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第264話 仮想の家族

「お前、もしかしてコーディリアか?」


 そう私を呼ぶ声は男の物だ。その響きに聞き馴染みはない。きっと初対面のはず……どうして私の名前を?

 私は一応それなりに顔が知られている人間ではあるのだが、こうして知らない人間に名前を呼ばれるというのは大変珍しい事である。そもそも知名度で言えばサクラさんのおまけ扱いが一般的な印象だし、こうして一人でいる時に話しかけられるなど初めての体験かも知れない。しかも学院の外でとなると、更にその確率は下がる。


 私の名を呼ぶその人は一体誰なのだと恐る恐る顔を図鑑から上げれば、そこに居たのは二人組の男達。

 私に声をかけてきたと思しき人物は、肉の付いた腹と顎が特徴的な金髪の青年。贅肉は顔の形を丸くし、ある意味で若く女性的に見せているので実際の年齢は分かりづらい。

 その服装は学院生の制服ではなく、どこか見栄えを意識して作られたのが分かる、派手な物だった。


 黙っているもう一人の男は長身の中年で、背筋良く彼の後ろに控えていた。こちらも学生服ではなく、地味だが仕立ての良い背広をしっかりと着込んでいた。

 ただ、その腰には細身の剣を下げている。


 彼らは……帝国の人間だろうか。しかし疑問がある。

 私は学院生の間では、多少名が知れているかもしれないが、帝国の人間が私を知っているというのはとても不自然な話である。……という事は、学生? なのだろうか。


 場面が場面なので、いつものサクラさんのように無視をするわけにもいかず、私は怪訝な顔を見せながら小さく首肯する。


「はい。そうですが……あなた達は?」

「うん? ……ああ、そうだったな。あまりに変わらない姿だったので忘れていたよ」


 自分で声を掛けておいてしばらく呆然と言った調子だった金髪の男は、私の様子を見て何かを思い出したように頷く。忘れていた? 何の話だろうか。こうして顔を見合わせて話してみても、以前に会った覚えはまるでない。


 そして彼は、思いも寄らない言葉を口にした。


「魔法使いになった時に記憶を失っているのだったな。俺の名はサジ。お前は覚えていないだろうが、血縁上はお前の兄だよ」

「……えっ」


 私は耳に入った彼の言葉を数瞬じっと考え込み、そしてようやくその意味を把握する。

 兄と聞いて一瞬この場に居るはずもない男性の顔を思い出すが、当然彼がここにいるわけがない。居たとしてもまさかコーディリアと私の事を呼ぶ事はないだろう。完全に別人だ。


 つまり彼は、自分は“コーディリア”の家族だと名乗っているのだ。


 ……一応、話の筋自体は通っている。

 私達は学院の生徒として魔法体となる時に、それまでの人生経験等の記憶を“体に置いて来た”という事になっている。これは魔法体を作る際に仕方なく起きる現象……と言う訳ではなく、スパイ防止措置に近いちょっとした学院の小細工だ。

 そのため私が知らない家族がこうして帝国で生きていることは、何の論理的矛盾も生じない事実であるし、確かに私もこの国のどこかに居るのだろうとは思ってはいた。まさかこうして顔を合わせる事など、絶対にないだろうとも同時に思っていたが。


 しかし、話が論理的矛盾を孕まないからと言って、それは彼が本当の事を口にしているという根拠にはなり得ない。それは絶対に嘘だとは言い切れないというだけの事実であり、嘘を吐いていないという証明ではないのだから。


 私の反応から自分の話を信じ切れていないという事を察して、彼は真面目な表情で話を続ける。


「……ふむ。何も覚えていないのなら、信じられんのも無理はないか。しかし、俺から見れば何も変わらない妹にしか見えんのだよ」

「は、はぁ……そうなのですか。えっと、“お兄様”はどうしてこちらに?」


 私は多少困惑しつつ、男の事をそう呼ぶ。

 彼の話を丸々信じた訳ではないが、ここまでして私を騙そうとする人が学院にいるとも思えない。……いや、ティファニーさんなら妹にしたいという一心でやりかねないけど、どうにもそういう手合いにも見えない。


 彼は私の言葉に大した感慨は見せず、質問に一応答えてくれた。


「俺は……まぁ頼んでいた物を取りに来ただけだ。家に持って来られると“当主様”に何を言われるか分からんからな」

「……宝飾店で?」

「そう変な事じゃないだろう。偶然知り合った女が、赤い指輪を欲しがっているだけだ」


 そう事も無げに語った彼は確かにリングケースを、律儀に私達の会話を待っていた店主から受け取ると、中身を確認してから後ろの男へと渡している。中身は話の通り赤い宝石の指輪。小さな宝石の繊細なデザインで、そこまでの高級品には見えない。


