第237話 間違い
本話は三話更新の三話目です。
ブックマークから最新話へ飛んだ方は、二つ前の話からお読みください。
常に混雑している生徒準備室と言えど、部屋の隅にはあまり人気がない。
掲示板も購買もなく、ここにあるのはパーティ募集用の待合席だけだ。その上数字が若い募集は部屋の手前側に固まっているので、仮にもイベント開催中の今は非常に閑散としている。
私はその内の一つに腰を下ろすと、リサ以外の生徒に座る様に薦めた。
リサはと言えばガードナーや他の二人を気にしているようで、こちらには加わらず背中を見せる。どうやら他の生徒が寄ってこない様に立っていてくれるらしい。まぁここに彼女の力が必要だとは思わないし、可哀想な事に、私に比べて顔が怖いので役に立つとも思えない。
ここまで無言だったガードナーは一先ず移動が止まったのを確認すると、この場に居る三人にそれぞれ視線を飛ばし、結局私の方に視線を固定。どうやらこの中で私が一番落ち着いていて、事情にも詳しそうだと判断した様子だ。
もしかするとそれ以上に、私が“助けて欲しい”と冗談でも口にしてしまったからなのかもしれないが。
「それで、結局あの騒ぎは何だったんですか?」
「……まぁ、私が一番説明しやすいでしょうね」
ガードナーの質問を受けて、私は詳しい状況の説明を始めた。
何しろ二人の内片方は自分がなぜ非難されているのか分かっていない様子だし、もう一人は私とガードナーに完全に怯えている。これではあの場で何が問題だったのかを説明するのは難しい。
私の状況説明が一先ず“なぜ立ち止まっていたのか”についてまで到達すると、私はそこで一旦話を区切る。
そこから先はまた別の問題なのだから、とりあえずガードナーへの説明はここまでにした方がいい。
私の主張を聞いた彼女は、段々と何かがおかしいという事に気付き始めた無礼な女に向き直る。
「そうですか……あなた達、名前は?」
「え、あ……ミバリ、です。こっちは友達の、えっと、ミカン」
無礼な方の女はガードナーに問い掛けられると、若干自信がなさそうにそう返事をする。どうも“仮の名前”で自己紹介をすることに抵抗があったようだ。
まぁ私にとっては彼女達の名前なんてどうでもいいが、大人しそうな方はやはり友達で正しかったらしい。直前まで制止しようとしていた事からも分かるように、彼女はある程度ここの事情には詳しいのだろう。
……そういえば、もうすぐミカンの季節だな。私は果物を食べる習慣というのが無く、箱どころか袋で買っても余らせてしまう。そのためあまり積極的に買う物でもないのだが、喫茶店のメニューにそろそろ期間限定のトッピングとして添えられるのではないだろうか。
「ミバリさん、このサクラ・キリエさんの話に間違いはありませんか?」
「ない、です……」
「どうして強引に呼び止め……るのはまだいいとしても、許可なく写真なんて……サクラさんが、撮っていいような態度をしていたとか?」
「私がカメラの前で自分からポーズを取るように見える?」
「ですよね……」
ガードナーの指摘がやや怪しいが、それは自分も私を強引に引き留めた事があると思い出したからだろう。まぁそれは今は良い。重要なのはこれが混雑の要因となっていたという点であり、それはつまりガードナーの疑問の解決には至ったと考えて相違ない。
逆に私は、ここまでの話にはまったく興味が無いと言い切れる。私にとってはここからが本題なのである。
ガードナーもまた、この程度の事で私が積極的に彼女の“説教”に付き合う訳がないという事は気付いているだろう。どこか釈然としない表情でこちらの様子を窺っていた。
私はそれを無視し、五人掛けの円卓の反対側に座っている女、ミバリの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、さっきの話の続きなんだけど……私についてあなたは何を知っているの?」
「え? えっと……」
「別に何を言ったって構わないわ。さっきの男もガードナーが怖くてどこかへ行きましたから」
ガードナーは私の話を聞いて、男……? と若干不思議そうにしていたが、残念ながら今から彼を追い駆ける事は出来ないし、そもそも大した事も言っていない。今は別の事に集中してもらおう。
人気のないこの部屋の隅は、喧騒が遠い。ミバリは誰も言葉を口にしなくなった、居心地の悪い沈黙を嫌ってか、ぽつぽつと私の印象について話し始める。
「えっと、呪いのクラスで、教師役を……」
「かなり表現が怪しいけど、そうですね。間違っていません。でも、あなたが知っているのは“それ”じゃないでしょう? 大丈夫、“自分の判断”を信じて」
「ぅ……」
私の言葉を聞いてミバリが僅かに呻く。
ガードナーはどうも私が粗相をしてしまった新人を虐めている様に見えるようで、若干非難の視線を向けている。……少なくともその様に見えるが、そちらは放置でいいだろう。
私が何も言わないのをちらりと見てから、視線をひたすらに左右に振っていた彼女だったが、ついに話の着地点を見付けたのか勢いよく頭を下げる。
「あの、特殊なNPCってネットで書いてあったから……そ、そうじゃないならごめんなさい!」
「……ああ、そういう事」
ガードナーは得心したとばかりに私から視線を外し、その目をミバリへと向けた。彼女はミバリが“なぜあんな事をしたのか”について、その言葉だけで理解が出来たのだろう。
要するに彼女、私が人間ではないと思っていたから見下していたのだ。人を相手にするのに最低限必要な配慮という物が、要らない存在として。
ただし、私は別にそうやって見下されていた事については、最早どうでもいいと考えていた。
普段から多くの“人間様”にそう思われているだろうし、それだけでは気にしない様にしているのだから。
つまり、彼女が謝った事は全くの見当違いであり、ここで重要な問題は他にある。私のそれについて若干理解のあるガードナーも、同じ事を考えていた。
「ミバリさん、あなたは学院生として入学前の注意をしっかりと読みましたか?」
「え? 利用規約とか……?」
「それ以外に大事な文章が書かれていたはずです」
ガードナーの問い掛けに対して、どうやら彼女には心当たりがないらしい。何か不味い事をしたという事だけを理解できているようで、ただただ体を小さくしている。
……私が初めてあれを見たのはいつだったか。
その前に絵筆からの説明を受けていたので特に気にしなかったが、もしかするとショッピングサイトの紹介文だったか。それともアバターの作成をする時に覗いた公式サイト?
