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第242話 二人の長

 それなりの防衛設備が揃っている様に見えるその場所は、四方を壁で囲まれたこのソシハラの町の中心に置かれている。他の建物に比べて全体的に背が高いので、ここの櫓からならば壁の向こうまである程度見通す事が出来るだろう。壁の手前にある門や兵の詰め所も当然見えるはず。

 見た限り、見た目の迫力を求めて豪奢な造りになっているというよりは、防衛のために必要だから大きくしているという事なのだろう。情報には早さと正確さが必要だ。


 門の近くの詰め所同様に兵士達が守るこの場所で、案内役の女が立ち止まる。最初はここに踏み入る前に何か私達に言葉があるのかとも思ったのだが、彼女は特にそれらしい素振りも見せない。

 ……目の前には砦の入り口がある。この場所で止まる理由はよく分からないな。私達をここまで案内はするが、中には入らせてくれないのか?


 私達が突然の空白の時間を前にそんな事を心配していると、警備を続ける兵士達の合間を縫って一人の男が駆けて来た。明確にこちらへと向かっているその姿が視界に入り、私は黙ったままの女から視線を外す。

 じっと見つめた先の彼は、息を切らして大急ぎで私達の下へとやって来た。


「お待たせして申し訳ありません! 魔法使いの方々ですね! ご案内に上がりました!」

「……案内ですか?」


 彼は私達の目の前で勢いよく頭を下げると、口早にそう捲し立てる。


 しかし、その言葉は若干奇妙な物だった。

 私達の案内というのは、この女の事ではないのだろうか。権力者の部屋ならともかく、町と砦の中で案内を分ける必要があるとは思えないのだが。

 ……それ程までに立場の違いに厳しいのか?


 確かにその男は文官か何かの様で、兵士とはまた違った服を着込んでいる。言われてみればここまで案内してくれた女性は、どちらかと言えば質素で動きやすそうな格好を……と彼から視線を外すが、そこには既に誰も立っていなかった。

 ついさっきまで女が居たはずの場所には、足跡すら残されてはいない。


「……あの、今までの案内の女性は……?」

「え? 私以外の案内が付くとは聞いていませんが……?」


 ……どういうことだ?

 どうにも話が食い違う“案内役”を見て、私達は顔を見合わせる。

 新しい案内役の男は、民の誰かが道を教えてくれたのかもしれませんね、なんて事を言っているが、彼女はどうにもそう言った友好的な雰囲気ではなかった。冷たく、こちらに何かを悟らせない様な空気さえ感じられたが……。


 尤も、ここで不思議に思って彼を問い詰めても、これ以上の情報は出てきそうもない。頭の片隅にだけ残しておけばいいか。

 私達はさっきまで先頭を歩いていたはずの女を不審に思いつつも、彼の案内に従ってシハラ砦の内部へと足を踏み入れたのだった。


「この砦は30年前に作られた比較的新しい所でして、占領地が増えた我が国の重要防衛拠点として建造が開始され……」


 案内役の男は嬉々とした表情で砦の内部を歩きながら、そんな歴史の話を続けている。私達の反応は半ば無視して。


 その話はとても興味深い……とはあまり思わない内容だ。そもそも彼の言ってる重要拠点という言葉も若干怪しい。確かに戦いのための砦には見えるが、重要だったらもっと外側を固めるのではないだろうか。外の櫓は集団で弓矢を射るには狭く、物見台としての役割しか持てないだろう。

 蛮族の襲撃という事態を前に、王都から魔法使いを派遣する予定はなかったらしいし。もちろん、それを行う程の時間的な猶予が無かったとかそういった話も考えられるが……。


 男の話はこの砦の歴史の話からも徐々に逸れ、料理や訓練場、ついには兵士の個人的な人間関係にまで続いて行く。

 聞いてもまったく意味がなさそうな話を一方的に聞かされ続け、ここまで黙って聞いていたリサがついに口を挟む。


「それより、私達はどこへ連れていかれてるの? まさかその美味しい料理が出て来る食事場に行くんじゃないでしょうね」

「あ、し、失礼しました! その、王女殿下が話を聞いてみたいとの話でして……」

「王女? この国の?」


 私は案内役の予想外の返答に驚く。

 まさか王族が出て来るとは思っていなかった。精々この町を治める貴族あたりだと思っていたのだ。いや、この国に貴族が居るのかは知らないが、精々その程度の話だろうと高を括っていた。


 それというのも、難民の話を聞く限りこの町は王都から遠く離れているのだ。いくら田舎だといっても、程近い王都の方向すら分からないというのは考え難く、王都からは相当な距離であるはず。

 そんな先入観のせいで、ここに王族が居るという考えに至らなかった。


 王女が居るという事は、この町は王族の直轄地なのだろうか。

 ……尚更警備体制が貧弱に見えて来たな。兵士の一人ひとりの力量にもよるが、私達なら普通にこの都市を落とせる自信があるぞ。


 私の疑問などもちろん知る由もない案内役。彼の話はそのまま、王女殿下の素晴らしい人となりについての自慢話へと切り変わっていく。

 どうやら彼女は素晴らしい人徳者であるようで、今回の蛮族の襲撃についても民を思い心を痛めているのだとか。


 そんな話をぼんやりと聞きながら、私は少し考え込む。

 この町の首領が蛮族に悩んでいるという事は、偶々現れた私達に刃の一族とやらを倒して欲しいとかそういう話になるのだろうか。そうなってくれたら分かりやすくていいのだが……。

