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第240話 難民

 男達に襲い掛かっていた最後の魔物がリサの一撃によって粉砕され、魔力となって中空へとほどけて行く。草原を見渡す限り周囲に敵影はなく、一先ずの危機は免れたように思えた。

 もちろんそれは私達にとっての危機ではなく、目の前にいる集団のものなのだが。


 ガードナーは凛々しい表情で剣を納めると、背後の男達を振り返る。

 全員で7人の人間の集団。大人の男は4人で、子供が2人、そして年若い女が1人だ。格好は全員着の身着のままといった印象で、中には靴すら履いていない者も居る。荷物も(ろく)に持っていない。

 しかし、土で汚れている部分はあるが、それ以外は思ったよりも小奇麗だ。少なくともあの村の地下にいた子供達程ではない。


 それに彼らがどういった関係性で、一緒に行動しているのかは分からないが……家族連れには見えない。唯一の女が若過ぎる。子供二人の母親にしてはあまりに幼く見えるのだ。あの三人は血縁があっても精々姉弟だろう。

 ……こいつら、一体何なのだろうか。


 男達はそれぞれ包丁や鉈、鎌などの日用品を両手でしっかりと握り、私達を見てどうしたらいいのかと思案している様子である。


「怪我はありませんか? 危ない所でしたね」

「あ、ああ……助かった。ありがとう」


 ガードナーの笑顔を見て、緊張と驚愕のまま固まっていた彼らの態度が僅かに和らぐ。

 彼女の言葉に返事をしたのは、男達の中でも唯一まともそうな武器である斧を手にした、長身の男だった。もちろんリサの物とは大きさが違う。おそらく本来それは武器ではなく、木を切るための道具なのだろう。


 私とレンカも彼らからは何か話が聞けそうだと期待を抱き、前の集団に追い付くように道を進む。彼らと会話をしているガードナーも私達と同じ考えだったようで、凶器を手にした男達を一瞥してから口を開いた。


「……それで、どうしてこんな所を歩いていたのですか? 行商にも、単なる盗賊……という風にも見えませんが」

「し、知らないのか? 魔法使いって事は、王都から来たんだろ? 俺達を助けに来たんじゃないのか?」


 質問を質問で返される。そんな予想外の返答を受けて、ガードナーはちらりとこちらを振り返った。どうやらどう答えるべきかと視線で問い掛けたいらしい。

 ……それをこちらに聞くという事はつまり、嘘を吐いても問題ないという事か。まぁ、いつでも本当の事を話すのが正しいとは限らないからな。


 私は今後目の前の町で権力者に会う時に、不利にならない様な方便を思い付く。王都の関係者である証拠が出せない以上、この話にそのまま乗っかるのは良くないだろう。また、情報が少ない今、調べ物についてはまだ伏せておいた方がいい。


「違います。偶然通りかかった旅の魔法使いです。そういうあなた達は旅をする人間には見えませんね」

「そう、だったのか……いや、助けてくれたのにすまない。王都から助けが来たのかと思ってな」

「つまり、お主ら王都とやらからの助けが必要な境遇という訳じゃな。ちなみに、あそこに見えるのは違うのか?」

「いや、あれはソシハラという町だ。誰も見た事がないんだが、王都はもっと大きいらしい」


 ……誰も見た事がないって何だ? 私は彼の言葉に内心首を傾げつつも、話の続きに耳を傾ける。

 それから男が語って聞かせたのは、確かに彼らの格好と合致する話であった。


 曰く、彼らは自分達の村を捨てて逃げ出してきた集団らしい。逃げる先としてここからも見えているソシハラの町を選んだが、目的地を目の前にして運悪く魔物に襲われてしまっていた……というのが、私達が見た場面だ。

 あの町は村の人間が知っている唯一の都市。外部の情報には疎い彼らだが、作物を売ったり税を納めたりする必要があるので、あの町だけは場所や道が分かっているのだとか。逆に言うと、王都とやらの存在は知っているが、出身が田舎過ぎて道どころかどの方角かさえ知らないという。


