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第269話 ペット達

 進めていた研究も一段落し、秘境の探索もそれなりに順調に進んでいる今日この頃。


 私はコーディリアを連れ立って学院を背に長い坂を降りていた。

 天気は大降りの雨模様。日も沈んだ時間帯なので街灯や家の明かりだけが頼りの道だ。この島の一般的な街灯として使われている魔法の光はどうにも青っぽいので、明るくはあるが独特な不気味さも持っている。


 雨の夜道を歩く私達の目的地は、市場でも学生街でもなかった。

 学院のある島の中でも、生徒はあまり立ち入らない居住地区。ティファニーがよく行く市場とは学院や学生街を挟んで島の大体反対側で、学院からは直通の道もない不便な場所だ。ここは学院が完成する前から人が住むための場所として使われていたようで、今でも学生街の店の従業員やその家族が生活している。


 生徒は当然何の用もないのが普通の、言ってみれば辺鄙な場所。私達が一つの傘に二人で入って向かうのは、何も人目を忍んだ逢引というわけではない。


「へぇ。帝国の立食会ってそんな事をしているのね」

「はい。(わたくし)はお兄様とお父様以外の方からの誘いはすべて断っているので、詳しい事は分かりませんが」


 最近研究漬けだった私は、比較的自由に行動しているコーディリアから帝国での出来事を聞く。


 何でも家族の貴族様が居るらしい彼女は、学院生が呼ばれて偶に開催される帝国貴族や商人のパーティに何度か参加しているようだ。

 表向きは友好の証として開催される事の多いこのパーティだが、実際には優秀な学院生を見繕って勧誘したり依頼したりというのが横行しているらしい。魔法世界の情報や魔石、それを使った薬を直接金で買いたいなんてのはまだマシで、秘境で特定の素材を見付けて来いだとか魔法の道具を作ってくれなんて話まで聞くそうな。もちろん国に許可なく個人でこれらの取引を行うのは違法行為である。


 この事態に対して学院側は事実上の黙認。帝国は学院生を裁く事は難しいかもしれないが、依頼主は犯罪者として投獄される事もあるのだとか。

 生徒と外部の人間が直接お金で取引すると、多くの場合脱税だから当然の結果だ。


 ちなみに、我ら学院生は意外と違法行為には反対する人が多いらしく、いつの間にかパーティ参加者は減っているらしい。みんな真面目なのか。私なんかはバレても自分にお咎めがないならやってもいい気がしてしまう。


 そんな世間話から続けて、嬉しそうに家族の話をするコーディリアに私は相槌を打ちつつ、水溜まりを避けて暗い夜道を歩いて行く。

 ……知らない家族というものに会った事がない私には分からない感覚なのだが、意外にも彼女は良好な関係を“取り戻して”いるらしい。自分の知らない自分を知っている自称家族なんて、気持ち悪く思ったりしないのだろうか。


 そんな話をしている内に、見えて来たのは目的地。緑の屋根が特徴の家だ。その前で私達は一度立ち止まる。

 周囲と比べて遜色ない大きさのその家は、壁は茶色で屋根は深い緑色。大きな窓やベランダのある普通の一軒家だ。外観から見ると三階建てで、本来ならば大家族や使用人が住む様な想定の建物なのだろう。


 私はその家の玄関まで来ると不要になった傘をコーディリアに預け、ポケットから鍵を取り出す。物理的な鍵と魔法的な鍵の両方が一つになったその鍵は、観音開きになっている扉をあっさりと開錠した。


 私達は我が物面でその中へと入る。……というか、何を隠そうこの家、私の持ち家である。正確に言えば借りているだけなのだが、突然必要になってしまったので急遽学外に借りたのだ。

 ちなみに物件はヒューゴ先生の紹介。家賃は私にとってはそう高くない。学割とかそういう制度は特にないのに、家族向けの物件が安いとは……学院生ってお金持ちなんだなと変に実感してしまう。


 常春のこの辺りでは珍しく、二重となっている扉を抜けて中へと入る。

 その瞬間、コーディリアが豹変した。


「みんなー! 元気にしてたかなー?」


 いつものお淑やかな雰囲気はどこかへと吹き飛び、満面の笑みで泥の中へと駆け出していく。

 それを迎えるのは無数の虫達だ。それも一匹一匹が大きい。犬くらいの大きさの虫がこの中ではまだまだ小さい方なのだから、本当にこの世界の動物というものには驚かされる。


 私にだって普段は見せない様な満面の笑顔で、泥まみれになりつつ虫に頬擦りを敢行するコーディリア。そんな飼い主に対して、食料との区別がついていないのか虫達は普通に噛み付いていた。

