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第257話 手がかり

 リサ達から地上の話を聞き出し、写真を選定し、歴史書を読み返し、レンカと魔導兵器についてのレポートを数時間で書き上げた私は……机に突っ伏していた。

 何もレポートを書くのが面倒だったわけではない。いや、それも多分にあるのだが、それ以上に頭を悩ませている物が目の前に転がっていた。


 それは、半透明の石材で作り上げられたと思しき一本の杖だった。円と弧、直線、そして読み解けない文字で構成されたその杖は、あの天の杖と同じ形をしている。

 地下からシラキアに取って来させた、天の杖の“原本”である。天の杖の魔法は、これを元にしてあの立体魔法陣を構成していたので、これだけ抜いて貰っていたのだ。

 杖として見ると大きさは2m近い大きな杖だが、魔法陣として発動できる最低限の大きさが天を貫く程だという事を考えればあまりに小さいと言えるだろう。


 最初は魔法世界から持ち出せないと思っていたこの杖だが、どうやら魔法武器としての性質を持っているようで、こうして学院へと持ち帰ることが出来たのだ。もしかしてこれ魔石で出来ているのか? こんなに大きな魔石となると内蔵魔力はとんでもない事になるのだが……。


 そんなやや現実逃避気味なことを考えているが、実の所、この杖の材質なんてものは大きな問題ではない。

 もっと重要なのは、なぜこの魔法陣は機能するのかという事だった。立体魔法陣、その根本的な原理原則が分からないのである。


 私が普段使っている魔法陣は平面の物だ。いや、実際には厚みがあるので立体と言えば立体なのだが、その厚みに情報を持たせることはできず、魔力が持つ現実を改変する意味としては完全な平面でしかない。

 しかしこの魔法陣は立体だ。文字と思しき部分さえも平面ではなく、三次元空間内で交差する複数本の線が使われる。特定の方向から見ると魔法文字に見える物もあるが、それは全体で3割程度。しかも見る方向が区々(まちまち)で法則性が見えてこない。


 私達が普段使っている物とは何もかもが違う。これがなぜ魔法陣として機能するのか。

 この疑問が解明できれば、私は新たに立体魔法陣を生み出すことが可能になる。そして、おそらくそれを行使することも。


 ……今の私は、この立体魔法陣そのものを扱う事は出来ないが、あの地下で見た魔法陣はそれを解消し得るものだった。

 あの場には合計3つの魔法陣が置かれていた。一つは魔力供給用の生贄の陣。これはこちらでも魔法として再現可能だ。主流ではないが記録がないわけではない。二つ目がこの物体版天の杖。再現は不可能だが実物があるのだからこれを使うだけでいい。

 そして最後の一つは、あの球形の空間の中で最も大きかった物。私が最初に見つけた魔法陣。


 それは、投影の魔法とでも言うべきものだった。

 効果は、魔法陣の中央に置かれた形を効果範囲内で拡大し、魔力で再現するというもの。言ってみれば立体プロジェクターに近い。おそらく内容を書き換えれば縮小も可能だろう。

 この魔法陣に、私の知識から逸脱した記述は見られなかった。


 外から見えていた巨大な立体陣を実質的に制御していたのはこの魔法だ。

 残念ながら、再現可能かどうかは検証段階……にすら到達していない。天の杖では立体魔法陣の規模が大き過ぎ、実験出来ないのだ。学院で実験しようとすれば間違いなく許可が下りないし、魔法世界では魔力源が足りない。


 では小規模化した立体陣を作り上げ、それを投影の魔法陣に埋め込めば……と考えると、手元にある立体魔法陣の解読と新たな立体魔法陣の作成が必須であり、それこそが今私が頭を悩ませている最大の元凶だ。

 レンカなどレポートを書き上げると早々にこれについて諦め、自分の研究へと戻っていった。最後の頼みの綱は私の手元にある魔法シミュレーターなのだが、残念ながらこれは立体魔法陣に対応していない。魔法陣を書き込むのだから当たり前か。


 つまり私は、実験不可能な立体魔法陣を作例一つで解読しなければならないのである。

 はっきり言って無謀だ。これが発動する事と、その際に何が起きるのかは確かに知っている。知っているが、どの記述とどの線が何を意味しているのかを調べるには、その一部を書き換えて地道に動作の確認をするしかない。それが不可能ではどうしようもないのだ。


