表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
270/277

第267話 再度、再会

蓬莱(ほうらい)、お願いね」


 蜂の蓬莱は私の言葉を聞くと、目の前の敵に向かって飛翔する。颯ほどではないが素早い動きだ。颯と比べて翅の分体も小さいので、こちらの方が回避能力は高いかもしれない。


 その動きを感知したのか、標的も私達に向けて行動を開始する。

 その白い塊はぴょんと壁から地面へと降り立つと、前脚の二本を振り上げて威嚇した。可愛い。とても可愛い……が、蓬莱の一突きでこてんと転がる。


 ……え、もしかして今ので死んだの?


 私は念のためにと隠れていた菖蒲(あやめ)の後ろから、そっと魔法視で覗き込む。

 確かに転がった体には反応がない。事前に一応白オーラなのは確認していたが、まさか召喚体の通常攻撃で沈むとは思わなかった。蠱術師は手数で攻める攻撃を得意とするので、一撃の重さにはあまり自信がなかったのだが……。


「……」


 私は視界に他の蜘蛛が居ない事をもう一度確認すると、菖蒲と前進して転がった死体を確認する。


 人間の頭程の大きさはある白い蜘蛛は、地下通路の石畳の上でピクリとも動かず死んでいた。

 これは魔物ではない生き物なので、死んでも魔力として体が拡散する事は無い。欠損表現もないので死体は綺麗なままだ。


 脚は八本、白い体に赤い関節。横に並んだ目も赤く艶やか。

 ……これ、魔物じゃないってことは生きたまま捕獲できるんだよね。とりあえず捕まえてみようかな。


 私は後ろで待機してくれていたお兄様に合図を出して道の先を進んで行く。

 そして、一つ丁字路を右折したその時。異変は起きた。


 先行していた菖蒲に白い影が一斉に跳びかかる。

 薄紫の綺麗な体は瞬く間に白に染まった。


 十数匹の白い蜘蛛が、一斉に菖蒲に襲い掛かったのだ。近くにいてくれていた蓬莱は、的確に蜘蛛を刺し殺していくが、白い蜘蛛は通路の奥から次々と出て来ている様だった。

 これは数が多過ぎる。菖蒲と蓬莱だけでは対処できそうもない。


「お、おい、大丈夫なのか!?」

「あ、はい。こちらは問題ありませんわ。下がっていてください」


 菖蒲が真っ白になると今度はこちらに標的を変更し、あぶれた蜘蛛が私に向かってジャンプする。

 かなり身軽な動きだが、菖蒲の反応を見る限りおそらくは……。


 私はサクラさんから受け取った薬を一本取り外すと、顔面に向かって跳びかかる蜘蛛を笑顔で迎え入れた。

 もちろん一匹で終わるわけがない。お腹、腕、首……と体中に白い蜘蛛が張り付き、何度も毒牙が私の体へ突き刺さる。


 それを受け止めていた私に何度目かの牙が私に突き刺さったその途端、体が動かなくなり軽い体は後ろへと押し倒される。倒れた私の体に更に次々と群がる蜘蛛。その数多の足が体中をくすぐり……いや、一応人前なんだった。

 若干これもいいかも……なんて考えていた間に、力なく手放した薬が音を立てて白い煙を吐き出した。


 これは麻痺毒のスプレー缶。しかも普段はあまり使わない高濃度の物。

 そんな物騒な霧を吸ってもしばらく元気に動き続けていた蜘蛛達だったが、それでも噴霧の音が小さくなる頃にはその動きを止めた。範囲から逃げ出さない限り、耐性が多少ある程度で防げる代物ではない。

 動かなくなった蜘蛛達の代わりに私の体を光が包み込み、今度は私がむくりとその中から起き上がる。体からぽろぽろと零れて行く蜘蛛は、脚を痙攣させて自分達がまだ生きているという事を伝えてくれていた。


 状態異常解除の魔法を太陽から受け取った私は、麻痺の影響で若干動きの鈍い右手で、魔法の書を開いた。


 そして何かあった時用として常備している動物用のケージを道具欄から引っ張り出すと、麻痺毒で動きを止めた蜘蛛をその中へと押し込んでいく。

 とりあえずこの子達は持ち帰れるだけ持ち帰るとしよう。研究用だから仕方ないよね。調査の一環だもの。


 そして蜘蛛を拾いながら魔法の書から戦闘ログを呼び出すと、彼らの詳細なデータを確認した。


「攻撃力は低度。追加効果は麻痺と毒と……疫病?」


 魔法の書の戦闘ログでは状態異常の影響力や体力の推移が、数字として確認できる。サクラさんのように魔法視でびたりと当てるなんて芸当は私にはできないので、魔法の書の戦闘解析はかなり参考になる機能だった。


 その結果は概ね予想通り。しかし、そこに並んでいた馴染みのない文字列に思わず首を傾げる。

 確かに毒と麻痺の影響力はありそうだとは思っていたのだが、疫病とは何だろう。効果を確認すると、その効果は単純な体力の減少のようだが……そもそも私はこれを一度も聞いた事もないというわけではなく、どこかで聞いたような。


 ……あ、疫病の蛇。サクラさんとロザリアさんのレポートだ。

 私はどこでこの状態異常について聞いたかを思い出すが、解けた謎は更に大きな新しい謎を呼び込んだ。何でこんな場所に闇の神専用の状態異常が転がっているのだろうか。まぁ戦況だけ見れば、太陽の解除魔法の効果対象になっているので全く問題にはならないのだが……根本的な理由が分からない。

 少なくとも邪法に関係のある存在が使うはずで、闇の神が生み出したとされる魔物の中ですら使い手は聞いた事がない。詳しく調べたわけではないが、疫病の神の一件以来確認されていないはずだ。


