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第258話 芝居

 この試合では、桜月がいる私達二人の索敵能力はかなり高い。

 先に相手を見付けられるという事はつまり、こちらの準備を万全にして奇襲することが出来るという事である。召喚系という時間のかかる学科(クラス)のコーディリアが火力を補っている私達にとって、それは大きなアドバンテージになるものだった。何せ、前衛として頼りない私が前に出ている時間が短くて済むのだから。


 今日も明るく眩しい体色を見せる錦君が新たに召喚され、かなりえげつない虫魔法を使って学院生を葬っている。……後はコーディリアに任せても大丈夫だろう。私と桜月は既に戦闘態勢を解き、周囲の警戒に入っている。

 盾や武器による防御をほぼほぼ無効にしてしまう錦の魔法は、相手を選べばかなり通りのいい攻撃だ。更に相手の動きを鈍らせる魔法も使えるため、対人性能自体はかなり高い。

 問題があるとすれば高火力とは決して言えない基本攻撃性能と、試合にはごまんと蔓延(はびこ)っている高速回避系にあまり有効打を持たないという点だろうか。


 まぁそれでも彼単体で何もできないというほどではないし、回避系は能力値を装備で補っている事が多く、昏睡以外の状態異常耐性を完全に捨てているのが大半だ。

 そうなれば私が麻痺で転がすなり逃げた所に毒の深度2を入れてじわじわ殺すなりできるので噛み合わせがよく、総合的に見ればかなり強い方と言ってもいいだろう。変身と違って通常召喚体なので結構小回りが利き、私達の点数を稼ぐための大事な手段の一つになっていた。今回も任せておけば安心だろう。


 私は高倍率のスコープ越しに見つけた機械兵を観察しつつ、その近くにあの大型兵器を探す。彼らは常に一緒に参戦しているので、倒されていなければ居るはずなのだが……。

 あれは一度中身をしっかりと調べたい。ただ、今回は兵器だけ壊されてしまっているパターンだ。どうやら他の参加者に狩られた後であるらしい。

 兵士自体はこちらに気付くか気付かないかという距離だが……もう戦闘が終わるし、派手な動きをしなければこちらに来る事は無さそうか。彼らは意外に好戦的で戦闘中に乱入されることも多い。あれ単体では警戒するほどの能力でもないが、接戦の最中に何かされるのは出来れば避けたいところだった。

 こちらから向かうには少々遠いし、放っておくしかないだろう。


 私達は敏捷性が平均よりも低いので、追い掛ける戦法は得意ではない。桜月の索敵能力を使って一方的に敵を発見し、追いつけそうなら奇襲をかけ、逃げ出すなら下手に追わない事にしている。追うだけ無駄になる事は多いし、何より周囲の警戒がどうしても薄れるから。その必要ない状況で態々自分達から不利を買うのはあまり好ましいことではない。

 今回も早めにどこかに陣取りたいが……マップを見る限り、それらしい所は早々に崩れているようだった。この林の中が比較的マシだろうか。


 私が機械兵から視線を外すのと、桜月がパタパタとこちらへ戻って来るのはほぼ同時だった。どうやら何かを見つけたらしい。

 彼女から報告を受けたコーディリアは、少し険しい顔でこちらを振り返る。


「南西に学院生二人ですね。こちらに向かって来て居るので、逃げなければ交戦になります」

「……迎え撃ちましょうか」

「分かりました。桜月にはもうしばらく周辺を見てもらいましょう。……こういう、簡単に次の敵が見つかる時って、大体何かありますよね……」


 コーディリアが何やら不安そうに話をするが、とりあえずは気にしないでおこう。確かにそういう傾向はあるのだが……。

 私達にとって待ち伏せが一番選びやすい選択肢なのは間違いない。そもそも学院生がそう遠くない距離に居る場面では、逃げ出す方がリスクが高いのだ。追われる側というのが、私達にとって大きく不利になる展開なのだから。


 彼女が詠唱を開始して、颯や紗雪といった見慣れた面子を呼び出して準備していると、その学院生と接敵するまでそう時間はかからなかった。

 コーディリアから少し離れた位置で、木の陰からそっとそちらを覗き込めば、視界の悪い林の中を慎重に歩く人影が三つ……いや二つ。一瞬三人組かと思ったが、一人は人形のようだ。


 相手は槍と銃を持った中衛一人、もう一人はあれ人形士か。本人が剣を構えているので共闘型だと思っておこう。槍の方は……何だろうな。装備だけ見れば竜騎士か。もしそうだとすると、どちらも試合ではあまり見ない学科同士の組み合わせだが……。


