第259話 最強の……
「おいバカ! 何してんだ!?」
「おい、俺の“真似”をするな!」
一応とばかりに傘の先端で槍使いを突き、連携している風に見せかける。
味方を襲う人形士に付与した状態異常は一つだけ。そもそも当たった魔法自体一つしかないのだから当たり前だ。
混乱。呪術科の初級で習う状態異常であり、魔物に付与すると敵味方の内ランダムな対象へ襲い掛かるという、精神に干渉する魔法だ。
ただ、恐怖にしてもそうだが、学院生に精神干渉系の状態異常は本来の意味ではまったく通用しない。混乱したからと言って、敵味方の区別なく体が勝手に動いて襲い掛かるなんて事は無いわけだ。
例えば、恐怖の場合は戦闘に消極的になる効果は発動せず、ただ弱点部位への攻撃が強くなるだけ。
しかし、混乱にはそもそも恐怖の様な副次的な効果は存在しない。魔物に使った場合は、攻撃パターンが変化するという効果しかないのだ。
では学院生は混乱の効果を完全に無効化できるのかと言えば、そうではない。
混乱が付与されると敵と味方の区別がつかなくなるのは、魔物も学院生も同じなのだ。
簡単に言えば、味方が全員魔物に見える。今回の場合は私も魔物に見えている事だろう。更に、味方からの声もかなり変化して耳へと届く。何を言っているのか伝わらないと言う程ではないが、こうして口調だけ真似してしまえばどちらがどちらなのか分からない程度には変わってしまう。
能動的な解除手段が無い場合、下手に動かず効果が切れるのを待つか、どうにかして相手を見分ける事で状況を把握することが必要だ。……そうしなければこうして味方を襲う事態になってしまうのだから。
どうやら初めて混乱にかかったようで、彼らは正しく対処が出来ていない。一応そこそこ魔物も使ってくる状態異常なのだが……まぁ、戦う相手を選べる魔法世界というシステムだと、面倒な魔物を避けてばかりの生徒も出てくるか。……もしかして私、その筆頭みたいなものか?
もちろん混乱状態では味方を攻撃した時にダメージが発生するようになっているので、このまま人形士に槍使いを倒してもらう事も可能と言えば可能なのだが、今回はそこまでする必要もない。
人形と私相手に応戦する槍使いの脇へ、白い羽を持った二本の槍が突き刺さる。大きく弾き飛ばされた彼には、そこから更に続く追撃を防ぐ事も出来ないだろう。
見れば人形師の方も颯と紗雪によって追い込まれているようだし、もう私が何かをする必要はなさそうだ。
「随分一方的でしたわね……援護に入るタイミングが掴めませんでした」
「そうですか? ……偶々上手くいっただけですよ」
私は変身するまでもなかったかと若干の落胆の色を見せるコーディリアを迎え、虫たちに翻弄される二人の学院生を眺める。毒か呪いでも入れてしまおうか。暇だし。
私はまだしばらく時間のかかりそうな、槍使いの方に状態異常を付与する。人形士の方は事態の把握が出来ていないようで……もう駄目そうだな。そもそも人形士は距離を詰められるとあまり強くない。共闘型でもそれは同じで、彼らの強さは近くに大きな盾として機能する人形がある事が前提の話なのだ。
召喚体である颯達の事も別の魔物に見えているのか……ああいや、漁夫の利を狙った第3パーティの乱入に見えているのかもしれない。そこまでは考えていなかったな。
とにかく、槍使いの方を何とかしてしまえば十分そうだ。
私は麻痺の魔法の詠唱を始め……そして大きく揺れる視界に息を飲む。突然意識の外からの衝撃を受けた体は地面へと転がる。直前まで私が居た場所には白刃が輝いている。
乱入者だ。想像上の存在ではなく、本物の。
どうやら助けられたらしい。腰にしがみついているのはコーディリアではなく桜月。お前こんなに重かったのか。それとも私が蝶より軽いのか。
彼女は私の代わりに乱入者の刃を受けたのか、耐久値がなくなり魔力となって解けて行く。
私は発動直前だった麻痺の魔法をキャンセルし、そのまま詠唱破棄で同じ魔法を唱え直す。そして、片刃の剣を持った乱入者へと魔法陣を重ねた。
しかし、魔法陣は何の効果もなく消えて行く。それは嫌という程に見た光景だった。
今の、まさか……。
刃を持った老人は、まるで魔法が掻き消える事を知っていたかのように、鋭い動きで私へその刃を突き立てる。割り込ませるように傘を立てるが、槍の真似をして畳んでいたそれは刃を防ぐ事は無かった。
「っ……」
「……」
肩に走る鈍い痛みから逃れるように距離を取ると、ようやく乱入者の顔を見ることが出来た。