 そして、彼らがそもそも何から逃げていたのかというと……


「刃の一族だ」

「刃の……? 魔物じゃないの?」

「魔物みたいな……いや、それ以上の連中だよ。奴らは片腕で壁を崩す怪力と、山の向こうから矢を飛ばす目を持ってる。村には見張りも狩人も居たが、今はどうなっているか……」

「……それは、人間ですか?」


 怯えた様子を見せる彼らの話を聞き、一応確認としてガードナーがそう問う。

 ……尤も、私はその程度ならできそうな学院生を知っている。何と言うか、そんな恐ろしい奴が人間であるはずがない、とは否定しづらいな。


 男の話では、刃の一族とはこの国の領土に古くから住み着いている戦闘民族らしく、それなりに高い製鉄技術と怪力で国王や貴族の支配を受けずに暮らしている人間の部族らしい。

 一応理性的な面もあるようで、戦いとなれば男も女も関係なく一切の情け容赦をしないが、平時は鉄器と塩や食料を交換しに村や町に出入りする事もあるのだとか。

 尤も、彼らは余程怖かったのか、その説明に自分達で疑問を持っている様子ではあるが。


 そんな連中がある日突然村を襲った。その理由は分かっていない。

 彼らは抵抗する者を次々に殺し、逃げ出した者も執拗に追い駆けた。結果、村から逃げ出す事が出来たのはたった7人。それが彼らなのだという。


「他にも村から逃げられた奴がいるかもしれないが、少なくとも俺達は知らねぇ。村の外には魔物もいるしな……」

「なるほど。つまりあなた方は難民というわけですね」


 ガードナーは彼らの話を真剣な表情で聞き終えると、痛ましいとばかりに顔をしかめた。


 ……刃の一族か。私は聞いた事もないな。禁書庫でも図書室でもそれらしい記述を見た事がない。それはレンカも同様らしい。

 ただ、壁を片腕で崩すだとか山を越える弓を射るだとか、もしかすると魔法なのではないだろうか。……実は私達、調べるべき“特別な魔法”から遠ざかっているのか?


 そんな心配をしつつ、しかし今更方針を変えるというのも億劫だった私は、彼らを護衛するように草原の道を真っ直ぐに歩いて行く事を提案する。

 その提案を喜んで受け入れた彼らと共に、しばらく道なりに進んでいると、目的地であるソシハラの町が大きく見えて来る。


 ここから一番大きく見えているのは門だ。ソシハラの町はこちら側を壁の様な物で囲っており、その内の1箇所に橋と門が置かれている。門の手前に橋があるのは、壁の外側が堀になっているからだ。

 堀と壁で高さを合計すると大体5m近いだろうか。門の近くに門番らしき人がいるのでサイズ感が分かりやすい。


 ただ、それは城壁と呼ぶにはやや頼りない物だった。壁は丸太を地面に隙間なく突き立てただけの様に見えるし、その裏にあると思しき(やぐら)も決して大きくはない。

 もちろんないよりは断然マシだろうし、あれを私一人で突き崩せと言われたら不可能だが……山を越える矢とか全く防げそうにないな。


 しかし、そのまま町へと近付いて行くと、門の前にいる人たちの様子が少しおかしい事に気付く。検問待ちや兵士だと思っていたのだが、どうもそういった“目的のある集団”とは違うように見えるのだ。


 何と言うか、集まっている人間が私達の隣の男に近い様子。魔物のいる場所へ出掛けるという雰囲気はなく、突然の出来事を前に逃げ出してきたような……。

 その上、見た限り粗末な槍や刃物を握っている男達ばかりなのである。私達と一緒に行動している難民の様に、女子供が混じっていない。


 私達はその事実に首を傾げつつも、そのまま門へと近付いて行く。

 そしてその謎の集団の前を通り抜けようとしたその時。

 その集団の中でも一際大きな体をした男が、こちらをぎろりと睨んで進路を塞ぐ。彼が手にしているのは、小振りだがしっかりとした剣。他の男達が農具や手作り感が拭えない装備を持つ中、粗末ではあるが彼だけはある意味“普通の”武装をしている様に見えた。


