第22話 逆転の古代魔法
「万策尽きたわ……」
机に突っ伏すリサ。私はそれを慰めるわけでもなく、ただじっと見つめる。
当然だが、作戦に失敗した私達は学院へと帰還していた。あの湿地帯にはもう行く理由もなくなった。
状態異常の敵相手に通常攻撃ダメージが最大3倍の倍率で入る武器を持っても、そもそも状態異常が二つしか入らないのでは意味がない。ソロの場合が1.8倍必要なら、私と二人で組んでいる間は更に上の数字を出さなければならないのだから。
それに必要な状態異常の数は……まだ調べてない。というか、調べる必要も今の所ないのである。
そもそもの方針の間違い、そして手詰まりを感じている理由は一つだ。
「ボス系には状態異常が効かず、ボス以外は大弱点がないので防御力を突破できない……と。これはもう無理でしょうね」
ボス系の敵は状態異常耐性が高いと言うのは通説だ。呪術師が弱いと言われる理由の一つでもある。
私はすっかり忘れていたし、リサもまた何とかランキングを抜き返そうと躍起になっていて見落としていたが。
その上今日は最終日。現在のランキングを極僅かに上回っただけでは再び抜き返されてしまうだろう。
最終日だけ参加する算段だったり、逆転のために今まで加減していたりしたプレイヤーも多いはず。最終日のランキングは今まで以上に熾烈になること必至だ。基本的に後出しの方が、見切りをつけるにも追い抜く算段をつけるにも楽そうなルールだし。
実は手伝う前からそんなことを考えてはいたのだが、実際にはそれ以前の状態だった彼女を前に、流石の私も心無い言葉をかける気にはなれなかった。それほど最後の賭けに失敗したリサの落ち込み様は普通ではなかったのだ。
一応、現状考えられる手段がいくつか無いこともない。もう時間的に不可能に近い気もするが、実際には不可能とは言い切れない手段。
一つ、状態異常耐性が低いボスを他に見つけること。
これが出来れば今の記録を塗り替えること自体は十分に可能性があると思う。大弱点を持っていて、尚且つ状態異常が素通りするというその辺の雑魚以下のボスならサンドバッグには最適だ。
この方針の問題は、ボスがそう簡単には見つからないだろうという事だ。基本的に特別な課題で一体だけしか出現しないらしいので、“私達”がその課題の出現条件を満たさなければならない。偶々他のプレイヤーが持っていても、パーティ人数を増やしたくない理由がある以上それを使う手段がない。
私達のどちらかがボスが出現する課題を偶々これから見付け、尚且つそのボスが状態異常に耐性を持たない確率は……言わなくても分かるだろう。
もう一つは、状態異常が十分に通って、尚且つ物理防御力が異常に低いモブを探すこと。何とかしてそれへの攻撃でダメージを稼ぐのだ。
こちらの問題点は言うまでもなく、どこまで通用するのかが完全に未知数といった所か。物理防御力を0として算出するボスに拘っている理由は、他の敵の防御力はいくら低くても0ではないからだ。
そもそものダメージ計算式を知らないので何とも言えないが、彼女の様子を見る限り、おそらくこちらの手段も見込みが薄いのだろう。
どちらにも難があり、実現は難しい。不可能とは言い切れないが、やるだけ無駄と切って捨てていい確率である。
「予想よりも早い到着だな……くくく、盟友よ、悩みがあるなら我がズバッと解決してやろうではないか」
「……ロザリー、あなたもしかして暇なんですか?」
これはもうダメかな。
そう考えていた時、後ろから聞き慣れた声がかかる。リサはその鬱陶しい言葉に、思わずといった調子で顔を少し上げた。
ほぼ初対面である彼女に相手をさせるわけにもいかない。私が渋々振り返ると、そこにいたのは、予想通りの笑みを浮かべるロザリーの姿。
わぁ頼もしい! ……なんて思う訳は当然なく、私が返すのはため息一つ。この状況を彼女に何とかできるとは思えない。
リサも同じ考えらしく、ロザリーから視線を外すと、テーブルに頬ずりとキスを繰り返す作業へと戻って行った。
そんな私達を見て、ロザリーは不満気に鼻を鳴らす。自分が頼られないのが気に入らないらしい。
しかし、彼女の口元には未だに笑みが浮かんでいた。
「その反応に思う所はあるが、今の我は素晴らしく機嫌がいい。何でもいいから話してみよ」
