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第266話 討伐隊

 地下道への道は、屋敷の敷地内に隠されていた。

 お兄様は頑丈そうな物理錠と魔法の錠をそれぞれ二つ開放すると、使用人の男にそれを開けさせる。物置か何かに偽装しているらしいその地下への入り口からは、冷たい風が流れ出し、私達の足元をくすぐっていった。


 ここからでは、何かが潜んでいそうな雰囲気は特に感じられず、ただ闇が広がっている。相手は獣ではなく蜘蛛なのだから、息遣いや匂いなどは最後まで分からないかもしれない。それでも魔物ではないのだから多少生痕とでも言うべき物が、事前に見付かる事を願うとしよう。


「他の学院派の貴族も、適当な学院生を捕まえて調べさせている所だろう。手柄を横取りされる前に急ぐぞ」

「学院生の“調査”は力づくですから、そういう意味でも急いだ方がよろしいと思いますわ」


 私は魔法の書に手をかざし戦闘用の衣装へと着替え、そして少し考えてから使う魔法の調整を行う。魔法の調整とはつまり、今回一緒に行動する事になる子供たちの選定である。

 危険な場所を一人で進むとなると壁役と回復役はいくら居ても足りないだろう。……回復方面は蠱術として応用が難しく、総動員しても少々不安の残る面子だが仕方ない。今から召喚体を育成するのは不可能だし、育成できる召喚体というものには上限がある。


 サクラさんと双子要素満載のこの戦闘服は一人で着るには少し派手だが、隣に居るお兄様はもっと派手なので今回もあまり気にならなかった。むしろ大貴族の息子と比べれば大人しいデザインだろう。

 ……ついでに、ティファニーさんから渡された他の服と比べても、これはかなり大人しいデザインだ。


 お兄様、そして護衛の男は深く続く階段を気楽な調子で下りていく。

 それに少し遅れた私は慌てて彼らに追い付くと、一つ気になっていた事を質問する。これだけは確かめておかねばならない。


「それでお兄様。道案内は有難いのですが、一体どこまで一緒に進むお積りですか?」

「無論、最後まで見届ける」

「はぁ……正直、人を守るのは不得意なのですけれど……」


 私の答えを聞いても彼が不安そうな顔を見せる事はない。どうやら彼の自信の拠り所は私という存在ではない様だ。

 後ろの護衛さんがそれほど頼りになるという事だろうか。正直そうは見えないし思えない。どこにでも居そうな普通の人で、学院長の様な威厳を持っているわけではなかった。


「構わん。調査に行った機工騎士に死人が出ていないのだ。即死はしないだろう。薬があればその程度は何とでもなるものだ」

「……あまり前に出ないで下さいね」


 何かと思えば、凄まじく無茶な自信だった。私と違って本当の意味で死ぬのだから、無理はしないで欲しい。

 私がそう告げれば、彼は自分で調査するからこそ他の貴族との違いになるのだと語ったが……人付き合いの苦手な私でも少しは察せる。おそらく私が心配なのだろう。


 私は万が一死んでも学院に戻されるだけだから、そんな必要はないのだと聞かせても、お兄様はそもそも私を心配しているのだという事から認めてはくれなかった。


 結局、お兄様を帰らせることに失敗してからしばらく。


 お兄様が迷宮と呼んだ地下道は、かなり複雑な交差を繰り返していた。とにかく上下左右への分かれ道が多く、進む程に自分たちの現在位置すらもあやふやになって行く。

 お屋敷から事件現場まで都市の半分程の距離と遠い事もあり……確かに帰り道の案内は必要かも……。


 元々は逃走用の経路だった事を考えれば、追っ手を撒く為というのは分かる。そして確かに子供が迷い込んだら……いや、大人でも迷い込んだら死を覚悟する必要があるだろう。

 特に、私達はそれぞれ光源を持ち歩いているが、本来ならば地下で窓もないここは真っ暗で何も見えないだろう。暗闇で下手に動いたら本当に迷いそう。


 ただ、それらしい野生動物が見当たらないのが残念……じゃなかった。幸いか。この調子だと例の蜘蛛以外は、ネズミくらいしか出て来ないと思う。


「あ、いた」


 魔法のカンテラとお兄様の地図を頼りに進んでいると、突然少し先の壁で何かが動く。

 灰色の壁と同化して見えていなかったが、その子がかさりと動いたことでようやくその輪郭を見つけることが出来た。その大きさは私が思っていたよりは小さい。人食いと聞けば、ほとんどの人間はもっと大きな存在を予想するのではないだろうか。


「少し、下がっていてください。どの程度の力なのか分からないので……」

「ああ、任せる」


 私は向こうから近付いてくる気配がなく、他の個体も近くにいない事を確認すると、召喚のための詠唱を始めた。

 とりあえず万全で挑むため、三体は呼び出したい。壁役と、万が一の回復役、そして全力で相手をする際に必要な強力な攻撃役。


 無いとは思うが、滅茶苦茶強かったら私の変身も考慮に入れたいが……閉所だからちょっと難しいかな。

 私は詠唱を続けながら周囲の広さを確認する。三人横に並ぶのがギリギリという横幅、そして私二人分程度しかない高さ。どう考えてもあの魔神形態になる事は出来そうもない。


 あれ、楽しいんだけどなぁ。

 何となく自分の召喚体を“実在”の虫の形にして、異界から呼び出した虫を操る魔法という脳内設定にしている私だが、別に創作で虫を作る事自体に抵抗はない。サクラさんはそれについてなんだか申し訳なさそうにしていたが、厳密に言えば召喚体ではないあれの形を仮想の動物にする事自体に、私は大した忌避感を持っていなかった。

