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第251話 秩序維持

 複雑な立体である光の杖は、一歩、また一歩と歩みを進める度に私に違った顔を見せて行く。未だ読み解けぬその形の意味するところを見逃すまいと、私は上を向いたまま町の中へと歩みを進めた。

 立体としてのすべての情報を記録するためには、どこから何枚の写真を撮影する必要があるだろうか。今にも発動しそうなその様子から、私の足では間に合わない可能性もある。足の速いシラキアやリサに行かせた方が……


「……ふざけないでよ! あたしらを殺すつもりなんだろ!!!」

「これは……どういう事でしょうか」


 目の前の立体陣に集中していた私の思考は、すぐ近くから聞こえたその罵声によって遮られる。

 一度そこから意識が逸れてしまえば、町中に響く不穏な喧騒に気付くまでそう時間はかからなかった。誰かが誰かと言い争っているというよりは、誰もが非難とその抑制のために大声を張り上げているような騒がしさ。


 一体これは何の騒ぎなのだと眉間にしわを寄せつつ視線を落とせば、住民らしき人物が門番役と思しき兵士に食って掛かる様子が目に入る。それも一人や二人という人数ではない。暴動とでも言うべき規模にまで膨れ上がっているその様は、ただ事ではないのだという事だけははっきりと私達に伝えている。

 しかし、はっきり言って目の前の光の陣と比べれば圧倒的にどうでもいい。私は即座にその暴動への興味を失い、喧騒を雑音として処理してしまう。今はこの魔法陣の詳細を調べる方を優先せねばならないのだから。


 しかしすぐに視線を逸らした私とは異なる反応をした者もいた。


「おい、これは何の騒ぎだ!?」

「!! 征伐隊が帰って来たぞ! 彼らを抑えるのに協力……」


 丸腰で次々と突撃してくる住民に対して、盾を構えて門への道を塞いでいた兵士の一人が、副隊長に気付いて応援を頼む。それに応じて衛生兵や御者の役割を持っていた兵士達も、暴動の鎮静化を試みる兵士達に加勢していく。

 加勢が来た状況でもまだ人数が少ないが、どうやらこれで近くにいる兵士は“総動員”であるようだった。これでは外からの呼びかけに答えられないのも無理はない。門が開かなかったのは、この騒ぎが原因であるらしい。


 そして、この騒ぎを前に黙っていられなかったのはもう一人。


「……っ!」

「ちょっと、どこ行くのよ!」

「私は、先に砦へ向かいます!」


 ガードナーは何かを見付けたのか、全速力で人込みの中を駆け出した。時には集まっている人々を押し退けるようにしている所を見るに、何かしらの大問題でもあったのだろう。

 こちらを振り返る事すらなかったので表情すら分からないが、ただ何かに慌てている事だけは理解できた。


「……ったくもう! 一人にできるわけないでしょ!」


 その背中を見たリサも、こちらを気にしつつも彼女を追って町の中を駆け出していく。様子のおかしなガードナーを気に掛けての行動だろう。こちらは三人居るので大丈夫だろうという判断か。

 ……彼女が最後まで、私の行動を窺っていたのは多分気のせいだ。ガードナーはともかく、私とリサの間に“信用”がないわけがないからな。


「……さて、(わらわ)達も砦へ向かうとするか」

「……そうね。流石に、この人たちを殴って止めるわけにもいかないし」


 残された私達は、上空に浮かぶ光の杖の撮影をしつつ街道を急ぐ。

 どういう訳か時折民間人らしき人物に拳や刃物を向けられたが、その程度の困難は私が気付くよりも早くシラキアが払ってしまったようだ。彼らの力は蛮族とはもちろん比べるまでもなく、私達にとっては大した障害にもなっていない。


 なぜ私達が町の連中に敵と認識されているのかは分からないが、今はとにかくあの立体陣のすべてを暴かなければ。発動までどの程度時間があるのかも分からない。

 それ以上に……いや、それ以外に必要な事など、この場にありはしないのだから。



 ***



 ミシェル・ガードナーは風紀委員長だ。

 無論、学院にそんな制度は存在しないし、自分でもその肩書が“自称”でしかないという事は理解できている。それでも彼女はそれを卑下しない。自身の肩書に誇りを持ち、秩序を何よりも重んじる。


 故にパープルマーカーやイエローマーカーの保持者には「これ以上他人に迷惑をかける事が無いように」と一人ひとり注意するし、喧嘩や明らかな迷惑行為は躊躇なく止めに入る。

