はどこにあるのだろう。

 先生の話の通り、人間は魔法体になる時に意識を完全に魔法体の方へと移すはずだ。それは人間の意識の特異性、つまり魔法使いとしての資質に起因する物だと、どこかで読んだ文章には書かれていた。


 そして今までの私は、それを人間の体の死として認識していた。

 つまり、意識のない肉体とは、人間の死体であるのだと。


 しかし、動物と精霊に分離された肉体は両方死なずに生きていたらしい。

 では、意思のない人間の肉体も生きているのではないか。動かない……いや、動こうとしない肉体として生き続けるのではないか? もちろん食事などの人間に必要な行為を自発的にしない以上、世話をしなければ死んでしまうのは当然なのだが……。


 それにしたって、死体はどこで管理されているのだろう。

 実家に帰ったことのあるらしいコーディリアは、自分の名前が刻まれた墓の話をしない。元の肉体は地元に送り届けられて埋葬されているわけではないだろう。この島の集団墓地が凄まじい規模になっている訳でもない。学院生の骨を埋葬する慰霊(?)碑がどこかにあるなんて話も聞かない。


 ……考えるより、聞いてみるのが早いか。実は遺骨は海に流していたり、転移門からどこかへ移したりしているなんて単純な話なのかも知れないし。


 そう思って疑問を口にしたのだが、ヒューゴ先生から帰ってきた言葉は完全に私の予想外の内容だった。



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