第241話 町と砦
ガードナーが魔法を見せると、番兵たちは明かに慌てふためいていた。そしてその後門番にしばし待てと指示されるまで、大した時間はかからなかった。
それから更に程なくして、私の身長の二倍はある門は徐に開かれていく。こう言っては何だが、やはりこうして近くで見ても壁や門としてあまり高くはないな。
その隙間から見えたのは、活気のある町並み……というには少々物騒な施設が並ぶ場所だった。町と言われてこの光景を思い浮かべる人間はそう多くはないだろう。
兵士の詰め所と砦としての役割を持っているそこには、見渡す限り武装した兵士しか見当たらない。その誰もが興味や不信感を露にして、こちらをじっと観察していた。
内部がこんな状況になっている事を知っているのか、外で屯していた謎の男達がなだれ込んでくるなんて事件はなく、私達5人は門の奥に居た一人の女性に案内されて門をくぐる。
案内役は特に愛想もなく、無表情で機械的な態度。……その理由を少し考えてみるが、やはり警戒されているのだろうか。
その後、特にそれらしい検査もなく門を通り抜けた私達だったが、一緒について来ようとしていた難民の男達は敢え無く門番に止められていた。
「待て、お前たちはこっちだ。武装の解除の後に身体検査を受けて貰う」
「武装って、そんな大したもん持ってねぇけど……」
「それを判断するのは我々だ。武装の解除に応じない場合、お前たちを難民として受け入れる事が出来ん」
「仕事道具なんだがなぁ……」
背後からそんな会話が耳に入り、私は後ろをチラリと確認する。
町の内部へと案内される私達とは違い、難民である彼らは兵士の詰め所でも一番外側にある建物へ一人ずつ押し込まれているようだ。
武装の解除と身体検査……まぁ、当然の措置だな。むしろ私達の扱いの方が疑問だ。こんなに簡単に町に入れてしまっては、壁と関所の意味がないように思うが。
「……一応、難民を受け入れているのですね」
「何? それってそんなに意外に思うような事なの?」
「いえ、もちろん、難民と言っても自分の領内の民ですからね。特別不思議だとまでは言いませんが……外の集団はやはり、追い返されるだけの理由があったのだな、とだけ」
ガードナーも私と同じく彼らの姿を目で追っていたようで、案内役の女性にも聞こえる様にそんな事を呟く。尤も、彼女は特に反応も見せなかったのだが。
リサはガードナーの呟きに疑問を抱いたようだが、私もどちらかと言えば、こんなに簡単に彼らが受け入れらるとは思っていなかった方だ。
耕すべき農地がない農民、森へ行けない狩人、仕事場のない料理人……この町の為政者にとって、彼らにはどこまでの価値がある存在なのだろうか。無論、無条件で切り捨てる事も大きな反感を買う。それはそれで決断するのが難しいとは思うが。
しかし、門の前に集まっていたあの集団を見る限り、襲われている村は一カ所ではないようだし、行き場を無くした民はもっと冷遇されていてもおかしくないはず……。何せこの町は“壁で囲まれている”のだから、その分彼らの肩身は狭くなる。
……もしや、刃の一族に大多数が殺されているから、村の数に比べて避難民自体はそこまでの人数でもないのか?
無口な女の案内に従って兵士達の詰め所を抜けると、そこから町の雰囲気が一気に変わる。いや、おそらくは“ここからが”町なのだろう。
防具ではなく普段着を来た男や女が自分の荷物を持ってあちこちへと動いているし、その表情は明るく、異邦人であるこちらを気にした様子も見せない。店には商品と思しき野菜や肉が結構な数並び、どれを買おうかと悩む買い物客の姿も見える。
建物は全体的に古びた木造の様に見えるが、基礎に近い下の部分は石造り。
どうやら木製の柱を石材で支える様な形で建物を建てているようだ。石よりも上の壁は、土壁のような漆喰のような、とにかく滑らかな質感である。
ざっと見た限り、ここで暮らす人々にはすぐ近くに居る蛮族に悩まされているとは思えない程の活気があった。それが少し不思議だった。
刃の一族の事件があったのは、難民が普段着で魔物を撃退、もしくは逃亡しながら裸足で歩いて来られる距離のはず。もう少し自分の身の心配をしていても良さそうなものだが……何と言うか能天気だな。品揃えを見ても物流が滞っている様にも見えないし。
もしや周辺の村しか襲われていないというだけでなく、ここが襲われない明確な理由でもあるのだろうか。少し見ただけだが、門番や兵士が特別強そうには見えなかった。彼らが蛮族を寄せ付けない程の戦力だとか? しかし、相手は武力によって支配を退けている存在なわけで……。
「……あ、わたあめ」
町の中央に向かって活気のある通りをのんびり進んでいると、そんな呟きがすぐ近くから聞こえてきた。
声の聞こえた方向からして、先頭を歩いているガードナーとリサではない。もちろん私の言葉でもないし、レンカの声でもなかった。
すると必然的に、残された人物は一人。
「……綿飴?」
「……何でもないわ」
私達の最後の一人、シラキアは私の怪訝な反応を見て一瞬表情を変え、そのまま顔色を隠すようにふいと視線を外す。
どうやら先程の呟きは、彼女のもので間違いないらしい。今まで黙っていたかと思えば急に綿飴。一体何の話だ?