白髪交じりの頭髪を短い角刈りにした男。身長はあまり高くない。むしろ細身なのも相まって体はかなり小さく感じる。手にしている刃は反りの浅い日本刀。この場ではそう珍しい物ではない。
ただ、上着に刺繍されたその学科章を見て、私は思わず嘆息する。
侍科、しかも教員だ。
足が速く、魔法による攻撃も激しい。一撃目を桜月の突進で回避できなかったら、私は既に瀕死だったことだろう。生憎私はこの老人の名前は知らないが、格闘学部の教師陣というのは大抵化け物揃いである。
そして木々の間からもう一人……。
「くっくっく……まぁ、及第点くらいはくれてやろうか」
「……そういえば、当然参加していますよね」
呪術科のローブを着た頭髪のない老婆。飽きる程に見たその顔は、面白そうにこちらを笑っている。
シーラ先生だ。私にとっては実技試験で散々連敗したことも記憶に新しい彼女だが、こうして試合で鉢合わせる事は想定していなかったな。そもそも教師陣とはあまり戦いたいと思わない。
私が傘を開くのと同時に、侍科の男が勢いよく飛び出す。気を抜いたような立ち姿からの急激な加速に対し、私は魔法の詠唱をせずに開いた傘で何とか対応しようと動く。
シーラ先生の魔法は私の魔法を打ち消せる。そんな状況で魔法に頼った行動は、文字通り命取りとなりかねない。できれば魔法が発動してもしなくてもいい作戦を立てたいものだが……。
私は目で追うのがやっとという速度の刃を傘布で防ぎ、コーディリアの方へ一歩下がる。しかし、傘で視界を奪ってからの行動だったのだが、どういう訳か正確に次の刃が付きまとう。
「何でも呪術師の最強を決めるって話があるんだろう? それなら、あたしが出ないわけにはいかないね」
「っ、隠居、してればいいでしょっ」
シーラ先生の言葉に思わずそう返す。それとほぼ同時に、コーディリアの魔法が発動する。これは……消すか?
迫る刃を防ぎながら、ちらりと横目でそれを確認する。コーディリアが新たに呼び出そうとした虫は、シーラ先生の魔法によって消されていく。どうやら混乱で虫を裏切らせようとかそういう考えではなく、一々丁寧に消す積りらしいな。
……それなら、この瞬間は私の魔法が通るだろう。
二人で同時に魔法を使えば、どちらか片方は諦めて通さざるを得ないはずだ。格闘学部である侍科の老人には、魔法を消す手段などないのだから。
私は魅了の魔法を老人に向け、そして思っていた場所に彼がいない事に気が付く。どうやらコーディリアの魔法に合わせて一度距離を取ったようだ。私の魔法を警戒しての行動だろう。
ただ、その程度で私の魔法から逃れられるはずもない。
魅了の風は落ち葉を舞い上げ、老人に向かって突き進む。これは付与魔法。離れた場所に置いた人形に当たっても効果があるのだから、防ぐとか防がないというのは防御の巧拙ではなく、状態異常耐性にのみ依存する。
そして、教師陣も生徒間の流行という物に反応しているのならば、使用者10人足らずの魅了耐性を上げているはずもない。まぁシーラ先生は私への嫌がらせのために、色々と上げているに違いないが。
「サクラさん! 違います!」
「!?」
その声に反応したのは最早偶然でしかなかった。コーディリアの叫びが聞こえると同時に視界外から悪寒を覚え、そしてその方向に何とか傘を割り込ませる。
その直後に響く鈍い金属音と、腕に伝わる大きな衝撃。
私は自分の体が浮いている事だけ把握すると、一瞬だけ見えた地面を見定め、封印の魔法を展開する。
直後、ガシャンという檻が閉じる音が聞こえ、そして私は地面へと叩き付けられた。
何とか体を起こして視界を上げれば、檻の中に刀を持った老人の姿が見える。
……今の、もう一度同じことをやれと言われても出来ないな。
封印の効果が発揮される前に檻は破られたが、どうやら私は今の一撃を生き残れたらしい。
魅了が当たったはずの老人が居た場所には、もう一人の老人の姿。それは私が見た通りの姿で、そして確かに二人いるが、片方は魔法視に反応を見せない。その現象に私は心当たりがあった。
あれは分身だ。元は忍術だったが、確かに呪術で再現可能な状態異常の一つではあった。一体いつ現れた? 侍科の魔法ではない。これはおそらく呪術ではあるはず……いや、そうか。
戦う前から分身を用意しておいて、私が視界から彼を外した瞬間に入れ替わったのか。よくもまぁこんなに性格の悪い事を思い付くな。
まぁ今生きているなら何でもいい。相手の作戦の内の一つが失敗に終わったというだけの話。
とにかく、この状況を脱するには最早手段を選んでは居られない。何とかして、奥の手を通さなければならないだろう。