 もちろん本人は気にしないどころか喜んでいるんだけど……。そもそも彼女、召喚体以外の虫が自分に懐くとは思っていない節がある。彼女にとってこの虫達の歓迎は当然の行為なのだ。


 ここは私とコーディリアが共同で使っている“飼育小屋”。

 大型の生き物は寮で飼うには不都合が多く、学内で特別に部屋を借りたとしても環境を整え切れるものではない。生き物を飼うための部屋など学院側は用意していないのだから。

 そのため一部の学生は、ペットのためにこうして居住地区に家を借りる事がある。私もその内の一人だ。……もちろん生き物の大半は彼女の所有なのだが、まぁ家賃や改築費などのその辺りは、いつも通りなあなあで話を付けている。正直我々にとって大した額ではないので。


 室内の地面は板張りではなく沼地だ。土を入れていくら環境を整えても苔や草すら生えてないだろう……と私はここを借りた時に予想したのだが、コーディリアが秘境から採取してきた草花は、やや弱々しくはあるもののしっかりと根を下ろしている。

 部屋の中にはいくつか照明があるが、赤い霧で遮られていてかなり薄暗い。今外は夜だが、この部屋は例え昼間でもこの明るさのままだ。窓から入る光などほとんど遮ってしまっている。


 住んでいる動物は帝国で捕まえて来たという白い蜘蛛が大量(これでも事前に数を減らしている)で、他にも秘境で捕まえた幻獣もいくつか。

 幻獣とは、秘境に発生する不思議生物の事だ。現在確認できているだけでもかなりの種類がいて、尚且つすべて結構強いのだが、彼らの最大の特徴はそれではない。浮島と一緒に生成されて崩壊と共に跡形もなく消え去るのに、一度でも天脈の外に出ると普通の動物として振る舞う事だ。これは動物だけでなく植物にも当てはまる。

 ちなみにここで飼育されているのは、幻獣と言いつつもちろん言葉通りの獣ではなく虫が多い。色々と居るが代表的なのは蜂、(さそり)、蝶、蠅、(あぶ)など。


 コーディリアが各地から持って来た虫達は私にも群がろうとするが、私は適当に蹴散らして奥へと進んでいく。

 食欲旺盛で強靭な体を持つ彼らは私の蹴り等まるで気にした様子もなかったが、コーディリアが生餌を取り出すと、我先にとそちらへ向かって行くのでそこまで邪魔になっているわけではない。


 入口で私達を待っていた虫の群れを抜ければ、その先は部屋の中央。そこに居るのは、この家を借りる事になった最大の原因だ。

 細い根を沼の中へと突き刺し、赤い霧を絶えず吐き出しているそれは、一本の細い木だった。地下室の天井を取り払って土を入れ、一階から二階までの部屋を大きな吹き抜けにしたこの家で、現状最も場所を取っている生き物。


 白い幹に棘の付いた白い枝葉、そして赤い花と赤い実を持つそれは、ゆっくりと根を動かし、こちらへと歩いている。

 ……生き物市で買った時はまさかと思っていたのだが、本物だったとはな。


 この木の名前はウムドレビ。

 これは何も私が名付けた名というわけではなく、この世界で元からそういう木が確認されていたのだ。ヒューゴ先生の毒性学の授業で一度聞いただけの名前だったが、完全に特徴が一致している。


 持ち主が死んだ時に発芽したという話から推測し、虫やラットなどの生餌をケースに入れて育成していたのだが、私が思っていた以上にこれの成長は早く、ついにはここまで大きくなってしまった。元々植木鉢が窮屈に見える程度だったのだが、ここに移してからは更に大きく、そして早く成長しているように思う。

 しっかりと実験して確認したわけではないが、この成長速度は他の幻獣が生餌を食べているからなのだろう。ウムドレビは肉を腐らせてそこへ根を下ろすのではなく、周囲で生き物が死んだという事に反応して成長している。発芽の要因が持ち主の死という仮説とも一致するし、おそらく間違いないだろう。

 それはそれとして、自分でも動物を襲うが。


 ウムドレビに赤く実った果実は眼球の様な見た目と動きをしていて、周囲の状況をある程度視認している。何度か視力に対して実験を行ったので、私が知らない他の感覚器官が無ければこれはほぼ間違いない。

