第24話 一夜明けて
ダメージコンテスト。
それは最初は検証好きなとある一人のプレイヤーがダメージ計算式の検証用に戦闘データを集め始めたのが切っ掛けだった。
いつの間にかその力自慢募集にパトロンがつき、そして噂を聞き付けた善意の参加者が続々と参加していき……最終的には専用の掲示板や、SNS上でかなりの人数がその結果を待ち望んでいる、リリース直後である賢者の花冠で一番のイベントへと成長していた。
もちろん今となっては個人では手が足りず、ボランティアのプレイヤーが運営を手伝っている状況だ。
しかし大会自体にはキャラクターの性能差に関する公平性は存在しない。そのイベントは、クラスの特徴を嫌というほど結果に反映していたのだ。
通常攻撃部門は狂戦士の名前がずらりと並ぶ。格闘学部のスキル火力部門は魔法戦士と侍が鎬を削っており、他の専科は一歩譲る形。魔法火力部門は弱いと言われていた暗黒術師のたった一人、同じ名前が上位を独占している。
良くも悪くも、強い弱いではなく火力が出るクラスに注目が集まり、パーティにしかバフを配れず火力を下げてしまうサポーターや、手数で攻撃する高速アタッカーは軽視される。そういう状況を作ってしまっていた。
そんなイベントの最終日にその爆弾は落とされた。
それは通常攻撃部門単独トップ、リサ・オニキスのデータが発端となっている。
PKの仕様を使ったパーティ補正値の解除は、思い付いても誰もやらない行為の筆頭であった。そもそもメリットが薄いためだ。
その上生徒を相手に火力を出す等、あまりにペナルティが重すぎる。もちろん非公式のイベントなので特別な救済もない。
それを最終日、そして三日連続首位のためにやってのけたリサの本気度や、状態異常によって攻撃倍率の変わる武器という、本作ではニッチ過ぎる戦法を用いた機転。
そして何より、謎の協力者ロザリア・P・ソウルズベリーの存在は大きな話題となった。
彼女の謎の魔法は、癖の強すぎる自動スキルの影響で瞬間最大火力のみが取り柄になっている暗黒術師にも劣らず、しかもデータを見る限り更にダメージが伸ばせそうという話に発展していく。
しかし大半のプレイヤーにとって最大の問題は、安定して出すことのできない瞬間最大火力などではなかった。
死霊術は召喚系の魔法学科だ。
召喚系は魔法のカスタムに対応している部分が少ない。死霊術や召喚術に共通する有名な仕様だ。
その代わりに召喚体の成長というシステムがある。魔法陣ではなく、呼び出す方を直接カスタムする機能と言っていいだろう。
召喚体に魔物を倒した時や、アイテムを採取した際に手に入る魔石を成長因子として与え、好きな方向へ能力値を伸ばしスキルを習得させていく。
死霊術師は召喚系の中で最も召喚体の覚えるスキルの数が少ない……とされてきたのだ。
そんな状況で何の前情報もなく発表された、謎の未見の魔法。それが持つ、死霊の育成ではまったく辿り着かないような攻撃力……。
これらが示す新たな推測。
“プレイヤーは、授業以外の方法で新たな魔法を習得できるのではないか。”
リサのデータは最大ダメージという枠組みを大きく超え、そんな全プレイヤーに関係する強化要素の可能性を、大いに示唆している情報だった。
当然プレイヤーは、その詳細な情報を集めるために動き出す。
初級スキルが今一つだったクラス。今でも強いが、より強力な魔法を求める生徒……。
悪意ある偽の情報や、真偽も詳細も不明な書き込み。攻略サイトや掲示板は瞬く間に混沌とした様相へと変貌していった……。
***
「とまぁ、中々あたしは有名人になってるわけだ」
「……らしいわね」
ダメージコンテストの最終発表から一夜明けた今日。
普段通り正しい生活リズムで早寝早起きをしている私に対して、ロザリー……絵筆は徹夜明けでいつもの席へとやって来た。疲れている様には見えないが、健康に悪いので帰ったら寝て欲しい。
彼女が寝ずに何をしていたのかと言えば、どうやら一晩中“自分の情報”を追っていたらしい。
店にやって来た今も、若干鬱陶しい笑顔で混沌としている掲示板を眺めている。
もちろん有名になったのが、と言うよりも、自分の話題が作品を盛り上げているという事実の方が嬉しいようだが。
「ふふふ……意図的にレベルもスキルの詳細も装備も提出しなかったからな。優勝賞品なんかより、独占する情報の方が有益だと気付かんやつは大馬鹿だな」
「……で、その有益な情報で何かするの?」
「そりゃあもちろん……何すればいいんだろうな」
「バカはあなたね……」
有名人になって何かいいことがあるならまだしも、名前だけ売れても仕方ないと思うが……。
私の指摘に絵筆はしばらく唸っていたが、すぐにそれも終わる。
「むむむ……しかしまぁそれはともかくだ。もう古代言語学の研究は、あたしが頑張らなくても勝手に進みそうだな。結局人が多い方が効率がいいのは否定できねぇし」
