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第239話 課題の目的

 いつもよりも人出の少ない万象の記録庫を抜け、やって来たのは林の中。

 足元には舗装されていない土の道が前後に続き、左右は木々と茂みが視界を塞ぐ。ただ、前方には草原と青い空が見えているので閉塞感を覚える事はない。そう感じるのは、ここが比較的明るい道だからというのもあるだろう。


 今回の魔法世界は、何だか普通だな。森というのは魔法世界でも結構出て来る要素の一つだ。

 私はそんな事を確認すると手にした傘を開き、改めて今回集まった生徒を振り返った。


 私の一番近くに居るのは見慣れた格好のリサ。今回は試合ではなく普通の探索のため、いつかロザリーが作った大斧と(のこぎり)、そして試合で使っていて楽しかったのか、斧槍も持って来ている様だった。

 鋸が普段使いするのに使い勝手の悪い装備であるため、その辺りを考慮したのだろうか。

 右手一本で大斧を担いでいるため、左手で持っている槍がかなり軽そうに見えてしまう。当然ああいった長物が軽いはずはないのだが、少なくとも重量に苦労している様子はなかった。


 その隣で学院と変わらず、制服をきっちりと着込んでいるのはガードナー。彼女はいつか見たのと同じく、素直な直剣を腰に()びている。

 私が最初に彼女を見た時と、眼鏡も制服も剣も変わった様子がないのでどの程度強くなっているのか不安になるが、それでも彼女は弱くはないだろうなという予想はあった。この女は風紀委員長として、不良生徒に力負けしない程度には鍛えているだろうし。


 レンカにも特に変わった所はない。実技訓練の時から同じ、炎の様な派手な衣装。

 杖は……前に使っていたのはこんなのだったかと疑問も残るが、今一つ思い出せない。多分変わっているとは思うが、特徴的な見た目ではなかった。


 そして今回のパーティの最後の一人。私はやはり、レンカの知り合いであるその女の事を一切知らなかった。


 先程まで制服姿だった彼女は、体に張り付くような白いインナーとシースルーの上着という極めて特徴的な格好をしている。肌も抜けるように白いので一瞬どきりとしてしまう、ある意味で扇情的な格好だ。

 髪は新雪のような白色で、毛先に向かって徐々に色味を含まぬ透明へと変わっていく特徴的なグラデーション。見た限りかなり長いはずだが、先端の方は目に映らないので本当はどこまで伸びているのか判断が付かない。


 硝子の様な少女だと、きっと彼女を見た全員が口にするだろう。

 他にもステンドクラスを模した髪飾りに、髪と同じく透明な材質の短剣と拳銃。見た限り、本人が狙ってそういった格好をしているのは間違いない。


 身長はレンカよりも数㎝、いや、頭半分は高い。……と思っていたら、足元は中々にえげつないヒールの靴を履いていた。ほぼ爪先立ち状態であり、おそらくシンデレラさえこんな物を履いて踊らないと思う。

 その上その靴は、間違って踵で人を踏んだら足の甲を貫通しそうな程の鋭さだ。ここまで来るとピンヒールというより、一種のスパイクシューズと言える。鋭利に、そして美しくなる様に態々透明な結晶を削っているのだから。


 彼女の名はシラキア。ちなみに魔法の書に登録された名前を見る限りシラキアというのはフルネームだ。名簿に書かれた本名は“キア・ラ・シ”となっており、ファーストネームはキア。名字がシ、一文字である。

 尤も、本人はシラキアと名乗ったのでそう呼んで欲しいのだと思う。シと呼ぶのはもちろん紛らわしいし、キアというのも少し言いづらい。結局シラキアと呼ぶのが一番呼びやすいだろう。


 そんな彼女の学科は格闘学部暗殺術科、通称暗殺士(アサシン)だ。

 高速で火力があり、その反面重装備への適性が極めて薄いという少し変わった学科(クラス)である。基本能力値が高い代わりに、装備総重量上限が低く、それを超過した際のペナルティも極めて重い。

 その性質上リーチの長い装備が扱いづらく、その上回避主体での高速戦闘が必要となるため、最終的に扱うのが極めて難しくなる学科とされている。軽量射撃武器のリーチを活かして戦うなら、他の学科で良いしね。

 ちなみに拳闘士程ではないが、ステータスの関係上武器を捨てて素手で戦っても強いらしい。


 口数の少ない彼女は近くにあった木に背中を預け、私達の準備が整うのをのんびりと静かに待っていた。もちろん、自分以外が知り合いの空間でお喋りになる人というのも珍しいとは思う。特別不思議な事ではない。ただ、私は彼女について一つの疑問があった。


「……詳しく聞いていないんですが、結局どういった知り合いなんですか?」

「ん? んー……まぁ、その内教えるかもしれぬ。魔法研究会を頼って来た一人じゃ、とだけ言っておく。あ、今回の課題とは関係ないぞ」


 つい気になっていた所を隣りにいたレンカに小声で聞いてみるが、詳しい関係性についてははぐらかされる。

 彼女の知り合いというのは間違いないらしいが、シラキアは格闘学部。魔法研究会“に”頼られるならまだしも、頼って来たというのは少々気になる発言だ。


 魔法研究会は魔法陣についての研究をしている組織であり、特に実力者の集団というわけではない。メンバーに実力者が含まれていないわけではないが、そういった戦闘狂の集団はまた別に存在する。

