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第235話 世間話

 ここ数日、何となくで試合に出る毎日であったが、今日の予定は少し違っていた。

 そもそも例の三人組と私の直接対決が現実的でなくなってからは、本当に何の目的もなく試合に参加していただけなのだが、今日はなぜかロザリーもコーディリアも他に用事があるらしい。なんでも何か調べたい事があるのだとか何とか。二人揃ってというのは、よくあるような珍しいような。

 ティファニーもそれに付き合っているらしく、私とリサは二人で取り残されていたのだった。


 この二人で試合に行くという気分にもなれず、私達は準備室で課題を見上げながらぼんやりと会話を続ける。


「……それで昨日あれから色々と買ったんだけど、結局大きい固形物には一切手を付けなかったのよね」

「でしょうね。見るからに口も歯もありませんでしたし。というかそもそも食事するんですか、あの毛玉」


 リサとの共通の話題というのは、私にはあまりない。顔には出さないが、向こうも話題には実は苦労しているのかも。

 いつもはロザリーについての話だったり課題や装備についての話をぽつぽつ話す程度なのだが、幸い今日は話す事については困っていなかった。


 昨日購入したお互いのペット(?)について、一晩経った今日はある程度報告し合う事が出来たのである。

 彼女は昨日購入した空飛ぶ毛玉に“ふわりん”という何とも安直な名前を付け、それ専用の餌を色々と探していたらしい。少し不貞腐れたロザリーと、もう一度学院を出て行ったのにはそんな理由があったのだ。

 ちなみにあの毛玉、寮の部屋で籠から解放するとそれなりに元気に飛び回っていたそうだ。あんなのでも一応生き物という事か。


 しかし、昨日シルクも言っていたように、何を食べるのかがよく分からない。

 ふわりんを殺したくなかったリサは街中を駆け巡り、食料品店から餌になりそうなあらゆる物を買い揃えたのだとか。なんともご苦労な事だ……と嘲笑する事は出来ない。今となっては私も他人事ではないのだから。


「それで困ったから部屋中に食べ物置いて一晩放っておいたのよ。起きた時何の食べ物が減ってたか分かる?」

「……え、結局何を食べるのかは分かったんですか。一応聞きますけど、水とかではないんですね」

「水も減ってたけど、それ以外。あれは蒸発したのか飲んだのかよく分からないし……」


 うーむ……あのサイズ感と質量、そして何より見た目から考えて、能動的な捕食者ではないはずだ。あれに襲い掛かられて生き物が死ぬという光景が思い浮かばないし。では植物の実や葉を食べるのかと考えても、今一つピンと来ない。硬い歯などとてもありそうもないしな。

 そうなると、残った選択肢は樹液や花の蜜くらいか。

 私の動物の食性についての知識では、あの毛玉はそれらを食べている可能性が高いように思える。これじゃなかったらもうプランクトンくらいしか思いつかないが、流石にこれは餌として店に売られていないはずだ。


 そして、店で売っていても不自然じゃない、花の蜜や樹液に相当する食べ物と言えばあれしかないだろう。


「……ゼリーとか?」

「不正解」


 私が懸命に頭を回転させて導き出した答えを聞いて、リサは勝ち誇ったように笑みを見せた。

 そこそこ自信があったので何となく釈然としない感情を胸に抱き、それを吐き出すように私は小さく嘆息して見せた。お手上げだ。これ以上考えても何も思い付きそうもない。


「正解は?」

「小麦粉」

「……は?」


 話の結論を急かした結果、完全に予想外の単語が返って来る。思わず私は彼女の顔をまじまじと見上げる。

 その表情から察するに、どうやら冗談の類ではないらしい。本当に部屋に置いていた小麦粉の袋から、中身が減っていたのだとか。


 ……小麦粉を食べる生き物って何だ。もしかして人間か?

