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第254話 隠された知識

「……私は、今何が起きているのかについて、何も知りません。天の杖の隠し場所も、なぜあれが動いているのかも」


 私の問い掛けに対し、王女はそんな事を口にする。それを言葉通りに受け取ったとしても、彼女が私達に嘘を吐いてここまでおびき出した、にしては妙な点が多い。

 話の先を促すと、彼女は何かに頷きながら言葉を続ける。


「ただ、ケンドラという男について多少は知っています。彼はあなた達を送り出した後、この倉庫へ砦の兵と共に入って行きました。そして未だ出て来た様子はない。……あなた達が探す何かがあるとすれば、ここでしょう」


 王女の言葉を聞いて、私は目を閉じる。

 正直、その程度の根拠である事を隠して取引をした王女への不快感はあるが、それを理由に何かをする気にはならない。時間の無駄だし、確かに自分たちでここを探すには時間がかかったであろうことは確かだ。


 そして、ケンドラがどこへ行ったのかという話も、この部屋に来てみれば凡その見当は付いた。

 私は倉庫の奥へと進むと、邪魔な暴徒の死体を蹴って転がす。何かを探していた彼らが見つけられなかった隠し通路は、おそらくここだろう。


 魔法視で確認できる程の魔力が、上へ繋がっている。おそらくはあの立体魔法陣に供給している装置か何かが、この先にあるのだ。

 私は死体の脇に転がっていた粗末な剣を壁の隙間へと突き刺すと、梃子を使って壁板を外す。壁の裏側にあった模様を見れば、それが正解の道であることはすぐに分かった。


「これは……鍵か」

「私達はあまり使わない形式ですが、特定の鍵を持って来ると開くようになっているのでしょうね」


 布で隠された女の死体から逃げるようにこちらへとやって来たレンカは、私の隣で壁に刻まれた魔法陣を覗き込む。

 非常に簡単なその陣の内容は、自動ドアに近い粗末な物だ。しかも随分と古くなっているらしく、辛うじて稼働しているような魔法陣。これなら破壊するのは容易だろう。


「鍵としては二流じゃな。これでは陣を壊すだけで通れてしまうではないか」


 私は隠し扉に刻まれた魔法陣を消す準備をしつつ、レンカの言葉に小さく頷く。

 この扉に刻まれた魔法陣は、扉の位置の固定化だ。つまり魔法が無い状態ではこの隠し扉は解放されており、魔法の力でロックしている状態となっている。そして本来は鍵によって一時的に魔法の効果をなくし、鍵の所有者が通った後は自動的に魔法が再発動する。


 確かに鍵として機能する魔法陣であることは間違いない。

 しかし、これでは彼女の言う通り、魔法そのものを消してしまえば通行を阻む物は存在しなくなる。そのため経年劣化や私達の様な不届き者に対して圧倒的に弱い鍵だ。ついでに、常に発動し続けるという性質上魔法陣が消しやすいという弱点もある。


 現世で魔法の鍵を作る場合、扉を物理的には開かない状態で仕組みを作ってしまう方が主流だ。そちらの方がセキュリティの面で有用だからという極めて簡単な理由で。

 手にした鍵によって魔法が発動し、物理的な閉鎖を一時的に解除する。その後魔法の効果がなくなると同時に閉鎖が元に戻る。これならば魔法が消えても扉自体は閉まったままだ。

 もちろん仕組みとして頑丈な分、何らかの原因で対応した鍵を紛失した場合開けるのには苦労するのだが、鍵というのは基本的にそういう物だろう。


 しかし、この隠し扉にはそれが採用されていない。なぜかと考えて思い付くのは一つだけだ。

 この手法の鍵を開発したのが学院であり、この時代のこの国には存在していないから。技術的にこれしか作れなかったのだ。こんなのでもしっかりメンテナンスすれば、魔法の心得がない者相手には十分だという理由もあるのだろうけれど……。


 ……思えば妙な話だな。学院は立体魔法陣の知識を持っていないが、質のいい鍵の制作方法は知っている。逆に、この国は立体魔法陣を作る技術力はあれど、鍵は作れなかったのだ。

 どうにもこの国の魔法の知識がちぐはぐになっているように思う。天の杖の立体魔法陣、本当にこの国で開発された物なのか? 私の知識の中では、天の杖が他国から流入された知識であるとは聞いたことがないのだが……。


「……さて、行きますか」


 私がそんな終わりの見えない考え事をしている間に陣は削り終わり、鍵を壊す準備は整った。私は鍵とほぼ同程度の大きさの魔法陣を扉に重ねる。

 魔法陣同士は互いに打ち消し合い、そして双方が消えて行った。

 古くなっていると魔力が外部供給でもこうも簡単に消えるのだな。魔力の流れ自体はまだ残っているようだが、刻印も削ったので再展開は出来ないだろう。どこにあるかも分からない魔力源を抜く必要が無くて助かった。


