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第234話 ペットの噂

 暗い部屋の中でベッドから小柄な少女がむくりと起き上がる。頭をほぼ完全に覆うヘルメット型のVRマシンを頭から外した彼女は、数年前に買ったその“最新機種”をやや乱雑に放り出した。


 数時間振りに動き出した部屋の主に気付いた照明は、寝起きの彼女を気遣うように柔らかな明かりを点す。

 優しい光に照らされた部屋には、様々な種類の端末や脱ぎ散らかされた服、食べたままになっているお菓子の袋などが散らばっている。ゲーム用のコンシューマー機なんて今時珍しい物まで置いてあることからも、彼女の趣味が窺える。


 そんな自室で起き上がった絵筆は、体の各所に取り付けていたセンサを取り外して大きく息を吐いた。VRへ接続する時や、反対に切断する時は体が揺さぶられるような感覚がするが、彼女にとっては慣れたものだ。

 彼女はそのままいつも通りにパソコンを立ち上げた。

 主の行動を十分に学習した端末は起動の命令を受けると、普段からよく閲覧するページを自動的に開いて見せる。


 絵筆は賢者の花冠(はなかんむり)の攻略掲示板が表示された事を確認すると、そのままキーボードで検索ワードを入力した。


 その行動もまたいつも通り……というわけではない。いつもは掲示板の中で最も賑わっている部屋から覗くので、検索なんてする必要はない。これを使うのは調べ物がある時だけだ。

 その上キーを叩く指先には少しばかり力が入っており、表情もやや険しい。


 もちろんいつも通りではない事には理由があった。

 彼女は今、簡単に言えば拗ねているのである。


 ロザリアが試合で生き残り、やや姑息な事をしつつも順位を上げていたその頃、残りのメンバーは揃って買い物に出ていた。そして“4人”で買い物を楽しんだのだという。


 それが彼女には面白くなかったのだ。

 買った物の話を聞いてみても、コーディリアの物以外は中々に価値のありそうな品だったらしい。

 そんな面白そうな催しで置いて行かれた事が、ほんの少し気に入らない。


 尤も、居ないロザリーへとコーディリアからは多少のお土産があったし、リサは他にも欲しい物があるからと言って、試合が終わった後に彼女ともう一度生き物市に付き合ってくれた。


 買い物にロザリアがいなかったのは、別に仲間外れにされているわけではなく、単純にタイミングが合わなかっただけ。

 彼女が乱入込みで偶々コーディリアに勝つ事が出来、その後も逃げ(おお)せたあの試合。それとティファニーが彼女達を待ち構えていた時間が偶然被ってしまっただけの事。


 コーディリアと一緒に脱落していれば、まず間違いなく彼女にもお誘いが来ていた事だろう。


 それは彼女も分かっているのだ。

 しかし彼女は、そんな理屈で機嫌が直る程に単純な精神をしていない。そしてその上、彼女らに言いたい文句も思い浮かばない。それが逆にもどかしい。


 彼女自身、生き物市という単語だけを聞かされても特に興味を惹かれなかっただろう。例え4人があそこで待っていたとしても、ロザリアがティファニーに付いて行ったかすら少し怪しい。

 そのためこの鬱憤は、単純に、自分の知らない所で自分の知らない事を楽しんでいた事が羨ましいというだけの話なのである。


 そして現在。

 それをある程度自覚しているからこそ、彼女はこうして調べ物を始めたのだった。自分を置いて行った彼女らも知らない情報を手に入れ、明日得意げに自慢するために。


 徐々に強まる部屋の明かりに照らされた机の上、掲示板の検索結果が画面に表示される。

 しかしその内容は、彼女が満足できる程のものではなかった。


 生き物市について、今はまだ専用のページも作られていない。そもそもあの小さな市場自体、学院生にとってはあまり馴染みのない物だし、そこで行われる学院と関係のない催しなんて、さほど注目されていない……というより知らない人が大半なのだ。

 僅かに検索で引っかかったのは、経営学を学ぶ学院生が集まった雑談部屋。生き物市について最も語られていると思しきその場所でも、かなり散発的な書き込みばかりだった。


 それでも流石にイベント当日であった今日だけは、そこそこにその話題で賑わっている様子でもあった。

 絵筆は掲示板の中にある雑談部屋を開くと、それらしき部分までコメントを戻し、そこから順に流し見て行く。


『いやー、武器には自信あったんだけど、試合は勝てん

 ガラス姫にざっくりされて死にもうした』


『やっぱ何だかんだ言っても、対人戦の基本の高速火力型が強いよな

 そういう武器防具が売れる売れる』


『自分より装備が悪いって雑魚は、クレーム入れつつ沢山買ってくれるからもっと増えろ』


『実は今回のイベント、一番盛り上がったの経営の学院生では?

 今日は特にそれだけじゃなかったし』


『生き物市も今回は結構盛り上がってたな

 今まで市場でのイベントって大した事やってなかったけど、何か今回だけ特別大きかった印象』


『市場って学院の裏にあるあれでしょ?

 イベントなんてやったことあるの?』


『今回は特に生徒の出店も多かったし、もしかすると学院生の店の品揃えに比例して規模も大きくなるのかも?

 今までのイベント市って、満腹度がない上にまともな調理器具もない食料品系とか、最初期だったせいで経営学の生徒も商品も少なかった装備系とか、生徒の参加率が微妙なのばっかりだったじゃん』


『生き物市もそんなに変わらなくね?』


『いや、動物は意外に飼ってる奴多い

 学院の周りとか合宿場とかでリスみたいな小動物が罠で捕まえられるって話が流れて、実際に試した人多かったし

 あと部屋が寂しいってんで花瓶にその辺の花とか生ける人も居るしな』


『花はともかく動物は普通に知らんかったわ

 ペットってどんな感じなの?

