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第238話 課題と問題

「おーい! そこの暇そうな連中よ、手を貸してはくれぬか」

「……これまた、妙なのが来たわね」


 一先ずの話が終わり、そろそろ解散してしまおうかと考えていた私達。そんな所に、少し遠くから声がかかった。


 生徒準備室の奥までやって来る生徒というのはそう多くはない。居ても私達の話が気になって盗み聞きしようと試みる連中くらいであり、そういうのはリサがそれとなく視線で追い返していた。

 もちろん、こんな開けた場所では話の内容がまったく聞かれなかったとは思わないので、完全な密談が出来たとは考えていないが。


 そんな人気のない場所までやって来て、私達へ態々声をかける奴。まず間違いなく何か用件があって来ているはずだし、何よりその特徴的な喋り方には聞き覚えがある。


 こちらに大きく手を振っていたのは想像通りの人物、レンカ・フジワラである。

 交友関係の狭い私の中では何かと関りが深く、魔法研究会と私を繋ぐある意味重要な人物……なんて言い方も出来るかもしれない。私の中では既に隠し事なんて大して必要のない、一種の友人に近い感覚の人間だ。

 まぁリサは彼女を見て若干嫌そうな顔をしているが。……彼女から見たレンカの印象は、私の授業で手を上げたのが最後で止まっているだろうから仕方ない。まったくの初対面というわけではないはずだが、それでも会話をしたことはないと思う。


 そのため予想外に予定が空いてしまった私としては、別に追い返す程の相手ではない。私は特に何も考えず彼女を迎え入れた。


「何か用? シミュレーターなら貸しませんよ」

「それは残念……というか今回はそれではないわ。面子が揃わんから暇そうな奴を三人探しておる。ここだけの話じゃが……特別課題を見付けたのでな」


 彼女は周囲を気にしてか、小声でそう付け加える。

 特別課題と聞いて、私を含めこの場に居た全員の表情が変わる。ミバリとミカンも噂くらいなら聞いた事があるのだろう。

 私達学院生の間で特別課題と言えば、滅多にない大変お得な儲け話という感覚だ。その上私はそこに新たな知識への欲求もある。知識というのは面倒な物で、金では買えない性質を持つ。特別課題は誰にとってもある程度楽しみに思う存在なのである。


 三人……となると、丁度良くここに居るな。


「あ、えっと、じゃあ私達はこれで……」

「ええ、さようなら」


 ミカンはレンカの話の重要性を察したのか、ミバリを連れてそそくさと立ち上がる。二人は私に対してへこへこと頭を下げながら掲示板の方へと歩いて行った。

 もちろんそれを引き留めたりはしない。必要がないからだ。


 これでこの場に居るのは三人になったな。私から追い返さずとも済んだので助かった。

 ……別に二人に悪印象を抱いているとかそういう話ではなく、仮にも上級生徒であるレンカが持って来る課題に、新入生を参加させるわけにはいかないからである。私達と居たせいでパープルマーカー付けたりしたら、(かえ)って向こうに迷惑だろう。


 レンカは何となくその二人を目で追いつつ、先程までミバリが座っていた椅子の背もたれに体を預ける。


「で、どうする? 前二人というのは(わらわ)としては頼もしいが」

「私とリサは別に用事はないです。ガードナーは?」

「ふむ……まぁいいでしょう。課題を達成するのは生徒としての務めです」


 ……と、言う事なのでこれで面子はレンカを含めて4人となった。リサも頷いているので特に文句はないらしい。これでパーティは決まり……と言いたいところだが、私には一つ疑問が残っていた。


 私は席を立つと彼女の後ろへ視線を投げるが、そこには特に誰も居ない。

 しかし私達は“4人”なのである。一人足りないのだ。これが最初から私達が3人だった場合は気にする事でもないのだが、彼女は5人組である私達を見て“3人”必要だと言っていたのだ。