ぐいぐいと私を押して、一人用の席に無理矢理半分座るロザリー。頬ずりまで始めそうなその勢いに、私は若干の苛立ちと共に言葉を漏らす。
「……分かりました。事情を話すから一つくらいは案出しなさい」
「当然だ。そしてお前たちの様子を見れば話の流れは手に取る様に分かる。大方、ボスに状態異常が効かなかったとかそういう話であろう?」
分かっているではないか。返事も面倒になってきた私は首肯のみを彼女に返す。
しかし、機嫌の良いロザリーにはその素っ気ない反応だけでも十分だったらしい。
「ふっふっふ、はーっはっは! やはりな! これは我が叡智! そして死霊術の出番のようだ……」
「は? 死霊術?」
リサが再び視線をロザリーへとむけた。それを真正面から受けても、彼女の笑みは崩れない。それどころかその自信は……。
ここで私は一つの可能性に思い至った。
私は課題の話を考えていて、リサはランキングを気にしていて。もしかすると今回の話で最初から“冷静”だったのは彼女だけだったのではないだろうか。
「もしやロザリー、あなた……リサが話をし始めた時から、ダメージを出す算段があったんですね」
リサはロザリーの突然の発言に顔を上げ、私は一つそんな予想を立てる。
道理でこいつ最初から……いや、それは良い。
おそらく私達が湿地に行っている間に、その作戦の準備を進めていたという所だろう。しかも質が悪い事に、私達が失敗する可能性が高いと最初から踏んでいて。
リサの提案では私は狂戦士のおまけの様な役割だったが、ロザリーは出番すらない。それなのに妙に作戦に乗り気だった裏にはこういう思惑があったとは。
つまりこいつ、困り果てた私達にこうして恩を売りたかった、もっとそれっぽく言えば格好を付けたかったのだろう。
彼女は私の話を否定せず、余裕の笑み。まるでどちらでも問題はないだろうとでも言いたげだ。
見下されているようで気に障るが、確かにもう私達には打つ手がない。彼女を頼るか否かという、その一点だけが問題なのだ。
「くっくっく……詳しい話は後だ。ここでは人に聞かれる可能性があるからな。まずはフィールドに行くとしよう」
バサッとボロボロのマントを翻し、颯爽と部屋を後にするロザリー。
私達は二人で顔を見合わせる。別に、嫌なら付いていかなくてもいいんだよ。
私がそんな助言をしようか悩んでいる間にリサは立ち上がり、私も仕方なくそれに従った。
それにしても、どうも不安が拭えない。絶対に変な、誰も考えていないような作戦の気がして仕方がないのだ。
廊下をすたすた進んで行くロザリーの背中は、離れていてもよく目立つ。他の生徒に少し距離を取られているように見えるのは、おそらく気のせいではないのだろう。
その孤独な背中を追って万象の記録庫に辿り着くと、ロザリーからパーティ申請が送られてくる。受理するのはパーティリーダーのリサだ。
一先ずフィールドに向かうというのだから、一緒のパーティに入るのは自然な流れだ。受理するついでに、リサはリーダー権限もロザリーに委譲したらしい。
3人パーティになった私達。
ロザリーは魔法の書からいくつか設定してから、フィールドへ向かう操作を行った。
すでに何度か見た光景が広がる。
視界は一瞬白く染まり、足元から布が捲られるようにして自然が姿を現す。
最近行った草原も湿地も今一つ快適な環境ではなかった。
しかし今回は、久し振りに爽やかな風が私を出迎えた。
それはいつか見た森の景色。最初にロザリーと来たあの場所にそっくりだ。一応ランダム生成だから、全く同じ場所と言う訳ではないのだろうけれど。
私達二人の視線の先でボロ布のマントを翻し、くるりと回るロザリー。そしていつもの奇妙なポーズで格好をつけている。
リサはそんな様子に小さくため息を吐いた。
「それで、そろそろ説明してくれてもいいんじゃないかしら」
「ふふふ……あまり焦るな小娘、いやリサ・オニキスよ。ところで、学院生はどうやってレッドマーカーやイエローマーカーを獲得するのか分かるか……?」
……うわ、本当に碌でもない作戦だ。
しかし、手段としては褒められたものではないが、確かに有効な手かもしれない。パーティの人数補正さえ抜ければ、かなり楽になるのは事実なのだから。