 それどころか、魔神クリストフォロスと名前すら付けていた。名前の由来は特にない。体の形が十字に見えない事もないかなと思っただけだ。


 私は相手の様子を見るための最初の面子として、比較的新顔の二人と、久し振りのような気がする蓬莱(ほうらい)を呼び出した。

 最近は攻撃役と言えば金剛でいいかという調子だったが、ここは彼にとっても少し狭い。単純に数字が大きくて雑に扱っても強いというのは、意外に蠱術では貴重な存在だ。


 今回呼んだ蓬莱はスズメバチの女の子。蜂と聞いて雄蜂を想像する人はあまりいないとは思うけど。

 私の子供としては最初期から居る内の一人だ。最初期というと、状態異常で何とか戦おうと悪戦苦闘していた頃の話なので、レベル差を考慮に入れても戦闘力は今と比べてちょっとお話にならない頃だが。


 もちろんこの子も、今から随分と前に行った召喚体の一斉初期化と再強化の際に、状態異常系の攻撃と物理攻撃を整理した強化版だ。あの頃とは色々と違う。

 ……その結果、少々普段使いに困る性能になってしまい、状態異常をばらまくなら紗雪、攻撃するなら颯と金剛という風に明確に役割が被ってしまったのは申し訳なく思う。

 まぁ攻撃役の彼らにはない体の小ささを生かし、今回の様な狭い場所では多分活躍してくれることだろう。それすらも百でいいかと思わなくもないが……再育成しようかなぁ。


 そして残りは試合に合わせて調整しては見たが、今一つサクラさんとの噛み合わせが悪くて出番がなかったもう二人。


 まず目立つ大きな虫は菖蒲(あやめ)。紫の花の名前の通り紫色の体を持ち、しかもその体が透明という奇妙奇天烈極まりない虫だ。

 ジュエルキャタピラーなんて俗称も付いているこの虫は、とある蛾の幼虫。透明なゼリー状の、皮膚とも粘膜とも言い難い奇妙な“服”を着ているのが特徴の南米の虫である。

 体の外側は高い再生能力と粘着性を持ち、透明な体で周囲に溶け込むことで身を守っているのではと言われていた。


 そんな菖蒲は耐久力を中心に育成した壁役だ。物理方面に強い金剛と比べると、防御力は低いが再生能力と属性耐性、状態異常耐性が満遍なく高い。今回の様な未見の敵に対しては非常に頼れる壁と言えるだろう。

 しかも重く大きいので閉所では思い切り道を塞げる。今回は大活躍間違いない……かも。

 その半面、攻撃性能は状態異常特化の紗雪以下。更に、試合では召喚体の強さが限定されてしまっていた影響で元々飛び抜けて高いわけではない物理方面の耐久性に難があり、試合環境に適応することが出来なかった悲しい過去を持つ子である。

 状態異常も属性攻撃も使っている生徒があまりいなかったから、どうしても居ても居なくてもいい感じになってしまっていた。今回は存分に前に出て貰おう。


 そして最後の一人。今回呼び出した中では一番の新顔だ。

 この子は試合の開催日に育成が間に合わなかった上に、途中から参戦させる程の能力にもならなかった。結果として今までお蔵入りしていた子なのだが、実はこの子は普段からもっと使えるのではないかと少し予想している期待の新人である。どの子も可愛いけど、どうしても使用感や頻度での優劣が付いてしまうのは仕方ない。


 見た目は丸みを帯びた地味な甲虫で、事実、分類上コガネムシの仲間だ。しかも特に何の変哲もない黒色で、クワガタコガネやカブトハナムグリの様な特徴的な姿をしている訳でもない。

 しかし同時に、極めて一般知名度の高い虫である。それは彼らの生態に理由がある。


 私に太陽と名付けられたその子は、自分の召喚陣に足を入れると、ごそごそと何かを取り出す。

 それは悪臭のする汚泥の塊だった。今ここでの話ではなく、一般的な野生での話をすれば、これは草食動物の糞を球状に切り出した物。それを太陽は逆立ちして転がし始める。


 糞虫(ふんちゅう)、食糞性コガネムシなど色々と呼び名はあれど、これ以上の知名度がある名前はないだろう。

 フンコロガシ。スカラベという名前も比較的通りがいいだろう。正直、私の子供達の中で一二を争うレベルの知名度だと思う。

 ちなみに、糞虫のすべてが糞ばかりを食べるわけでもなければ、こうして球を作って転がすなんて行動をするのは極僅かしかいない。それでも彼らは有名だった。なぜなら生態が面白いから。


 しかし、私の太陽が転がすのはただの食料ではない。

 汚泥の中には古の宝剣、首飾り、聖印など財宝と呼んで然るべき道具が巻き込まれている。

 太陽はこれを用いて私達を強力にサポートしてくれるだろう。特に回復役として。


 再生を司る太陽神としてふさわしい役回りではないだろうか。……と言ったらサクラさんや他の皆に凄い顔をされたのは言うまでもない。

 ……いや、私も正直糞虫はともかく、糞自体に思い入れはないので気持ちは分からなくもないけど。


 とにかく、戦力は十分に整った。

 いざ、人食いの力を存分に見せてもらうとしよう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] >魔神クリストフォロス お気に入りだったんだ ( ゜д゜) >フンコロガシの太陽 これはセンスの問題か、真面目なだけか…
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