第262話 次の時代へ
時刻は既に、他の家族全員がすっかり寝静まった深夜。
少女は薄暗い部屋で画面上を流れる文字を監視する。それ自体はいつも通りの作業だが、その画面の進みは何もない平時に比べてやや速い。元々零時前後というのは人の多い時間帯だが、それを考慮しても今夜は書き込みが多かった。
一つの話題として連日盛り上がっていた試合も終了し、しばらく経過した今日この頃。その原因となっている話題は、流れて行く文字列を見る限り一つだけだった。
少女は自身でもその原因となっているページを開き、横目で読み進めつつ不適切なコメントを消していく。
『アプデ詳細来た!!』
『アプデまであと10時間……公式サイトが更新されたぜ!』
『授業増えるだけだと思ってたら、帝国まで行けるのかー
探索範囲増えるね』
『機械兵装備作れるってよ!』
たった今、賢者の花冠公式サイトで、次の大規模アップデートについての詳細が発表された。日付が変わると同時に発表されたこれらの情報について、掲示板では様々な意見が飛び交っている。
特に多いのは、副専攻の魔法工学についての話である。
公式の事前告知では、学院は帝国で発展していた専門の魔法機械の知識を取り込み、更に先進的な技術を用いた道具の作成が可能となったと書かれていた。
今回の発表でこの先進的技術というものが適用される範囲が、魔法工学だけであり、その影響を強く受けるのはもちろんその受講者となる事が明言された。他の生徒がそれらの技術を用いた装備や道具を欲する場合、受講者に注文する、もしくは受講者から購入する事になるだろう。
魔法工学は複雑な機構を持つ武器や道具の作成を専門とする副専攻であり、数ある副専攻の内でもそこそこの人気学科でもある。
ただ、需要自体はあまり高いとは言えない。授業を受けて直接作れるようになる武器は銃と人形、一部の楽器のみ。その他の武器は魔法兵器学の領分となり、どちらかと言えば兵器学で活用する装備の変形パーツ作成のための学問とされていた。
少女の友人サクラ・キリエもこれを受講していたが、彼女の場合も専らスプレー缶や注射器といった毒液用の道具作成のためだけに使っている学問と言い切れる。例外と言えば、能力値以外の部分を強く求めたティファニーの弓矢や、ギミックを取り入れたリサの特殊な大剣の一部を手掛けた程度である。
すなわちこれは、今一つ使い道の薄かった副専攻の調整、とも受け取れる内容だった。
『機械兵装備、適用範囲工学だけか
これアプデで兵器学死んだのでは?』
『試合で見た機械兵装備、そんなに強かったか?』
『兵器学と工学取ってる俺が最強になる準備はよろしいか』
『まぁ必要になったら買えばいいじゃん
要は、武器に種類が追加されましたよって話だろ?』
『意外に工学と兵器学両方取ってるやつ多いよな
まぁ兵器学だけで変形武器作れないから、武器全般を扱おうってなるとそうなるか』
これについて反応は半々といった所。
アップデートの目玉である要素の一つなのに適用範囲が狭過ぎるという不満を口にする者も居れば、単純に買えばいいだろうとそれほど気にしていない者、魔法工学を専攻することに対して前向きな者も居る。
『まぁ正直帝国よりも秘境の方がデカいアップデートだしなぁ』
少女が一般用のアカウントから掲示板へそう書き込むと、自然に話題はそちらへと流れて行った。そして特定の人物に対する暴言などが書き込まれていないことをざっと確認すると、公式サイトの方へと視線を戻す。
今夜のアップデートの詳細告知には、もう一つの目玉である秘境の探索についての話も当然書かれてある。
それによると次のアップデートから、上級の生徒は秘境の探索に向かう事が出来るようになるようだ。もしかするとあの試合は対人戦闘経験を蓄積させ、上級への昇格試験の合格者を増やす算段だったのかもしれないなと、参加条件を読み進めた少女はぼんやりと考える。
尤も、彼女にとっては随分と前に終えた話であるので、そもそも自分が上級生だという自覚もあまりなかったのだが。
秘境は魔法世界とは違って“現実”の世界に浮かんでいる空の島だ。地理的な場所の特異性はともかく、魔法世界として隔絶されていないのは確かだ。
それはつまり、その場で入手した物は基本的に何でも持って帰って来れるという事だ。希少な鉱石でも水でも動物でも植物でも、本当に何でも。
学院生としての生活はあまり物を必要としないものだが、魔法兵器学や被服学などで使う素材は残念な事に魔石だけではない。
しかし、学院生には現実世界での探索が原則許可されていないため、今まではそれらに必要な物理的物質は学院近くの市場、もしくは学院内の購買に出品されている物を購入する以外に入手手段がなかった。もしくは、大した素材でなければという強烈な前提があるが、学院島に自生している物を採取するという程度の方法しかない。
しかし、今回の秘境探索ではそれらの素材を自分の物にすることが出来るらしい。
調査という名目なので一部特殊な物は学院が徴収する場合もあるようだが、これによって鉱石や宝石などの素材アイテムが入手しやすくなるのは確かだろう。基本的にはその方面を大きく緩和するための要素であると読み取れた。
ただし、秘境に行くには上級生としての評価に応じた回数や時間の制限があるらしく、その上浮き島はどういう理屈か生成と崩壊を繰り返しているので、制限時間内に帰還しないと落下して即死してしまう。