 つまり、もう一人は既に決まっているはずなのである。


「最後の一人はオウカですか?」

「いや、あやつは試合じゃ。上手い事捕まらんかったし、特別課題は受けるまでに時間を掛けられん」

「……じゃあ研究会の誰か?」

「それも違う。まぁ紹介するでな、付いて来ると良い」


 私の言葉にもリサの言葉にも否定を返すレンカ。

 レンカという事でてっきりオウカと一緒なのだと思っていたが、どうやら違うらしい。

 というよりも、そもそもあの二人は一緒に試合に出ているわけではないのか。レンカの魔法を考えればそこそこあの環境でも通用しそうだし、前衛で戦うオウカとの相性も悪くなさそうだが。


 そして、魔法研究会所属の学院生でもないとなると、副会長のディーンですらない。

 その二人以外のレンカの知り合いをまともに知らない私にはもう、この先に待っているのが誰かというのを想像することもできなかった。


「おーい、丁度良く三人見付けて来たぞ」



 ***



 とある国の一つの都市。城壁で囲まれたその中央にある砦には、豪奢な執務室が置かれていた。


 質のいい絨毯や、美しい柄のカーテンで彩られたその部屋は、主の嗜好を的確に反映している。

 とにかく派手好きで見栄っ張り。部屋の内装は金の力で来客を威圧するためにあるとさえ考えているようだ。他の調度品も迫力がある物ばかりを集めたかのようで、この部屋にいくら掛かったのかは揃えた本人でさえ把握できていない。


 尤も、今彼が相手をしている人物にはまるで効果がないのだが。


 部屋に居るのは太った中年の男と美しい少女の二人だけ。

 他にも空気となってじっとしている使用人と護衛がいるが、この場で許可なく発言できるのは二人だけなのだから、話し合いをしている現在、他の人間は居ないのと同じ事である。少なくとも男の方はそう考えていた。


 男は肉の付いた顎に手を当て、少女の言葉に表情を少し変えて見せる。


「難民の受け入れ、ですかな?」


 男はこの部屋の主の証である椅子には座らず、立って話を聞いている。この都市の支配者として、ある意味異例の事態だ。基本的にこの部屋に彼以上に地位のある人間というのは入ってこない。それ専用の応接室があり、彼からそこへと赴くためだ。もちろん位が低い相手に対し、彼が立って話を聞くこともない。

 そしてその異例の対応をする相手が、年端も行かぬ少女だというのだから、更にその特異性が際立つ。


 頭一つ分は低い少女を相手に、見下すような態度を見せぬようにと距離を取った男は内心でため息を吐いていた。彼女の話が非現実的であると考えていたためだ。

 今日はどう言いくるめようかと考えると、本当にため息が漏れてしまいそうだが、当然それを自分に許すわけにはいかない。


「そうです。何とかなりませんか」

「えぇえぇ、我々も苦心しているのですよ。ですので、難民は可能な限り都市内に保護しています」


 少女はそんな男の言葉を聞くと、造りの良い顔を怒りに歪ませる。こちらは男とは違い、自分の感情を見せる事を躊躇している様子もない。

 尤も、怒り慣れていないのか言葉遣いは丁寧なままだが。


 それを見た男はと言えば、まるで特に気にした様子もない。こちらは慣れたものだ。

 ただ、美形の血筋というのは得だなと関係のない事を少し考えただけである。


 色女を国中から集めて好き放題に子供を作る国王が、今までの歴史で17人。その17代目である国王陛下も無類の女好きであり、目の前の少女も美人の王妃殿下の特徴をその容姿に色濃く受け継いでいる。

 国でも有数の美形が血筋に多くいると、ここまで美しくなるものなのか。そんな一種の感動は覚えるが、彼女の様な若い女には食指の動かぬ男。彼はそれ以上の感情が湧いて来ない。


 できれば王妃の聡明さも受け継いで欲しかったところだが……と不敬な考えを太った腹に抱え込んだ男だが、もちろんその考えはおくびにも出さなかった。

 少女の怒りを否定せず、それでいてどこまで口にしていいかと考えを巡らせる。


「では城壁の外に居るのは何なのですか! 住む場所を追われ、この都市に助けを求めて来た民ではないのですか!」

「そうですなぁ。しかし、我らが国の法では武装解除に応じぬ人間を難民として扱う事が出来ぬのですよ。私はこのような場所で軍事の責任者などやっておりますが、法に関してはまず国王陛下へ申し立てを……」