まぁ、実際にここへ来てから自然と身に付いてしまった習慣なので、公式からそういった注意書きがあるという事を、私はあまり気にした事もなかったのだが。ロザリーやシーラ先生の影響だろうか。
「そうですか……。ここでは、多くのプレイヤーは“ゲームのプレイヤーとして”振る舞いません。もちろんある程度個人差はありますが、大多数は“この世界の住人として”この作品を遊んでいます」
「……えっと、はい」
「分からないままはいと言わない。……つまりですね、ロールプレイヤーの割合が圧倒的に多いんです。そしてそれは作品のルールとして公式から推奨されています。このゲームを遊んでいるほぼ全員が、お芝居用の劇場で即興のお芝居をしているみたいなものです」
ガードナーの解説を聞いて、ミバリは困惑の表情を見せる。どうもこの作品の特異性が今一つ理解できていないらしい。
いや、話自体は理解しているのかもしれないが、それが今の状況とどう繋がるのか分かっていないという所か。
「皆でお芝居をしている中、あなたは登場人物に向かって“これはスピーカーで喋る案山子だ”と言ったわけです。芝居の中で役割を持っている登場人物に、です。その発言の正否はともかく、お芝居はどうなりますか?」
「……話の流れが、おかしくなる?」
「そうね。別の言い方だと、“白ける”って事よ」
「あ……」
私の指摘を耳に入れ、ようやく話が理解できたのか、ミバリは間抜けな表情で口を開けた。
男の言った事や私がここに連れて来た理由、ガードナーがそれとなく諭そうとしている意味。それらがようやく線で繋がった。
訂正を聞かせるなら今だろう。こちらがより大きな問題として捉えられたくなかったので黙っていたが。
「ちなみに私はあなたと同じプレイヤーだから、話の正否でも間違っているわ。未成年用のアカウントを使っているあなたよりも年上のね」
「え!? だ、だって、掲示板ではクソ雑魚の幼女キャラって……」
「は? 雑魚?」
「い、いえ! なんでも!」
……NPC疑惑はともかく、雑魚とは何だ雑魚とは。どこの誰だそんな事を言っている奴は。
尤も、ここでいくら怒って指摘しても、彼女もまたどこかで誰かから聞いただけなのだろうから仕方ない事ではあるのだが。
私は彼女の失言にため息を吐くと、ここまで来て一度も口を開いていない女に視線を向ける。
「あなたも、この子の友達なら基本的な事は教えてあげなさい。恥をかくのはこの子なのよ」
「は、はぃ……すみません……」
「まぁとにかく色々と特殊な作品です。他の場所では気にしない事をここでだけ気にする人も居ます。少なくとも“そう考える人が多数派”である事は知っておいてください。自分がトラブルを起こさないためにも」
ガードナーのその言葉に、二人はそれぞれ肯定の言葉を返したのだった。
昨日は休載してしまい申し訳ありません。
今日は代わりに複数話更新となりました。
***以下、本編についての話 読み飛ばし可***
試合編は一時中断となり、ここからまた別の話が一つ始まります。この三話を含め、イベント期間中のある一日の話です。これからの話もそこそこ長いかもしれませんが、まだ一戦やりたい事があるのでイベントは終わってません。もちろん、書き終わった後にこの話飛ばしていいかなと思ったら飛ばすと思いますが。
試合はただただ人と争うという形なので、あまり連続させるのも良くないかなと思い、こういった形に変えました。本来はもう一戦やってから試合の裏のあれこれ……となる予定でしたが、トップ層以外はイベント中だからと言ってイベントばっかり走ってるわけじゃないですからね。普通に魔法世界を攻略している生徒も研究している生徒もいます。
これから始まるのは、サクラ視点のそんな一日です。




