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第21話 徒労の湿地

 迫り来る毒牙を見た私の判断は、いつになく早かった。


 泥まみれになりながら、何とか身を低くして大蛇の牙から逃れる。私史上最速の行動だったかもしれない。見た目はいつも通り転んだだけだが、自分から転んだのでこれはオッケー。

 それでも、髪の毛が軽く引っ張られた様に感じたのは、おそらくは気の所為ではないだろう。


 素早く起き上がるか、それとも這ってでも逃げた方がいいのか。

 それを判断するために大蛇を見れば、丁度彼の次の標的が決まったところだった。


 続く大蛇の攻撃は、何と自分の体へと向かっていたのである。

 体をくねらせて自分の体に噛み付いてる。この突然の自傷行為は、さっき使った混乱状態の効果だ。


 混乱状態。それは敵味方の区別なく襲い掛かる様になる状態異常。

 そこにターゲットの変遷パターンやらヘイト値やらの概念は存在しない。つまり狙う相手は完全ランダム。理屈の上では突然私が狙われても何らおかしくはないのだ。一人プレイでは気付けなかったが、これは意外に……。

 私の小さな体で突然の攻撃に毎回適切に対応しろというのは無理がある。もしかするとしっかりとした壁役のいない戦闘では、混乱は避けた方がいいのかもしれない。


 私は泥の中から体を起こし、一つの魔法を使う。それと同時に周囲は黒い霧に包まれていった。


 これは暗闇の霧。魔法視で魔物の位置を確認すると、しっかりと混乱と暗闇の二つが入っているのが見える。

 暗闇は近くにいるとしっかり見える残念仕様だが、距離を取って混乱やら恐怖やら思考に影響する状態異常と合わせればそれなりに足止めができる。ただ、混乱の持続時間は恐怖に比べると短いので、今回はあまり長くは持たないか。


 そうしてようやく余裕が出てきた所で、リサが泥を蹴りながら駆けてきた。

 この湿地でどうしてそうも機敏に動けるのか。靴か? 靴が違うのだろうか。


「大丈夫?」

「……ところで、あれは標的ではないのですよね」


 死んでいないので大丈夫。しかし大丈夫かどうかと問われると、泥塗れの服を着替えに戻りたいと言いたくなるので、返事の代わりに一つ気になっていた質問を返した。


 私の質問に彼女は小さく頷く。どうやらやはり、これはセンキではないらしい。何となく察していたとはいえ、早めに言って欲しかったよね。


「ではさっさと本来の標的を探しましょう。あれは放っておいて」

「あ、ちょっと」


 私は軽く泥を払いながら、霧の中で見えない何か、もしかすると自分自身と戦っている大蛇に背を向ける。

 あんなのと延々と戦っていられない。私はこのフィールドの適正レベルを大きく下回っているのだ。さっさとセンキとやらを探さなくてはならない。


 その後、私達はセンキを探して湿地帯を歩き続けた。

 大蛇、河童、蛙など様々な魔物が登場するが、一向にセンキの姿はない。外れが出る度に昏睡や麻痺、暗闇を撒いて逃げているので、ここに来てからほとんど全てが探索時間。


「呪術便利ね……」

「……もしかして、私の事虫よけスプレーか何かだと思ってませんか」


 リサから妙な評価を貰いつつ、私達は諦めずに歩みを進める。

 経験値もアイテムも獲得できない旅だが、そんなところに経験値効率を求める私ではない。そもそも相方がレベルキャップに到達しているという事を考えれば、とにかく今は標的を探すのが先決だろう。


 私は幾度目かの麻痺の魔法を使い終え、河童に背を向けて歩き出した。

 その時。衝撃の様なものが足元を駆け抜ける。


 思わず足を取られて転びそうになるが、すぐ隣のリサが手を取って今度は事なきを得た。

 泥の足場だから分かりにくいが、大きく地面が揺れている。これはもしや……


「来たわよ」


 彼女の視線の先には大きな山。

 草の陰に天辺だけがちらりと見えている。それが僅かに動く度、大地がそれと共鳴するように揺れ動く。


 異変はそれだけではなかった。

 突然足元が冷えだしたのだ。何事かと見れば、泥の上を綺麗な水が流れている。今まではずっと流れのない淀んだ泥沼で、もちろん川の様な地形ではなかった。

 泥を押し流して突き進む清水、その源は揺れ動く山の麓。


 そして何度目かの振動が起きた時、それはぬっと顔を出した。


 老人の様な長い髭は、苔のような美しい緑色。長い首は皺だらけだ。

 大きな足で体を支えており、山のような背中の甲羅からは絶え間なく美しい水が湧き出ている。


 亀の化け物。そう呼ぶのは少し憚られる。

 そういった見た目をしているのは間違いないのだが、瞳は黒く輝き、他の魔物にはない“優しさ”や“知恵”のような物か垣間見えた。これは他の魔物とは何かが違う。見ただけでそう思わせる。……もしかすると単に大きいからかもしれないが。


