第23話 捨て身の作戦
「くっくっく……驚いて声も出ないようだな」
ロザリーの迂遠な話を目を丸くして聞いていたリサは、その言葉で意識を取り戻す。そして軽く首を振った。
「今まで考えもしなかった話ね……でも、こんな死霊術があるなんて聞いたこともなかったわ。ダメージに関してはそれなりに調べていたはずなのに」
「古代言語学の授業で、我以外の死霊術科専攻生徒を一人も見たことがない。そして昨日この死霊術の存在を知ってから、我は誰にもこの事を話していない。誰も知らぬのは道理よ……」
……不人気クラスは情報の解析が進まない反面、こうして情報の少なさが逆にアドバンテージになるという可能性がある。こういったランキングで上位を狙うには、確かに逆転手にはなり得る話だ。
デメリットが大き過ぎるので嬉しくはないが。
驚くリサが見れて嬉しそうに笑みを見せるロザリーは、意気揚々と作戦の詳細を説明する。
今回ロザリーが提示した作戦は極めて単純。
この犠牲者さんに全力で通常攻撃をぶち込んだ時に、どの程度火力が出るのか、というその一点にかかっている。
パーティ人数補正の回避のために、既にパーティは解除済み。ロザリーの情報が正しいならば、問題になっていた防御力はこれ以上ない程に極めて低く、すべての状態異常も素通りする。
もう後は準備をして殴るだけの状態だ。状態なのだが……私には一つだけ気掛かりな点があった。
「一ついいですか?」
「……盟友よ、あまり余計な気は回さなくてもよいのだぞ?」
「余計かどうかは話してから判断してください。……この作戦、誰かがイエローないしはレッドマーカー背負うのが確定していますよね?」
そう。
攻撃する対象は召喚体とはいえ、生徒同士の争いという点は変わらない。誰かが火蓋を切る必要があり、その行為には学院からペナルティが下るはずだ。
そうなった場合に一つだけ心配なことがあった。
「私はもう嫌ですから、他の人がペナルティを食らって下さいね」
「うぅん……我の心配ではなく自分の心配か……」
当たり前だろ。何考えてんだこいつ。
ロザリーは渋い顔を見せながらも私の主張に対し、心配は要らないと語る。そして彼女は気を取り直すように魔法の書の一ページを開く。そこはヘルプ、それも見覚えのあるページだった。
「その点に関しては問題ない。イエローマーカーの項目を読むがいい」
「……生徒に攻撃した生徒がなるんでしょう?」
「うむ、つまり生徒の召喚した死霊を攻撃してもイエローマーカーにはならない……と読み取れないか?」
……なるほど。そう言う事か。
確かに生徒同士の争いについて書かれているが、召喚体を攻撃した場合については書かれていない。もしかすると記述されていないだけで、本当はペナルティがあるのかもしれないが、その場合、記述ミスの方が問題なので学院……つまりは運営に文句を言えば済む話。
一応イエローもしくはレッドマーカー保持者を攻撃した場合は免除されるとの記載はあるが、そもそもここにそんな奴は一人も居ない。一人の犠牲は必要なのだ。
そして、作戦中に唯一生徒を攻撃する人物は決まっている。
ちなみにイエローマーカーのペナルティは、一部施設の使用不可とパーティ機能の制限24時間。レッドになると48時間。
それに付随して更生施設なる場所へ一時的に連行される……と表記されているが、何だろうなこれ。もしや不良生徒へのしごきとかあるのか? 気になってむしろ見に行ったやつとか居そうだな……。
まぁ今大事なのはそこではない。とにかく、私としては私が大丈夫そうならそれでいい。話がようやくまとまりそうだ。
「これなら大丈夫そうですね」
「だろう?」
「……いや、ちょっと待って」
私達二人が納得している隣から、リサの制止の声が届く。今更何を気にする必要があるのか。
見れば、そこには思わずどきりとしてしまいそうな程に神妙な顔をしている彼女が立っていた。リサはロザリーに一歩だけ詰め寄る。
「その作戦じゃ、あなたがイエローマーカーに……」
「ふん、それは仕方あるまい。我は元より忌むべき存在……今更この程度、軽過ぎる措置だ」
忌むべき存在とかそういう話はともかく、リサの予想は正しい。
この死霊術は自動で反撃する召喚なのだから、それを攻撃すればもちろん攻撃が返って来る。
逆に言えば、死霊術師は自分の意志とは関係なく攻撃してきた対象を攻撃をしてしまう。
その場合先に手を出したのは間違いなく“ロザリー”となるだろう。
正直こんな遊びで知人が……と思う所が無いわけではないが、この作戦の提案者が犠牲者になるというのはそう間違っているわけではないだろう。
それに、更生施設も正直気になる……彼女が見て来てくれるというのなら、私は笑顔で送り出せてしまうつもりだった。
しかし、この場にいる中で唯一、リサだけはそれに納得していなかった。
そして彼女がこの決定に納得していないと言うことは、その解決策はほとんど決まっている様なものだ。
「……イエローマーカー保持者を攻撃しても、イエローマーカーにはならないのよね」
「そうですね」
「じゃあ、先に、私に一発殴らせて」
そう彼女が言い切るや否や、リサの右の拳がロザリーにクリーンヒットする。レベル上限到達者の拳は思い切り鳩尾に入り、ロザリーはその場に崩れ落ちた。
……もう少し手心とか加えられませんでしたか?