私はロザリーのその言葉を聞いただけで凡その概要を把握してしまったが、リサは顔を顰めるばかり。どうも言っている言葉の意味が分からないらしい。
そんな彼女を前にして、ロザリーはくくくと笑いながら鎌を構える。
「何よそれ」
「知らんのか? イエローマーカーは生徒を攻撃した生徒の証、レッドは生徒を殺した生徒の証だ。学院が正式に足の引っ張り合いを認めている一部の課題以外、これらの行為にはペナルティが課せられる」
「ふーん……それで?」
「しかしだ、パーティ内のフレンドリーファイヤは発生しないように調整されているし、フィールドはパーティ毎に無限に割り振られる。では、“どうやって生徒は自分以外の生徒を攻撃”し得るのか……答えはこれだ」
そこまで言ったロザリーは、魔法の書で何かを操作する。
その直後、自分の魔法の書にパーティが解散された旨が通知された。
「……フィールド内でもパーティは解散できる。これでお互いの攻撃は何の問題もなく当たる様になるし、何よりお前の悩みの種の一つ“パーティ人数補正”はたった今解除された!」
「!」
私はなぜもっと早くこれに気付かなかったのだろうか。
デバフは味方でなくても同一の魔物に通せるのだから、さっきもパーティを組んでいる必要は一つもなかったわけだ。ちなみにバフは同一パーティ内でないと機能しない。
ロザリーめ、最初からこの事に気付いていたのに喋らなかったな。
考えていなかった、というよりは知らなかったパーティの仕様に驚くリサ。能力値デバフや恐怖で被ダメージを上げる方法は、おそらくメジャーではなかったのだろう。理由は多分、大弱点を狙う以上防御デバフに意味がなく、恐怖を与えられるボスも全然いないから。
彼女はパーティの人数補正が解除されたことについてしばらく考えている様子だったが、すぐに首を振った。
「いや、でも、それじゃまだ足りないわよ。結局、装備を外した生徒も低レベルの魔物も、素の物理防御力があるから最大ダメージは……」
「くっくっく、焦るなと言ったであろう? 本題はこれからだ。……いざ今宵は儀式の時。その身を捧げよ、生贄!」
いつか聞いた呪文とは違う言葉で、死霊を呼び出すロザリー。
地面に魔法陣が描き上がっていく。実際に見たのはまだ二度目だが、改めて見るとかなり複雑で変な魔法陣だな、死霊術って。
召喚系が魔法の改造に対応していないという絵筆の愚痴が少し分かる。これを改造するのは流石に面倒といったレベルではない。多少読めるようになって初めて理解できる複雑さだ。
そんな魔法陣から現れたのは、顔のない男だった。両手を後ろ手に縛られ、今にも首でも落とされそうな格好。生贄というよりは断頭台の上の犯罪者のようだ。
……格好は中々悪くない趣味だが、これがどう役に立つというのだ? あまり強そうには見えないが。
私が疑問に思っていると、当然ロザリーは聞かれてもいない事を自慢げに語り出す。
「ふっふっふ、これはな、我がつい昨日見つけた古代魔法、生贄の術だ。我が盟友サクラにも秘匿していた物だが、特別に見せてやろう」
「そういえば今朝は私の話がほとんどで、古代言語の進捗聞いてませんでしたね」
「……そういう話は今は良い。とにかく! このビクティムは敵の攻撃を受け、息絶えると痛烈な反撃を行う、正しく人柱にふさわしき者。自己犠牲の塊だ。今回初めて使うので、実験として華々しい活躍をさせてやろうと思ってな」
へぇ。面白い召喚体だな。
基本的に召喚体、つまり召喚系の魔法で呼び出した存在は、術者と一緒に戦うものが多い。召喚の最大の利点はやはり数的な有利を作る事だから、補助系よりもいくらでも作り直せる壁が優先されるという事なのだろう。
そんな中で、壁ではなく完全に爆弾として機能する召喚。
魔力消費のコスパや詠唱時間はともかく、その性質が中々面白い。呪術でも似たこと出来ないだろうか。時限式魔法とは似て非なる効果だが……。
私が少し考察している間も、興に乗ったロザリーの解説は続く。
「こいつの能力は体力100、物理魔法両面の防御は1、属性や状態異常の耐性は一切なし、そして極めつけはついさっき習得させたスキル“被ダメージ上昇”……」
「……へぇ」
「今回の実験にはこれ以上ない程の“テキ”役だろう?」




