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第230話 生き物の店

 ここまで読んできてくれた方には要らないかもしれないけど、一応注意書き。


 虫注意です。虫が苦手な方はここに出て来たワードを、怖いもの見たさで検索しない事をお勧めします。

 おそらく今まで以上にショッキングな、虫の体についての表現が含まれます。文章だけでもダメという場合は、今回の話を読み飛ばしても大丈夫です。本筋にはあまり関係しません。所謂日常回です。

 ティファニーの言う通り、この街自体はあまり大きくない。そもそも名称でも、市場としか呼ばれていない辺りにその規模感が窺える。

 規模が小さい代わりに活気も人通りもあるのだが、学院生の姿はあまり見られなかった。皆無というわけではないので時折すれ違う事はあれど、彼らは商品の吟味に夢中でこちらを見ようともしなかった。


 私は魔法の石と名付けられていた、どう見てもただの石にしか見えない鉱石を屋台のおじさんに返し、先に進んでいたティファニー達の後を追う。

 ちなみに何が魔法なのかと聞いてみた所、木槌でも壊れない頑丈さなのに、腹巻の中に入れておくといつの間にか粉々に砕けてしまっているのが不思議なのだとか。あまり数がないようで、実演はしてくれなかった。


 それからも建ち並ぶ屋台を冷やかしつつ進んでいくと、すぐに港までたどり着く。

 見渡す限りの大海原……というには少々船舶で混雑しているが、それでも室内にはない潮風と開放感が感じられる。最近は海は海でも、雲海の下へと落ちないように戦っているので、塩水に浮かんだ陸地であるという実感が逆に安心感を抱かせた。

 ……学生街の港とはまた違った景色だな。


 普段からここの光景を見慣れているらしいティファニーは、その景色に感動する事もなくコーディリアの手を引いて丁字路を右へ曲がる。市場はこの港から続く何本かの通りに沿うようにある様で、完全に物見遊山気分の私とリサは黙って彼女の案内に従った。

 コーディリアは目的の生き物市を真剣に探しているし、ティファニーもそんな彼女の手の感触を楽しみつつ布地を探している様子。特に大した目的もないのは私達だけである。


 それから、本当に色々と売っている品揃えを確認しつつ市場を歩いていると、ここに来てからずっと落ち着かない様に首を忙しなく動かしていたコーディリアが、突然視線を正面に固定した。


「鳴き声……」


 小さな、しかしそれでいて綺麗でよく通る呟きは、喧騒の中でもしっかりと私達の耳に入る。

 一体何の事だと耳を澄ませると、確かに商売人の威勢のいい啖呵に混じってケーンという何かの鳴き声が遠くから響いていた。これ何の鳴き声だったか……(きじ)


 私はいつか“雉も鳴かずば……”という慣用句だかことわざだかが気になって調べた動画を思い出す。あの色鮮やかな鳥の事を咄嗟に思い出してしまったが、ここで聞くこの鳴き声はどうもどこか調子外れのような気もするな……。


 まぁそれはともかく、ようやく生き物市らしき情報を掴んだ私達は鳴き声のする方へと歩みを進めたのだった。


 そこは市場の中でも一際広い場所であった。

 背の高い宿や店舗は見当たらず、広い四角形の広場に屋台が雑多に並んでいる。屋根と壁の代わりに空を占有しているのは背の高い旗の数々だ。どうやら各屋台が広告として巨大な(のぼり)を設置しているらしい。


 その並べられた屋台の商品は大小様々な檻……そして、その中に居る動物達であった。

 他にも飼育に必要なのであろうケースや餌、一応生き物分類として扱われているらしい植物など、今までの屋台群とは明らかにその様相が異なっている。


 ……VRや動物愛護法の影響で、ペットショップやブリーダーという職業がほぼ全滅して久しい現代。それこそ人気の甲虫や魚などは例外だが、獣がこうして狭い檻に閉じ込められているというのはあまり馴染みのない光景だ。

 ここへ来るまでの船旅で弱っているのか、威嚇したり暴れたりという動物は少数派。時折周囲を見回す程度で、大抵は眠ったように落ち着いている様子だ。


 動物からすれば快適とは程遠い状況に見えるが、それを見ても意外に何とも思わない物なんだな。どうにも可哀想という感想と今の光景がうまく結び付かない。一見すると人間で賑わっているからだろうか。それとも私が変なのか。

 今も、小さな子供が父親に向かって小動物をせがんでいる。


 ……ん? よく見ればあれ、呪術科のギレット先生じゃないか? あの人結婚して子供まで居たんだ……。


 あ、いや、彼も現代魔法使いの一人として、肉体は魔法体のはず。この体にとっての性行為は完全に娯楽でしかないはずなので、あの子は彼の直接的な子供ではない可能性の方が高いのか。

 そうなると養子か連れ子か……それともそもそも独身で子供がおらず、まったくの他人なのか。


 私はそんな勝手な想像にとりあえず満足すると、彼からすぐに視線を外す。そんな事より、私にははぐれないか心配な人物がいるのである。そしてそれは的外れな心配ではなかった。