 お兄様が話の通りに貴族であるのならば、後ろの男は荷物持ち兼護衛といった所だろうか。帯剣している理由にも納得がいく。

 それにしても、偶然出会った女の人に指輪を……か。口には出さないが、正直彼はあまり女性にモテる容姿には見えない。だからこそ金に物を言わせて遊んでいるのか、……それとも何か他に理由があるのか。

 微妙に何かをはぐらかされた様な気がしないでもない。


 彼は私の見ていた展示品や自作の図鑑に視線を落とすと、苦笑を零す。


「……記憶が無くとも、悪癖は変わっていないようだな。コーディリア」

「悪癖……もしかして、(わたくし)の趣味は、あなたの知る昔と変わっていないのですか?」

()()なことにな」


 呆れたような笑みを見せる彼に、私は思わずむっと顔を顰める。まさか顔も知らない家族にここまで言われるとは思っていなかった。

 その態度を不服と見て取ったのか、彼はこちらを見下ろして口を開く。


「まさかとは思うが、魔法学院でも拾って来た虫の卵をいくつも部屋に置いて、部屋一つ虫まみれにしたりしてないだろうな」

「うぐっ……」


 予想していなかったお兄様の発言に、私は思わず一歩後退る。それは何とも否定しづらい話で、私はまともに返す言葉も出てこない。

 何だろう、彼の言っているその部屋とやらは知らないのに“身に覚えがある”。コーディ……あなた、どうしようもなく私なのね……。


「お袋が散々怒って、お前は泣いてたな」


 くつくつと笑うお兄様を見て、私は言葉の代わりに一つため息を吐く。

 ……どうやらこの人、本当にコーディリアの兄らしい。思えば、髪の色はそっくりだな。顔も、まぁ似ていると言っていい範疇だろう。私からすると初対面だが、彼にとっては不出来な可愛い妹との再会だったわけだ。


 ただ、言われっぱなしというのも少々癪だ。

 私は今までの会話を思い出し、一つ忠告する事にする。


「……お兄様も、夜遊びは程々にしたらいかがですか? 私と違って家を出ていないのでしょう?」

「ふっ、後継ぎでも何でもない貴族の三男の醜聞など、社交界では掃いて捨てる程の量だ。夜の街で女用の指輪を買ったなど、噂として面白味はまるでないよ」

「でも、家に隠れて買っているのでしょう? 隠したいのは指輪ですか? それとも相手でしょうか」


 私の発言を聞き、お兄様の後ろの男が少し動く。もしかするとこの無礼を止めようか否か判断に迷っているのだろうか。

 確かに、私はただの他人。貴族にとって()家族とはそういう物だろう。


 ただ、お兄様はそうは思わなかったらしい。そもそも私を家族と思っていないのならば、私がこう呼んだ時点で強く否定したことだろう。

 少なくともコーディリアという少女は、この三男、サジお兄様との仲は良好だったのかもしれない。


「……はぁー。やっぱり、お前は少し変わったか? ……おい、これをこいつに持たせろ。支払いは俺の名前で構わん」

「……よろしいのですか?」

「口止め料だ」


 お兄様のその言葉で、私に商品の説明をしていた店員が動き出し、蝶のコハクの梱包をしてしまう。どうやら彼はこのコハクを私にプレゼントしてくれるらしい。

 彼は国内の人間なので自分で買う分には関税はかからないが、私に渡すという事は免税などされるはずもなく、提示された金額と同額を支払っているはずだ。……流石に口止め料には高い気がする。


 それを指摘すると、彼は小さく笑って見せた。


「お前はここで放っておくと、破産しかねんからな」

「……あの、現金の持ち合わせがないだけで、手持ちの石を換金すれば私も買えるのですよ……?」

「はぁ!? ……っと、魔法使いというのは、随分金持ちなんだな……」


 ……まぁ、魔石は出来れば売りたくなかったし、くれるというのなら貰っておくけれど。


 少し間抜けな表情を見せてくれたお兄様と、彼からのプレゼントを手に店を出る。

 時刻はもう深夜と呼んで差し支えない深さだが、まだまだ帝国の街は眠らない。もしや朝までこの調子なのだろうか。


 魔法の光と油の炎は色が違う。二色の光と月明りが、私達の歩く街並みを淡く照らしていた。

 お兄様は店を出てこちらを振り返ると、どこか照れ臭そうに、そして安心した様な表情で言葉を投げる。


「……まぁ、何と言うか。とにかく元気そうでよかった。その体に元気とか不調とかあるのかは知らんが」


 そこには確かに優しさや安堵と言った物がある。彼にとっては本当に家族との再会だったのだろう。

 ……私が入学して、どれだけの月日が経過しただろうか。


 そしてそのまま別れを告げそうなお兄様に、私は慌てて一つ気になっていた事を聞いてしまう。それは思わず口から零れた疑問で、本当ならばあまり聞いても意味のない事のはずだった。


