第247話 質問
「薄汚い侵略者が……我らにはお前達と交わす言葉などない! 死ぬ覚悟など、里を抜けた時点で出来ているのだ!」
ここまで黙っていただけだった若い男は、檻が破れない事を確認し終えると突然私に向かってそう叫ぶ。どうやらこれから始まる質問の方法に対して、何となくではあるが察しがついているのだろう。
そして、彼の言葉の内容もそれなりに理解はできるものだ。
死ぬ覚悟が出来ているという言葉の通り、確かに彼ら蛮族の戦意は一切挫ける様子を見せていないのだ。
仲間が次々に倒れ、勝ち目が完全になくなってしまっている現状を見ても、一人で戦いを続けている。その振る舞いこそが“死をも恐れぬ”と言いたいのだろう。
彼らにはここから逆転できる要素などまるでないだろうに、果敢にリサやガードナーと言った強者へと挑んでいる。
……その姿は勇敢というよりは、確かに彼の言葉通り、捨て鉢と言った方が的確に表現できる振る舞いだ。
“死ぬ覚悟”とはつまり、目的が達成できずともこの場で死んでもいいと考える事。見る者が見れば美しいだとか強靭だとか思う精神なのかもしれない。
ただ、私は彼らの精神性に一切の興味がなかった。
丁度良く目と口を開けてくれたなと、彼の顔面に腐食液を吹きかけるだけである。
「ぐっ……」
「そうですか。話したくなったらいつでもどうぞ。……では最初の質問です。あなたは自分に与えられた“加護”が何なのかを知っていますか?」
男は消毒よりは多少痛いであろう毒液を拭うように顔を押さえるが、私は構わず質問を始める。それと同時に、少しでも彼が話しやすいようにと別の薬の準備も始めた。
とりあえず最初に約束した解毒剤と、そしてもう一本。
指の間から男は充血した目で私を睨むが、最初の質問に答える様子はない。
まぁ、こんな場所で話したくないというのは理解できる。何せこの程度の痛みで屈してしまっては、死ぬために無駄な戦いに挑んでいる仲間たちに恨まれてしまうだろうからな。
……だから私も、最初から彼自身を人質にするつもりはない。
私は一番近くに居た集団に向かって、腰から抜き出した“スプレー缶”を放り投げた。
ピンを抜かれたそれは、ガスを撒き散らしながら林の中を覆っていく。
巻き込まれたのは数名。蛮族は一人だが、兵士が5人程度巻き込まれただろうか。まぁ即死するような毒ではないので我慢してもらおう。
今のはただの毒液。まともにガスを吸い込んでも影響力は300を下回る。深度で言えば2に満たない、単独では弱毒にしかならない物だ。
「……何を」
「これはあの毒の解毒剤です。質問に答えてくれたら差し上げますよ」
私の突然の行動をみて怪訝な表情をする彼を無視し、私は逆の手で持っていた試験管を檻の手前へと差し出した。
突然味方を巻き込むように無差別な攻撃を始めたのだから、向こうからしてみれば困惑するしかないのだろう。
……そもそも、彼らは私達の事を一つ誤解している。そこを弁解せねばな。
「そういえばあなたは私を“侵略者”と呼びましたが、私達は別にこの兵士達の仲間という訳ではありません」
「……何だと?」
「私は彼らに同行していた所をあなた達に襲われたから反撃しているだけです。もしあなたが彼ら以上に価値ある情報を持っているのなら、早めに教えてくださいね。……そろそろ全員、無駄に死んでしまいますから」
そう。私個人としては、別に兵士に肩入れする義理などこれっぽっちも持っていないのである。目の前の男の敵になったのは完全に成り行きだ。
私の説明は実際には少々事情が異なる部分もあるが、まぁ誤差の範疇と言っていいだろう。そして、私の言葉を聞いて彼がどんな勝手な想像をしてくれるかも知った事ではないのだ。
「あなたがこの薬を受け取れば、無駄に死ぬ同胞が一人救えるのではありませんか?」
「……」
今もまた一人、腹を鋸で抉られて二度と立ち上がらなくなった蛮族の女が増えた。私ほどではないにせよかなり小柄で、もしかすると子供なのかもしれない。あんな子供まで“命を賭して戦った”という事実だけを求め、無駄に死んでいくのがこの戦場だ。
痛ましいね、偶然居合わせた私達のせいで。
