第260話 呪術師
コーディリアは学院生との戦いのために予め召喚してあった、素早い颯を主体にシーラ先生に攻撃を仕掛けている。
ただその戦いは順調とは言い難い。召喚体は混乱や恐怖等の精神系状態異常に弱く、付与された段階で操作を受け付けなくなる。
呪術科の教師であるシーラ先生は当然その状態異常も付与する手段を持っているだろう。それを警戒していつでも魔法の影響範囲から逃れられるように動けば、攻め手が緩くなるのは仕方のない事だ。
これが死霊術なら召喚体を消費する魔法で強制的に消すことが出来るのだが、残念なことに件の魔法は蠱術には対応していない。自爆に近い技はあるようだが、それは召喚体を操作することが前提の話である。
しかも呪術師の中途半端な耐久性を持っているのはあちらも同じなので、彼女達の召喚限界まで時間を稼がれた時点でこちらの勝ち筋は限りなく小さくなる。……まぁその前に私が死にそうでもあるのだが。
さっきまで戦っていた学院生はいつの間にか消えており、既に逃げ出している事が分かる。三つ巴の乱戦にして潰し合わせるように立ち回るのも不可能だ。
逆転手はある。ただ、何とかしてあのクソ婆先生を黙らせる必要がある。
昏睡、封印、麻痺……通用しそうな状態異常をいくつか頭の中に思い浮かべ、そもそもどう考えても賭けにしかならない事に気が付く。相手の耐性が分からない。呪術師同士の戦いを、耐性があるかないかのじゃんけんと例えた事はあるが、まさかそれを強制されることになるとはな。
私は迫り来る刃を見て、傘布を滑らせるように受け流す。どうも正面から防ぐと二撃目までの感覚が早くなっている気がする。刀を弾ませているというか、何というか。
もしかすると長時間拘束できるのではないかと期待を込めて、傘で完全に振り下ろされた刀を抑え込むが、次に飛んできたのは刃ではなく拳だった。
いつの間にか右手を外して振りかぶっていた老人の拳の先が、自分の顔に向いていることを認識し、そして視界と意識からそれを外す。別に見ていても避けられるとは思わないので、どこを見ていても変わらないだろう。
それに……見つけてしまったしな。そういえば、こいつの乱入はあるかもしれないとは考えていたのだったか?
コーディリアの召喚陣が戦場に輝き、すぐに消えて行く。シーラ先生が再び召喚を阻止したのだ。それと同時に頭に衝撃を受けて視界が揺れる。
大した痛みではないが、体は宙に浮いている。……通すならここしかないだろう。頭を殴られた衝撃で急速に組み上がったその勝利までの道は、かなり確かな物に思えた。
私は揺れる視界の中で、偶然見つけた逆転の種に向けて魔法を放つ。効率化されていない邪法を詠唱破棄で使った、ごっそりと体から魔力が抜けて行く感覚がする。
激しい戦闘の音に釣られてやって来たと思しき機械兵は、私の歪な魔法陣から放たれる“鎖”をその身に受けた。
そして続けて、地面を転がりながら私はシーラ先生に邪法の魔法陣を向ける。
魔法の打ち消しを行おうと私の魔法陣に高速化された呪いの魔法陣が重なるが……それでは駄目だな。
重なってしまった二つの魔法陣は、彼女が期待した反応を見せはしない。呪術の魔法陣だけが消えて行き、私の魔法陣はそのままだ。
「残念ですが、発動済みの魔法は消せませんよ」
そして、これを消そうとしてくれたのは非常に助かる。
私は二射目の鎖でシーラ先生を捕らえると、連結された二人の内機械兵の方に魅了の魔法陣を向ける。
自分でも驚く程スムーズに展開された魔法陣から、魅了の風が舞い、機械兵に襲い掛かる。機械兵は魅了に対する耐性を持っていない。状態異常の大半が素通りだ。
そんな奴と連結してしまえば、シーラ先生側の耐性は関係がない。彼女、私対策に魅了の耐性を持っていたなんて、普通にありそうだが。
そして、試合に合わせて影響力を犠牲に高速化を施したこの魔法は、連結した二人が影響力を分け合う事で影響力は100に満たなくなってしまう。
……それでいいのだ。この魅了が発動してしまっては困るのだから。
「錦! 今です!」
私が思い付きで放った魔法をまるで読んでいたように、コーディリアが動き出す。
コーディリアの呼び声を受けて、茂みの中で伏せていた明るい色の甲虫が飛び上がる。学院生との戦いで伏兵として置かれていたその召喚体の存在に、もしかすると教師陣は気付いていたのかもしれない。
しかし、彼女は混乱で召喚体を無力化する策ではなく、私やコーディリアの魔法を防ぐ事に注力していた。だからいずれにしても放置するしかなかったはずだ。
錦は飛び上がると同時にシーラ先生にノイズを浴びせかける。あれは付与された影響力を二倍にする魔法。連結状態だろうと状態異常耐性10倍だろうと、とにかく数字を二倍にする。
つまりそれは、魅了の発動まで持っていくことが出来るという事だ。
私の咄嗟の思い付きに対し、何も言わずに合わせるコーディリアを見て、私はこの作戦の成功を確信する。
魅了の状態異常は、魅了状態にした術者に対して攻撃できなくなるという効果を持つ。私が影響力を与え、錦が発動まで持って行ったという事は、つまりシーラ先生は私ではなく錦に魅了されているという事になる。
私は迫る刃を何とか傘で防ぐと、最後の魔法を発動する。
「コーデリア!!」
付与魔法。それも先生に向けてではない。
コーディリアの足元に、あまり使わない文言の魔法陣を敷く。シーラ先生はそれが何かを察したのか魔法陣を重ねようとするが、錦は主人を守る様に足元へと割り込んだ。
魅了状態の相手に攻撃が当たると認識している状態で、魔法を使う事は出来ない。残念だけれど、これは通る。通る様に仕組んだのだから。
「チッ、考えたな小娘!」
直後、私を貫かんとその輝きを見せていた刃は、あらぬ方向へと弾き飛ばされる。
黒い甲殻は侍の刃など意にも介せず、その毒針を老人へと突き立てた。脇腹を抉られながらも闘志を絶やさぬ侍に、大きく伸びた毒牙が迫る。
私の付与した多次元詠唱によって、詠唱時間を踏み倒して黒い怪物へと変身したコーディリアの攻撃は苛烈であり、呪術師としての能力しかないシーラ先生も、そして侍であろうともそう簡単に勝てる相手ではない。
何しろ魅了にした錦が彼女を守っている以上、シーラ先生はコーディリアに対して付与魔法すら使えないし、残った侍一人程度で覆せる戦力差ではないのだから。
「……私達の勝ちですね」
「ハッ! やるじゃないか、弟子よ」
命尽きるその瞬間まで、憎たらしい笑みを見せていた恩師は、毒針に貫かれてついに消えて行ったのだった。
皆様、お久し振りです。大体半年振りの更新となりました。投稿したのは書き溜めていた十話分になります。
休載していた理由は色々とあるのですが、どれも一つ一つは大したことがない話なので、何となく休んで何となく再開したくらいの感覚です。
今後の更新についてはまだ確かな事は何とも言えませんが、一応続きのプロットもあるにはあるのでその内更新するかもしれません。良ければ、気長にお待ちいただければ幸いです。