「あの、お兄様。私の……いえ、お兄様の、家族はどうしているのですか?」


 出会った直後はあまり気になっても居なかった。むしろ存在自体疑っていたのだが、こうしてコーディリアの家族や過去の話をしてみると、他の家族の事はやはり気になってしまう。それと、どうして私は家族から離れて学院にやって来たのか。

 ……コーディリアという少女は、家族に愛されていたのだろうか。


 私の質問に対して、少し意外そうな表情を見せた後、彼はどこか優しげな表情で望んでいた答えをくれた。


「兄貴達は相変わらず……と言っても今のお前には分からんか。

 一番上の兄は当主様の付き人みたいなことを、文句も言わずよくやってるよ。二番目は機工騎士の叙勲を受けたばかりだ。しばらく帰って来てないな。

 姉貴は知らん。特に知らせもないが、あいつにしては嫁ぎ先で旦那を殴ったという話もないから、それなりに仲良くやってるんだろう。下の妹は……お前がいなくてここしばらく寂しそうだったが、もう慣れたらしい」


 私は六人兄弟。どうやら兄だけでなく姉も妹も居るらしい。会ってみたいとは……不思議と思わなかった。


「当主様、つまり俺たちの父親だが、学院との取引に忙しそうだな。俺がこうして屋敷を抜け出して醜聞を作っても、特に何も言わん程度には」

「学院との取引、ですか?」

「ああ、我が家は学院派の筆頭貴族だ。お前を送り出したからというのもあるが、元々当主様が魔法の研究者でな。学院に入学するのが夢だったんだとよ。本人は認めないが、男のくせに未練がましくて仕方ないね」


 初耳だ。いや、今日初めて出会った人から聞かされる初めての話なのだから当然なのだが……私、魔法使いの子供だったんだ。

 もちろん貴族の当主として学院に入る事は許されなかったのだろうけれど、父は私を家から勘当してまで夢を継がせたかったのか。


 ……期待、してくれていたのだろうか。私は今その期待に応えられているのだろうか。

 もちろん、私がどんな生活をしているのかなんて、その見知らぬ男は知る由もないのだろう。けれど、それでも少しだけでも、誇れる娘でありたい。


「あー、他にはリートさんは……あ、リートさんは当主様の妾で、姉貴と妹と二番目の兄貴の母親なんだが、当主様の補佐として今でも働いてるよ」


 そんな不出来な私にしては珍しい事を考えていると、思ってもみなかった情報が飛び出す。


 腹違いの兄弟も居たのか。それも六人兄弟の丁度半分。お父様……第二夫人が居るのね……。

 姉はサジお兄様の上だから私とは年が離れているだろうけれど、もしかすると、妹とは一年も年は離れていないのかもしれない。


 私の突然の質問に対してすらすらと出てきた、家族の話。しかしお兄様はそこで言葉を切ると、何かを探る様にこちらの顔を覗き込む。

 彼が何を心配しているのかはすぐに思い付く。不自然に避けられた人物がいたのは私も理解できた。どうやらその人と私には何か因縁があるらしい。尤も、今となってはそれも意味のあるものなのかは分からないけれど。


「……まぁいいか。記憶もないんだしな。お袋はまだお前を嫁に出せなかったとぐちぐち言ってるよ。お前は“悪癖”のせいで二回、学院生になると言い出して合計三回も縁談を蹴ってるからな」

「……結婚ですか? (わたくし)が?」


 思わず聞き返した言葉に、彼は苦笑を見せる。どうやら予想通りの反応であったらしい。

 結婚……確かに貴族の女、という印象から受ける役割ではかなり大きい気もする。腹違いの姉も嫁いだらしいし、もしかすると私にも許嫁くらいは居てもおかしくないのか。そしてどうやら、私の趣味を“悪癖”と呼んで然るべき事まで起きていたらしい。


「どっちかというと、お前はリートさんに似ているよ。ま、父親の血が強かったんだろうけどな。あの二人似た者同士だし」


 ……そして、お兄様の話を聞く限り、その考えに対して私は母親と意見があっていなかったようだった。



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[気になる点] コーデリアの趣味を知ってるし顔も似てるとなると、ある一定期間に起こした内容によって家族が形成されているのか?凄いなこの世界。そしてそれをオートでできてしまう時代。 [一言] なるほど、…
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