兵士達だけが相手であれば、これほどまでに一方的な展開にはならなかったはずだ。一度目の襲撃はともかく、二度目では相打ち程度には持って行けたかもしれない。
つまり、別に兵士達の味方でも何でもない私達がこの場に居なければ、もっとマシな戦いになっていたはずなのだ。
……もしかすると、この男はそんな事を考えているのではないだろうか。
事実として私は兵士を巻き込んでまで毒を仕掛けている。仲間を数人犠牲にして敵一人に毒を与えるなんて事、普通に考えればするわけがない。
私達が第三勢力だという根拠としては、そこそこに強いと考えてもおかしくはないだろう。
そして、もしかしたら彼は、この交渉次第で戦いが止められるのではないかと考えているのではないだろうか。
「……何を、話せばいい」
「物分かりが良い様で助かりますね。ただ、その前に……周りがこれでは集中できないでしょう」
私は男が無抵抗でこちらの要求を飲んだのを見て、笑みを深める。
そしていくつかの魔法を発動したのだった。
***
暗闇の中でその男は独りだった。
視界に広がるのは、自身が立っているか地に伏しているのかも分からない、深すぎる闇ばかり。同胞が未だ侵略者どもと争っている音は聞こえるが、林の様子は一切見える事はなかった。
その異常な光景が、目の前の小さな魔女が使った魔法の効果であることは想像できたが、彼にその詳細を知る術はなかった。
その上、彼は冷静さは保てていない。勝ち目のない相手へ果敢に挑めていたのは、強すぎる敵愾心が故であったのだから。
それを知らずの内に折られてしまった彼には、目の前に居るのであろう魔女に心臓を握られている。
謎の恐怖心が体を蝕み、地面に両足を縫い留める。既に彼は自身を囲っている檻を壊そうなどとは思えなかった。それが壊れた瞬間に、堪えようのない“寒さ”によって一瞬で命を奪われる。そんな錯覚さえ覚えている。
この心の動きが視界を塞ぐ闇に対する物なのか、得体の知れないあの魔女に対する物なのか。それは彼には判断が付かなかった。
彼にできることはただ平静を装いながら淡々と質問に答えて行くことだけ。ただそれだけが彼に与えられた唯一の役割だからだ。
質問の内容は、彼女が話した通り“兵士”であれば、いや、そもそもこの辺りに住んでいれば当然知っている様な内容や、はぐれ者でしかない彼には知る由もない事まで様々だ。意外にも自分達に不利になる情報は詳しく求めて来なかった事もあり、男は次第に口を割る事に抵抗をなくしていく。
……尤も、目の前の魔女が強く迫れば、彼の抵抗など虚しく散ってしまう程度の物ではあったが。
味方を助けるために薬を貰う、そしてこれ以上無駄に命を散らさないために戦いを止めてもらう。最初はその二つが目標だったはずなのだが、彼女の魔法を受けてから手段と目的が入れ替わってしまっている。
そして彼は、それに気付いてすらいなかった。
「大精霊は具体的にどんな存在? 名前はある?」
「リューター・ギーチカ様だ……三大精霊の……」
「……リューター?」
しかし、それまで淡々と続いていたはずの質問は、魔女の声によって遮られる。
その声はあからさまな怒気を帯びており、男は大きく肩を震わせ、思わず一歩後ろへと下がった。なぜか檻に触れなかったその足には気付かずに、ただただ黙って目の前の魔女の怒りが自分に向かない事を祈る。
信仰の対象であったはずの、会った事もない大精霊などへの祈りではなく、目の前にいる圧倒的な存在に対して。
早鐘を打つ心臓すらも彼女の機嫌を損ねるのではないかと恐れ、男は息を止めて魔女の言葉を待つ。
それは永遠にも思える程の、実際にはとても短い時間であった。
「……ふーん、そう。聞きたい事はこのくらいですね。薬は足元に落ちているので好きに取ってくれていいですよ。では、私はこれで」
いいね、ありがとうございます。早速受け付け許可してみました。(今一これが何なのか分かってない)
そしてすみません。投稿を一日勘違いしていました。昨日上げる予定だった話がこちらになります。
明日も投稿するつもりなので、読みに来て下さると幸甚です。