 毒性を持った赤い霧を出しているのは花だ。木の幹や、根から分泌する赤い毒液と土を混ぜて生み出した毒沼でも生き物は死ぬが、弱い羽虫なんかは霧だけで死んでしまう。これは殺して食うための行動だ。


 ただそこにいるというだけで周囲の生き物を殺し、しかも獲物を求めて歩き回るという、中々恐ろしい生き物。これで魔物という区分ではないのだから驚かされる。

 ちなみに、熟れて落ちた果実からの発芽実験には成功していない。何個かコーディリアと相談して試してみたが、発芽の条件が何かあるのだろう。それこそ人間が死ぬとか。


 さて、そんな恐ろしい特徴を持つウムドレビだが、意外にも多種多様な生物と一緒に生活させる事が出来ている。同じ土に根を下ろす植物どころか、ネズミも虫も一緒の空間に居るだけで死んでしまうと育てる前は思っていたのだが、実際にはウムドレビの毒に耐性を持つ生き物は意外に多い。

 私達は解毒薬を飲みつつ世話をしているが、普段からここに生きている幻獣は別だ。薬なんて物に頼ることなく生活をしている。


 私が顔を見せた事でウムドレビがゆっくりとこちらへ向かってくる。

 その動きに驚いたのか、木の上で寝ていたらしい白蛇が顔を覗かせた。双頭で、前足だけ二本ある謎の幻獣。コーディリアが名前を調べてくれたが、ついに学院の図書室では特定する事は出来なかった。

 彼は私が秘境で捕獲した、毒を持つ幻獣だ。元々は強い動物をウムドレビの生餌にしたらどうなるのだろうという実験のために連れてきた個体だったのだが、意外にもウムドレビの毒性に耐えてしまって何となくそのまま飼育している。


 他の幻獣も大体同じ流れで飼育する事になっている。この蛇がウムドレビと同じ空間で飼育可能という事が判明し、それまで三階で暮らしていた白い蜘蛛も少しずつ下に下ろしてみると、彼らも子蜘蛛でなければ十分に生活可能。それから実験のため秘境で毒っぽい生き物を片っ端から集め、……最終的にはこういう状況になってしまった。

 半分……いや、七、八割程度はコーディリアのせいなのだが、もう見た目は完全に動物園である。


 私はいつも通り、自分の担当であるペット用の餌を赤味がかった毒沼の中に投げ入れ、三つ子オウムガイの触手がそれを掴み取るのを何となく観察する。

 ゆっくりとした歩みでようやく私に辿り着いたウムドレビは捕食行動なのか何なのか、棘だらけの枝葉で私の体に掴みかかっているが、適当に撫でつつ引き剥がすと意外にも聞き分け良く従ってくれる。こちらは虫とは違って楽でいい。意外に頭は良いのだろうか。


 まぁ懐いているのか、そもそもペットは私達所有者の指示にある程度従う様になっているのか、その辺りは少々判断に困る。頭がいいと言っても、この木に懐く頭脳がどこにあるというのだろうか。

 幻獣等の敵対的な生き物は捕獲してから、もう一度戦闘して勝利するとペットになる。この世界の仕組みとしてそうなっているというのも、認めるのは癪だが可能性として無くはない。現実的に考えれば、躾らしい躾はかなり簡略化されている。


 餌やりも成長速度を気にしなければ大体どんな動物も週一程度でいいし、掃除らしい掃除もする必要はない。私の場合コーディリアに付き合っている内に、何となく毎日世話に来るのが日課になっていはいるが……。


 私はこれらのペット達に対してどれだけ真剣に考えればいいのか、それとも専門外を理由に完全にコーディリアに任せてしまおうか。なんて考えつつ餌やりを続けていると、背後から部屋の中に足音が響く。沼地の水っぽい音ではない。板張りの床と靴底のぶつかる硬い音だ。

 コーディリアはまだまだ虫達に群がられて楽しんでいるはずなので、彼女のものではないだろう。


 どうやら三人目が来ていたらしい。三階にある子蜘蛛や発芽実験の部屋を見ていたようだ。



 長らくお待たせしました。

 下書きもある程度進んだので、今日から少しずつ更新して行こうと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毒!毒ですね!やっぱりタイトルで「毒」と書いてるので毒が出るのは嬉しい!あと単純に毒が好き。 コーディリアさんは平常運転ですね まる [気になる点] ここの木や幻獣の毒は戦闘で使えるのかな…
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