「これが、センキ」


 センキ、センキ……そう口の中で何度か言葉を転がし、私はようやく思い至る。

 センは仙人の(せん)、キは(かめ)の事か。つまり仙人亀。

 言われてみれば、そう呼ばれるのが当然のような見た目をしている。


 見た目通り彼の行動は温厚そのそのもので、やや狂気的な笑みすら浮かべて武器を構えるリサを前にしても、のしのしと我が道を歩むばかりである。

 魔法視で確認しても青判定。つまり友好的な存在という事だ。……これを殴って記録出してたのか。野蛮……。


「ちなみに、これがどうして最大ダメージ出すのに有効なんですか?」

「弱点って知ってる?」


 どう見ても防御力が高そうだが。そう思ってしまった私の質問に、リサは上機嫌で答えてくれた。

 おそらく発見さえすれば急ぐ必要のない相手なのだろう。見た限り動きはかなり鈍いし、私達を見ても敵対どころか逃げ出すこともしない。余裕があるのは確かそうだ。


 リサの話では、この世界の魔物には弱点部位というものが存在するらしい。

 動物型の場合は頭や首、腹、そして背中。それらのどこを武器で殴るかによって攻撃の威力が増減する。

 その中で威力が上昇する部位を弱点部位と呼んでいるのだ。頭や首が大抵の生き物に共通する弱点だ。ちなみにもちろん私達人間にもある。実は頭よりも首の方がダメージ倍率が高いのだとか。


 そしてその弱点にもいくつか種類があり、リサの話によればその中でも大弱点と呼ばれる部分はダメージ計算式自体が変わるという。

 それは防御力の無視。相手の防御力を0として計算するので、結果的に凄まじい威力が出せる。

 しかしこの大弱点を持っている敵というのが、挑戦回数が限られる一部のボスばかりらしいのだ。


 そこまで聞いて私は納得した。

 こいつは明らかに他の魔物と違う。つまりこれが、特殊なボスとしての扱いなのだろう。


 そうなると、その強さも別格として設定されている可能性は高かった。


「もしかして、毎回ダメージチャレンジはこれに挑んで死んでるんですか?」

「そう言う事。調査課題を受けてないと出会えないレアモンスターだけど、大弱点持ちだからずっと倒さず挑んでるのよ。まぁそもそも私の実力じゃ普通に勝てないってのもあるけどね。さ、ちゃちゃっとやっちゃいましょう」

「……じゃ、行きましょうか」


 聞きたいことはまだいくつかあるが、それは事が終わった後でもいいだろう。これが終わった後は、課題に協力してもらう約束になっている。時間はまだあるはずだ。


 とりあえず毒からでいいかな。効果時間もそこそこ長いので、状態異常をひたすらに重ねる初手としては優秀だろう。

 私はなんでこいつ友好的なんだろうなと少し考えつつ魔法を詠唱する。レベル上限にたどり着いている彼女が、こいつを倒せないという情報を特に吟味せずに。


 片目で魔法視、もう片方で狙いを定める。後者は的が大きいのであまり意識する必要はないかもしれないが、魔法視で見ていて敵の攻撃を避けられないという事態が頻発しているのでそちらの対策でもある。


 そして肝心の魔法の方だが、影響力150の毒魔法は一切の効果を発揮せずに消えて行った。あれ? 当たった……よね?

 あまりに効果が無かったためか、センキは敵対すらしていない。未だに友好的な青状態だ。


「……毒は1.2倍って言ってませんでしたか?」

「はぁ? こいつ相手に試すわけないでしょ。探すの大変なんだから」


 ……それもそうか。とにかく、この敵は毒は完全無効のようだ。まぁ7種類すべての状態異常を使う必要は特にない。他のが通用すればいいのだ。


 私は続いて麻痺を使う。こちらは通った。通ったのだが……


「これは、3割……いや2割かな」


 えー、これが2割ってことは麻痺耐性5倍……かなり高い。影響力100のこの魔法を5,6回使わないと通らない計算だ。


 ほんの僅かとは言え影響力が通ったためか、魔法視のオーラが青から赤へと変わる。しかし見た目通りその動きは緩慢で、とても攻撃をしてきそうには見えなかった。

 もしや攻撃が弱すぎて警戒しているだけ、という事だろうか。何はともあれこちらとしてはありがたい。


 続いて私は昏睡、混乱、恐怖、暗闇、封印と持ってきた状態異常魔法のすべてを使っていく。


 結果、判明したこの魔物の状態異常耐性は、昏睡無効、恐怖無効、混乱無効、暗闇2倍、封印無効。

 ……等倍で一つも入らない所の騒ぎじゃないぞこれ。


 難しい顔で何度も魔法を使っていく私を見て、待ち切れなくなったのかリサが私の顔を覗き込む。


「……そろそろ準備終わりそう?」

「……ダメですね」

「は?」

「この敵、最大二つまでしか状態異常が入りません」


 こういう話は素直に話さなければいけないだろう。

 状態異常の威力上昇でダメージを与える作戦は、この敵には通用しないという事を。


 そしてあなたの所持金のほとんどを賭けた作戦は、始まる前の準備から失敗に終わってしまったのだと。


 うん。呪術師、やっぱり弱かったね。



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