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第244話 予想外の苦戦

 シラキアや私達の声は、ガタガタと揺れる車輪が(わだち)を作る音に遮られ、三人以外の耳に入る事はなかった。

 僅かだが窓から見えたあの光景は、町の壁。その場所で例の“難民”の集団が何かを受け取っているという場面であった。


 思えば、彼らはどうやって生活しているのだろうな。魔物を退けて獣を狩るなんて装備には見えなかったので、食料は内部の人間に頼っているはず。町からの支援がなければ、きっと生きてはいけないだろう。

 しかし、ケンドラ……この町の権力者がそんな事をするようには思えない。そもそも彼らを町に入れないという方針自体、あの男の考えだろう。見た限り、王女殿下が実権を握れていないのだから。


 すると……私にはただの炊き出しに見えていたが、もしかするとまた別の何かなのか? 例えば、毒殺とか。邪魔なら殺すというのは、考え方として非常に単純だ。


 異様な程に速い馬(?)は私の考え事など考慮せず、軽快に馬車を引いて景色を後ろへと押しやっていく。

 今私が乗っているのは普通の二頭立ての馬車のはずだが、積んでいる荷物と道の悪さを考えれば信じられない速度だと言っていいだろう。ついさっきまで窓から門が見えていたと思ったら、今はもう壁が小さく見えている。


 ……よくよく思い出してみれば、繋がれていたのは馬は馬でも何か少し全体的に大きかった気もしないでもない。

 馬、という生き物に馴染みが無さすぎて見落としてしまったが、もしや体重も筋力も桁外れの、何か別の生き物なのでは? こんな速度の出る化け物があの数の兵士の運搬に使えるというと、確かに軍事力としては重要拠点と言えるのかもしれないな。

 まぁ私は騎馬や馬の引く戦車が、一つでどれほどの戦力になるのかなんて一切知らないのだが。


 馬車は、私達が最初に降り立った林道を物凄い速度で駆け抜けていく。どうやら私達が遭遇した難民の村方面に、まだ蛮族が居るらしい。


 私が窓から林の景色を見ている間にも、蹄が地面を叩き、車輪が地面とサスペンションを絶えず鳴らす。そして音が続く車内では、負けじとばかりに弾む話し声もまた途絶えることはなかった。

 一緒に乗っている巨躯の隊長はむすっとして何も語らないが、副隊長はガードナーの質問に逐一答えてくれているのだ。……というか、彼は質問が無くとも一人で話している。どうやら相当この軍や町が気に入っているらしく、彼の口からは湯水の如くつらつらと自慢話が流れ出る。

 ……砦を案内してくれたあの文官の男と、似たような人間だな。顔も似ているのでもしかすると親族かもしれない。


 そんな車内で私は、じっと動かないレンカを抱きかかえつつ、ひたすらに黙って馬車に揺られる。何もすることがないので暇なのだ。

 しかし、その息苦しい時間は唐突に終了した。私にとっては幸いなことだが。


「敵襲! 敵襲!! 戦闘態勢を整えろ!」


 そんな叫びと共に、響く甲高い金属音。

 自分の息子の自慢話をしていた副隊長の顔が、一気に真剣な物へと変わる。空間が足りずに動けない私達を他所に、それまで座席でじっとしていた隊長は、御者用の窓から顔を出し外の様子を覗き込む。


「刃の一族だ。これが全員ではないだろうが、こちらの動きを見て奇襲を仕掛けてきたようだ」


 ……どうやら今回の敵は、この地獄の様な時間から解放してくれたみたいだな。

 一気に減速する馬車の中で、私達はそれぞれ出撃の準備を進める。尤も、私達が最初にするべきことは、この体勢からの脱却なのだが。



 ***



 どうにかこうにかして馬車を出ると、既に林の中では戦闘が始まっていた。

 既に敵味方入り乱れて混戦状態だが、しっかりと鎧を着込んでいるのがソシハラの町の兵士達。彼らは弩や剣、槍を用いて集団で、襲い掛かって来た敵と戦っている。これが全員ではないという隊長の話の通り、数の上では圧倒的に優位に立てているようだ。


 そしてそれを相手にしているのが、蛮族。見た限り魔物ではないので、彼らこそが刃の一族なのだろう。

 彼らは大きな布を和服の様に体に巻き付け、手にした武器と怪力で兵士達を薙ぎ倒していた。……実はどんな化け物染みた連中なのかと少し期待していたのだが、見た目は普通に人間だ。それも女や子供まで混じっている。


 しかし、普通の人間なのは見た目だけのようだ。兵士達と比べて個人としての実力差は圧倒的で、単独で複数人に囲まれても全員平然と戦いを続けている。

 剣や槍で体を貫かれようと、何の問題もないとばかりに暴れているのだ。

 魔法視でその黄色のオーラを確認してみるが、確かに彼らはあまり損害を受けている様子でもない。兵士の攻撃力が低いのか、それとも相手の耐久力が高すぎるのか……もしくはその両方か。


 同じ馬車に乗っていた隊長達は周囲の兵士に指示を出しつつ、自らも蛮族の一人へ立ち向かっていく。予想外の遭遇戦……いや、こちらから仕掛けるつもりが、逆に奇襲を受けた形だが、ここからどうするつもりなのだろうか。