 ……シラキアは、魔法についての相談があって研究会を頼った。ここは間違いないと思う。まぁ、今はそれ以上考えても予想にしかならないな。


 それから私達は一先ずの自己紹介をし、簡単な連携を確認し合う。


 リサとシラキアは前でとにかく暴れる係。連携はできるならやるが、彼女達自身は気にしなくてもいい。

 ガードナーは防御魔法を使いつつ突撃して敵の注意を引く。もちろん他の二人も壁役として機能しないわけではないので、そこまでの無茶をする必要はない。上手く戦える程度に複数の気を引くのが役割だ。

 レンカは攻撃してもいいが、彼女には折角賢人共から奪った神聖術がある。今回は支援役として活躍してもらおう。複合魔法は完成していないが、それぞれを別に使う分には問題はないのだから。


 そして私はいつも通り。薬や呪術、邪法を使って相手の足を引っ張ればいい。

 ……まぁ、この集団に私が必要かと言われると微妙な所だな。精々味方の足は引っ張らない様に努力しよう。


 一先ず決まった基本の方針。これに問題があればその都度対応という事も話し合い、話題は自然に次へと流れて行く。


「それで、今回の目標とかヒントはないの? 調査課題なんでしょ?」

「一応あるぞ。今回の目標はな、魔導兵器と特殊な魔法についての話じゃ」

「魔導兵器……? とは馴染みのない言葉ですが、あの、試合に出て来る大きな機械の様な物でしょうか」

「さてな。(わらわ)も最近はとにかく色々資料に手を出し過ぎてな、どれが切っ掛けで出された課題なのかよく分からぬ。ただ、人里があるからそこで調査せよとのことじゃ」


 ガードナーの話にレンカは少々気まずげに首を振った。……特別な魔法と兵器を、特にヒントもなく調べて来いというのが今回の課題のようだ。


 まぁ、とにかくその人里とやらに行ってみるしかない。ここがどの程度の文明がある場所なのかは分からないが、特別課題は私の経験上その土地の一番偉い奴と繋がりがある事が多い。

 これは何もただの経験則ではなく、学院が出来る前の歴史では、魔法という技術や力を権力者がある程度秘匿していたからという、それらしい理由まである。特にヒントもない私達の、とりあえずの方針としてはうってつけだろう。


 私の提案に頷いた彼女らは、とにかくこの林を抜けようと進み始めるのだった。

 ……それから、魔物に襲われる一団を発見するまでに、大した時間はかからなかった。


 林を抜けた先の草原には、人や馬車が通ったと思しき道が続いている。その先には壁に囲まれた町も見えるので、最初の目的地はあそこだ。このままこの道をまっすぐに進んでいくのが良いだろう。


 そして、その道中に魔物に襲われている人間の集団が居たのだから、逆に助けない方が不自然な程だ。

 別に私も、人助けが嫌いでやりたくないという程、性根がひん曲がっているわけではない。情報が欲しい以上、見殺しにするよりは助けた方が間違いなくいいはずだ。不要になったら……まぁ見捨てるかもしれないが。


「助太刀いたします!」

「思い返してみれば、魔物を斬るのは結構久し振りね!」

「……」


 その光景を見て真っ先に動いたのはガードナーだったが、すぐにリサとシラキアが続く。

 最初に接敵したのはもちろんガードナーだ。彼女の役割から考えれば当然の行動か。炎の盾を纏いながら雷撃の刃を抜く。流れるような動きで、刃に焼かれる魔物を蹴り飛ばし、次の標的を見定める。

 リサもすぐにそれに追い付くと、別の魔物に向かって渾身の一撃を振り下ろした。


 私は派手に暴れまわる二人を背後から眺めつつ、麻痺の魔法を使う。

 ガードナーやリサは、襲われている人間の一団と魔物の間に割り込んだが、二人だけでは全員を助ける事は出来ていない。ある程度足止めしなければな。


 幸い麻痺は通ったようだし、助けに入ったが死人が出てしまったという事態は避けられそうか。


 みすぼらしい恰好で鉈のような刃物を構える男は、目の前に迫る魔物が雷光に貫かれ、痙攣しながら崩れ落ちる様を見て驚いている。

 ……そこにぼうっと立っているとレンカの火炎に巻き込まれそうで怖いのだが……まぁ、彼女も流石に加減はするか。この世界の住人には普通に攻撃が通るはずだし。

 それに、この魔物は黄色判定。私にとって白判定はかなりの格下なので、黄色は至って普通の相手であり、あまり強くはない分類と言える。


 戦況は順調と言っていいだろう。そういえば、ガードナーを追って飛び出したシラキアはどこへ行ったかと視線を巡らせると、魔物の背後から的確に急所へガラスの刃を振るっている所だった。


 その動きは一見すると地味ではあるが、やっている事は凄まじい。

 魔物が自分を気にして振り向く事を予測して動いているらしく、数体をまとめて引き付けつつ、それぞれに短剣で攻撃し続けるというとんでもない事をしているのだ。複数体相手に裏に回り込み続けているので、敵はシラキアの動きにまったく付いて行けていない。

 ……彼女、本当にどういう知り合いなのだろうか。


 そんな私達がその魔物を掃討するまでに、当然それほどの時間はかからなかったのだった。



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