「おい、お前達何者だ」

「この方々を護衛していました。そう言うあなたは?」


 (がら)の悪い男という存在に一切の物怖じをしないガードナーが、威圧するように行く手を阻む大男を睨むように見上げる。


 この男は間違っても門番ではないだろう。そもそも番兵らしき兜を被った兵士はこの先、門の手前に居るし、何より剣以外の彼の持ち物は至って普通の服である。正規の兵士には見えず、精々義勇兵がいいところだろう。

 そんな彼はガードナーの口にした護衛という言葉に眉を(ひそ)めると、自分と同じような格好の難民の男達へと視線を向ける。しかし、難民の男達も臆した様子は見せなかった。私達が隣に居る事で気を大きくしているのか、彼らは魔物相手の様に怯える事無く堂々と答える。


「ああ、魔物に襲われている所をこの人達に助けて貰ったんだよ」

「こんな小娘にか」

「……用がないなら退いててよね」

「ふん……蛮族を恐れて逃げて来たと、正直に言えばいい物を」


 ……まぁ何でもいいか。特にここを守っているわけではないようだし、私達に用事もなさそうだ。

 私達は堀の外でなぜか(たむろ)している男達を無視すると、そのまま橋を渡って門番の前へと歩み出る。


「止まれ! お前たちはここに何の用だ」


 しかし、その歩みはすぐに止まる。今度は門番は私達を橋の中程で呼び止めたのだ。

 足元を見ればここは橋の境目であるらしく、繋がっている太い縄を操作すると、堀の底へと転落する仕掛けになっているようだ。ある意味橋の手前で止められるより余程警戒されているという事なのかもしれない。


 そんな事には気付いていなさそうな難民の男は、険しい表情で門番に自分達の状況を訴える。


「村が刃の一族に襲われて、俺達はそこから逃げて来たんだ」

「また難民か……ここに居る全員か? どこの村だ」

「いえ、私達は旅の魔法使いです。とりあえず人里を目指していた所、彼らが魔物に襲われていたので助けました」

「……魔法使いだと? そんな予定は聞いていない」


 難民の訴えに続いたガードナーの返答を聞いて、門番は明かにその表情を変える。兜越しで分かりづらいが、こちらを訝しんでいるのは間違いないだろう。


 どうも難民の男が言う通り、ここは本当に魔法使いが希少な時代らしい。

 王都とやらで管理され、魔法使いの移動は事前に門番へと通知が来るはずなのかもしれないな。……その場合旅の魔法使いという言葉は疑われて当然だが、結局魔法使いである私達は、それ以外の設定でも疑われてしまうのは間違いない。もう仕方ないか。


 ……希少なのだったら、その立場を何とかして使う方針にするとしよう。


「信じられないと言うのなら、適当なのをこの場で見せましょうか? ガードナー」

「え、私ですか? ……あ、いえ、私しかいませんね」


 私の突然の提案に、ガードナーは驚きつつもすぐに了承してくれた。物分かりが早くて助かる。

 レンカは広範囲の火炎術を好むので、派手だが門や橋を燃やしてしまうかもしれないし、派手過ぎて町の中まで騒ぎになるかもしれない。反対に私やリサ、シラキアは何もない場所に放つと見た目が地味で分かりづらいし、兵士や難民を実験台にするのも今の所は避けたい。少なくとも、分かりやすいからと手軽に試すわけにはいかない。


 その点、ガードナーの魔法は目に見えやすいし、範囲が狭い魔法を得意としている。

 彼女は敵対行為として認められない様に慎重に剣を抜くと、自分の方へと刃を向けつつ刀身に炎を宿したのだった。



 お昼の更新です。

 まだ昨日の更新分の話を読んでいない方は、一つ前からどうぞ。

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