「ふーん? あんまり強そうには見えないけどね」

「さぁ、行きますよ!」

「……」


 ぼんやりと敵を観察していた私とレンカを置いて、うちの前衛三人も飛び出していく。それぞれ相手にすべき蛮族を一人ずつ見繕ったようだ。まぁ、私達もやるべき事をやる事にしようか。

 彼女らの頼もしい背中を確認しつつ、私はとりあえず数を減らすために昏睡の魔法の詠唱を開始する。


 今回の作戦、突然組み込まれた私達の役割は遊撃だ。いや、遊撃よりも更に曖昧で適当かもしれない。

 とりあえず蛮族の征伐には参加するが、隊長からの指示は受けずに勝手に戦う、というのが私達に求められている事なのだから。契約上、苦戦している兵士の支援すらも、する義理はない。まぁした方が“信頼”はされるだろうけれども。


 レンカと私は乗って来た馬車を背にして詠唱を続ける。一応軍事品ということで、軽量化など考えていなさそうな車体は造りもしっかりしている。遮蔽物としての役割は十分で、これで私達の背中は守られることだろう。

 ここは戦場全体から見れば手前側ではあるが、万が一ここから更に後ろを取られていないとも限らない。むしろ奇襲をかけると考えた時、態々全員で来ずに戦力を分けたのには理由があるはず。奇襲からの挟撃という可能性も否定する事は出来ないのだ。できる限り慎重に戦う方がいい。


 私は蛮族二人相手に若干押され気味な兵士の一団を見定めると、そこに向かって昏睡の魔法を放つ。


 最近研究している物から比べれば圧倒的に簡素な魔法陣から、微睡みに誘う優しい風が吹き出した。それはいつもの光景だ。

 今回の敵はそこそこに数が居るため、昏睡が1倍で通ってくれれば助かるな。私は魔法の効果の程を淡い期待を胸に抱きつつ確かめる。


 しかし、私は完全に予想外だったその光景に、思わず動きを止める事になった。

 戦場に突然、どさどさと人が地に倒れ込む音が続く。狙っていた蛮族は両方倒れた。今回の魔法は影響力を調整してあるので、一発で必要数の2倍以上蓄積するという事はない。この敵の昏睡耐性は一倍だ。そこは期待通り。


 問題なのはその周囲だった。

 なんと、魔法の効果範囲に入っていた兵士達まで倒れてしまっているのである。もちろん死んだわけではなく、私の魔法によって眠っているのである。


 ……ああ、兵士はパーティに入っていない上に、魔法世界の住人だから普通に攻撃が当たるのか。いつだったか、私達が見張り番を殺した時と同じ理屈だろう。

 私達がいつでも彼らを“裏切る事が出来るように”、現在契約している味方に対しても攻撃が当たる形になっているのだ。


 それを見ていたレンカは、大慌てで魔法の軌道を修正した。

 私の魔法は当たっても戦地で気を失うだけだが、彼女の火炎術をこの兵士に当てた場合、まず間違いなく消し炭になることだろう。それが意図的かどうかは別にして、流石にそこまで行くと問題だ。

 報酬を受け取る契約した以上、蛮族以上に危険視されるのは出来れば避けたい。


 彼女は一人の蛮族を大袈裟な炎で焼き焦がし、それから思い切り眉間にしわを寄せた。


「……一掃できぬか。面倒じゃな」

「本当に……範囲を絞った魔法、もっと持ってくれば良かったですね」


 始まる前は、兵士一人ひとりは大した戦力にはならないかもしれないが、それでも足止めくらいには使えるだろう……と思っていたのだが、これでは逆に完全に足手まといになっているな。


 そもそも、私とレンカは範囲系の方が得意だ。

 改造によって広範囲化するという行為が当たり前になっている二人なので、おそらくは他の生徒に比べても圧倒的な攻撃(妨害)範囲を誇っているだろう。呪術科も火炎術科も範囲系に高い適性を持っているのも理由の一つだ。

 そこをまさか、一時的な味方によって潰されるとは思わなかった。パーティを組んでいると基本的には味方に攻撃は当たらない物だから、こういった事態はない物として考えている。


 ……尤も、そんな愚痴を言いつつも私達は詠唱の手を止める事はない。

 予想外の苦戦ではあるが、たったそれだけで何も出来なくなってしまう程、私達は弱くはないのだから。



 お久し振りです。更新は一週間振りですね。こちらはようやく引っ越しも終了し、いつもの日常に戻りました。


 ネット環境から離れている間に書き溜めをしていた……なんて事はないので、今日からもいつも通りの一日一回から二回の投稿頻度になると思います。

 むしろ、しばらく隔日更新になるかもしれません。実は、本更新の直前に前話を読み返し、大幅に表現を変更しました。もしかすると、これからしばらくはそういった作業を多めに取るかも……。


 様々な理由で、ここ数ヶ月更新があまり順調ではありませんが、どうか気長にお待ちいただければ幸いです。

 ちなみに完全に余談ですが、引っ越しの最中、パソコンもゲームを碌に弄れない時期に、アル〇ウスを買い、ウ〇娘も始めました。今は引っ越しが完了し存分に遊べる環境なので、両方とも無限に時間が吸われます。非常にまずい。プロットはあるのに本文が進まない。頭と腕が3セット欲しい。

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[一言] お久しぶりです!楽しみにしてます
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