素材は取り放題だが、制限時間があるボーナスステージの様な物か。ちなみに死んだらもちろんアイテムは持ち帰れない。
手に入れた珍しい素材を売るも良し、自分の手で安く集めるも良しで、景気や相場が良くも悪くも大きく変動しそうな話だ。特に、経営学を学んでいる生徒はいつになく盛り上がっている。
本来生徒同士で取引するにはある種の制限があるのだが、経営学を学ぶとこの際の手数料が一部免除、もしくは緩和される。取引上限も大きく増えるので、間に経営学の生徒を入れた方が生徒同士のやり取りが安く済む場合も多い。
生徒同士の物品のやり取りが増えれば、自然と儲け話が転がって来るようになっているのが彼らである。
ただし、秘境探索はただの平和な山菜取りで終わる話ではなかった。参加者を上級生に限定しているのは、何も学院が素材を出し渋っていると言う訳ではないのだ。
珍しい素材の多い島にはある特殊な生物が生息しているらしく、一般的な魔物と比べても危険性が高いので気を付ける必要がある。その生物自体も倒してさえしまえば素材として活用できるだろう事は想像に難くないが、上級に限定しているという事を考えるとその強さは想像が付く。
教師を一定条件下で倒せる、というのが上級生の大体の力の目安なのだから。
秘境での魔石の入手に関しては書かれていないが、魔物が出現しないことを考えれば全く手に入らない、もしくは効率は極めて悪いだろう……というのが、掲示板での主流な予想である。
その他にも今後は学院島や合宿島だけでなく帝国国内を散策できる事や、魔法世界の拡張、課題のバリエーション、購買で購入可能なアイテム等の追加、図書室等の一部資料の解禁など、様々な事が書き連ねられている。
それを見た掲示板では、古代魔法が発見されるかもしれないと興奮する者、新たな装備の作成について情熱を見せる者、相場の安定しないアップデート直後は稼ぎ時だと笑う者、まだ見ぬ強敵に胸を躍らせる者など様々だ。もちろん上級に上がれていない者達の怨嗟の声も含まれているが。
それでもやはり帝国云々というよりは、秘境探索の方が注目度が高いアップデートであることは間違いないだろう。
しかし、そんな者達の中で不思議な盛り上がり方をしている場所が一つ。
偶然目に留まったその書き込みを見て、少女はその掲示板の書き込みを遡る。
『祝! ついに呪術師強化!』
その人は、アップデート詳細の最後に小さな文字で書かれていたバランス調整の内容を引っ張り出し、掲示板へと張り付けていた。
こういった大型のアップデートでなくとも、細かな調整は度々入っている。有名所で言えば、忍術科は大きな調整によって大幅にその実力を改善した過去がある。
そして、今回のアップデートでもいくつか調整が入った学科はあるのだが、その中にいつもは書かれていなかったはずの学科が一つ紛れていた。
『なんで、いまさら』
『おかしい……サクラちゃんが強化されるはずが……』
『呪術科って今まで一度も強化貰ってなかったはずなのに……』
呪術科はその弱さゆえに有名になった学科である。それこそサクラ・キリエという生徒が有名になる以前、つまり賢者の花冠の正式リリース直後から、その頼りなさは多少過剰な程に話題となっていた。具体的に言えば、あまりに揶揄され続け、呪術科から一人を除いて完全に人が居なくなる程に。
そして更に、今までの調整の中で“一度も”強化されていない事が、調整の告知がある度に話題になっていたのだ。それはもう呪術科の強化を待ち望むサクラちゃんという、半分架空の人物がマスコット的な扱いを受ける程にお約束とされていた。
それが、試合が終わった今になってようやく調整が入った。賢者の花冠運営の歴史的な偉業、いや和解……事件? これが意味するところは何なのだろうと少女は考え込み、そしてある事を思い出す。
そういえばあの試合で新入りの呪術師が何かやっていた……否、やろうとしていたなと。
「もしかしてこれ、今までサクラさんが呪術科の“平均値”だったから強化されてなかったけど、他に人が入って来たから平均が調整の基準を割っただけなんじゃ……」
最近のゲームのバランス調整と言えば、プレイヤーの平均値を特定の指標と見比べて行うというのが慣例だ。VR空間で理論値を叩き出す人間など絶対に居ないのだから、平均的なプレイヤーの反応や実力を見て調整するのが一番楽なのである。
実力者はその甘めの調整を半ば悪用したりする事もあるが、対人要素と難易度が低い作品ではある意味で当然、仕方のない事だと過半数は受け入れていた。
そんな裏話をネットで聞いた事のある少女は、何だかありそうな話だなと認識してしまい、思わずといった調子で掲示板にその旨を書き込んでいく。
『魔女子さん、マジで一人で呪術師のアッパー調整防いでた説、立証されちまったなァ……』
『今回の試合で運営もついに、呪術師が強いんじゃなくて魔女子さんが強かったんだって事に気付いちまったか』
『まぁ、いうてあの子も今回の試合でバリバリに稼いでたって感じじゃないしね
流石に不味いと思ったんじゃない?』
『あの人ついに一人でゲームバランス調整を阻んでた女とかいう逸話まで付いちゃったよ』
『元々、サクラちゃんが強過ぎて呪術科を強化できない説があったからなぁ
新入りが実力的に頭打ちになってから調整入ると、本当にそう見えるから困る』