「大丈夫か?」

「え? あ、はい。お兄様。これも……調査の一環ですわ」


 心配そうな声が近くから聞こえ、私は思わず振り返る。

 今考えても仕方のない事は置いておこう。護衛対象も居るわけだし、あまり余所見も良くないかな。


 麻痺から立ち直った菖蒲と、近くの蜘蛛を一掃した蓬莱を連れて、私達は更に奥へと進んで行く。

 まだまだ整備された道が続いており、横穴とやらにはたどり着けていないが、それでも白い蜘蛛は無数に通路を塞いでいる。数十匹が群れて生活しているようで、捕獲には特に問題はないし(沢山捕れた)、ついでに太陽の解除魔法のおかげで私と菖蒲の累積耐性が凄まじい勢いで上がっていく。


 もう二、三度交戦を終える頃には、既に現状の最大値まで麻痺と毒の耐性が高まっていた。元々そこそこの耐性があったので、もうこうなると私やサクラさんでも通すのは難しいレベルだ。毒も麻痺も通らず、攻撃力はかなり低いので既に死ぬことの方が難しい。

 ただ、これが素直に喜んでいいかと言えば、そうでもない。これがまさに、状態異常が弱いという理由の一つなのだから。


 私達はそのまま大した警戒もなく進んで行くと、唐突に蜘蛛の群れと出会わなくなってしまった。

 代わりに進行方向の奥から、何かの物音が響くようになってきた。おそらくは戦いの音。どうやら他の学院生と合流してしまったらしい。


 菖蒲達が召喚時間の関係で帰ってしまったので、私が先頭で曲がり角を覗き込む。

 すると、そこに居たのは予想通りの制服。学院生だ。しかしその顔は、ここで会うには少々予想外の人物であった。


「あれ、ベルトラルドさん?」

「……? コーデリア」


 身長の数倍はある長い髪に、奇怪な形の人形。彼女の事はここがどれだけ薄暗くとも、見間違えるはずもない。

 何度も一緒に合宿に挑戦した……幼女組なんてやや不満のある呼ばれ方をしている面子の一人。ベルトラルド・ガルシア。人形士。

 こんな場所で最初に出会うのが知り合いというのも大変奇遇だ。


「お兄様、こちらは学院のお友達のベルトラルドさんです」

「ふむ。やはり他の学院生も来ているのか。当然だな」

「……お兄様?」


 私は背後を振り返ってベルトラルドさんをお兄様に紹介し、そして彼女にもお兄様を紹介しておく。

 彼女はお兄様について分かっているのかいないのかちょっと怪しい雰囲気だったが、とりあえずこれはこれでいいかな。どうしても紹介しなければならないというわけでもない。そもそも彼女、反応が分かりづらい上に細かい事を気にしない所がある。


「……ちなみに、ベルトラルドさんはどうしてここへ?」

「機工騎士団の見学に行ったら、ここに変なのが住み着いてるって話を聞いた。ただ、ここ結構つらいから帰ろうかと思ってたところ」


 こちらからも気になったことを質問してみるが、どうやら彼女は私達と別口の貴族ではなく、機工騎士団という組織から情報を貰って地下へ下りてきたようだ。

 ……いや、騎士というのだから一応貴族に含まれるのだろうか。あまり貴族らしい印象はないのだが。


 お兄様の話によると、機工騎士は貴族も多いが必ずしも貴族とは限らないとの事。

 そして基本的に皇帝派の組織ではあるが、一枚岩ではないので学院派の個人(それもおそらく重役)が依頼してもおかしくはないらしい。そういうルートでもここの情報は得られるということは、これは想像以上に学院生が入り込んでいそうだな。


 これ、私とお兄様が態々ここまで来る意味があったのだろうか。もはやこの件に関しては学院派の完勝に思える。私は珍しい蜘蛛が捕まえられて大変満足だけれども。


 蜘蛛が怖いのか暗いのが怖いのか、一人で帰りたそうにしていた彼女だったが、私と後ろの二人を見て手にしていた薬を飲み干す。それはこれから帰るという生徒の行動には思えない。


「帰ろうかと思ってたけど、コーデリアが一緒に居れば安心」

「そうですか?」

「麻痺すると薬が飲めないし、人形じゃ状態異常が防げないのが問題だった。二人いればここも何も怖くない」


 私は彼女に言われてようやく気付く。

 確かに完全な一人だと麻痺は恐ろしい状態異常だ。特にあの蜘蛛はダメージ系の状態異常を重ね掛けしてくるので、薬が飲めないのは確かに怖い事かもしれない。深度3で体力が全損する毒と、一応ダメージ系の状態異常である疫病は条件さえ整えば十分な殺傷力を持つだろう。

 むしろ下手に沢山魔物が出てくるより面倒な相手だと考える人も多いかもしれない。それに小さい敵が沢山いるというのは、範囲攻撃や召喚を持っていないと面倒だという事は想像に難くない。


 それに、どうやらここが目指していた目的地らしい。ここまで来て何もせずに帰るというのも少し、勿体ない気がしてしまう。


 私達は地下道にぽっかりと開けられたその横穴を覗き込む。

 かなり狭かったこれまでの道と違い、中は上下左右が倍近い広さだ。削られたと思しき土や岩の壁や天井は今にも崩れそうにも見えるが、崩落の危険性も考えた方が良いだろうか。調査員が亡くなってしまったという話だったが、封印を提案するという事は調査自体は既に済んでいると思いたいが。


 私はベルトラルドさんから飛んできたパーティ申請を受け取ると、その横穴に向けて一歩踏み出したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりにバルトラルドを見ましたね!嬉しいです! 幼女組は強い!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