 とにかく何か頼まれ事をされたら、見返りに今回の調査対象についての話を聞いてみよう。今の所怪しいのはこの町か、もしくは刃の一族だ。


 再び私達が口を挟む余地がない程の勢いで話し始めた彼だったが、今回は私達が話を逸らしたり止めたりする前に自分から突然口を(つぐ)む。

 急に静かになった廊下に何事だと視線を巡らせると、すぐにその原因が目に留まった。


 視線の先にあったのは大きな扉であった。どことなく学院長室の扉に似ている。この手前まで来た者を威圧するような、そういった力を感じさせる。つまり、目的地へと到着したという事か。

 男は扉に備え付けられていたノッカーを鳴らすと、よく通る声で扉の向こうへと要件を伝えた。


「魔法使いの方々をお連れいたしました!」

「……入れ」


 ……今のが王女か? 予想していた声とはまるで違う物が耳に入り、私は小さく首を傾げる。

 今の返事はどう聞いても男の声だった。王女殿下王女殿下と話を続けるからこの先に居るのもそうなのだとばかり思っていたが……使用人か? やんごとなき身分の方だから返事も自分でしないのか。


 中からの返事と共に案内役が動き出し、重厚な扉がゆっくりと開かれていく。


 その先の部屋に居たのは二人の人間だった。

 一人は未だ幼さの残る少女。シンプルながらも高級感のある衣服を身に纏い、椅子に腰を下ろしてこちらを待っている。

 おそらく彼女が話にあった王女殿下なのだろう。優し気に微笑み、私達を歓迎している様子。


 しかしこの部屋にはもう一人、中年の男が彼女の隣に立っているのだ。きっと扉越しに返事をしたのはこっちの男。

 使用人にしては豪華な服を着ており、立ち振る舞いも偉そうで執事にはとても見えない。年若い王女の補佐役だろうか。

 こちらの男は王女とは対照的に、私達を冷めた目で見ており諸手を挙げてくれている様子ではない。


 ……何か少し面倒そうになって来たな。勝手にこの砦の資料とか漁っては駄目だろうか。

 まぁ、兵士に追われたり囲まれたりしながら読書はしたくないので、もしもやりたくなっても余程の事がない限りやらないと思うが。


 偉そうな男は私達五人をそれぞれ見やると、小さく息を吐く。


「お前たちが旅の魔法使いを自称する者か」

「……ケンドラさん、失礼ですよ。皆さま、よくぞいらっしゃいました」


 やはり私達に対して対照的な反応を見せる二人。王女殿下から話があるという事だったが、隣の男は話をする事自体否定気味の様だ。私達をすぐにでも追い返したくて仕方ないらしい。

 挨拶への応対を代表者であるレンカ(とガードナー)に任せ、私は彼女に招かれた部屋を見回した。


 ……何とも高級感溢れる部屋だ。

 装飾の“線”は多くないが、それでいて質素には見えない。決して狭くはないこの部屋の調度品は、どれもこれも質のいいものなのだろう。武骨な軍事施設内にある部屋としては、正直大変そぐわない部屋である。


 これはどう見ても女の趣味だなと直感し、私は私達の来訪を素直に喜んでいる様子の王女殿下へと視線を戻す。


「……ですから、我々にお力を貸してはくれませんでしょうか」

「殿下。お言葉ですが、王都に登録されていない魔法使いに頼るというのは、些か危険ではありませぬかな?」


 蛮族の被害を深刻そうに語り、私達に協力を求める王女。

 そしてそれに対して苦言を挟む男。彼らにとっては怪しさ満点だろうからある程度は仕方ない。むしろ何の根拠もなく利用しても問題がないと思っている王女の方が、余程問題ではないだろうか。


 ……実際には、彼らがどういった関係なのかは分からないが、私の想像もそう外れた物ではないのかもしれないな。

 王女はケンドラと呼ばれた男の言葉を聞いて、横目で彼の顔を窺う。目が少し細められているあたり、もしかすると睨んでいるのかもしれない。どうにも迫力に欠ける顔なのだが、意図的に険しい表情をする事にあまり慣れていないのだろうか。


「ですが、この現状をどうにかしなければなりません。私達にその力がないからこそ、あの方たちの成敗に時間がかかっているのでしょう?」

「いえ、我が軍の主力であれば討伐は容易でしょう。そうしないのは殿下の身を案じ、万が一に備え防衛に主力を割いているからです」

「……それは足りないのと何が違うというのですか」


 私はそれからしばらく黙って彼らの話を聞いていたが、立場とかそういう話以前に、どうにもこの二人仲があまり良くないらしい。自己紹介もしてくれないので関係性はよく分からないが、それだけは伝わってくる。

 ……これは長くなりそうか。



 眠い目を擦りつつ書きました。誤字は沢山あるだろうから報告ください。(他力本願)

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