 捕獲して売れるだけなら単価安そうだけど、小遣い稼ぎにはなる感じ?』


『私は今回事前に準備してから店出したけど、人数居ないなら止めた方がいいと思う

 そこら辺に沢山居る動物は値が付かないし、珍しいやつはかなり高くなるけど滅多に捕まらないから、捕まえる努力に見合ってるかって言うと微妙……

 あと、捕まえて手元に置いておくだけで維持費がかかるから、捕まえる時間と手間がどうにかなっても……って感じ』


『維持費って餌代とか?

 ドッグフードみたいなのケージに入れておけばいいの?』


『普通にペット飼いたいんだけど、何か特別な物必要だったりする?』


『餌は動物の種類による

 ゲームによくある“ペット用の餌”みたいな万能アイテムはなくて、その種類の動物が食べる餌(果物とか肉とか)を食料品店から買ってこないと駄目

 あとトイレに自動洗浄機能があるんだけど、魔力缶を入れないと動かないとか、他にも意外な所で結構費用がかさむ

 地味にきついのはケージで、動物を一匹売るのに絶対一個は必要なんだけど、これがその辺の店で買うとめっちゃ高い

 今回は頑張って動物系で出店してみたけど、生き物市で売上出すなら山で花摘んで花束作るのが最高効率な気がする』


『うーん、儲からなさそう』


『でもNPCの店とか見ると結構な値段の動物多いんだよねぇ……

 だから多分必要なのは、手間とか時間じゃなくて高く売れる動物の知識なんじゃないかなぁ

 あ、動物を他所から買う時は気を付けてね

 その個体を捕獲した土地じゃないと逃がしてあげられないから、行商から買った動物は飼えなくなった時に譲渡先が無いと安楽死しか選択肢がなくなるっぽい』


『え、嘘じゃん

 あの世界ペットって死ぬん?』


『そりゃ殺したら死ぬだろ

 寿命があるのかはよく分かってないけど』


『俺、リリース直後くらいにデカいトンボ捕まえて部屋で飼ってたけど、あいつ1週間くらいで死んだな

 一応餌とか衛生とかには気を遣ってたし、ステータスにも変な所なかったからあれ寿命だったんだと思う』


『いやでも、動物と虫は違うじゃん?』


『あ、寿命で思い出したんだけど、私、街で拾った捨て犬が大きくなったとか言ってる写真見た事ある

 成長するって事は動物も普通に年取るんじゃない?』


『うーん……死ぬ説濃厚か……

 でも犬なら15年とか生きるし、その前にこのゲームサービス終わるくない?』


『実際には4倍速だから、4年くらいだな』


『うわ、微妙に続きそうな年数になった……

 どーしよ、私4年一緒に過ごした犬が老衰で死んだら二度と立ち直れないかも』


「……碌な情報がないな」


 絵筆は生き物市の話題が始まった辺りから最新の書き込みまで目を通し、やや期待外れな話に落胆する。

 しかし他の場所では更に望み薄なのだ。ここには参加者も何人か居るようだし、少なくとも他の部屋の利用者よりも情報を持っていそうなのは確か。


 そう判断した彼女は、キーボードで軽やかに文字を入力していく。

 送信ボタンをクリックするのとほぼ同時に、最新の書き込みが更新された。


『生き物市になんか変な生き物いなかったか?

 空飛ぶ毛玉みたいなの見たんだけど』


『なんか長生きな動物って居ないかなぁ……』


『あの世界基準で変な生き物かどうかは知らないけど、小さいドラゴンなら見たなぁ

 生徒が買ってたの偶々見たんだけど、あれ凄い値段だったよ』


『魔物とかではなく、普通に動物として居るんか、ドラゴン』


『ドラゴン飼えるってマジ?

 どんな見た目だった?』


『黒い体に大きな羽があって、足が二本

 あと尻尾が細長くて、先がちょっと歪なハートマークみたいな?』


『ワイバーン型か……これ、ドラゴンライダーの未来見えたのでは?』


『普通の動物、魔法世界に連れて行けねぇだろ』


『洞窟で死にそう』


『ドラゴンを魔法体にする技術があるかもしれないだろ!』


『それだ! 魔法体ならペットも成長と老いから解放できるのでは……?』


『ペットシステムにそんな重要な事隠されてるわけないだろ

 もしそうだったら告知やらヘルプやらに書いてある』


『……確かにそうかも』


『いや、ペットについての話はヘルプには書いてあるんだけどな

 確か、ペットは大切な家族としても有益だから、自分で管理できる範囲なら飼ってもいい……みたいなこと』


『いや、それただの学生寮の規約では……?』


『直接魔法体にするわけじゃないけど、ペットをそのままのモデルで召喚体にすることはできるらしいよ

 一部の人はモデル目的で飼ってるっぽいし』


『そういや召喚体って乗れるの?』


「ドラゴンかぁ……」


 絵筆は貴重な生き物についての情報から話題が逸れた事を感じ取り、書き込みから目線を外す。一先ず次の検索ワードは決まった。

 とりあえず話に出て来たドラゴンについて、他の部屋に書き込みがないかを調べるよう。それだけ目立つ見た目なら、他にも目撃者がいたり本人が情報を残していたりするかもしれない。


 そう決断した彼女の表情は、完全に未知への興味で染まっている。既に自身が“どうしてこんな事を調べ始めたのか”については、すっかり忘れている様子だった。



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