「そんな悠長な事をしている暇はありません! 今も苦しんでいる民が居るのです。それを助けずして何のための為政者ですか!」


 王女は無駄に豪奢な執務室で声高にそう叫ぶ。

 住む場所も食料もなく、城壁の外側で魔物や蛮族に怯えながら夜を明かす民が一人でもいると考えると、彼女は居ても立っても居られないのである。そしてそれが、自分一人の力でどうにも出来ぬ事であるのが悔しくてたまらない。


 それをどうにかできる人物は、目の前に居る。彼とは調度品の趣味を含めて“合わない”という認識はあるし、あまり長い間会話したい相手ではない。人に対してあまり好き嫌いがないと自覚のある彼女だが、珍しく苦手とさえ感じていた。

 しかしそれでも、彼女は壁の外側の事情を知ると、何度も何度もここへ足を運んではこうして説得を試みていた。


 男はそんな少女の言い分を聞くと、沈痛な面持ちで深く頷いて見せる。もちろん彼女の説得が本当に心に響いたわけではない。


「王女殿下の大変慈悲深いお考え、私も感銘いたしました。今すぐにとは確約できかねますが、彼らの住む場所に関してはどうにか手を打ちましょう」

「……本当ですね?」

「えぇもちろん。殿下のお望みのままに」


 今までに何度も言いくるめられてきた男に対して、不審に思う所はあれど少女はそれ以上何も言う事はなく部屋を後にした。お付きの使用人と護衛がそれに続く。


 扉が閉まって足音も遠ざかると、男は大きく息を吐いて自分の椅子へと腰を下ろした。


「何も知らぬ小娘が……」


 この都市の領主、いや、元領主であるその男は近くに自分の秘書しかいない事を良い事に、堪っていた鬱憤を口に出す。何の意味もなさない行為だが、それでもそうせざるを得なかった。


 彼が王女殿下と呼ぶあの少女は、その言葉の通り現在の国王陛下の実の娘。第一王妃を母に持ち、次代の国王となるであろう第一王子殿下の実姉だ。


 そんな彼女が王都からほど遠いこの都市までやって来ているのは、国王陛下からの直々の命令である。

 彼女はこれから数年後には王族管轄の都市で正式に領主となる予定がある。そのため、彼女が正式に為政者として活動する前に、実務経験を積ませるためにここを訪れたのだ。


 それにより肩書上、彼女以上の権力を持つのは良くないとして、男は一時的に領主の座を降りる事になったのだ。現在は名目上参謀という形で、現領主の王女殿下を補佐している。


 それ自体に文句はない。

 実質的に王族の“指南役”として選ばれたことは光栄であるし、多くの決定権は事実上男が持ったまま。特に警備兵や都市軍の指揮権に彼女は一切関わる事が出来ないのだから、万が一の事態が起きても問題はないはずだ。

 王宮しか知らぬ娘に、都市運営に関しての知識をそれなりに与えればそれで終わる。たったそれだけで金と名誉と地位が簡単に手に入る、これ以上のない臨時収入の様な役割だ。


 しかし、まさかあそこまで箱入り娘だとは知らなかった。

 彼女がここに来てからまだ僅か数ヶ月ではあるが、為政者としては完全に落第だなと男は考えていた。裏でも表でも色々とあくどい事をしてこの都市を発展させた自覚のある男は、為政者は少数を切り捨てる事に何の感慨も持たぬ方がいいと割り切っていた。それが彼女には出来そうもない。


 そして今、この話を受ける前に万が一と考えていた事態が発生していた。

 それは箱入り娘を抱えている現在、想定以上に面倒な事態を引き起こしている。


「まずは蛮族の掃討だな。いざとなればあれを使うか……」


 男は頭を切り替えると、最大の問題の解決へと乗り出す。


 しかし、男は知らなかった。

 少女の悲痛なまでの共感と、その状態が続いた先の行動力を。


 そして、少女もまた知らなかったのだ。

 自分の正しい考えが、なぜ彼に阻まれ続けていたのかという事を。



 リサ、ガードナー、レンカ……そんな少し珍しい面子で新しい課題に続きます。

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[一言] サクラちゃんが嫌いそうな女だ…!
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