魔法視でロザリーを確認すると、どうやら今の一撃で体力の7割を削られたらしい。流石にこれは攻撃判定だな……。
これが攻撃判定でなくて何なのかは疑問だが、一応素手だったのでマーカーを見ておく必要があるだろう。
私がフレンドリストを確認すると、二人目の友達の名前がイエローに切り替わっている。無事に……かはともかく、これで本当に準備は万全といった所だろうか。
ロザリーはダメージで倒れているが、ビクティムはまだ召喚時間が残っている。
私は準備のために毒の魔法……を使いそうになって止めた。ダメージ判定のある魔法は一応後に入れておく方がいいだろう。
毒以外だと一番効果時間が長いのは暗闇か。
私は効果時間順に次々に魔法をかけていく。抵抗もしない男が黙って麻痺や混乱を受け入れていると思うと少し楽しいが、今回は私が手を出すことはできない。
最後に毒の魔法を使うと、リサが前に出た。
私は自分の名前が黄色と紫のマーブル模様になっていないことを確認しながら、未だに倒れているロザリーを引きずって離れる。一応“反撃”がどの程度届くか分からないから安全のためにだ。
リサは何かの魔法を二度使うと、大斧を文字通り大上段に構える。ビクティムはその前に首を垂れるばかりだ。
その構図はさながら、公開処刑の様である。静寂な森の中で、学生服の女が縛られた男の首を落とさんと刃を掲げる。構図はともかく、景色自体は何とも不思議な光景だ。
その瞬間は、思っていた以上に呆気なかった。
ふっと斧を振り下ろすリサ。重力だけではなく遠心力、そして何より上から全身の力で加速させた斧。それは一撃だけに特化し、後の事は一切考えない、正しく処刑人の一撃だ。
骨の砕ける鈍い音。そして、落ちたはずの首から絶叫が響いた。
聞くに堪えない音。聞いているだけで脳を押し潰すかのような叫びに、私は思わず顔を顰める。
それと同時に、ビクティムからあふれ出した闇はリサを包み込み……そして
「……終わったの?」
「その、ようだな……」
後には何も残らなかった。
ビクティムもリサも、その場には痕跡すら残っていない。あるのは少し冷たい風が流れる森が、何の騒動も無かったかのように梢を鳴らしている音だけだ。
一応確認として、ロザリーの魔法の書で戦闘ログを確認する。
私はパーティに参加していないのでログがあるのは前半の下準備のみ。最初から最後までのログが残っていないのだ。逆にリサには攻撃部分しかログが残っていないだろう。そのため一番正確に確認できるのは彼女のログのみだ。
そこには凄まじい数字が書かれていた。リサの通常攻撃の火力も凄まじいが、その反撃はさらに凄い。丁度彼女の1.5倍の威力が出ている。もしかするとそういう性質の反撃なのかもしれない。
……これでは狙っていた方が前座の様にすら見える。
それは確かに、弱いと言われていた死霊術の活躍だったのだ。
「死霊術、強いじゃないですか」
「ああ、あたしもそう思ってきちゃうなこれ……ってか、あいつ迎えにいかないと、行かなくてはな……ふふふ」
「……普通に喋っていいんですよ」
フィールドから学院に帰還した私達は、大広間、死亡した生徒のリスポーン地点に駆け足で向かう。
この学院に来てから私ももう一週間に近い。体にも次第に慣れてきているので、私の走りも中々様になってきたような気もする。
しかし、そこにはリサは居なかった。
行き違いになってしまったかとフレンドリストから連絡を取るが、チャットも呼び出しも応答がない。これは……
「もしかして、これが更生施設でしょうか」
「だろうな……これではいつ帰って来るか分からん。記録だけ提出しておくか」
そもそも私の準備、状態異常の付与を含めて正確な戦闘ログを持っているのはロザリーだけだ。結局リサが居ても居なくても、提出は代理でやらなくてはならない。
先に私達だけで提出しておく旨を一応チャットで送っておき、私達はデータの提出へと向かうのだった。
……もしかしてこれ、ロザリーにイエローマーカー押し付けなくて正解だったんじゃないか?
そんなリサの意図しないファインプレーに多少の感謝をしながら、私達のダメージコンテストは終了したのだった。