 この日何度目かの結論に達し、私は白紙のメモ帳に視線を落とす。


 流石にこれは、他の立体魔法陣を探すのが先だろうか。これだけではどうしようもない。異なる魔法が二つあればその共通点から何かが見えることもあるだろう。

 問題は、逸話や記録には残っていても立体魔法陣そのものの知識が失われてしまっていることか。図書室はおろか、禁書庫でさえもその詳しい形を見る事は無かった……探すとすれば資料ではなく魔法世界か。しかしあそこでも今まで一度しか見たことが……


 と、そこまで考え、ふと気が付く。

 そういえばこれとは形質が全く異なるものではあったが、一応立体となっている魔法陣自体は見たことがあるな。それも魔法世界で。

 もしかすると投影の魔法自体はあれでも検証できる……か? 確か、物理的に作り上げるには接する点の大きさが無視できず、魔力で組み上げるにはそのための機構が足りないという話で結論が出たはずだ……。


 今すぐ取り掛かる事は出来ないが、不可能と言い切る事は出来ない。何より今目の前には確かな見本があり、これを参考にすれば投影可能な物体を魔法の道具として作り上げる事は出来るだろう。

 問題は……


「あまり順調ではなさそうですね」


 白紙を見詰めながら思索に(ふけ)っていた私に、背後から声がかかる。誰だと振り返らずともその声の持ち主には予想が付いた。

 何せこの場所は彼女との共同研究室なのだから、ここに彼女が居る事自体に疑問はない。


「気分転換でもいかがですか? 今日で試合は最終日ですわ」

「……丁度今時間が空きましたし、いいですよ」


 私はようやく進み始めた思考を手放し、コーディリアの提案に頷く。何も彼女に気を遣ったわけではない。本当に時間が空いてしまったのだ。

 ……まずは材料の調達だな。少し色々と試したいので購買で注文しておこう。実際に取り掛かるのは早くても明日になるはずだ。こういう材料は高くて入手が難しいと相場が決まっているのだから。


 私は魔法の書で試合用の装備へと“着替え”つつ、特別棟の一室を後にする。試合の受付は一階の特別教室。ここからは遠いとも近いとも言い難いが、一度外へと出て転移門へと行くことを考えるとかなりの移動量と言えるだろう。


 目的地までの道すがら、お互いに魔法の書を操作する時に繋いだ手は何となくそのままに、私達は気兼ねなく言葉を交わす。尤も、ほぼ毎日一緒に試合に出ていた私達だ。今更話題になる事など直近の話しかない。


「では、あの芽は順調に成長しているのですね。ヒューゴ先生は何かおっしゃっていましたか?」

「色々と興奮はしてましたが、とりあえずもう少し様子を見ようという話に落ち着きましたね。これからは育てる場所も色々と考えないといけないかもしれません」


 リサのペットや私の育てているあれについて、二人で他愛ない話を続ける。

 ちなみに、リサのあの毛玉はやはり白い粉状の物しか食べていないらしい。今の所粉砂糖が一番好みなのだとか。

 色々とペットについて調べていたらしいロザリーはケサランパサランというよく分からない妖怪? なのではないかとも言っていたが、真偽はもちろん不明なままだ。何でもケサランパサランは幸せを呼び込むのだとかなんとか。元々売れ残りに近い扱いだったあの店での事を考えれば、かなり疑わしい話だが。


 それから何となくリサと行った直前の特別課題について話し、あの国があの後どうなったのかなんて話もする。あそこは一応結構な大国で、私達が使っている共通の現代語は元々かの国が使用していた言語であるらしい。


 こちらの歴史では今でも王家は存続しているが、国としては半分民主化して国名が変わっているのだとかなんとか。

 あの王女様の子孫もまだ生きているのだそうだ。正直、顔見知りの子孫と言われても、ピンと来ていない。今から数えると何代前になるのだろうか。


 それとは対照的に、ケンドラという領主については碌な資料が残っていなかった。特に死因については戦死したことになっている。

 どこでいつ、という情報はかなりあいまいだったが、おそらくは天の杖が秘匿されている事に関係している情報なのだろう。元から天の杖の魔力源として消費される計画に組み込まれていた彼を知る者は、もうあの国にも居ないだろう。


 そういえば、あの国の天脈の下流には、一応今も新しく国が出来ているが……あの魔導兵器がまだ起動できる状態なのか、そもそもどこに置かれているのかは分からない。あの杖は今この世界に二本ある、という事になるのか? それともあちらでは既に紛失、もしくは破損してしまっただろうか。


 私達はそんな事を話しながら学院での受付を終え、再びあの天空の島へと足を踏み入れたのだった。



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