 それが彼女にとっての正義であると確信している。


 しかしそれと同時に、悪人から「もう二度としません」なんて言葉が聞けるとは思っていないし、聞かされたとしても安易に信じはしない。そのためいくら正義の行いを繰り返そうとも彼女の仕事が無くなる事はないだろうし、もしかすると減る事すらないのかも知れない。

 そして、そんな見返りを求めない秩序のための彼女の善行は、感謝される事よりも非難される事の方が余程多いのだと、ガードナーは誰よりも理解していた。


 しかし、それでも彼女はそれを止めるつもりもなかった。終わりがないとは思っていても、意味がないわけではないのだと信じている。


 悪人が尊重され、弱者が逃げ出す秩序無き環境で、どれだけの人が楽しく快適に過ごせるだろうか。

 裏切りや喧嘩、恫喝、詐欺が絶えない場で喜ぶのは、力ある一部の人間だけだ。それを苦にしないのは、自衛を可能にする知恵を持つ人間だけだ。

 そして、そうであったとしても、例え頂点に立とうとも、いつ追い落とされるかと怯えるばかりの者も居るだろう。

 自分達の居場所を、多くの人々にとって快適な物にするには、正しい規律こそが正しく守られていなければならない。


 だからこそ、どのような集団にも秩序が必要なのである。それを維持するためならば彼女は如何なる“努力”も惜しまない。


「……っ!」


 街道を駆けて行くガードナーは鞘から刃を抜くと、制止の声も掛けずにその女を即座に斬り捨てる。

 一瞬無抵抗の民間人を背後から斬った事への罪悪感を抱きもしたが、既に事切れている二つの死体を見れば、その感情を一時的に封じる事など大した労力ではなかった。


 その建物は元はどうやら何かの店だったらしいが、既に商品らしい物など一つも置かれてはいない。あるのは店主と思しき人物の亡骸と、真新しい包丁を手に金品を漁っていた女の死体だけだ。

 強盗殺人の現場……かどうかはガードナーには分からない。商品棚が既に空になっている事から、恐らく女はただの火事場泥棒だったのだろう。


 それを確認し終えると、彼女はすぐにその場を後にする。

 城壁周辺から中央の砦に近付く程に、混乱が大きくなっているのが分かる。兵士が抑えていた暴動はこの町の中ではまだマシな方だったのだ。彼らはただ外に出ようとしていただけだったし、兵士はそれを抑える事にある程度成功している様に見えた。

 その分、町の中ではこの混乱に乗じたのか、強盗や殺人が横行している。こんな状況になってしまった根本的な原因は分からないが、彼女にはその蛮行を見過ごす程の寛容さも、そして一人ひとりに説教をする余裕も持ち合わせていない。


 秩序のためならば、彼女は如何なる“努力”も惜しまない。


 ガードナーは建物の間から微かにすすり泣く様な声を聞き、即座に石畳を蹴り脇道へ入る。

 そして、少女に馬乗りになって暴行を加える男の首元に火炎の刃を突き立てた。その無慈悲な一撃によって目の前の悪人が死んだことを確認すると、彼女は何も言わずに次の標的に向かって駆け出した。


 助けた礼など聞く暇もないし、そもそもそれを求める資格もない。この状況を見過ごせないというだけの理由で人を殺しているなんて、“行き過ぎている”とは本人も感じているのだ。

 確かに、この手段が正しいとは言い切れない。しかしそれでも悠長な手段を講じてはいられない。彼女にとって“人道”と“秩序”を天秤にかけた時、後者はあまりに重いのだから。


「はぁ……ようやく追いついた。真っ直ぐ砦に向かったと思って一回行き過ぎちゃったじゃない」


 そんな彼女を追い駆ける人影が一つ。

 ガードナーはその正体に振り返りもせずに、次の悪人に刃を振り下ろす。


「……リサ・オニキス。私に付き合う必要はありませんよ」

「付き合うって程の事でもないわよ。ただ、先に砦に行って、後ろでわくわくしてる“学者先生”の露払いくらいはしてやろうと思ってね」


 そう短く言葉を交わすと、既に死体や略奪の跡が積み重なっている町の中心に向かって、二人は駆け出したのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 作者様、更新ありがとうございます!作者様のペースで構いませんのでこれからも更新お願いします。あまりご無理なさらないようご自愛ください。
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