「魔法の鍵が……容易く……」


 ドアノブもない重い隠し扉を蹴りで開ければ、地下へと続く階段が姿を現す。目的地はこの下だろう。まだ天の杖が発動したようには思えないし、何とか時間には間に合いそうか。

 あの魔法陣が変わらず空に浮かんでいる事を窓のない部屋から願いつつ、私は未知へと足を踏み入れた。




 ***




 砦の地下は、私が思っていた以上に小綺麗な場所だった。

 通路の両脇には真新しい火が灯され、壁や天井は地上以上に頑丈そうに作られている。火に関しては先に入って行ったらしいケンドラとその付き人が設置したのだろう。石の階段も表面が削れているという事もなく、この道が普段どれだけ使われていないのかが少し窺えるようだ。

 ここがこの町の設備の中では最重要であり、機密性も高かったことは想像に難くない。


 意外にも歩き易いその階段を、私達は深く深く下っていく。途中に踊り場や何かの荷物置き場の様な空間に出ることはあるが、そこにも何も置かれていない。特にそれらしい隠し扉も見当たらないので、本当にただの一本道だ。


「この先、何があるの?」

「さて、何でしょうね。神の死体でも置いてあるのかも……」


 シラキアの話に適当に答えつつ、期待に胸を躍らせ先を急ぐ。

 気になるのはあれだけの魔法を行使するための魔力源、そしてどのように制御されているのかだ。まさかあんなものが人間一人で行使できるはずもない。術師は存在するとしても、外部でどうにかして制御の補助を行っているはずだ。


 私の言葉を聞いてレンカは頷き、それ以外は不思議そうな顔を見せている。おそらく神の死体というのが何を指すのか理解していないのだろう。可能性としてはなくはないと思っているのだが……どうだろうか。

 立体魔法陣の魔力源、もちろん大層な物であるのは間違いないはずだが、どうにか現世で私が再現可能である魔力源が一番望ましい。それならいくらでも立体魔法陣の研究ができる。

 再現不能な魔力源の中では、闇の神の死体が魔力源である可能性も比較的喜ばしい。まず間違いなく邪法についての知識が眠っているからだ。


 しかし、立体魔法陣、そして天の杖という魔法が現代で失われてしまっている事を考えれば、神獣の死体を動力源にしていると言うのは一番あり得そうな話だった。賢人の問いのあの迷宮から引っ張って来る事は、流石に出来ないだろうからなぁ……。


 倉庫の隠し扉を抜けてしばらく。階段の景色にもいい加減飽きてきた頃。

 静かだった階段に、微かに何かの音が響く。何かが落ちたような、それも水っぽい音。

 どうやらそれは階段の奥から響いているらしい。これは、もうすぐ目的地という事か。


 私は階段を駆け下り、そしてその光景を目にする。

 そこは広いドーム状の部屋、いや、完全な球体の形をした空間だった。下にも上にも丸い形が続いている。階段が繋がっていた先は、その球の一番端。おそらく位置的には最西端だろう。


 入口から左右、円状に広がった通路には見覚えのある文字が描かれている。そして円に接する正方形が三つ。等間隔に重ねて通路が引かれていた。

 直感的に理解する。これは魔法陣だ。その中央には何か小さな物が設置されており、そこから多くの魔力が直上に向かって伸びている。

 これが天の杖を制御している装置であるのは間違いないだろう。


 ただ、ここからでは全貌を見ることが出来ない。

 どうにかしてもう少し上から見えないかと視界を巡らせれば、丁度いい所に階段が置かれていた。どうやら魔法陣の働きを見るための、見張り台の様な物もちゃんと設置されているようだ。


 さぁ、私にその秘密を見せてもらうとしよう。

 私は階段を駆け上がりながら、徐々に明らかになって行くその魔法陣を少しずつ読み解いていく。外円の文言は見たことがないが、見た限り神聖系……光属性の文言だ。最初の文は東側が始点となっている。内容は魔力の流れと……


「な、なぜお前がここにいる!?」


 途中何かが聞こえたような気もしたが、私は通路に刻まれた魔法陣のすべてを読み終え、小さく息を吐く。


「……そうか、これは……」


 見張り台と思しき場所から視界を巡らせ、この装置がどのように働くのかを調べて行く。

 立体陣自体はあれで起動しているが、そうなるとその魔力源は、下の魔法陣から……ああ、こんなに単純な話だったのか。


「……これなら、私にも使える……?」



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