 私は未だこちらに気付かぬ二人組の間目掛けて、麻痺の魔法を展開する。

 ただ、それが決まる事は無い。どちらも見事な反応速度でその範囲から外れると、片目を閉じて魔法視による索敵を始めた。


「あの木の裏だ! 一人!」

「“釣り”か? 退くか?」

「とりあえずもう一人の位置が分かるまで下手に移動しない方がいい!」


 相手の出方を窺っていた私に向かって、二人組はすぐに距離を詰めてきた。槍使いはもちろん、人形士の方も接近戦をしたいらしい。できれば人形士を後衛に置いて欲しかったのだが……仕方ないか。


 こちらの姿はまだ視認されていないが、魔法視によって位置は見られている。……とりあえず近距離戦を拒否するとしようか。

 相手は格闘学部二人組。魔法陣を読むことなどできやしない、と賭けても悪くはないはずだ。


 私は大規模化した混乱の魔法を詠唱する。人形は魔法より先に来るか? まぁその程度なら何とかしようか。

 魔法視で確認した限り、こちらから見て左手から人形が、推定竜騎士は右手から来ているらしい。防御性能の高い人形に先に接敵させ、多少火力も出る竜騎士の方で背後を取る作戦だろうか。竜騎士だとすると自己強化の魔法を使わないのが少々気にかかるが、人形くらいは受け入れてやるとしよう。


 木の裏から現れた人形が、私の頭目掛けて刃となった腕を振るう。魔法視では身長が見えないので、おそらく胸か胴を狙った攻撃だろう。私は僅かに頭を下げることでそれを避けると、自分を巻き込むように混乱の魔法陣を敷く。

 出来れば無視せずに逃げて欲しいのだが、どうだろう。私なら突っ込んでも構わないと判断するが……正体の分からない魔法を受けたいと考えるやつは中々いないのではなかろうか。


「躱せ!」

「ッ……!」


 足音を聞く限り、人形師の方は人形を置いて範囲の外へ。槍使いの方もどうやら魔法を避けて大きく回り込むことに決めた様だ。

 そうなるとこいつ、思った通り竜騎士ではないな。竜騎士はそこそこの耐久性を持っているので、多少の魔法は被弾覚悟で突っ込んでくる。後衛を先んじて潰すというのは、そのリスクに見合った戦果であるからだ。

 多分……狂戦士。魔法を使っていないのと、こちらの魔法を極端に恐れている事からの推測でしかないが、立ち回りから考えて竜騎士ではない。


 ……ならば、少々無茶をしてみようか。


 私はとりあえずといった調子で暴れ始めた人形を放置し、槍使いの方へと駆け出す。彼はこちらを見て驚いたような表情を見せたが、それもすぐに真剣な物へと変わった。

 これをどうにかできるかは相手の力量に依るので微妙な所だが……。


 私は相手の構えを真似して、槍のように閉じた傘を構え、突き出す。

 もちろんただの見様見真似でしかないそれは簡単に流されたが、彼はその隙を見て攻勢に転じる事は無い。私が横に動こうとするとそれを阻止するように動くので、どうやら人形士と挟み撃ちするつもりのようだ。その方が確実で早いと思っているのだろう。

 こちらとしては一番助かる行動だな。


「な、なんだ!?」


 後ろから響く叫びに近い動揺の声。人形士の方がようやくこちらを視認してくれたらしい。

 ただ、私の目の前に居る槍使いを助ける事は無く、戦場を見て何事かと驚いている。


「おい、何してる! 早く挟撃しろ!」


 そこに槍使いの催促の声。私はその口調を真似するように声を張る。


「何だ、何かあったのか!?」

「……?」


 目の前の男は怪訝な顔でこちらを窺う。どうやら私の事を知っていても、これは知らなかったようだな。まぁ意外に珍しい状態異常ではあるし、私も試合でめったに使う物ではないが。


「いや、それは……その、何かされた! 視界にモンスターしか見えない!」

「何だと……!?」

「どういうことだ!?」


 私は困惑する二人の前で大きく下がる。まぁ、これだけ時間が稼げれば十分だろう。

 やや鈍い動きでこちらに向かって来た人形の攻撃を大げさに避け、人形士を睨む。


「どこを狙っている!」

「す、すまん! そっちを攻撃すればいいんだな!?」

「はぁ? 何を言って……」

「何でもいい! 挟撃するぞ!」


 私の指示通りに人形を動かして槍使いを襲う人形士に合わせ、背後を取る様に移動する。

 まぁ、こんな猿芝居しなくても、もう十分な時間は稼げただろう。さっさと終わらせてしまうとしようか。



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