「ん? それは……そうかもね」
彼女の言う通り、古代言語学は現在凄まじい人気学科になっている。あれだけ人口が居れば、情報の流れも速いのは間違いないだろう。
……正直に言えば、私は彼女の“古代魔法”に対してここまで反響があるとは思っていなかった。
自分がやっている改造魔法の情報集めの延長線だと普通に思っていたのだが、彼女が使ったのは改造ではない新スキル……言われて見ればその通りだ。
皮肉なことに、最初のその事実に気が付いた、あの場にいる全員が情報の重要性に気付いていなかったのである。
私でも少し考えれば凄いことだと気付きそうな物だったのだが、発言者がロザリーという事もあって変な先入観があったのかもしれない。
とにかく、新スキルという爆弾が落とされたプレイヤーは、血眼になってその取得条件を探しているのだ。古代言語学が人気になったのはその影響。
新しいスキルを求めるプレイヤーの取る行動は、大きく二つに分類される。
一つは、私達のように過去の文献や物語から何とか魔法を発掘しようとする者。
古代言語学などという如何にもな副専攻もあるので、特に古文書の解析はこれから大いに進むだろう。絵筆の思惑通り、できれば神話、それも闇の神についての情報が掘り出されることを祈るばかりだ。
その中でも副専攻を既に二つ選択してしまっている生徒は、私の使っている図書室を使うかも知れない。
ただ、こちらはそれほど増えないとは思う。今まで私が見てきた魔法陣はどれも新しい魔法というよりは、初級の魔法の改造例でしかなかったのだ。それでも十分に有用ではあったのだが、態々あの膨大な量を調べるよりも既に攻略として出て来ている改造テンプレを使った方が早い。
カスタムスキルは元のスキルと違ってイベントをしなければ解放されない、という制限がない。授業でスキルを習得したら、即座にネットから改造例を引っ張ってきてコピペするだけで使えるようになるのだ。
プレイヤーの行動の二つ目は、課題をひたすらに熟すタイプ。
こちらは文献ではなく課題をやってフィールド、つまりは万象の記録庫から何か新しい情報を掘り出してくるというのが主な目的だ。もしかすると課題の成果によっては学院からの評価が上がり授業内容が増える、という可能性もある。あくまで可能性なので、実際にはないかもしれないが。
どちらのプレイヤーが多いのかは分からない。既に十分に戦えている者は後者、地道な、そして一向に終わりの見えない作業に没頭できる者が前者の方法を選ぶか。
どちらでもない者。私みたいな生徒は、手を出さずに後ろから事が進むのを待っているだろう。
いずれにしても、掲示板とWikiの情報交換は加速していくはずだ。
大きな発見をしても後追いが沢山いるなら、独占は難しいと考えて公開する者も多い。悪意あるガセネタも増えれば増えるだけ、雨後の筍のように訂正情報が流れる。
私には喫緊の課題として呪術師の汎用性の低さがある。スキルの改良、獲得の情報は多い方がいいのは間違いない。公開された場所での情報交換が活発になるのは好ましい事だ。
とはいえ、有用な、そして間違いないと判断できる情報が出てくるには、まだまだ時間がかかるはずだ。既に先んじて掴んで独占していた情報を話題として早めに流す者も居るだろうが、ガセネタの中からそれを見つけて自分で検証するのはそれはそれで骨が折れる。
しかし、私は自分で課題に手を出すと言うのも少し効率が悪いのだ。頼みの綱であるレベルカンストのリサ様が約束も守らずにどっかに行ってしまったから。まぁ居てもどうせパーティ機能制限で組めないのだが。
呪術師の状態異常の有用性など新スキルの可能性で吹っ飛んでしまっている状態なので、まだまだ野良でパーティを組むのは難しいだろうし……。
そうなると、自分の強化のために取れる手段は限られてくる。
「……私も何か副専攻始めようかな」
「ん? 何かするのか? ぶっちゃけ主専攻よりも性能格差が酷いって言われてるから慎重に選べよ」
そう言われても、正直この作品何がどう役に立つのかは説明や概要を読んだだけでは分からない傾向が強い。毒のレベルの仕様なんかヘルプに書いてなかったからな。
つまり、研究が進んでいない分野での事前情報は、今の所あまり当てにならない。
「ちなみに古代言語学の評価はどうだったの?」
「当時は、良く言えば未知数。結果的には大勝利だがな」
「つまり、現段階の評価は当てにならないってことね」
「そういう面もある」
頼りになる情報が一つもない。慎重に選べと言うのは、結局のところ自分にとって“後悔のない”選択をしろと言う意味。ほとんど好きに選べと同義と言ってもいいだろう。
そんな頼りないアドバイスをして上機嫌で紅茶を飲む絵筆。気付けばそろそろいい時間だ。
私は彼女との会話に適当な所で区切りをつけると、自分の仕事へと戻る。
今日もまだ始まったばかりだ。