私も先程まで彼女が見ていた先に視線を向ければ、確かに通りの右手に甘い香りのする謎の店があった。
そこに並んでいるのは透明な……何だろうなあれ。確かにそれは綿飴に見えない事もないが、私が慣れ親しんだ物と比べて“密度”が小さ過ぎる。そのため見た目があまりに透明だ。
ただ、店先で調理している所を見る限り、かなり簡単に作られる食べ物なのは間違いないだろう。
遠火の鍋に入れた水飴の様な物に、円形に並べた数本の棒を入れ持ち上げる。そうすると当然、そこからはトロトロと温まった飴が垂れてくる。
それが細くなったのを見計らって別の木の棒を刺し込み、垂れている飴をくるくると巻き取っているのだ。
私が知る綿飴という物は専用の機械とザラメで作る物だが、これは見ての通り作り方が大分異なる。あれではあの独特な食感を楽しめないのではないだろうか。
飴が落ちて行く過程で冷めるため細い糸状にはなっているが、綿飴とはまた別の食べ物のはず……。
「何じゃシラキ、お主綿飴なんぞ食いたいのか?」
「……関係ないでしょ」
「見た目通りのガキじゃのう! あんなんで喜ぶとは。私なんぞもうウン百年くらいあれを美味いと思うたことがないわ」
レンカもまた私と同じく彼女の呟きを聞いていたのか、無口な彼女をここぞとばかりに弄り始める。ガキと笑ったシラキアと身長は大差ないはずだが、レンカはどうやら綿飴が好きではないらしい。
そして今初めて知ったのだが、レンカってご長寿設定……いや、高齢者だったんだな。今までそれなりに繋がりはあったはずだが、まったく知らなかった。普通にのじゃのじゃ言っているだけで、見た目通りの年齢なのかと勝手に思っていた。
ちなみに、彼女と若干似たような部分のあるロザリーは、16歳として学院に届けている。
元々絵筆の身長が私に比べて低めなのもあり、ロザリーが16歳というのは見た目から大きく外れているという事もない。本人の口から度々語られる“前世”を入れるとご高齢ではあるが、体自体の年齢はそこまででもないのだ。
少なくとも二百歳は生きているらしいレンカと違って、彼女が自分を不老不死に“しなかった”のには一応理由がある。
それはある意味当然の話なのだが、自分を何歳として学院に提出しようと、それによってこの世界での知識が比例しないからである。
爺ちゃん婆ちゃんもそれはそれで悪くはないが、若い連中に知識で負けたら格好が付かん! という彼女なりの拘りらしい。
確かに、最近魔法を習い始めたお婆ちゃんというのは、格好いいというよりは可愛らしいに分類されるだろう。シーラ先生の様に教師ならともかく、生徒ではな。
その点私は普通に10歳児だから何の心配も必要ないが。
……いや、その、最近自分でも流石に10歳はないんじゃないかと思い始めた所ではある。入学前は全く気にしていなかったが、若作りなんてもんじゃない。10歳、私10歳なんだよな……。
まぁここでは“4日で1日”なので、実質的に40歳という事で考えておこうと思う。それはそれで何か嫌ではあるけど。
「……食いしん坊じゃないわ」
私がそんなどうでもいい事を考えている間にも、シラキアはレンカにちくちくと虐められていたらしく、今は完全にそっぽを向いて不貞腐れてしまっていた。どうやら自分が食道楽であるとは認めたくないらしい。
そんな様子は見た目通りの幼さで……彼女、思っていたよりも親しみやすい人物なのかもしれないな。
私達がそんな他愛もない会話をしている間にも、当然歩みは進んでいく。
活気のある町を抜けると、突然視界を大きな建造物が占領した。石造りのその大きな建物は、町の全方位を見回せるように背が高く、他の建物に比べて明らかに威圧的だ。
その手前で案内人の女も立ち止まる。
今も多くの兵士達が守っているこここそが今回の目的地。私達はようやく町の中心である、“シハラ砦”へと到着したのであった。
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今月中に引っ越しをしなければならなくなったため、一週間ほど更新が滞る可能性があります。出来る限り更新はしますが、あまり期待しないで下さい。
今日から片付けを始めた結果、部屋には既に燃えるゴミ袋が7つ、燃えないゴミ袋が5つ溜まっており、今も古いパソコンを売るために初期化中です。引っ越し先に必要ない家具も多く、不用品回収を頼む必要があるんですが、こういうの初めてなので不安ですね。あと、物を捨てるのが単純にちょっと寂しい。