 いや、それを食べるか否かではなく、そもそも人間の作った加工品を食べるなら自然界では何を食べているのだろうか。


 私があまりに不思議な食性に混乱している隣で、リサは更に衝撃的な事実を口にする。


「それだけじゃなくて、一緒に置いてあった砂糖なんかも減ってたの。クッキーを食べた形跡はないのにね。どうもふわりん、白い粉状の物しか食べないみたい。今日は小麦粉と砂糖と塩置いてみたわ。どれを食べるかしら」

「……何なんですか、その生き物」

「さぁ? 可愛いから何でもいいのよ」


 砂糖も小麦粉も人間の加工品で、その歴史は生き物の進化の速度に比べて圧倒的に浅いはず。他にも食料がある空間で、粉だけを好んで食べる生き物? 一体何なんだそれは。

 見た目もそうだが食性まで意味が分からないとは。小麦と砂糖ということは一応草食……なのだろうか。

 ……本当に白い粉を食べるのだとすると、重曹なんかも食べるかもしれない。実験……は許してくれないだろうな。それに病死しても責任が持てん。


「あ! あれ、ほら! あれ見て!」

「……ん?」


 私達がふわりんの謎の生態について話し合っていると、背後で絶叫に近い声が響く。女の声なのは確かだが、何かに喜んでいる様にも慌てている様にも聞こえる声色。

 リサはそれに反応して何事かと後ろを振り向いたが、私はどうせ自分には関係ない事なのだろうと思って視線も向けない。大方聖女でも準備室にやって来たのだろう。これはそういった類の喧騒であり、別にあの女の顔を一目見たいと思う事もない。


 しかしそれから続く言葉を聞いて、私はそんな自分の予想が外れていた事に気が付いたのだ。


「あれでしょ、サクラちゃん! あの有名な! 話しかけてみようよ!」

「え、えっとね、その……あ、ちょ、ちょっと待って……!」


 ……もしや今、私は名前を呼ばれたのだろうか。面倒だな。ここで振り向くのも何だか妙な気がするし、この場を離れるのも逃げ出すようで気に入らない。

 しかし、そちらをばっちり確認しているリサの表情を見れば、碌な展開ではない事は察する事が出来た。ますます面倒そうである。


 声からして私に気が付いたのは女子生徒二人組。一人は先程から聞こえている大声の主だが、彼女の声に驚いた他の生徒が静まったため、もう一人が制止しているのも耳に入る。

 私は一先ず彼女らを無視する事に決め、視線をリサから課題の掲示板へと戻した。


「こんにちは、サクラちゃん!」

「……」


 ……尤も、その程度で諦めるような奴ではなかったのだが。


 名前を呼んでも私に反応が無いと見ると、彼女は態々こちらの正面に回り込み、しゃがみ込んで私と視線を合わせる。

 それはまるで子供と接するような振る舞いだが、確かに身長差だけ見ればそうした方がいいように見えるのだろうな。


 目の前の女は腰を曲げて私と視線を合わせているが、その姿勢からでも身長の高さが窺えた。私と比べずとも長身で、手足が長い。萌の言う所の、シンプルな服が似合う女の背格好。

 ただし、表情の作り方が子供っぽい。喋り方からもその能天気さが感じ取れるが、こちらは私を馬鹿にしているのかも。……判断が付かないな。


 私は無理矢理に視界に入って来た彼女を一瞥すると、彼女が私に話しかける直前で置いて行かれたもう一人の女に視線を向ける。

 二本の三つ編みにベレー帽。あからさまに子供っぽい目の前の女に比べて大人しめに見え、こっちの行動を見てわたわたと慌てている様子。止めようかどうかを迷っているというよりは、どうしようかとただただ混乱しているようだ。


 ……まぁ、相手にする義理はないな。


 私はその二人に何も告げる事無く、踵を返して出口へと向かう。

 リサには悪いが、今日は研究の日にするとしよう。やる事は課題以外にも無限にあるのだから。そもそも目ぼしい課題もないからこそああして駄弁(だべ)っていたわけだし。


 しかし、そんな私の歩みは道半ばで止まってしまう。呼び止められたわけではない。肩や腕を掴まれたわけでもない。

 制服の襟に手がかかったのだ。自分の慣性とネクタイに締め上げられ、短く息が漏れる。

 そんな乱暴な引き留め方をしたのは、もちろん彼女……。


「ちょっと、何で無視するのさ」

「……人違いです」


 私は今まで一度も効果を発揮した事のない言葉を口にし、やはり今回も意味がないのだろうなと内心ため息を吐いた。



 こちら、本日三話更新の一話目です。

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