 彼女にしては大変珍しい事に、自主的に人込みの中へと突撃している小さな後ろ姿を見付け、私はそれを見失わない様にと先を急ぐ。


「わぁ! すごいですね! この子!」

「うわっ……こ、これは流石にちょっと……」


 意外に小動物などの可愛らし気な動物に惹かれている様子のリサと共に、コーディリア達に追い付くと、そこには一軒の屋台の前で対照的な反応を見せる二人の姿があった。

 詳しく見ずとも分かる。コーディリアが虫に反応して、ティファニーがその虫の様相に若干の嫌悪感を抱いているのだろう。


 私は彼女達の背中に追い付くと、姿勢を低くしてまじまじとケースの中を観察するコーディリアの視線を追った。


 ……そして、私はこれから数日間、この軽率な行為を酷く後悔する事になる。


 最初に伝えておきたいのだが、私は虫が不得意ではない。コーディリアの様に自分から触りたいとか、顔に飛び付かれても満面の笑みとかそういうレベルではないにしろ、風呂場に害虫が出没しても落ち着いて殺虫剤を噴霧できる程度には大丈夫だ。

 本当の虫嫌い、見ただけでパニックになる様なそういう感性は持ち合わせていない。そもそもその程度の虫恐怖症の場合、コーディリアと一緒に戦えないだろうからな。


「凄いコアマタですねぇ! この子は男の子なのかなぁ?」

「うぇ……」


 ケースの中に居たのは一匹の蛾……多分、一匹の蛾だと思う。それは威嚇するように目玉模様の翅を動かしている、大きな蛾だ。

 それ自体は何でもない。いや、これが飛んで来たら流石に怯むけれども、ケースの中に居る個体を見るだけなら何でもないはずだったのだ。ちょっと触覚と翅と胴体と脚が気持ち悪い蝶として我慢できる。


 問題はその腹部。

 尾の先端、おそらくはお尻の部分がパックリと二つに割れ、そこから無数の触手が噴き出しているのだ。その触手には一本一本に毛虫の様な毛が生え揃い、翅の動きに合わせてうねうねと形を変えている。


 一見すると、蛾の腹部から大量の毛虫が腹を食い破って出てきている様な見た目だ。


 そんなおぞましい外見の虫を見て、大はしゃぎのコーディリア。

 私とリサはそのあまりの光景に動きと思考を停止し、本能的な恐怖から思わず一歩後ろに下がった。


「あ、サクラさん! 見て下さい! この子、コアマタを出してますよ!」

「え、えぇ……そう」

「あ、コアマタというのはですね、ヘアペンシルを体の外側に押し出してフェロモンを空気中に拡散するための器官で、普段はお腹の中に仕舞い込んである物なんです! 普通ヤママユ系の子は持っていない物なんですが、この子のコアマタは立派ですよねぇ。翅と同じくらいの大きさなので、クロスジヒトリにも負けてません。それに頻りに翅を動かしているのはもしかすると、メスに対する誘引効果を高める狙いがあるのかも……」


 目を輝かせるコーディリアがこちらを笑顔で振り返るが、正直何をどう詳しく解説されても、今は情報が何も頭に入ってこない。ただただ気持ち悪いという視覚情報で頭が一杯なのだ。


 私達の中で唯一、大はしゃぎのコーディリアの姿を見て精神を安定させていたらしいティファニーだけが、まともに相槌を打つ事ができた。


「そうなんだ……凄いんだね。こんな衝撃的な姿なのに、威嚇じゃないんだこれ……」

「強力なオスの匂いに誘われてやって来たメスと、交尾しようとしてるんだと思います!」


 な、なるほど……?

 ……本来同種のメスを呼び込むための行為なのに、それに誘われていると思しきコーディリアは一体何なのだろうか……。


 そんなどうでもいい事を考えられるほどには復帰してきたが、私とリサが蛾の姿から完全に立ち直る前に、ティファニーがかっと目を見開た。


「い、今のもう一回!」

「え……? コアマタはメスを誘引するための発香器官で……」

「そうじゃなくて、オスの……?」

「強力なオスの匂いに誘われてきたメスと交尾しよう……と……」

「……ふふっ……ふふふ……これは良い……」

「……」


 ……とにかく、ここを離れるとしようか。

 私は二重の意味で近寄り難いその屋台から後退り、隣に居るネズミの販売店へと目を向けたのだった。

 蛾や変態に比べて、ハムスターの何と愛らしい事なのだろうか。部屋に一匹欲しいかもしれない。まぁきっちりと世話をする自信がないので飼育は出来ないのだが。



 注意書きでも言いましたが、コアマタや蛾の名前は画像検索注意です。虫が大丈夫な方で興味本位で検索する場合は、“クロスジヒトリ”で検索してみてください。この子はSNSなんかで話題にもなったので、結構知っている人も多いと思いますが、コアマタが膨らんでいる様子が面白いので。

 私はこれを最初に見た時、コモリガエルみたいなものだと勘違いしました。結構好きな虫です。まぁでもシロヒトリの方が可愛いとは思います。

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[一言] 変態が変態に変態な発言させられて……可哀想と……思ったかも?
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